【第十話】
★★★★
―X年前 終わりの冬―
Shibuvalley Stationから北へ徒歩6分、入り組んだ坂道エリアにあるライブハウス。手を伸ばせば届くほどに天井が低いハコ。キャパは200程。
Amatelastの久々のワンマンライブ。
その開演時間が近づいていた。
フロアには開演を待つ精鋭アマテラー達はもちろん、当時絶滅危惧種となっていたV系ジャンルバンド好きミューモン達が集結していた。口コミでAmatelastワンマンの噂を聞きつけ、今やMIDICITYでは貴重なV系バンドのライブを全身で浴びようと駆けつけたのだ。
久々の新曲「Cadenza」が完成後、入念な練習と準備を行い、Amatelastメンバー達の士気は十分。楽屋では各々がライブ本番へ向けて集中力を高めていた。
「あと1枚だよ♪ 頑張って、愁!」
「急かすなよイヴ! 愁を集中させてやらないと!」
アダムとイヴは、目の前にいる愁の書くサインを見守っていた。
「ジロジロ見るな……Amatelast、と」
淡々と、自身のブロマイドへ乱雑にサインを書く愁。
アダムとイヴのアイデアで始めた物販企画「Amatelastブロマイド†Sinを償えガシャ」。500サウンドル、1コインで挑戦できる。物販コーナーにある中古のガシャ筐体のレバーを回すと出てくるマットな黒色のカプセルには、メンバー誰かひとりの名前が書かれた【白いピック】が入っている。出た名前のブロマイド1枚と交換できる仕組みだ。メンバー名が白文字で書かれた【黒いピック】が出たら大当たりで、メンバー直筆サイン入りブロマイド1枚と交換できる。熱狂的なアマテラーはガシャ列に何度も並び直し、推しの名前が入った黒ピックが出るまで何度でも購入することができた(購入数の制限は1会計4回マデ)。尚、そのピックは貰えない。一部、血の気の多いアマテラー間で若干のトラブルが発生する事もあったけど、そんな時はイヴの底抜けに明るい笑顔で事態を収束。当時、Amatelastの収入源として大きなウェイトを占める物販企画だった。
当たりである直筆サイン入りブロマイドの枚数は限られている。
愁の当たりブロマイドは全部で6枚。
リハは滞りなく終わり、本番前までの空き時間でそのサインを書く。
久々のワンマンライブだったけど、いつも通りの彼らの姿がそこにはあった。
ロムはドラムスティックの感触を確かめながら、そんなメンバー達を黙って見ていた。
適度な緊張感と高揚感。心は熱く、思考は明快。
ライブ前の精神状態としてはベストといえる。
この日を遡る数週間前、「新曲披露のワンマンライブをやる」と自ら言い出した愁。アダム、イヴ、ロムの3人は、愁がやる気になったと歓喜した。一時はどうしようもなくドチャクソに荒れていた愁が、再び本気になったと。ワンマンライブをやる為の資金は全員のバイト代から工面し、カフェ店長の協力もありハコを抑えることもできた。曲の出来は過去最高だし、自分達の演奏もかつてないほどに仕上がっている。
このライブをきっかけに、今度こそAmatelastは頂点を目指して、やがては世界を変える。今日は新たなスタートの第1歩だ。愁を除く3人は、輪になってコンビニで買ったのり弁をもぐもぐ食べながら、そんな会話で盛り上がっていた。
愁は3人の輪に入らず楽屋隅っこのパイプ椅子に座りながら、低い天井を眺めていた。(愁はライブ前に食事をしない。メンバーもそれが判っていたから気にしていなかった)
楽屋の天井には過去にこのハコでライブをしたバンドマン達のサインが、そこかしこにぎっしりと書かれている。中には著名なアーティストの名前もチラホラとあり、文字の端々が掠れている。まだ無名だった頃に書いたサインなのだろう。それらの文字は彼らの音楽生命の炎と、音楽で頂点を目指す若者達が集うMIDICITYで生まれ続ける数多の物語、それらが今もなお連綿と紡がれ続けている、ハコの長い歴史を物語っている。
愁は目を閉じて、自問する。
次々と生まれては消えていくバンド達……俺もそのひとりなのか。
違う、どんな形であろうと俺は頂点へ辿り着く。
そのために生まれてきたのだから。
この先どんな事が待ち受けようと、後悔はしない。
俺の物語は俺が創る。
夢は自らの手で掴み取る。
これまでも、これらかも、ずっと。
それが俺の選択だ。
この先お前等が、俺の物語の登場人物たり得るか……それはお前等次第だ。
……俺も信じてみるよ。
馬鹿の一つ覚えのように俺を信じる、お前等を。
愁は目を開けると、メンバー達を見た。
愁の視線に気づいたロムが声をかける。
「おいシュウ! 今日は随分大人しいじゃねえか。ビビってんのか?」
「ぬかせ筋肉バカが。行くぞ」
息を吐くように悪態をつき、愁は立ち上がった。
「うん、行こう♪」
イヴもすらりと立ち上がり、
「ああ。行こうぜ。Amatelastのライブスタートだ」
続いてアダムも立ち上がる。
「いよォーし! やってやろうぜ!!」
食べかけの弁当を一気に飲み込んだロムが、両手の拳をガツンとぶつけて、最後に威勢良く立ち上がった。
メンバーにとっては再起を世に知らしめる為の。
愁にとっては終わりを告げる為の。
Amatelastのライブが始まろうとしていた。
★★★★
MIDICITYの上空には重い水分を含んだ黒く分厚い雲が立ちこめていた。Shibuvalleyの街に暗い影が落ち、ビル群から煌々と降り注ぐネオンとのコントラストが、ギラギラと激しさを増していく。
Amatelastのライブが始まったハコでは、低い天井をブチ抜くかのように、熱く激しく、フロア全員の魂を焦がすかのような音が鳴り響いていた。
M1〜M9まで、完全ノンストップ。
この日のAmatelastは留まることを知らなかった。
いつもならM3後、アダムきっかけでMCに入るのが定番のセトリ。だけど、この日はそれをやらなかった。愁の希望で、M1からM9までの9曲を全力で駆け抜ける。そしてラスト曲のM10をやる前に言いたい事があると。それだけ打ち合わせで決めて、本番に臨んだ。
M1「Amatelast」でフロアを一気に支配し、アマテラーとV系好きミューモン達を虜にした愁。そのまま怒濤のノンストップ展開へとなだれ込んでいく。一瞬たりとも油断できない、気の抜けない、水分補給すらできない、魂を削りながら全てを吐き出すようなライブ。ステージ上のメンバーの輝きに反応して、会場のミューモン達全員のメロディシアンが紫色へと妖しくも美しく輝きはじめる。暗い夜道に一斉に花が咲くように、Amatelastのライブは加速していった。
そしてM9「Selfish Moon」。ラスサビからアウトロまでの心地良いメロと、スモークを照らす青白い照明がフロアを幻想的な世界へと変えていく。
愁の胸の内に秘めたメロディシアンに激痛が走る。
痛みすらも心地良いと錯覚するほどに、なにもかもをかなぐり捨てるように、この日の愁のプレイは神がかっていた。彼に呼応するように、アダム、イヴ、ロムもまた、最高の輝きを放っていた。
彼ら4人の青春とも呼べるAmatelast。その絶頂の瞬間だったのかもしれない。
M9が終わり、少しの余韻のあと。愁は静かにフロアに背を向けた。
メンバー達は楽器の調子を確かめながら、フロアを見渡す。
アマテラー達はステージ上の彼らを凝視していた。それぞれの推しの姿を眼に焼き付けるように、瞬きすらも忘れて。目に大量の涙を浮かべる者もいた。Amatelastは永遠だと、信じた者もいたのだろう。
しばらくの間、ステージ上のメンバーも含め会場にいるミューモン全員の興奮を冷ますかのように、静寂の時間が訪れた。
その空気を突然、アダムがブチ壊す。
「お前等そんなもんか!?」
いつもどおりに、アダムがファン達を指差し激しく煽る。
イヴがかき鳴らすベースの重低音と、ロムが踏むバスドラの連続音がフロア全体をきしませる。汗と涙でぐしゃぐしゃになりながらも、彼らの煽りに絶叫で答えるアマテラー達。
「そんなもんか!!??」
更に煽るAmatelast。
更に絶叫で答えるアマテラー達。
「そんなもんなのか!!!???」
もっと過激に、壊れそうなほどに叫び煽るAmatelast。
必死でそれに絶叫し答えるアマテラー達。
そして、フロアに背をむけていた愁が振り返り、かつてないほどにギラつく目でフロアを見下ろす。
「Guilty Mirage. イヴ」
愁はそう言って、右手を振りあげステージ下手を指差した。その先にいるイヴが、細長い全身を駆使してベースをかき鳴らす。ステージを軋ませる程に重い低音リズムがフロア全体に響き渡る。普段は愛くるしいイヴだけど、無言でベースをかき鳴らすその姿は、罪深い悪魔のように狂おしく美しい。
「Innocence. アダム」
続いて愁は左手を振り上げステージ上手を指差した。待ってましたとばかりにアダムが、この日もっとも速い超絶技巧ギターソロを披露する。聞く者の脳の頭蓋に直接響き渡るような高音の連続波が、ミューモン達のメロディシアンを刺激する。意地っ張りのアダム、ギターをヤるその時だけは素直で、赤ん坊のように純真無垢だ。
「……ロム」
愁は両手を広げたまま、少し間を置いてから彼の名を呼んだ。
間髪入れずにロムが両手両足を駆使して、己の筋肉を誇示するかのようにドラムを高速で叩きつけ、激しくリズムを刻みつける。それは炸裂音のようにフロア全体で反響し、聞いている者の心拍数を上昇させていく。後先考えず本能の赴くまま勢いだけで生きている、はじめっから終わりまで。お前は、そんなヤツだ。
ロムのドラムソロが終わると、愁は眼前にあるマイクに手を置いた。
それを見計らうように、アダムが彼の名を呼ぶ。
「Beginning of the End. 愁」
愁の視線の先にはステージを照らすライトがあり、直視すれば視界が真っ白になる。愁は光の先を瞬きもせずに見つめながら、語り出す。
「この不平等な世界を終わらせるために、新たな世界を創り出すために、俺達Amatelastは生まれ落ちた。頂点を目指して、俺達は走り続けてきた。今日この場にいるお前等全員に、俺達が此処にいたって証を刻みつけてやるよ。この音と、この熱と、想いと共に生き続けろ。運命に抗い続けろ。
革命の時はきっと来る。そうだろ?
…………次が最後だ。俺の全てをブチ込んだ、新曲。」
それまで愁の言葉に聞き入っていたミューモン達が一斉に、期待と熱狂の渦で包まれた。
「聞けよ……Cadenza」
終わりの始まり。
Amatelastの最後の曲がはじまった。
このライブの日まで愁は何度も、何百、何千と自問自答を繰り返してきた。
それでもやっぱり、答えは変わらなかった。
頂点を目指す。その為なら、なんだってやる。
たったひとつの、その想いだけが愁を突き動かした。
身体の内のメロディシアンが、引き裂かれる程の激痛が走る。
Amatelastを始めたときから、ロムと出会ったそのときから、終わりが始まっていた。出会わなければ良かったのか?俺はヤツに不幸にされたのか?ある意味そうかもしれない。
「Amatelastを続けられない」こんな絶望を味わうなんて、ヤツとバンドを始めたことで、俺は再び不幸となったのだから。
だけど同時にヤツから生きる意味を与えられた。
死ぬほど腹立たしいが、それだけは紛れもない事実だ。
ヤツと出会ったから、かつて失った夢なんかどうでも良くなるほどの、
かけがえのない夢を持つことができた。
この夢を叶える為になら、俺は悪魔にだってなれる。
何も恐れるものは無い。
だから今度は俺が、お前等を不幸にする。
Amatelastは今日この場で終わる。
俺が終わらせてやる。
だけど頂点への道が閉ざされる訳では無いのだから。
俺が先に、Amatelastとは違う道で、先に頂点へと辿り着いてみせる。
不平等な世界を今度こそ変えてみせる。
だから早く、俺のステージまで登ってこいよ。
もしも俺が失敗したその時は、俺を笑えよ。ロム。
全身に激痛が走りっぱなしだった。
限界はとうに超えている。
それでも残りカスのメロディシアンを振り絞る。
Amatelastの愁は今日を限りに消える。
だからこそ、この曲の最後の最後まで、俺は愁で在り続ける。
苦痛など1ミリも顔に出さずに、傲慢なキッズのまま、歌い続けた。
Cadenzaのラスサビが終わりアウトロへ。
そして、曲が終わった。
息を整えながら………立ち尽くす愁。
ステージも、フロアも、静寂につつまれている。
たぶんアダムも、イブも、ロムも、会場にいる全員が、俺の次の言葉を待っていたのだろう。
だけど俺は。
そのまま何も言わずに、ステージを後にした。
★ ★ ★ ★
ステージ下手から廊下へ抜ける。
ギターだけを握りしめて、楽屋横の非常口のドアを開け、外へ飛び出した。
さっきまでの静寂が嘘のように、激しいノイズと冷たい感触が身体を打ち付ける。
どしゃぶりの冬の雨と雷。
気にせず歩き出した。
「待てよ!!!!」
後ろから、ヤツの声がする。
「どこ行くんだよシュウ?
……これからだろうが!
オレ達Amatelastは、これからだろうが!!
違うか!!!??」
ズブ濡れで立ち尽くしながら、愁は振り向いた。
「ロム、お前の夢は……幻想なんだよ」
ヤツの顔はよく見えなかった。たぶん、雨のせいだ。
それ以上、もう何も言いたくなかった。
「待ちやがれ!」
ヤツが俺の肩を思いっきり掴んだ。クソバカ力で。容赦なく。
こっちは歩くのもやっとだってのに、本当にいつだって空気を読まない。
お前はそういうヤツだ。
「音楽を……仲間を裏切って、その先に何があるってんだよ!!
シュウ!!」
今だから思う。
あの時俺は、本当は……全て話してしまいたかったのかもしれない。
覚悟を決めたつもりだったけど、言えば楽になれる。
そんな弱い気持ちがまだほんのちょっとだけ、あったのかもしれない。
だけど、必死なヤツの顔が見えた時……俺の口から出たのは、
「お前も判ってるんだろ?
俺は俺のやり方で、世界を変えてみせる。
……サヨナラだ、ロム。」
真逆の言葉だった。
キッズだった俺が、ヤツに贈った最後の言葉。
物販で売っていたAmatelastのタオル。ヤツはそれを首にかけていた。
そんなくだらない事だけ、鮮明に覚えている。
この日を最後に、愁はMIDICITYから姿を消した。
★
バンドの魂でもある愁を失ったAmatelast。
愁の失踪は界隈で噂となったものの、他音楽ジャンルの輝かしい繁栄の影で衰退していったV系ジャンルとともに風化していった。
Amatelastはその後何をするでもなく、あっけなく解散した。
失意のロムはAmatelastからも、音楽からも、S.riverのカフェからも完全に離れ、一般企業に就職しサラリーマンとなる。数年後、BANDED ROCKING RECORDSの有栖川メイプル氏と出会い、『SHINGANCRIMSONZ』を結成する。
アダムとイヴはAmatelastへの情熱を忘れられないまま、音楽業界を抜けたり戻ったりを繰り返す。数年後、とある事件をきっかけに『défendu aube』(デファンデュオーブ:禁断の夜明け)を結成する。
話は以上だ。
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☆☆☆
―冬―
ジューダス事務所7番会議室
「……ボクの話は、これで終わりさ☆」
シュウ☆ゾー君は窓の外を眺めながらそう言った。
冬の雪は雨に変わり、ビルの窓を濡らし続けている。
「シュウ☆ゾー君……話してくれて…ありがとうございます」
この時の僕(リクだよ)はまだ、シュウ☆ゾー君の……Amatelastの彼らの世界の余韻から抜け出せずにいた。ものすごく感情移入して聞いてしまったからかもしれない。今が現在なのか過去なのか、少し曖昧な感覚があった。何よりも……とても複雑な気持ちでいっぱいだった。
それでも、全てを話してくれたシュウ☆ゾー君に、まずはお礼が言いたかった。
それは兄さんも同じだったようで。
「シュウ☆ゾーくん……オレも、まだ何て言ったらいいか全然わからないけど、けど! 話してくれて、うれしいって思ってます……」
兄さんも、自分の心を必死に整理しながら、精一杯気持ちを伝えていた。
「うん。2人共、ありがとう……☆」
窓の外を見ていたシュウ☆ゾー君は僕らの方に振り返り、優しく微笑んでくれた。
朝イチから始まったシュウ☆ゾー君の過去の話。
兄さんと僕はそれをずっと、ずっと聞き続けてきた。兄さんも僕も驚いたり動揺したり泣いたり笑ったり、終わりのないジェットコースターに随分長いこと乗っていたような気がする(僕の体感では10ヶ月くらいにも感じた)。
僕はシュウ☆ゾー君が話してくれた内容を、ひとつも逃すまいとメモをとり続けてきた。ある意味では客観的な視点もあり、シュウ☆ゾー君の歩んできた道を追体験するような主観的な視点もありで。2つの視点が重なり混ざり合うような、不思議な感覚だった。
今こうして見る文章では冷静に見えるかもしれない。けれど、兄さんも僕もとてもじゃないけど、冷静なんて言える状態ではなかったんだ。
そして僕は、どうしてもシュウ☆ゾー君に聞きたい事が……いや違う。
聞かなければいけない事があった。
「シュウ☆ゾー君……ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
「なんだい? リク」
「シュウ☆ゾー君は、いまでも……」
僕がそう言いかけた途端、7番会議室のドアが開いた。
そこには僕らが所属するジューダスの社長、ジュダさんの姿があった。
(エピローグへ つづく)
※エピローグは12月公開予定です。お楽しみに☆
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