【第八話】
☆☆☆
ジューダス事務所7番会議室
「店長に言われてね、行ってみたのさ☆ クリ…」
「ま、待ってください!! シュウ☆ゾー君!」
「おや? どうしたんだい、リク」
「これって……心の準備が必要な話、なんですよね?」
「……そうかもしれないね」
シュウ☆ゾー君は夜空から地上を見守る綺羅星のように優しい瞳で、僕と兄さんをゆっくりと見つめた。
Amatelastのデビュー後、V系バンドのブームが瞬く間に終わってしまった事。それはとても不幸で、不運な出来事だったと思う。けれど、Amatelastが終わってしまった理由はそれだけじゃないと僕は感じていた。そして遂に……シュウ☆ゾー君の口からその核心について触れようとしている。
だけど僕は、それを聞く事がこのうえなく怖かった。
真実を知ってしまったら、今まで僕達が見てきたシュウ☆ゾー君が目の前からいなくなってしまうんじゃないか?
そんな恐怖心を覚えたからだ。
メモ帳とペンを持つ手が緊張で震える。
どうしよう。
怖くて怖くてたまらない。
シュウ☆ゾー君は黙って僕を見つめている。
この先の話を聞くか聞かないか、「それはキミが決めるべきだ」と瞳で語っているようにも僕は感じた。たぶん僕が「嫌だ」と言えば、シュウ☆ゾー君は話を止めるだろう。けどそれでいいのか?
僕と、兄さんを心から信頼してくれたからこそ、全てを話すと言ってくれたシュウ☆ゾー君の気持ちを裏切る事になってしまわないか?
そんな事は、僕は望まない!
だけど……どうしようもなく怖い……怖いよ……
「リク」
僕のすぐそばで、力強く優しい温もりを感じた。
振り返ると、僕の肩を掴みこちらを真っ直ぐに見つめる兄さんがいた。
兄さんはシュウ☆ゾー君の話がはじまってから、怒濤の驚きエピソードの連続で真っ白になってしまっていた。僕はシュウ☆ゾー君の言葉を一字一句漏らさない為に、メモを取る事に必死で。兄さんの事は後回しにしていた……
だけど今はどうだ。真実を知る事に怯えた僕とは正反対の、熱い勇気を秘めた眼差しで兄さんは僕を見つめている。僕らは双子だから……きっと兄さんは僕の恐怖心に気づいたのだろう。
兄さんはいつだってそうだ。僕がピンチの時にいつも手を差し伸べてくれる。一緒に並び立って、僕を勇気づけてくれる。
それが僕のたったひとりの兄さん、カイなんだ。
「聞こうぜ、リク。シュウ☆ゾーくんの話を。最後までさ」
兄さんの言葉で、僕の震えは次第におさまり、恐怖もどこかへ吹き飛んだ。
そうだ、僕らは1人じゃ小さな屑星だけど、2人が連なれば無限の輝きを生み出し夜空を駆ける流星になる事だってできる。
……それを教えてくれたのは、シュウ☆ゾー君だから。
「うん。ありがとう、兄さん。
話を遮ってしまってごめんなさい、シュウ☆ゾー君。続けてください」
「ありがとう、カイ。リク。
……それじゃ、イってみようかっ☆」
僕はありったけの勇気を振り絞って、再びシュウ☆ゾー君の話をメモに取り始めた。
★
―X年前、秋の終わり―
愁はUefield Stationの近く、とある音楽専門クリニックの前にいた。
音楽生命体のミューモンだから、音楽にかかわるちょっとしたお悩み事やアクシデントが、一大事となることもある。そんな悩めるミューモン達のために、MIDICITYにはありとあらゆる音楽専門のクリニックが存在していた。
カフェ店長の紹介で訪れたそのクリニックは、大通りが交差する道を少し進み、路地を数本曲がった先にある暗い雑居ビルの6階にあった。ビル入り口に面した路面には古く煤けた立て看板があり、初めて入るには中々勇気の要る建物だ。
「チッ……嫌な記憶だ……」
すこし、遠い過去の記憶を振り返ろう。
愁は幼い頃、身体が弱かった。頻繁に高熱が出てしまったり、お腹が痛くなってしまったり、小さい子ならよくある事だけど、愁は他の子よりもクリニックの世話になる事が多かった。極東式が源流の護身術を幼い頃に身につけていた理由もそこにある。身体が丈夫とは言えなかった幼い愁のために、保護者が道場へと通わせたのだった。おかげでその後の愁は元気ビンビンにグングン育ち、細身だけど健康で美しい青年へと健やかに成長したのだった。性格は傲慢でキッズだったけど。
そんな愁だから、思春期以降クリニックとは無縁で。
自分の身体の異変に気がついていながらも、店長に言われるまで「クリニック」という発想には至らなかった。
不機嫌な表情のまま、愁は目の前のビル6階にあるクリニックへと向かった。
★
受付を済ませ、すぐに奥へと案内された愁。
ビルの外観からは想像もつかないほど小綺麗に整理整頓されたクリニックの中には、ありとあらゆる最新設備が揃っており、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。清潔感のある制服を着たスタッフに淡々と案内され、一通りの検査を受けたあとドクターとの面談となった。
店長から紹介されたクリニックは、特殊な才能や体質を持つミューモン研究を専門としており、その界隈では有名なクリニックだそうだ。愁の目の前に居る初老のドクターが、どうやらこの分野の第一人者らしい。安物っぽいサングラスをかけて飄々とした様子で、権威のある研究者のようには見えなかったが……
ドクターは愁の検査結果書類を眺めながら、おもむろに面談をはじめた。
『君は……すこし変わった色をしているねえ』
「は? 何が?」
『うん、ソウル色の事ね』
「ソウル?……ああ。ミューモン学の講義で聞いたことがある。魂の色の事か」
『そう。火・水・木・光・闇の5つ。ミューモンが生まれながらに持つソウルの色は5種類あるうちのどれか1つだ。君の言うとおり、それらは魂の色を現す。巷では【5属性】なんて言われる事もあるねえ』
「それで?」
『まあプロのアーティストでもないかぎり、一般ミューモンが自分のソウル色を気にすることは無いからね。ところで君、自分のソウルが何色か知ってる?』
「……闇?」
『ある意味正解。なんだけどねえ……』
「チッ……話が見えない。結論から言えよ」
『まあまあ、焦らないで。音楽をやればやるほど胸の奥のメロディシアンが痛むんだよね?思い当たることってあるの?』
「Amatelastを……バンドをはじめてしばらく経ってからだ。ピアノをやってた頃は一度も無かった。たとえ何時間、何日弾き続けようがな……今は、1曲やるだけでも痛む。」
『ふむ。率直に事実を伝えるけど。それでいいかな?』
「構わない。言えよ」
『君は──』
ドクターいわく、愁の不調の原因は【二律背反性音楽体質】という特殊な体質によるものだ。命名はドクターがノリとインスピレーションで決めたもので、過去に一度だけ同じ体質のミューモンを診た事があるという。音楽生命体であるミューモンが、600万分の1の確立で持っているという特殊な体質。
己が持つソウル色の音楽をやればやるほど、身体の内にあるメロディシアンに痛みが走る。そのまま続ければやがては音楽の力が徐々に減衰し、最後には失われていく。反面、別のソウル色の音楽をやるとメロディシアンの輝きが増し、音楽の力が加速度的に伸びていく。
つまり、愁の場合は自分が持つ魂の色「闇」のソウル色の音楽には不向きで、やればやるほどにリスクを伴う。それ以外の「火・水・木・光」これら4つのソウル色の音楽なら大いに力を発揮でき、ノーリスクでかつ倍速で音楽の力がプラスになり続けるということだ。
少々ややこしいが、苦手1:得意4と捉えれば、苦手の音楽をやりさえしなければ、プラスの方が多い幸運な体質であるとも言える。
だけど……このまま今の、闇のソウル色であるAmatelastの音楽を続ければ、やがては音楽の力をすべて失ってしまうかもしれない。
音楽生命体であるミューモンにとって、それは心の喪失と同義だ。
V系バンドのAmatelastで売れるチャンスを掴むことすらできない今、【頂点に立つ】という夢は果たされず、終わりを告げてしまうことになる。
愁にとってAmatelastの終わりは、
バンドを結成したそのときから既に始まっていたのだ。
『通常のミューモンならどのソウル色の音楽をやろうが、メロディシアンが痛むなんて事は無い。君の場合は闇だけがマイナスで、それ以外は4倍速だ。不思議な体質だよねえ。まあ、闇以外の4つのソウル色の音楽ならグングン力を発揮できるワケだから。前向きに考えれば、プラスに捉える事だってできる。』
「それじゃ意味ねえんだよ」
愁は吐き捨てるようにつぶやきながら席を立つと、そのまま面談室を出ようとした。
『処方箋出しておくから。痛みを多少は抑制できるお薬。根本的な解決にはならないがね。まずは事実を受け止めることだ。落ち着いたらまたおいで。相談にのるから──』
ドクターは淡々と説明しながらも、動揺を隠せない愁に対して気遣いの言葉をかけたのだが。
「…………」
愁は無言のまま、クリニックを後にした。
★
体質?
なんで闇だけ駄目なんだ。
他の4つがやれなくなったって構わない。
闇じゃなきゃ、意味がないんだ。
どうしてだ?
どうして俺なんだ?
この世界はどうしたって不平等だ。
この不平等な世界を終わらせるために、Amatelastをはじめた。
だけど、俺の身体はAmatelastに向いていなかったってことか。
最初から、終わりがはじまっていたんだ。
Beginning of the end.
その通りじゃないか。飛んだお笑いぐさだ。
愁は再び己の運命を呪った。
追い打ちをかけるように、MIDICITYの街には大量の雨が降り注いでいた。
メンバーに真実を話すべきか?
話したくない。話せるはずがない。
Amatelastの音楽を続けていたら売れないばかりか、俺の音楽生命も終わる。
それを知ったら奴等はどう思う?
俺を憐れむか? 絶対に嫌だ!
このままじゃ約束は果たせない。
どうしたらいい……?
俺の力で奴らを頂点に連れていけると思っていた。
だけどそれは驕りだった。
俺のせいでAmatelastの道は閉ざされる。
こんな俺に価値など無い。
Amatelastに、俺がいる価値は無いのだから。
それでも、奴らは俺を信じている。
馬鹿の一つ覚えのように。
Amatelastを好きだという。
……続けられなくなると実感して、
はじめて気づいた。
俺は、Amatelastが好きなんだ……
Amatelastを続ければ全てが終わると判ってから、
好きだと気がつくなんて、
一番の馬鹿は……俺だった。
俺が生きる理由はなんだ?
夢を、頂点を目指す事に意味があるのか?
俺が本当にやりたいことはなんだ?
呆然と、ただただ呆然と。
愁は街中を彷徨うことしかできなかった。
大粒の雨のなか、ひとりぼっちで。
★
どのストリートの、どの路地裏だかも覚えていない。
ひとり蹲って雨に打たれ続けていた。
何も考えず、何をする気力も沸かず、何もかもがどうでもよく。
雨でぼやけたネオンの向こうから1人の男が歩み寄る。
絶望に苛まれた愁に向かって、男は声をかけた。
『君、Amatelastの……愁くんだよね?』
男の乾いた声に愁は反応すること無く、ただ天を見上げていた。
あの時見た月は、もう見えなかった。
(つづく)
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