【第二話】
「ボクの過去の事さ。そう……Amatelast(アマテラスト)という、
バンドの事を……☆」
窓の外を眺めていたシュウ☆ゾー君は、そう言って振り返り……
僕(リクだよ)と兄さんを見つめた。
Amatelast
シュウ☆ゾー君が、かつて所属していたというバンド。
音楽のジャンルは【Visual系】。
僕がまだ子どもの頃に、MIDICITYで大流行していたというジャンルで、【V系】とも呼ぶ。
それって……あの【シンガンクリムゾンズ】も、V系バンドだと名乗っていたよね。シンガンのメンバー、筋肉が印象的なロムさん……
僕は知っている。ロムさんと話す時だけ、シュウ☆ゾー君は……とても哀しそうな表情を見せるんだ。2人の間にはきっと、他人には言えない何か因縁がある。
それは前から思っていたし、気になってはいたけれど……
それからシュウ☆ゾー君は、僕たちが今まで知るよしも無かった、過去の事を話してくれた。バラバラになったパズルをひとつひとつ組み上げていくように、散らばったノートのページを1枚、また1枚と拾い上げていくように……
兄さんは、理解して受け止めるまでに、とても時間がかかっていたけれど(もちろん僕だって、とてつもなく驚いたし、正直戸惑いでいっぱいだった)、僕はシュウ☆ゾー君の話を聞きながら、必死にメモをとった。
誰だって、自分の本当の気持ちを他人に伝える事は難しい。
とても勇気が必要な事だ。けれど今の僕たちにだからこそ話したいと、シュウ☆ゾー君は言ってくれたんだ。だから僕は、その気持ちに応えたかった。
シュウ☆ゾー君が話してくれた物語を、僕のできうる限り精確にメモをとった。
※後日、僕がこのメモを冷静な気持ちで文章として書き終えるまでに、もの凄く時間がかかった事は言うまでも無い。
★★★★
—X年前、夏ー
【Bigsaki Station(ビッグサキ駅)】。
総数2000万を超えるミューモン達が暮らす、【音楽都市MIDICITY】。
その中央に円環のように走る鉄道路線、【M-hand線】を時計に例えるならば、
「六時」のあたりに位置する始発駅。
今でこそ大きな高層オフィスビルがたくさん立ち並ぶBigsakiだけど、X年前当時はまだ開発の途中で大きなビルは少なく、周りには工事現場が点在していて、その真ん中にポツンと駅があり、「陸の孤島」と呼ばれていた。
その駅から歩いてすぐの雑居ビルの地下で、賑やかに営業する居酒屋、ザクロ水産。リーズナブルな価格で食事を楽しめる、付近のサラリーマンや社会人御用達の店。
その夜は、周囲のサラリーマン客とは明らかに異質な、全身黒ずくめの4人のバンドマンが、ザクロ水産の店内で小さなテーブルを囲んでいた。
「魚肉ソーセージ、50サウンドル? ハハッ安すぎだろ!」
真っ先に肉メニューをチェックしたのは、【ロム(Dr)】。
褐色の肌に、筋肉隆々の肉体と精悍な顔つき、けれどまだどことなく青臭さも残る、活発で健康的な印象の青年。
「わぁ〜〜、このピッ、ピッ、てやるのおもしろ〜〜い」
ザクロ水産のペン型注文システムに感動していたのは、【イヴ(Ba)】。
足先まで届きそうな銀髪に、鋭い瞳、細長い角と手足。そして風貌とのギャップが激しい『ゆるい』かんじで喋るこの男は、バンドのムードメーカーだ。
「おいイヴ!! 注文いれすぎだろ! 納豆マンゴープリンアラモードなんて誰も食べないだろうが!!」
激しい勢いでイヴにツッコミを入れているのは、【アダム(Gt)】。
顔の半分が隠れるほどに垂らした前髪にピンクのメッシュカラー、丁寧に整えられたネイル、店内でも黒いマスクをしたままのトガった姿は、周りの客達から奇異の目で見られていた。
「どうでもいい……打ち上げなんか、Shibuvalleyで済ませればいいだろ。なんでわざわざ……」
不機嫌そうに、冷めた表情で悪態をついたのは、【愁(Vo+Gt)】。
艶のある漆黒の髪、美しくも鋭い眼光で全てを睨み付けるその表情は、まるで獲物を狙う狩猟ミューモンのようだ、なんて言われていたらしい。
「うるせーな、ココが一番安いんだよ! それにオレんちすぐそこだからよ、閉店したらウチで飲めばいいだろ? 機材車返してたら、すっかり遅くなっちまったしな」
大ジョッキを豪快に振り上げて、ロムは笑う。レンタル機材車の返却に時間がかかり、打ち上げのスタートは夜10時を回るところだった。
「いつもどおり客は少なかったけどよ、ライブおつかれ! ってことで、乾杯!!」
「かんぱ〜〜い!」
細長くしなやかな腕でジョッキを差し出すイヴ。
「カンパイ」
無表情にグラスを差し出すアダム。
「チッ……乾杯」
不機嫌にグラスを持ち上げるだけの愁。
「ったく、お前はいつでもどこでも誰とでも不機嫌だよな、シュウ。もーちょっと愛想ってモンを覚えろよ。そしたらファンだって増えるだろうが」
ドリンクを一気に飲み干し、魚肉ソーセージ片手に、ロムがいつもの調子で語り出す。
「え〜っ? でもさ〜、愁がとつぜんニッコニコでファンサしたら、アマテラーのみんなビックリして気絶しちゃうよ〜。おっかなくてカッコイイのが、愁のイイところなんだしさ〜」
「そのとおりだ。お笑い筋肉担当はお前だけで十分なんだよ、ロム」
イブがゆる〜く感想を述べると、すかさずアダムがロムを茶化した。
いつものやりとり、いつものテンポ、いつもの空気感。
「チッ……黙って喰え」
悪態をつきながらも、居心地は悪く無い。
愁は思う。かつての自分には考えられなかった事だ。その頃の愁は、心境の変化に戸惑いつつも、悪い気はしていなかった。
その日、Shibuvalleyの片隅でライブを終えたAmatelastの四人は、ロムが住む安アパートの近く、Bigsakiで打ち上げをしていた。
大衆居酒屋でのささやかなものだけど、まだ駆け出しの彼等にとっては十分に贅沢な打ち上げだった。
世間はV系ブーム、しかしAmatelastは無名のバンド。周囲のサラリーマン客の目には、奇妙な集団にしか見えなかった訳で。
「なあ兄ちゃん達ィ〜? もしかしてアレか、流行りのB系ってやつか〜?」
ネクタイをゆるめ顔を赤らめた、酔っ払いサラリーマン客の男が千鳥足で声をかけてきた。嫌な予感しかしない展開だ。
「あぁ? なんだよオッサン、B系じゃなくて、V系な。オッサンの席はあっちだろ、絡んでくるなっつーの」
接客業のバイト経験が豊富なロムは、こなれた様子で相手をあしらう。ロムにとっては、この程度の煽りは日常茶飯事だからだ。
「へぇへぇ、V系だかなんだか知らないけど、全身真っ黒でヘンテコな服だよな〜」
去り際、男はボソっと嫌味を言った。
嫌なかんじだ。
どうして世の中こうなんだろう。
自分と違うもの、理解の及ばないものを忌み嫌い、心ない言葉を吐きかける。
思うのは勝手だ。好きにすればいい。
けれど、言われたほうはたまったものじゃない。
言葉は力をもつ、言霊だ。
どんな言葉だって、相手に刺さる力がある。
そんな世の中に嫌気がさして、コイツらとバンドを始めたのに。
結局いつもこうなのか。
愁の胸が疼く。
心の内にあるメロディシアンの奥底から、ドス黒い怒りがこみ上げてくる。
「○○○ぞ……」
唸るように呟き、漆黒の黒髪を揺らしながら男を睨みつけ、愁は席を立った。
「あ〜あ、ボクし〜らない。愁に服のこと言うなんてさ〜」
「愁、顔はやめとけよ。ボディボディ」
「バカ野郎! 落ち着いてメシ食ってる場合じゃねーだろ、止めるぞ!」
有無を言わさず獲物を狩るように、男に飛びかかろうとする愁。
いつもの事だからと気にせずに、ザクロ水産おすすめメニューを頬張るアダムとイヴ。必死に仲裁に入るロム。
それから……
愁の凄味に腰を抜かした酔っ払い男はすぐに平謝りし、50サウンドルの魚肉ソーセージ4人分をご馳走してくれたそうだ。危険な雰囲気を察知した店員の通報で、近所の派出所からポリスが到着した頃には……店内は何事も無かったかの様子で。和気あいあいとロック談義で、Amatelastの4人もその酔っ払い男も、夜が更けるまで盛り上がったという。
音楽好きのミューモンなのだから、音楽があれば、
いつだって分かり合える…………そう信じていた。
閉店時間となり、4人は店を出た。
「オレんち近くだからよ、ウチで飲み直すか?」
「チッ……行くわけねえだろ。バカと筋肉がうつる」
「ふわぁ〜あ、ボク眠〜い」
「寝るなイヴ! ほら、もうすぐ始発来るぞ! 起きろって!」
始発電車が来るまでのあいだ、路上で再びV系談義に花が咲き。
4人がそれぞれの帰路につくころには、夜も白々あけて。
陸の孤島と呼ばれる駅には、雨が降り始めていた。
○で火照った肌に雨が心地良かったと、彼は言った。
(つづく)
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