ラッシャイ。俺は鯰田。げんこつ山のたぬきだ。いつもはポリゴンの森で狂気の造形をしているが、今日は現実のスーパーマーケットで半額争奪戦に勝利してきた。この尊い生活の中にある血と涙の一抹を、フォロワーであるお前へ特別に教えてやることにした。
俺はこの現実世界放浪記で現実での苦しい敗北を話してきたな。今日は俺のケツがまだ青リンゴみたいに未熟な頃の話をしてやる。
◆バックナンバー
俺は苦しい学生時代を送ってきたが社会に出るにはやはり車の運転免許くらいは取得しておかなければならぬと考え、専門学校時代に学校にきていた免許取得合宿なるものに目を付けた。
俺は学校とバイトを梯子し治験にまで手を出していたが、財布の中身は地獄のような虚無だった。それでも社会の檻に入るには運転免許はさすがに必要なのではと思い、学校が斡旋する免許合宿に参加することにした。
曰く「雑誌に載ると安くなる」。人権?知らん。魂?担保。お値段?圧倒的安さ。俺はその甘い毒に迷いなく齧り付いた。
そして当日。バスに揺られ、安宿へ召される。安宿と言っても一階に和食屋付き。魚が泳いでる水槽さえある。文明の香り。お前は飯が出るだけで涙が出る時代を知っているか。俺は知っている。
荷物を投げ捨てバス停へ。そこに、いた。
いや顔は端麗。髪は黒。超イケメン。だが体はハムスターの着ぐるみ。現実の因果律がぐにゃりと折れた音がした。なぜハムスター?なぜ免許?なぜ俺の人生はこうなる?
ハムスターは無言でスマホを撫で、俺たちと同じバスに乗る。どうやら同じ免許受験生だ。天は二物を与えた。顔と狂気を。常識は奪われた。
他の学生は6名。計8人の地獄生。バスは古戦場を駆ける戦車のように揺れ、俺の魂もぐらつく。そして到着した先は田舎。田んぼ、老人、沈黙。道端に立つカカシの方が社交的かもしれない。
試験場に入り案内があり、教室へ導かれる。入るとザ・古い教室って感じの匂いがする。木製の椅子と机、少し消しきれてない黒板が前に、後ろには多くの交通安全ポスターが貼られている。
そしてハムスター、最前列。誰も突っ込まない。全員、悟りの境地。無言の修行僧たち。顔が良いと周囲にいる民草の理性は崩壊するらしいな。まぁ最近は個人や個性を大切に…みたいなのが出てきてるしな。よくわからんが周囲に害をばら撒かないならどうだっていい。
そして少しして教官が来た途端、噴き出した。
「ぶふっ…!!ちょっと!ハムスターいるんだけど!!」
ああまだこの世界には正義があった。理性は死んでなかった。
「ハムスター…まずいっすか?」
ハムスターは気だるげに返事をする。声も良い。
お前にないものは常識だけだ。
「いや!いいよ!可愛いね!でも路上に出る時はちゃんとジャージとか動ける恰好で来てね。座学はいいけどさ」
「ウッス…」
許された。ハムスター、合法。
ハムスターが公的に許されたところで教本が配られる。本はとても使い込まれておりところどころのページ端がボロボロで色褪せているが、まだ読める。その日は「運転者の心得と交通法規の基礎」を学んだ。
座学が終わり教室を出るとコンビニや市役所にありそうな端末が目につく。どうやらこれで仮試験ができるようだ。試験場に来たばかりの俺たちにはまだ早い代物…のはずだがハムスターがぽちぽちと触っている。
教官にそれが見つかり何か注意を受けたようだ。どうもこれは試験前に使うテスト用であり何度もやって覚えるようなものではないと。そういうものなのだろうか。その教官が離れると、その様子を見ていた別の教官がハムスターに話しかけている。
君たちは合宿生だからあまり気にせず何度もトライして良いとのことだ。しかし今はまだ学び始めたばかりだから早いかもしれないね、と。どうやら運転試験場も一枚岩ではないようだ。試験場、派閥争い。ハムスター、政治を制す。
ハムスターは気にせずぽちぽちとテストを繰り返している。他の生徒は自由に休憩したり生徒同士で話して時間を潰していた。どうやら同じ学校から来ている友達同士といった間柄もあるようだ。
そこから数日、道路交通法の概要や交通標識、安全運転の基本だとか様々な座学に加えて運転練習などを経て、ついに路上試験の時がやってきた。そしてハムスターはよくわからないが半分くらいの日数からバスに乗る姿を見なくなった。一体何があったのか。多分巣に帰った。
ハムスターのことはさておき、路上試験。
車はセダン。補助ブレーキ付き。外観は戦場帰り。発進――
この運転試験場は妙な立地で、一方通行の道がそれぞれあって出入りする形になっている。この道でまさか事故など起こるはずもないだろうと思いつつもあまり速度を出さずにゆっくりと進んでいると、その瞬間。
白のプリウスが走ってくる。前から。そこそこの速度で。
左右は側溝と竹林。曲がることはできない。一瞬だけ見えた老夫婦の驚いた顔。もはやどうすることもできない状況に俺は固まりブレーキを強く踏みしめハンドルを力強く握った。
エアバッグ、爆裂。顔面、殴打。
俺、車内で潰される。世紀末。
痛みと熱。まさか火事かとパニックになる。俺は暴れる。シートベルトに絡まり、獣のようにもがく。教官は声をかけるが、落ち着くまではしばらくかかった。
診断:火傷、打撲、肋骨ヒビ。
魂:粉砕。
当然合宿は延長。合宿主催が「雑誌には載せられないねぇ」と慌てて処理。俺はひたすら治療し、試験強行。合格。卒業。孤独な凱旋。
免許は取ったが、その後ほぼ乗っていない。出鼻を踏み潰され、俺のドライビング魂は幼子のように泣き崩れた。「危険予測」ね?笑わせるな。予測不能なことは急に来るし、正面からプリウスも来る。神も法も役に立たぬ。今では公共交通機関を使うことがほとんどだ。
人生の道にあるどうにもならぬ逆走。ぶつかる未来。避けられぬ衝突。
そんな時は、俺の話を思い出せ。
ここにも、幾度の事故に遭い、何度も燃えて、今もなお奇声を上げる愚か者が生きている。
お前の地獄はお前だけのものだが、笑える時は来る。
生きろ。アホみたいに。
じゃあな。次の話でまた会おう。
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