【第一話・プロローグ】
冬
外には雪がしっとり降りはじめている。
高層ビルの窓から眺めるこの光景はまるで……昨日までのライブツアーの興奮、夢のひとときを、白く優しく包み込むようで、僕には幻想的な絵画のようにも見える。
そんな恥ずかしいポエムをメモ帳に書き始めてしまうくらい、
僕の心は朝から浮き足立っていた。
ジューダス事務所、本社ビル。
Ropponwood駅のすぐそば、都会のど真ん中に颯爽とそびえ立つ、
夢いっぱいのビルディング。
その39階には、歴代の殿堂入りジューダス☆スター達の名前を冠する、
13の会議室がある。
その中で唯一、現役スターの名前がつけられた7番目の会議室、
【シュウ☆ゾー・ルームっ】。
僕が心から尊敬する夢銀河☆アイドル、【シュウ☆ゾー】君の名前だ。
現役のまま、殿堂入り先輩スター達と並び立つだなんて、
本当にシュウ☆ゾー君はすごい!
僕はこの7番会議室で、彼の到着を待っている。
「おっはよーございまーす! あれ? なんだ、リクだけかぁ」
ノックもなく、元気いっぱいの挨拶で入ってきたのは、僕の双子の兄。カイ。
「兄さん、いつも言ってるじゃないか。
会議室に入るときはノックしなきゃダメだよって」
「オレ達アイドルなんだからさ、いつだってサプライヤーが必要だろ?」
兄さんは爽やかに、ニカっと笑う。
「もう! それを言うならサプライズだよ。それにアイドルだからこそ、マナーは守らないと!」
「ハハッ、朝からマジになるなって! リクはほんっとマジメだよなー」
兄さんは普段からこんな調子だけど、今日はいつも以上にテンションが高い。
それは僕も同じで、ポエムを書いてしまうくらいには浮き足立っている。
僕たちが朝から興奮気味であることには、理由がある。
だって僕たちトライクロニカは、
昨日まで【夢銀河ドリーム69大☆宇宙ドームツアー】を走り続けていたのだから。
夢銀河ツーリスト達の夢応援のおかげで、69箇所を巡るライブツアーは大成功!
長期間のツアーを無事に走りきる事ができて、僕たちの充実感もこのうえなかった。だけど、終わった途端に緊張感が途切れたのか、ツアーの疲れがどっと出てしまって……。
シュウ☆ゾー君が気を利かせてくれたのか(ほんとに優しい!)、打ち上げは早々に切り上げて、僕たちは帰宅させてもらう事になった。
帰宅するなり、兄さんも僕もすぐソファーへなだれ込んで……ツアーでの思い出や、シュウ☆ゾー君のすごいところを語り合っているうちに、いつのまにか眠ってしまったんだ。着替えもせず髪の毛もボサボサで……アイドルとしての自覚が足りないよね。反省しなきゃ。
翌朝僕は、目覚めてすぐにスマホをチェックした。昨日は寝落ちしてしまったから、今日一日のスケジュールをすぐに確認しなければならない。
アイドルの大事なルーティンのひとつだ。
ところが、スマホの画面を見た瞬間、僕は目を疑った。
《カイ、リク。ツアーおつかれさまっ☆ キミ達ツインズに話しておきたい事があるんだ☆ 明日の朝9時に、7番ルームで待ってるよっ☆ シュウ☆ゾー》
僕は思わず目をこすり、画面を2度見、いや6度見した。だって、シュウ☆ゾー君からのメッセージが届いているなんて! 事務所からの連絡はマメにあるけれど、シュウ☆ゾー君がダイレクトにメッセージをくれるなんて、僕にとっては今年イチバンとびきりのプレゼントだ!
シュウ☆ゾー君からの送信は昨日の夜23時6分。
僕がスマホを確認したのは朝6時6分。
それから兄さんをたたき起こして、朝ごはんを食べて、シャワーを浴びて、部屋の掃除をして、身だしなみを整えてから、事務所へと向かったんだ。
事務所に着いたのは8時ジャスト、
【シュウ☆ゾー・ルームっ】を念入りに掃除し終えたのが8時30分。
僕がポエムを書き出したのが8時45分。
【ジューダス☆男スマイルキッズ塾】のダンス朝練コーチを終えた兄さんが、
会議室に着いたのが8時50分。
そして今は約束の5分前。
そろそろ、シュウ☆ゾー君が登場するタイミングだ。
☆☆☆
トットト トトトンッ☆
「グッモーニンっ☆ツインズ達っ」
とってもサンキュっの響きに合わせた、軽快なリズムのノック。
ドアを開けて颯爽登場したのは、僕が尊敬する夢銀河☆アイドル、
僕たちトライクロニカのフロントマン、シュウ☆ゾー君だ。
「「おはようございます!! シュウ☆ゾー君!!」」
兄さんと僕は寸分違わぬタイミングで挨拶をする。
あえて違いがあるとしたら、兄さんは「シュウ☆ゾーくん」と呼ぶし、
僕は「シュウ☆ゾー君」と呼ぶ。響きは同じだけど、字面は違う。
いつからそうなったのかな……いけない、僕の悪い癖だ。
シュウ☆ゾー君との会話中なのに、色々と考えこんでしまう。
「外には白いスノー☆ワールド。うん、ステキだね。
昨日までのホットなツアーで、火照ったボク達のハートとフィジカルを、
優しく包み込んでくれているみたいだねっ☆」
ああ、シュウ☆ゾー君も今日の景色を見て、そう思っていたなんて、嬉しいな。
表現力の差は歴然だけど、僕もようやくシュウ☆ゾー君と同じ感性を持てるくらいには、成長できたって事なのかな。どうしよう……嬉しさがこみ上げてくる。
「リク、部屋の掃除をしてくれたんだね。サンキュっ☆」
「はい! シュウ☆ゾー君とのミーティング前なので、ピカピカにしました」
「オレも聞いてください、シュウ☆ゾーくん! リクから大事な話だって聞いてたから、喉が渇くと思って夢銀河☆サイダー持ってきました!」
兄さんがすかさず、ドリンクを差し出した。
僕の分も持ってきてくれている。
あっけらかんとしているけど、意外と兄さんは優しいところもあるんだよね。
「ふふっ、カイもサンキュっ☆ さてと……」
ドリンクをゴクリと飲み干したシュウ☆ゾー君は、静かに窓の外を眺め始めた。
あれ?……どうしてだろう。
今日のシュウ☆ゾー君はどこか、いつも以上に優しい雰囲気で……
言葉で表す事が難しいけれど、昨日までとは何か違う気がした。
「カイ。リク。ボク達トライクロニカは、数多の星々を駆け抜けてきた。たくさんの夢銀河ツーリスト達に夢と希望を伝え、ボク達はバンドとして……大きな存在へと成長することができたよねっ☆」
「オレも!そう思います! ホンっとにツアーもサイッコーに楽しかったし!やっぱシュウ☆ゾーくんはスッゲーって、昨日もリクと話してたんです!」
兄さんはたぶん気づいてない……
シュウ☆ゾー君はこれから僕たちに、何か大切な事を話そうとしているんじゃないか? 僕にはそう思えた。どうしよう……心臓が高鳴る。不安とも期待とも違う、感じた事のない衝動だ。
同時に僕は……思い出したんだ。
考えても仕方ないと、忘れようと思っていた、あの事を。
以前、兄さんと僕が深夜のジューダス事務所に忍び込んで……資料室で見つけてしまった、シュウ☆ゾー君の経歴だけが抹消されていた、あのファイルの事を。
「ボクに着いてきてくれてありがとう、ツインズ達。ボクは心からキミ達を仲間だと信頼し、尊敬しているよっ☆ ……そんなキミ達だから、今だからこそ、話しておきたい事があるんだ」
やっぱりそうだ。シュウ☆ゾー君は話そうとしている。僕たちに、あのファイルの事を。どうしよう……いつか聞きたいと思っていた事なのに、シュウ☆ゾー君の事をもっともっと知りたいと、思っていた僕なのに……
今はそれが、とても怖い。
「ボクの過去の事さ。そう……Amatelast(アマテラスト)という、バンドの事を……☆」
(つづく)
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