【第九話】
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―X年前、秋の終わり。大雨の降るMIDICITYのどこかの路地裏―
『君、Amatelastの……愁くんだよね?』
大雨が降りしきる路地裏で愁に声を掛けた男。
青白い肌に、スラリィとした体型、片目をかくすようにカラフルなヘアバンドをナナメに頭に装着し、体型にジャストフィットした奇抜な色のオーダースーツで身を包んでいる。
明らかに近寄りがたい、一言でいうと「奇妙な風貌の男」だ。
愁は男の言葉に応じずただ天を見上げている。
そんな無反応の愁に動じること無く男は話を続けた。
『私、こういう者です』
愁の視界を遮るように、眼前にグイッと名刺を差し出す。
「………消えろ」
ようやく男の存在に気づいた愁は、ぶっきらぼうに告げたのだが。
『つれないね。大方、大きな壁にぶつかって絶望している。そんなところかな?』
「…………」
目の前に差し出された名刺を払いのけると、愁は無言のまま男を睨み付けた。
男はくるりと1回転、キレのあるターンを披露してから(このターンに何の意味があったのかは今でも判らない)、
『音楽都市MIDICITY。私はこの街が好きだ。音楽で頂点を目指すものが集い、しのぎを削りあい、高みを目指す。君もそのひとりだろう?』
愁をビシィッと指差して言った。
「……何が言いたい?」
『Doだい? 少しドライブでも?』
男がアゴ先を向けた路地の先には、パールホワイトのボディが雨に濡れ艶やかに輝く高級車が停車されていた。車の窓はスモーク処理が施され、外から車中は見えない。愁がいつも乗っているオンボロ機材車とは天と地程の開きがあるほどに、別世界の乗り物のように見えた。
愁は思った。
この見るからに怪しい男は、どうやら自分の事を知っている。何を企んでいるのかは判らない。だが何もかもが、どうでもよかった。
男に言われるがまま、愁はその高級車に乗り込んだ。
★
怪しい男と愁を乗せた高級車は、雨のMIDICITY環状6.9号線を進んでいた。
ラグジュアリーなソファやシャンデリアが設置された長く広々とした車内のスペースには、過去の音楽賞で獲得したと思われるトロフィーが沢山ディスプレイされており、外連味たっぷりの空間が構築されていた。男は車内に連なった高級ソファーの一番奥に優雅に座り、愁はその手前にびしょ濡れのまま腰掛けていた。
『やれやれ、ゆっくり話をできる姿とは言い難いね。君が少し落ち着くまで、街を流そうか』
男がそう言うと、車内に暖かくやわらかな暖房の風が車内を循環し始めた。
「………」
愁は無言で、窓の外を眺めた。
車中から見た夜のMIDICITYは、煌びやかな色とりどりのネオンの光が雨で霞み、幻想的な様相を呈していた。だけどこの時の愁には、この景色すらも灰色に感じられていたわけで。
愁とは反対側の景色を眺めながら、やがて男は語りはじめた。
『私はこの街のあらゆるバンドに興味があってね。あれはいつだったか、1年程前かな? AmatelastというV系バンドのワンマンライブを見た時のことだ』
「………」
『巷は空前のV系ブーム! ありとあらゆる有象無象の新バンドが乱立する中、荒削りだが確固たるセンスと世界観を感じる、そんなバンドだった。だが、ひとつ気になったことがあってね』
「……なにが?」
『ステージの君はまるで……天から地上を見下ろし無数の羽を用いて今まさに飛び立たんとする大天使か、はたまた地獄の釜の底から地上を羨むかのように憎悪を纏った眼差しを向ける悪魔王なのか? そのどちらとも思える程、極端に美しかった。私は驚いたよ、こんな才能とポテンシャルの塊のようなアーティストが現実に存在し、なおかつ私の目の前にいるなんて、サイッコー! だとね。だが何故か………君は不思議と苦しそうで、始めはそういう歌唱スタイルなのかと思ったが。何曲か聞くうちに、違う原因があるのでは?私はそう推察した』
「………」
『君。あのバンドで歌えば歌うほど、身体が痛むのではないかね?』
「……お前」
鳥肌が立った。
『驚く事はない。私も昔、プレイヤーとして音楽をやっていた頃があってね』
「結論から話せ」
『若いねえ、そのせっかちさ。ズッキンドッキン! してくるよ〜♪』
ドカン!と座席を蹴飛ばし、男を睨み付けた。
「○すぞ」
この男の言動に、愁は苛立たずにはいられなかった。気づけばいつものようにキッズな言葉を浴びせていた。
男は愁の凄味に動じる事なく、深くソファーに腰掛けた。そして片隅にあったトレイ上のグラスを手に取り、中のドリンクをグイッと一気に飲み干した。ゴクンン〜ッと、喉をわざとらしいほどに鳴らしながら。
そして再び愁へと目線を戻した。
『二律背反性音楽体質』
先日クリニックで宣告された、愁の特異体質の事だ。
『私も君と同じでね。昔、Uefieldクリニックのドクターには随分と世話になったものさ。600万分の1の確立で音楽の神からもたらされるギフト。結果的に私はそう受け止めた。察するに、君は呪いだと受け取ったようだがね。』
「ギフトだと?……ふざけるな」
『いや〜しかし嬉しいね。同じ体質を持つミューモンと、まさかこんなに早く出会えるなんて! 驚き桃の木きになる木〜!』
「…………」
先程まで絶望に包まれ自暴自棄になっていた愁。だけど今、目の前にいるこの男「ユーダス」に対して最大の警戒心と最凶の好奇心が湧き始めた事により、いつもの傲慢でキッズな態度が蘇っていた。
不思議と……暗くぼんやりとしていた視界が鮮明になり始める感覚がしていた。
『Doだい? この奇妙な運命、好意に値しないかい?』
愁は、路地裏で男から差し出された名刺を思い出した。
握りつぶしてクシャクシャのままポケットに突っ込んでいた名刺を取り出し、雑に開きながら記載された文字を見る。
名刺には「ユーダス仁刃笛」と記されていた。
★
愁とユーダスを乗せた高級車は環状6.9号線からルートを変え、MIDICITYの中心街を走っていた。
『つまり君は、このままではAmatelastを続ける事が出来ないと?』
今日出会ったばかりで見ず知らずの、目的も判らない、しかも怪しい風貌の、このユーダスと名乗る男に何故洗いざらい全てを話してしまったのか。理由は今でも判らないが、この男には不思議と他人の話を引き出す力があったのかもしれない。
『私が何故プレイヤーを辞めたか、判るかい?』
「体質のせいで、やりたい音楽を続けられなくなったから?」
『違うね。むしろ逆だ。1つのマイナスと引き替えに4つのプラスをもたらすこの体質を活かせれば、頂点への道は他者よりも近道となるだろう。もちろん、それだけで頂点を獲れるほど音楽の世界は甘くないがね!……だが時間を加速できればそれすらも……まあその話は、今はいい。当時の私はね、今の君ほど若くはなかったし、プレイヤーとしてではなく、自分以外の誰かを育てる事に興味を持ちはじめた時期だった。頂点を目指す才能ある若者を育て応援する。そんな一生も悪く無い、そう思いはじめていたのさ……その考えに至るまでの苦悩や葛藤は、後にも先にも人生最大の体験だったけどね。音楽の頂点を目指す挑戦者としての螺旋を自ら降りる……つまりそれは、第二の音楽人生…いや違うな、生まれ変わる事と同義かもしれない。それはもう、勇気のいる決断だった』
ユーダスは雄弁に語りながらも、愁への目線を逸らさない。怪しい風貌とは裏腹に、その声には揺るぎない自信と、相手の興味を惹きつける不思議な響きを感じた。
「………」
『まあ、今の君ならば。当時の私の苦しみや絶望に、共感しうると思うがね』
まるで愁の内心を見透かすように、ユーダスはニヤリと笑う。
「チッ」
つかみ所のないこの男、ユーダスとの会話によって、愁は自分の思考が整理されはじめている。それに気づいていた。まるでこの男の掌のうえで踊らされているような、そんな気さえしてきて、途端に不快な違和感が全身を包む。
この男の真意は測りかねる。この男は危険だと、信用してはならないと、己の中で激しく警報が鳴り響いている。それぐらい、目の前にいるユーダスという男は、底が見えず得体の知れない雰囲気を醸し出していた。
だけど、警戒するのと同時に……この男の言動が、普段他人には一切興味が沸かない愁の好奇心を激しく刺激していた。(後で判ったことだが、ユーダスはキャリアカウンセラー3級、ミュージックメンタルカウンセラー9級、ミューモンそろばん6級、尻尾カラーコーディネーター9級の各種資格を取得していたそうだ)
気づけば無意識に、質問をしていた。
「あんたが応援しているのは、どんな奴らだ?」
『気になるかい?』
男はニヤリと口元を緩める。
瞬間、愁は男のペースに乗せられている自分に気づき、悔しく思った。
ユーダスはソファに深く座り直し、謎のハンドサインを示しながら愁を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
『夢の偶像……アイドルバンドだ』
「偶像?」
『君、夢はあるかい?』
「俺の夢……」
雨はやがて霧状に細かくなり、MIDICITYのビル群は霞がかかったようにぼんやりと霧につつまれていった。
★
ユーダスの車を降りた愁は、不思議と思考がクリアになっていた。
他人(それも自分と同じ希有な体質を持つユーダス)との会話を経たことで、自分にもたらされた事実への理解がより深まったからだ。
事実を理解したことで「己に起こりうる最悪のケース」を想像する事ができた。
その最悪を受け止めて、冷静になることができた。
冷静になることで思考力がよみがえり、絶望の淵から這い上がり、今考えるべきこと・やるべきこと、己の内面と深く向き合えるようになった。
車を降りたのはRedslope Stationの近く。
まだAmatelastがデビュー間もない頃に1度だけ、この近くの激辛麻婆で有名な料理店にメンバー4人で訪れた事がある。
「……行ったな、4人で」
愁は霧のMIDICITYを眺めながら物思いにふけった。
………
………………
……………………………★★★★
【Amatelastの初ワンマンライブから数日後のある日】
Amatelastの4人はカフェ店長の知り合いの中華料理店に訪れていた。初ワンマンライブの祝いにと、店長が気を利かせたのだ。
愁、アダム、イヴ、ロムの4人はメニューを眺めながら、この店の名物「辛さを6段階から選べる激辛麻婆豆腐」の辛さについて、議論を繰り広げていた。
「ボクね、辛い食べ物だ〜い好き!だから6辛!みんなは何辛にする?」
「1辛はほとんど辛さ無しの肉豆腐、3辛はそこそこの辛さでおすすめ、6辛は……辛いモノが苦手な方はご遠慮ください、か。イマイチ想像が付きづらいな。愁はどうする?」
「当然、6辛だろ! な、シュウ?」
「勝手に決めるな筋肉。3で」
「え〜、愁ってもしかして辛いの苦手?」
「別に」
「どうせならよ、辛さの頂点目指そうぜ!な!」
「待てよロム。世の中には辛いのが苦手なミューモンだっているんだぜ?」
「ま、確かに。じゃあオレとイヴは6辛で。そこまで言うって事は、アダムは1辛にしとくか?」
「バカにすんな!オレも……6辛だ!」
「くだらねえ、辛さで張り合ってどうする」
しばらくして、「6辛麻婆豆腐」3つと、「3辛麻婆豆腐」1つが彼らの席に並んだ。
「わーすごい!真っ赤っかだね、辛そ〜♡」
「フッ、まあまあ辛そうだな」
「おもしれえ、味わってやろうじゃねえか! 辛さの頂点ってヤツをな!」
「くだらねえ……黙って喰え」
「よし、せーので喰おうぜ!いくぞ?」
「おっけ〜」
「ちょ、ちょっと待てイヴ、水を飲んでからだ」
「「「せ〜の!!!」」」
「うるせえな」
一斉に勢いよく、6辛麻婆豆腐を頬張ったロム、アダム、イヴの3人。
愁はその様子を呆れながら見つつ、自分は3辛麻婆豆腐を食べ始める。
適度な辛さと香ばしさが口の中でとろける。食にはあまり興味がない愁でも「美味い」と感じる確かな満足感だった。
愁とは違って6辛を食べた3人は、三者三様のリアクションだった。
「へへっ、中々の辛さじゃねえか、オレの筋肉の芯まで熱い辛さをかんじるぜ!!」
食べた数秒後には汗が全身から噴き出したロム。さすがに代謝が良い。強がっているが、表情から必死に辛さを耐えている様子がうかがえた。
「わ〜、ほんとに辛いね〜♡ 美味しいな、この麻婆豆腐〜」
イヴはニコニコしながら白米と一緒にモリモリと食べている。この男に弱点は無いのか、末恐ろしいヤツだと再認識した。
「……………」
アダムは最初の一口以降、黙ったままだった。どうやら辛いモノが苦手だったらしい。
「あれ、アダム? どうしたの?」
「オイ大丈夫かアダム? 顔が真っ赤だぜ?」
「アダム?」
愁が声をかけると、アダムはグラスの水を一気に飲み干して……
「か、辛すぎだろうが!! イヴもロムも、よく平気で食べられるな!おかしいだろ!この辛さ!!」
「んだよ、アダム。辛いの苦手なら最初からそう言えって。じゃあシュウの3辛と交換すればいいんじゃねーか?」
「え!? ……いいのか?」
「勝手に決めるな筋肉。まあ、3辛でこの程度なら6辛でもいい」
愁はこの時の決断をすぐに後悔する事になる。
「よかったね〜、アダム! ねえ愁、この6辛ほんとに美味しいから、早く食べてみて〜」
「3辛と大して変わらなかったら、お前等そのSinを償えよ」
「いいから喰ってみろって、シュウ」
ニヤニヤしながらこちらを見るロムに軽く苛立ちながら、愁はアダムと交換した6辛麻婆豆腐を食べてみる。
瞬間、味覚と臭覚を入り口に脳へダイレクトに辛さと刺激の情報が伝達される。愁がこれまで体験したことがない、想像を絶する異次元の辛さがこの6辛麻婆豆腐にはあった。
「ゴホ、ゴハッ!」
思わずむせかえってしまう。
3辛で満足していた自分を高みからあざ笑うように、6辛という壁ははるかに巨大だった。美味しかったけど。
「「愁!?」」
「シュウ! 大丈夫かよ!? 水飲め水! 美味しすぎる水だぜ!」
アダム、イヴ、ロムもまた、これまで見た事の無かった愁の姿に驚くと同時に、本気で心配しあたふたする。
最終的には水を飲んで、愁も落ち着いたのだけど。
端から見たら、全身真っ黒で奇抜な服装をした男達が、激辛麻婆豆腐だけでここまで無邪気に騒いでいる。ちょっと迷惑な客だったかもしれない。
だけど、
この時の4人は共通の夢「頂点を目指す」という目標に向かって、共に音楽人生を楽しめていたのだろう。
己の全てをかけて打ち込める、大切で、貴重で、熱くて、尊いもの。
普通に生きているだけじゃ、なかなか巡り会えるものではない。
そんなかけがえのないモノが「Amatelast」なのだと、
4人共そう思えていたに違い無い。
★★★★……………………………
………………
………
「……こんな時に思い出すのが、激辛麻婆豆腐だなんてな」
愁はあの時のメンバー達の表情を思い出しながら、歩み始める。
現実を受け入れろ……
俺の目的はなんだ……
行くべき場所はどこだ……
俺が生きる意味はなんだ……
覚悟を、決めろ……!
俺が先に頂点に立てば、奴らもいつかきっと。
そう信じたい。
やるべきことは決まった。
迷いはしない。
後悔もしない。
あとはもう、やるだけだ。
そう思えた、あの時は。
《それがボクの、始まりなんだ。》
愁の瞳の奥にうっすらと、頂点へと向かう道標が浮かびあがっていた。
★
「シュウ!!」
背後から、今いちばん会いたくないヤツの声がした。
「どこ行ってやがったんだよシュウ!? アダムもイヴもお前のこと探してんだぞ!」
「黙れ筋肉。散歩してただけだ」
「散歩って……何日もバイトさぼりやがって……!
練習にも顔ださねえし!オレ等お前が行きそうなとこ何日も探してたんだぜ!?」
「…………新曲だ」
「あァ!?」
「新曲の構想を練ってただけだ」
「まじか……あのよ、理由は判んねえけど、お前が何かに悩んでるのはオレだって判ってる」
「………」
「だけどよ、オレはどんなことがあろうともバンドを、仲間を、お前を支えるって、決めてんだぜ。お前はAmatelastの魂なんだからよ! だから何か……困った事とかあったらよ、そん時は……言えよな。」
「…………」
愁は無言のまま振り返り、駅へと向かった。
皮肉な事に。
ロムの言葉で、愁の決意は揺るぎないものになる。
俺がいたらこいつらは駄目になる。
俺はAmatelastを続けられないのだから。
共に頂点に立つ夢は、それじゃ叶えられない。
馴れ合いはもう終わりにしよう。
次のライブで、Amatelastは終わりにしよう。
その夜、愁はひとりで曲を書いた。
Amatelast最後の曲、「Cadenza」が完成した。
(つづく)
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