【第七話】
―翌年の秋―
Amatelastがデビューしてから1年と数ヶ月の月日が経っていた。
昨年、Shibuvalleyでの初ワンマンライブを経て、勢いに乗ったAmatelastは自主制作で1stアルバムをリリース!アルバムのタイトルはもちろん「Amatelast」。絶対に頂点を獲れると信じた4人の渾身の音源。
しかし、その販売数は想像以上に芳しくなかった。メンバーの自宅には在庫のCDとバンドタオルなどの物販グッズが入ったダンボールが山積みとなり、足の踏み場もない程で。
Amatelastは何故売れなかったのか?
理由はいくつか考えられる。
・熱狂的なV系ブームの火付け役であったバンド「Twilight黒光」がメンバーの不祥事などが原因で解散し、その後に他の人気V系バンドも方向性の違いなどの理由により立て続けに解散していた。人気V系バンド達の連鎖的な崩壊とシンクロするように、MIDICITYのV系ブームはあっけなく終焉を迎え、一般ミューモン達の興味の対象から遠ざかってしまったこと
・当時、移り変わりの激しかったMIDICITYの音楽シーンで、それでも長年変わらず不動の人気を誇っていたアイドル系バンドと、あらたにヒップホップ系とパンク系バンドのブームが過熱していたこと、さらに巨大なマスメディアの力でそのブームが過剰に演出されていたこと
・テクノロジーとネットワークの飛躍的な発展により、個人でも世界中に向けて発信できるWebプロモーション活動が可能となりはじめた当時のMIDICITY。だけど全員ITのドドドド音痴だったAmatelastはそのネットの波に乗り遅れてしまったこと
・Webで一切発信をしなかったAmatelast。無知であったが故に時代にそぐわない彼等の姿は、神秘的でかつ刹那的な宝物のようにも見えて。アマテラー(※Amatelastのファンの事)の間で「AmatelastヲWebニ晒スベカラズ」という、『彼等は自らの意思でWebとは距離を置いている、だからファンもその意思を尊重しよう』という誤解による秘匿主義が広まってしまったこと※諸説あり
などがある…………
時代が違えば結果もまた違ったのかもしれない。けれどそんな「たられば」の話はここでは割愛しよう。
Amatelastは目標としていたバンド(いつか対バンしたいと願っていた)を失い、V系ブームの消滅と共に有名となる為のステップとチャンスもどんどん遠のき、またもや不平等な世界を思い知らされる事となった。
それでも屈する事無くV系バンドとしての活動を続け、少数の熱狂的なアマテラーが彼等を支えてはいたものの、無名バンドの位置から脱却できずにいた。
この頃から愁は「売れること」を意識し、焦りはじめていた。
★★★★
Shibuvalleyのとあるライブハウス。
駅のEight公口から道なりに進み、Roadgen坂を登り切った先を右に曲がり、路地を抜けたところにある、1年前にAmatelastが初・ワンマンライブをしたハコでのライブ。だが今回はワンマンではなく、他ジャンルの人気バンドの前座として3組参加するうちの1バンドとしての参加。主催者側の思惑も、人気ジャンルに対して今やマイナーであるV系という「天然記念物」(わずか1年でそう揶揄されるほどに、この当時のV系はジャンルとして廃れてしまっていた)をオモシロおかしく扱おうという酷いもので。
それでも参加すると決断したのは、他ならぬ愁だった。
ライブ本番は19時から。通常、出番が遅いバンドから先にリハを行う。メインバンドの前座であるAmatelastは夕方頃、順番としては最後の現場入りだった。機材車を乗り付ける搬入スペースが人気バンドのトレーラーに占拠されており一悶着あるも、なんとか搬入が終わり。まもなくリハを迎える状況だった。
「ふぅ〜、大変だったけど、なんとか準備終わったね」
「あいつら舐めやがって……オレ達はAmatelastだぞ。クソッ」
「よせ。イキってるだけのくだらねえ連中だ。相手にするのがバカらしいぜ」
「そのくだらねえ連中の前座だけどな……オレ達は」
「……………」
アダムのひとことで、黙ってしまう3人。
「そういえば愁は? どこいったのかな〜」
「便所か? にしては長えな」
「まさか……あのヒップホップパンクかぶれ共とやりあってるんじゃ……」
バタン、と楽屋のドアが開く。
いつも通り低いテンションの愁がいた。
特に変わった様子はない。
どうやらアダムの杞憂だったようだが……。
「どこ行ってたんだよシュウ! もうすぐリハだぜ、緊張してんのか?」
「…………黙れ」
小さく、呼吸を整えるかのように間をおいてから。
愁は冷たく答えると、ロム達の方を見向きもせずに楽屋奥のパイプ椅子に座った。
「ねえ愁、今日の衣装なんだけどね……」
「愁、セルムンのラスサビなんだが……」
イヴとアダムはリハ前に確認しておきたいことを愁に各々話しかける。
が、愁はどこか上の空で。気のない返事を繰り返していた。
その様子を見ていたロムは、段々と苛立ってくる。
このライブへの参加を決めたのは愁だ。
今のAmatelastの状況にメンバー全員が納得いっていないのは確かだ。その現状を打開する為に、イロモノ扱いされる事が判っていたにもかかわらず、今日のライブへの参加を決断した。なのに、肝心の愁がやる気の感じられない様子で。
それがロムは無性に気に入らなかった。
バンドの要である愁がこのていたらくでは、今日のライブでファンを増やす事なんてできやしない。「オレがなんとかしなきゃ、シュウの野郎をやる気にさせなきゃ」ロムはそう思っていた。
「おいシュウ! 今日は久々のデケえハコでライブだからな。ハンパなライブしやがったら、許さねえ!」
「あ? 黙れ筋肉。あいつら全員まとめてSinを償わせてやる」
「ハハッ、判ってるじゃねえか!」
ロムに煽られて、憎まれ口を叩きながらも愁の眼光はいつもの研ぎ澄まされた刃物のようにギラついた。ロムは愁の扱いをよく判っている。
『アマテラッコさん、リハおねがいしま〜す」
「あ????」
Amatelastを呼びに来たスタッフが無邪気にバンド名を間違えたことで、反射的にキレた愁。彼を止める為にまたしても一悶着があったものの。その後リハは滞りなく終わり。
そして彼等はライブ本番へと臨んだ。
★★★★
楽屋に戻るなり、
最初に口火を切ったのはロムだった。
「てめえシュウ!! 勝手な事ばっかしやがって!!
なんなんだよアレは!!!?」
廊下を抜けステージ袖まで響き渡る怒号……
この日のライブは散々だった。
……その日トップバッターで登場したAmatelast。
熱狂的な少数精鋭のアマテラー達が最前を固めるも、それ以外は後に控えるヒップホップ系人気バンドの登場を待つファン達だ。Amatelastには興味が無く、フロア後方に寄ってドリンク片手にゆるりと眺めている客が大半だった。
Amatelastのライブはお決まりのBGMから始まる。
「この不平等な世界に生まれ落ちた 最期の(中略)……」
愁の語りと共に、M1から始まる。
はずだった。
ところが愁は冒頭からリハにないアレンジを勝手にはじめ、その場にいる全員に罵声を浴びせるかのような強烈なボーカルを繰り広げた。唖然とするアマテラー達と、愁の凶行をコミックバンドと勘違いして好奇の目で見る他バンファン達。突然の愁の異変と横暴ぶりに誰よりも驚いたメンバー達だったが、それでもなんとか曲の体裁を保つ為に必死に合わせた。M2、M3と、立て続けに愁はリハにない勝手なアレンジを繰り返し……メンバー達もついていくのがやっとで。
困惑しながらも最前アマテラー達は必死に愁への声援を送る。だがその声援も虚しく。当然ながら他バンドのファン達をモノにすることもできず。仕舞いには心無いブーイングまで飛び出る始末。
そのブーイングに対して、歌に交えて暴言を吐き散らす愁。
Amatelast結成後、最低最悪のライブだったかもしれない。
何もかもがめちゃくちゃだった。
愁の音楽を信じてこれまでやってきたロム、アダム、イヴの3人。だけどこの日の愁の振る舞いは到底理解できず、それぞれが複雑な感情を胸に楽屋へと戻ってきたのだった。
「どういうつもりだ愁? あんなめちゃくちゃなライブ、お前らしくない」
「うん、ボクもそう思う。愁らしくないよ、もっと曲を大事に……」
楽屋に戻るなり怒り散らしたロムを制止するように、アダムとイヴが心配した様子で声をかける。
「俺らしい? 俺らしいってなんだ?」
「愁?」
「俺らしくやってきたから、この様だろうが」
「……………」
ロムは黙って、愁を睨んでいた。
「このまま続けて何になる? この1年、俺達はどうだ? 言ってみろよ」
愁は恐ろしく冷静な口調で、アダムとイヴに詰め寄った。
「……愁」
「ボクは、みんなとバンドするのが楽しいから……」
「それで? その先に何がある?」
「……ボク、頭悪いから……よくわかんないよ、けど……けど!」
「変わるべきだ。
Amatelastは変わるべきなんだよ。今日はそれを試しただけだ」
愁は冷たく言い放った。
「変わるべきって……ちょっと待てよ愁? オレは……オレだって、お前の曲が好きだからAmatelastやってるんだぜ? 変わるってどういう事だよ?」
震えるような声でアダムは愁に問いかけた。
愁は目線を合わせずに、
「……………変わるしか、ないんだよ」
小声でつぶやいた。
愁が言い終わるのを待たずに、
それまで無言を貫いていたロムが叫ぶ。
「このバカ野郎がーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
全力で握りしめた拳を愁の顔面へ向けて繰り出すロム。
しかし愁は最小限の動きでロムの拳を躱すと、
逆にロムに掴みかかった。
「変わらなきゃ売れねえんだよ!!
売れなきゃ頂点には立てねえだろうが!!!!」
必死の形相で愁が叫ぶ。
「ざっけんな!! 変わる事は逃げだろうが! AmatelastはV系バンドだ!
オレ達が信じる音楽で、頂点獲るんだよ!!!!」
負けじとロムも叫んだ。
2人は睨み合ったまま、重い沈黙が楽屋を包む。
「………」
アダムは何も言えなかった。
愁の口から出た「変わるべきだ」という言葉が、あまりにもショックで。
何も考える事ができなかった。
「ボクは……ボクはね。Amatelastが好きだから………
愁だって、みんなだって、そうでしょ?」
哀しい目でイヴはメンバーを順に見ながら言った。
「俺は…………」
愁は言葉に詰まる。
再び長い沈黙の後、そのまま何も言わず乱暴にロムを突き放して。
ギターだけを持って楽屋を出て行った。
「大丈夫かな、愁。あんな事言うなんてはじめてだよね……」
「………変わるなんて、考えた事無かった」
「ったく、バッカ野郎が。まあ何日かしたらカフェに顔出すだろ……いつもみたいにボーッとした顔でよ。新曲ができた、なんて言いながらな」
楽屋の天井に乱雑に描かれた、聞いた事も無いバンドのサインを見上げながら、ロムはそう言った。
この日を境に、愁とロムの2人は衝突ばかりするようになっていく。
★
後日、S-river Stationのカフェ。
朝のラッシュ時の混雑が過ぎ、ランチ前の少し店内が静かになる時間帯。
愁が店を訪れた。この日は珍しく、Amatelastのメンバーがバイトのシフトに入っていない時間帯だった。
「音楽をやればやるほど、痛む……店長、どう思う?」
メンバーにはずっと言わなかった事。
気がついたのは、1年前の夏の終わり。海に行った日の翌週からだ。
激しい曲を演奏したり歌ったあとに、なんとなく胸の内のメロディシアンが痺れるような感覚がした。
はじめはちょっと気になる程度だったけど、時が経つにつれてだんだんと、はっきりと感じるようになってきて。
Amatelastの曲をやればやるほど、胸のメロディシアンに痛みが走る。
徐々に、徐々にだけど、痛みと自覚できるようになってきたのは最近のことだ。
音楽と服の事以外は無頓着でTVやネットも見ない、世間知らずの愁。
メンバーに弱音を吐いたり、頼る事は絶対にしたくない。
だからといって、他に話せる相手もいない。
唯一身近な大人であるカフェの店長に相談したのだった。
なにかと音楽界隈に顔の利く店長だし、大人だし、何か判るかもしれないと。
『愁くん……ちょっと行ってみる?』
「は? どこにだよ」
その後、愁は再び己の運命を呪う事になる。
(つづく)
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