ラッシャイ。俺だ。鯰田。げんこつ山のたぬきだ。俺はかつて数々のネットゲームに魂を溶かして生きていたが、その詳細をペラペラ喋るつもりはない。だが今日は特別に、フォロワーであるお前にだけ、そのゲームで出会ったフレンドが引き起こした、ある事件の記録を語ってやろうと思う。
俺がまだケツ青いガキだった頃、俺の部屋には仕事着、小さな折りたたみ机、安物のPC、そしてペラッペラの布団しかなかった。地獄の学生生活を終えても、ゼロから自分で食って生きていくにはあまりに過酷な環境だった。
ちなみに俺が何故そんななのかについて、しょうもない生い立ちみたいなのはここに書いてある。読んでなければ後に読んでも良いし先に読んでも良い。

ラッシャイ。俺だ。鯰田。げんこつ山のたぬきだ。普段は仮想世界で電子霊獣として息をしてるが、現実ではそうもいかねぇ。郷に入っては郷に従え。すなわち、俺のような異形のたぬきであっても、時に“人間の皮”を被って社会という魔界に潜入せねばならん。 狂った精神を抱えたままでも、生き抜くには経験が要る。正気のふ...
そんな俺を救ったのがインターネットだ。ネットは、生まれや育ちの差を帳消しにするフラットな世界。あまりに貧乏すぎて「趣味」なんぞ持てなかった俺は、この無限に広がる世界に、心底感動したのを覚えている。
金も余裕もない学生時代。古本屋で「電撃プレイ〇テーション」なんぞを立ち読みしては、そこで見たタイトルの攻略本をまた流し読みして時間を潰した。そのうちのいくつかはネットでタダで遊べると知って、俺の人生は加速度的にネットに吸い込まれていった。
だがな、お前もそうだったように、俺にも「黒歴史量産期」というものがあった。他人に迷惑をかけることも多々あったが、俺は運が良かった。ネットゲームのフレンドたちは、そんな未熟な俺を叱りながらも見放さず、根気よく育ててくれた。
レベルや装備の強さがすべてじゃない。大事なのは、立ち回り方、空気の読み方、仲間との関係。俺にそれを叩き込んでくれたフレンドやギルドの連中には、今でも頭が上がらねぇ想いだ。
その中でも、ひときわ存在感を放っていたのがギルドマスターだ。年齢は周囲より少し若いらしいが、いじられながらも場を回すカリスマ性、面倒見の良さは群を抜いていた。装備調達からスキル上げまで、俺はマスターに山ほど世話になった。
そのゲームの世界はクラフト至上主義。同じ武器でも「この鍛冶師が打った刀剣がサーバー最強」だとか、「この付与術士に依頼しなきゃ絶望的」だとか……現代のなろう系の雛形がここにあったんじゃねぇかと思うような仕様だった。そういう強いヤツになんとか連絡つけて仕事をしてもらい、フル装備の基礎を揃えるのに1カ月以上かかるのもザラだ。
TwitterのDM? LINE? なに言ってんだ。当時はそんな便利な外部ツールはあっても使ってない奴が多くてマジで困る環境だった。連絡手段は公式サイトの掲示板か、インゲームのTellだけだ。世界は狭く、不便で、それが逆に濃かった。
閑話休題。
俺を散々世話してくれたマスターが、ギルド入団から1年ほど経った頃に「オフ会をしよう」と言い出した。何気ない会話の中で住んでる場所が近いと分かったのがきっかけだった。
恩のあるマスターからの誘いを断る理由なんざ無い。指定された待ち合わせ場所に行くと、先に二人のギルメンがいた。普通の男たちだ。軽く挨拶を交わし、俺たちはマスターの到着を待つことになった。
街に停まったことのないような、真っ黒な車が、音もなく滑り込んできた。俺は車に詳しくはないが、あれは……たぶん高級車だ。異様に艶めかしい黒光り。
俺の背中に、じっとりと汗が流れる。これはただ事じゃない。
軽はずみで来ちまったのかもしれない。
堪らず、俺は隣のメンバーに問いかけた――
「これ大丈夫なやつ?」
「うん」
「マスターって普通の人なんだよね?」
「あの車すごいけどヤクザじゃないから安心してwマスター自身の見た目もすごいけど大丈夫w」
そして車のドアが、静かに開いた。
そこから降りてきたのは、黒シャツにネイビーのジーンズ、ベージュの靴。体格はバカでかく、髪には軽くパーマ。俺が今まで一度も会話をしたことのないタイプで陽を凝縮したような人種だった。フィジカルのステージからして違う。
街中で真正面からこいつが歩いてきたら、俺はきっと大袈裟に道を空けて避けていただろう。触らぬ神に祟りなし、だ。関わり合いになりたくない。
……だがしかし、その顔立ちは芸能人かと思うくらい整っている。だが近くで見るとわかる。とにかくデカすぎる。185?いや、それ以上あるかもしれん。
「オウ!みんな遅れてごめんな。ちょっと道混んでてさ。じゃ、乗って乗って」
そんな威圧感ある見た目にも関わらず、態度はあまりにも軽快。ギルドチャットで見慣れたあの調子そのままだ。挨拶もそこそこに、俺たちはあの黒い車へと乗せられ、オフ会の目的地――鍋屋へ向かうこととなった。
集まったのは俺を含めて6人。ギルドにはもっと多くの仲間がいたが、急な呼びかけだったので今回は少数。むしろ俺としてはそのほうがありがたかった。大人数なんぞに囲まれたら緊張の方が勝ってしまう。
鍋をつつきながら全員で話す内容は当然ネットゲームの話ばかりだ。「次のレイドではラストアタックを取るぞ」とか「領地も一度は獲ってみたい」とか、そんな夢と野望のオンパレード。時間はあっという間に過ぎ、笑いと歓談のうちに宴は終わりを迎えた。
「あ、今日鯰田の分は俺が出すんでコイツに財布出させんな~」
「ずるいっすよマスター。俺も出します」
「俺も俺も」
最年少と言うだけで俺の財布は出すことすら許されなかった。周りの大人たちに圧倒されたまま、流れで解散。だが――俺には逃げ場はなかった。
「鯰田ってさ~どの辺住んでんの?」
「〇〇周辺すね」
ヤバい。口が滑った。いくら知り合いと言えどもネットの人間。個人情報を与えるのは危険である。何があるかわかったものではない。
「お、俺もそこらに住んでんだよね~。じゃあ帰りは俺が送れるから大丈夫か」
「はい?」
「せっかくだし、送ってもらえばいいじゃないか」そんな空気が周囲から作られていく。断れる雰囲気じゃない。俺は観念した。どうにでもなれ。幸い俺の財布には、個人情報になるようなカードも抜いてあるし、大金も入っていない。最悪の事態にはならないだろう……そう思った。
結果的に心配は杞憂だった。普通に家まで送り届けられただけ。だが問題は、その後に待っていた。家が近いことを知ったマスターは、なぜか俺を気に入ったらしく頻繁に俺の部屋へ遊びに来るようになったのだ。
しかもネット上だけに留まらず、リアルでも世話を焼く。俺の部屋を見ては理由をつけ、あれこれ持ち込んでくる。
「タコパするぞ」と言ってタコ焼き機。
「自分の場所を確保する」と言って座椅子と巨大なクッション。
さらには「新しいの買ったから」と、まだ新しそうな炊飯器まで。
他にもいろいろ。まるで俺の部屋を少しずつ侵食するようにアイテムが増えていった。この人は本当に世話を焼くのが好きなのだろう。でなければ説明がつかない。
「鯰田さぁ。俺らこうやって遊び始めて、もう結構経ったよな」
「まぁそうっすね。あんた飽きもせず、毎週末に顔出してくるし…」
「俺は楽しくて来てるんだぜ!……けどさあ」
「なんすか」
「前から言いづらいと思って黙ってたけど、思い切って聞くわ。お前んち、なんでこんなにモノがねえんだ? 働いてるんだろ?」
「ええまあ、普通に工場勤務っすけど……何を買うとかどうするとか、知識も欲も無いんすよ」
「え~~……家が、もしかして”アレ”な感じだった……?」
「まぁ、そんなとこすねェ」
「あ~……」
俺はそれからマスターにこれまでの事を話した。親の離婚、ネグレクト、貧困、学校での差別や虐め。なんてことない話だったがマスターは真剣は顔でそれを聞いた後、急にスッと立ち上がり
「よし、行くぞ!」
俺の腕を掴んでそのまま車に押し込んだ。
「どうしたんすか急に…」
「遊園地だ!お前に愛と社会を教えてやる」
その瞬間、俺は思った。現在地は大阪。――USJか!? あの華やかなパラダイスへ連れてってくれるのか!?しかし俺の予想は、ことごとく裏切られることとなる。
そしてその日は残業明けの翌日で体力が回復しきってなかった俺は車内でウトウトしてしまい、気づけば――。
「着いたぞ~~」
目覚めた俺の目に映ったのは、遊園地でもなんでもない。どこだここは。
当時はスマホなんてなく、折り畳みケータイで通話とメールしか使わなかった俺には、地図アプリも無縁だ。マジでどこだ。
「じゃあこれ」
「は?」
渡された紙切れ。見れば――諭吉。しかも3枚。
「気に入ったヒト見つけてそこにいる隣のバアさんにそれ渡せば後全部やってくれっから」
「え、何?怖いんですけど。ここ遊園地じゃないし」
「そこの道を出たらすぐ”大人の遊園地”だ。終わったらここに戻ってこい」
破天荒。そうとしか言えないムーブを残し、デカい背中は夕方の街へ消えていった。
残された俺は途方に暮れ、コインパーキングで立ち尽くす。……どうしろと?
仕方なく歩を進めると、古風な建物が並ぶ一角に出た。白い四角い看板、料亭のような門構え。
――後に知るのだが、張見世とか玄関と呼ばれる様式。つまり遊郭の仕組み。
足を止め店を見ていると、たまたま目の合った長い黒髪が特徴的な女性が手を振ってくる。同時に隣の婆さんが俺に声をかけてくる。
「おやまあ、若い兄ちゃんやね。いくつ?」
「二十歳です」
「お~、若い若い! 良いねぇ。迷って来たんやないやろ?」
事情を説明すると、黒髪の女性がクスクス笑ってこう言った。
「大変やね。ウチと遊ぼか。お金はあるんやろ?」
「ええ、まぁ……」
「ならええよ。あがっていき」
言われるまま諭吉を渡す。トントン拍子に事が進むが、俺の心臓は恐怖でバクバクだ。
小さな和室に通され、畳と布団。そこで女性が言った。
「ちなみにどういう場所なのかは…教えてもらってないんよね?」
「そうですね…察しはなんとなくつきますけど…」
「ここはまぁ、その通りの場所やね。料亭の体を装ってるけど…出るのはこれだけ」
出されたのは煎餅とお茶と飴ちゃん。
「この飴を持ってる人は”もう寄った”証明になるんよ。だから客引きに遭わん」
「へえ……」
そこからの展開は速すぎて、脳が追いつかない。
横になれ、と促され、俺は流されるように身を委ねた。
――凄かった。
螺旋丸でも口の中で回してんのかってくらいの舌捌き。
黒髪が揺れるたび、世界がひっくり返るような迫力の騎乗位。
俺は思った。
これか。
これが、金をもらうに値する”仕事”ってやつか。
これが、社会なのか。
全身クタクタになった俺は、最後に彼女の夢を聞いた。
「大学に行って、普通の生活をしてみたいんよ」
「苦労したんですね。俺も裕福じゃない家で育ったんで、わかります」
「お互い頑張ろうね」
飴を渡され、外へ出る。まだ手を振る二人に深々と頭を下げた。
コインパーキングに戻ると、マスターが缶コーヒー片手に待っていた。その特徴的な文字の缶は、MAXコーヒー?まさかそれを愛飲してるわけじゃないだろうな。
「さすがに、こんなとこに急に放り出すのはどうなんすか」
「習うより慣れろって言うだろ。どうだった?」
「……これが社会かぁ、って感じです」
「え、マジ?ここで得るものがあったってか!?ガハハ!!」
なんだその豪快過ぎる笑い方。
しかし整ったツラのせいで何しても様になるのが問題だ。
「まぁ見えたもんもありました。あざます」
「お礼言われるようなことはしてないけどな」
「まぁ勝手に救われてる人間だっているんすよ」
「………オウ。よし、帰るぜ」
帰りの車中、マスターは自分の体験談を軽快に話し、そして俺が嬢と人生相談じみた話をしたと言ったら、お前あそこに行ってそりゃねえだろ!と笑ってハンドルを叩く。
夜の帰り道、誤爆したクラクションが街に響き渡る。
以上が、大阪・飛田新地での出来事だ。これがきっかけで俺は手に職をつけるために工場勤務で貯めた金で専門に行くことにした。人生何があるかわからんもんだ。
この話、俺は運が良かったから何事もなかっただけで、お前らは絶対に真似するな。あんま知らない大人の車に軽々しく乗るな。マジで〇ぬぞ。
余談だがマスターとの関係はこの話からだいたい一年くらい続いていた。だがどうも彼は何か女性関係でトラブルがあったらしく以来連絡が取れないとギルドメンバーからチャットで話を聞いた。
俺は専門に行くため引っ越したのでマスターがひょっこり部屋に遊びに、というのもなくなったし、少し寂しい思いはある。とにかく元気でやっていて欲しいとは思う。
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