【第六話】
★★★★
―X年前、夏―
ザクロ水産での打ち上げの日から、しばらく経って。
Amatelast結成後初めての夏は、終わりに近づいていた。
「海、行きたくねえか?」
「……は?」
Ikepoachでの路上ライブ後の帰り道。
オンボロの機材車を運転しながら、唐突に海に行きたいと言い出したロム。
後部座席でうたた寝をしていた愁は、ロムのおもいがけない一言で目が覚めた。
突然のアホな一言。
思いつきだけで行動する、筋肉バカ。
コイツはいつもこうだ。
エアコンの効きが悪く蒸し暑い車内で、愁の不機嫌度は69%を超えようとしていた。
Amatelastはバンド結成から数ヶ月が経ち、ShibuvalleyやUnderNorthZawaでの路上ライブ、はたまた小さなハコでのライブを何度か経験していた。
もちろんワンマンライブではなく、人気バンドの前座として複数の無名バンド参加によるバトルロイヤル的な過激企画系ライブ(ライブと呼べる代物か怪しい程のカオス感はありつつ)での出演だ。Amatelastの4人がバイトをしているカフェの店長は何故か各地のライブハウスに顔が利き、そういったトンデモ系企画の話を頻繁に彼等に持ってきた。
どんなキッカケであろうと、とにかくチャンスをモノにしたかったロムと、好奇心の塊のイヴ2人は即答で出演OK。渋るアダムと、話を聞きすらしない愁、いつもNGの2人を説得して無理くり参加してきた。
V系ブームの過熱ぶりと共鳴するかのように、MIDICITYには有象無象のV系バンドが鮮烈乱立していた時代。駆け出しのAmatelastもまた、その有象無象のひとつに過ぎず、飽和状態のV系バンド群の中から一歩抜き出る為のチャンスを渇望していた。
バイト、練習。
バイト、バイト、練習。
バイト、バイト、おやつ、バイト、練習、そして路上ライブ。
そんな繰り返しの毎日。
やる気は無限にあるけれど、やる気だけで物事がうまくいく程この世界は甘く無い。
Amatelastは無名の出来たてバンド、頂点への道は果てしなく遠い。
時には弱音や愚痴だって吐きたくもなる。涙も出ちゃう、かもしれない。
だったらたまには気晴らしもいいだろう。
海に行こうと言い出したのは、ロムなりにメンバーを気遣っての提案だった。
「海行きた〜い。ボク何年もいってないかも〜」
「明日もバイトだろうが。絶対反対。」
助手席で芋けんぴスナックをかじりながら大賛成のイヴと、後部座席でちんまりと丸まって座りながらも鋭い目つきで大反対のアダム。
寝起きで不機嫌全開の愁は、後部座席からロムが座る運転席を脚でどつきながら、
「おい筋肉。だいたいなんで海なんだよ?」
「オレ達も早くワンマンやりたいだろ? けどよ、その為には曲が足りねえ」
「だからなんで海?」
更にイライラが増す愁。
「海は全ミューモンの母だ。でっけえ海を見ながら新しい曲を考えたらよ、
でっけえ舞台にピッタリの神曲ができるかもしれねえ!
なんとなくだけど、思いついちまったんだよな。」
運転に集中しながらも、ロムはそう答えた。
「……新曲」
ロムの言うことは何であれ無条件にムカつく愁だけど、音楽の事となると別問題だ。海で風に打たれながら新曲を作る、なんとなくだけど悪くない選択肢と思えた。
それに新曲の構想を練り続けていた中で、なかなか突破口が見いだせず、脳内の不確かなイメージを明確にする為にも、何かキッカケがほしいと思っていたところだった。腹立たしいことに、愁が行き詰まっている時に限って、ロムがなにか突拍子もない行動を起こす。結果的にロムの行動が問題解決の起点になる事が多いのが、また愁にとっては一層腹立たしいわけで。
まるで自分はロムに手を引かれて歩いているかのような気すらして、むず痒さと苛立ちを感じていた。
「今から海なんか行ったら明日のバイトどうするんだよ?」
翌日シフトが入っていたアダムが冷静な突っ込みをするも、時既に遅しで。
「行こうよ〜! みんなで行ったら絶対楽しいよ〜〜! うーみ! うーみ!」
脳内が海への想いでいっぱいに満たされたイヴと、
「よーし! このまま高速にノっちまおうぜ!!」
唯一運転免許証を所持しており、やると言ったらやる男、ロム。
この2人を止める事はできなかった。
(ちなみにアダムは原付免許を持っている、イヴは自転車に乗れる、愁は以下略)
どうせバイトはサボるのだからと、我関せずで再び眠りにつく愁。否定も肯定もしないのだから「愁は海行きに同意した」ロムとイヴはそう判断した。
賛成3:反対1。
アダムはとても不機嫌な鋭い目つきで、窓の外へプイっと顔を背けた。
内心、海行きが楽しみでもあったことは誰にも言わずに。意地っ張りだから。
Amatelastの4人を載せたオンボロのレンタル機材車は、ネオン輝く夜のMIDICITYハイウェイを東へ向かって突き進む。黒々とした排気ガスをボフン、ボフンと吹きながら。
カーラジオからは、DJダンダ・ディーンの軽快なMCが鳴り響いていた。
★★★★
【Naru East Coast】
MIDICITYから車で数時間(高速道あり)、東に向かって走った先にある大きな海水浴場。白い砂浜、外海ならではの高くてイイ波、都会近郊の海にしてはとても綺麗な海水で、早朝はサーファー達、昼には海水浴客で賑わう。ロムは学生バイト時代、先輩に連れられて遊びに来たことがあった。彼にとっては淡い思い出の海であり、いつか仲間ができたら連れて行きたいと願っていた、とっておきの場所のひとつだ。
海岸に到着し、近くの駐車場に機材車を止め、4人は夜のビーチへと繰り出した。
時計は夜11時を回っていただろうか、辺りには誰もいない。
「やってみたかったんだよね〜、海で花火〜♪」
途中のコンビニで買った花火セットをそそくさと広げるイヴ。
「まったく、子どもじゃねえんだぞ……オレ達は」
高速を降りたあたりで車酔いしてしまったアダム。その後コンビニ前でしばらく休んだものの、まだ本調子ではなく。だからボソリとだけ、静かに文句を言った。
「よーし! ラストまで落ちなかったヤツが勝ちだからな! ほら、みんな持てよ」
1人で数時間運転し続けたにも関わらず、イチバン元気ビンビンなロムがメンバーに線香花火を配る。勝ったところで何がある訳でも無いのに、なんでもバトルにしたがるのは若さ故の男心なのかもしれない。
「………ん」
到着まで一度も目を覚ますこと無く眠っていた愁は、朦朧としながら線香花火を受け取った。
「じゃあせーので火つけるよ〜」
「おう、行くぜ!」
「早くつけろよ」
「……ん」
4人の線香花火に火が灯り、
少しずつパチパチと音を立てて……
やがて小さな火花を散らし始めた。
夜の闇に、そこだけ目映い光が生まれて、彼等の影が色濃く砂浜へ映し出されていく。
その影はときどき揺らめいて、夜の海の香りと混ざり合う。
愁は火花を見つめながら、徐々に目が覚めてきて。
1人物思いにふけった。
夏だから海?
普通の若者にとっては当たり前の事かもしれないけど、愁は違った。
去年の夏は何をしていただろうか?
自習室に籠もって、ろくに食事もとらず、ずっとピアノを弾いていた。
夏でも、秋でも冬でも春でも関係なく、機械のようにピアノを弾くだけ。
ただそれだけの毎日。
自分は生涯ピアノを弾き続けるのだろう、明ける事の無い夜、ずっと闇の中にいるような感覚……この先も夜が明ける事は無いのだろう。
ひとりぼっちで鍵盤と向き合いながら、そう思っていた毎日。
だが今はどうだ?
仲が良い訳でも無いのに、音楽だけで通じ合い、他人と行動を共にしている自分がいる。こいつらと海に来て、線香花火を手に、その小さな炎の光を見つめている自分がいる。
かつての自分がこの光景を見たら驚くだろう。
幻を見ているのだと、嘲笑うだろう。
だけど、今のこの姿も紛れもない自分なのだ。
火花の明滅に呼応するかのように、愁のメロディシアンが疼きだす。
行き詰まっていた新曲のメロディー……
その片鱗が、脳裏にぼんやりと浮かんでくる。
突然、愁は線香花火が落ちきるよりも前に振り返り、
まだ火が消えきらない線香花火をコンビニで買っておいたバケツにシュートすると、1人颯爽と機材車へ向かった。
「愁?」
「あれ〜、愁どうしたの〜?」
「おい? シュウ、どこ行くんだよ!?」
「黙れ、気が散る」
今すぐこの脳裏に浮かんだメロディーの片鱗をまとめあげ、ひとつの楽曲として作り上げたい。愁はそれ以外何も考えられなくなっていた。花火なんてどうでもいいと、いつもの我が儘な衝動が覚醒したのだ。
愁が突然動きだす時は、大抵音楽絡みで彼の革命が起きる時だ。
メンバー達はそれを判っていたから、しばらく愁をそっとしておくことにした。
車酔いから完全に回復したアダムも、元からはしゃぎまくりのイヴも、熱いものが大好きなロムも、花火セットを全力で楽しみながら、愁が戻ってくるのを待つことにした。
★★★★
「新曲が出来た」
花火セットを遊び尽くし、別途買っておいたロケット花火で「誰がイチバン遠くまで飛ばせるか勝負」で盛り上がり、その後はビーチでガチ相撲を取っていたロム、アダム、イヴの3人。戻ってきた愁の突然の告白に驚くと同時に、この日イチバンのワクワクタイムの始まりに嬉々として、急いで花火の後始末をした。
「まじか! 聞かせろよ!」
「わ〜い、やっぱり海に来てよかったよね〜」
「……聞いてやるよ」
はやる3人を余所に、愁はあたりを見回した。丁度良いサイズの流木を見つけて、ゆっくと腰を下ろす。そして機材車から持ってきたギター【Beginning of the end.】を静かに奏で始めた。
いつの間にか夜の雲はどこかへ消えて、あたりは月明かりに照らされて。
寄せては返す波の音に呼応するかのように、愁はメロディーを奏で言葉を紡ぐ。
どこか物哀しい囁きと乾いたギターの音色がシンクロし、物語の序章となるintroが構築されていく。
やがて、愁は手を止めた。
しばしの静寂、時間にしてほんの数カウント程だろうか。
次の瞬間、突然の激しいリフへと変異する。
やわらかな月の明かりも、やさしかった波の音も、全てを否定するかのような自己中心的なメロディー。
愁のこれまでの生き様と、激変した己との相反するベクトルが衝突し、全てを吐き出すかのようなリリック。
愁は自分が生み出す世界に没頭していく。
自分はこれまでずっと1人だと思っていた。
こいつらは何かとムカつくし、仲間だなんて思ったことはない。
けれど、音楽を通じて、同じ目的に向かって行動を共にしている。
いわば運命共同体、と呼ぶべき存在なのかもしれない。
こいつらとなら、きっとなんだってできる。
怖い者なんて何もない。
だから……Amatelastは、
ずっとひとりぼっちだった自分にとって、
生まれて初めての、青春。
だったのかもしれない。
この時は、そう思っていた。
★★★★
ロム、アダム、イヴは愁の生み出した新たな曲の世界に夢中だった。
愁は紛れもない【本物】だ。
これまでにもそう感じる事は何度かあったけど、この時確信に変わったと、いつか彼等は言っていた。「そんなものはお前等の思い込みに過ぎない」と、愁は否定したけれど。それでも、馬鹿の一つ覚えみたいに彼等は信じ続けた。
愁の事を、ずっと。
寄せては返す波のように、愁の歌は続いて……やがて曲が終わる。
メンバー達は愁の新曲について感想を語るよりも前に、
各々が自分の役割を確認した。
無名のAmatelastだけど、4人共プロのバンドマンの顔をしていた。
音楽に対して甘えや慢心は無かったから。
アダムとイヴもこうしてはいられないと、楽器を取りに機材車へと向かった。
愁は月を見上げる。
ロムもまた、同じ月を見上げていた。
普段の2人なら……いつもロムから口火を切る事が多いのだけれど、この時は不思議と愁も素直になっていて。
どちらからともなく、恥ずかしげもなく言ってのけた。
『いつか必ず 頂点のステージに立とう』
約束、と呼べる代物かはわからない。
だけどこの時は、素直にそう思っていた。
そしてこの夜、新曲「Selfish Moon」が完成した。
★★★★
夜も更けて。
「よーし! 新曲も出来たことだし、そろそろ帰るか。明日もバイトだからな」
「明日じゃなくて、もうとっくに今日だろ?」
「ボク眠くなってきちゃった〜、ロム安全運転してね〜」
ゾロゾロと機材車へと戻る3人を余所に、
愁は再び月を眺めていた。
「おーい、愁! 行くぞ」
「……ああ」
先を歩くロムの大きな背中を眺めながら、
愁もまたゆっくりと歩を進める。
長時間、夜の海風に吹かれたからか、
無茶な演奏を繰り返したからか。
愁の右手は震えていた。
波に飲み込まれていく無数の泡のように……
脆くて儚くて、小さな震えだった。
(つづく)
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