ラッシャイ。俺は鯰田。げんこつ山のたぬきで、世界にとってのバグだ。俺は毎晩、バーチャルの地獄鍋に身を浸け、スナック菓子程度の愛でコーティングされた言葉をばら撒きながら、精神だけでタップダンスを踊っている。
その極意を他人に分け与えるつもりなど、毛ほどもなかったが…今日はフォロワーであるお前のため特別に、この混沌と狂気と優しさが錯綜する仮想世界の一端を話してやることにした。
俺がPublicに出るのは大雨警報級の現象だ。だがたまには山を降りて人間観察という猿芝居をやりたくなることもある。今回はそのレポートだ。テーマは――可愛い系界隈についてだ。
この地獄のような仮想空間で、特に多くの民に使用されているのは、美少女アバター。わかる。人間は弱い。弱いから可愛いものに甘える。鬼才たちが虚空から召喚した超絶美麗なアバターたちは、トップ層ともなれば衣装対応数は四桁、いや五桁にもなる。
そうした仮想の肉体を得た難民たちが互いを労わり、撫で合い、尊厳の残骸を撫でてはくっつけ、そしてまた砕かれる時もある。そんな撫でを主目的としたWorldが確かに存在していた。そこは現実の汚泥を忘れ、撫でという微細な行為に全人類の救済を託すような場所だった。
信じられるか? 撫でが宗教になってる。
俺は決意した。これは冷やかしじゃない。ガチ撫で回されに行く。この干上がった精神砂漠に潤いを。俺の異常を、今ここで試す。
入場。そこは広場。撫で撫で撫で撫で、阿鼻撫で。
人々はタグを掲げ、「撫でられたい」「撫でたい」「そのまま寝たい」などの意思を表明していた。撫でる意志、それが文化となり、社会となり、最終的には国家となる可能性もあるかもしれない。
驚いたのはそこからだ。Worldには個室があった。撫で専用個室。しかも「狭い方が好き」なJP特有の羞恥心や情緒まで配慮済み。おい、誰だよこんなの設計したの。ノーベル賞あげようぜ。
さて、周囲はともかく、俺は今回撫でられたいタグをつけて野良の美少女を待つことにした。
まず一人目。タグを掲げて突っ立っていたところ、視界の彼方から美少女の皮を被った何者かがこちらへ接近。手を振ってくる。無言勢のタグを背負っている。つまり身振り手振りで意思を伝えるタイプの住人。俺も応えるように軽く手を振る。
Worldに明確な目的がある以上、言葉は不要。要は「察し」がすべてということだ。そのまま撫でに入られる。視界の端にちらつく手の影。距離フェードだ。liltoon搭載の標準仕様、メッシュが接近すると影のような半透明が生まれる。おまけに布の擦れるような立体音響までセットで演出されている。芸が細かい。
数分間、柔らかいタッチが続いたが──ふと思う。「この人、手、疲れないのか」と。急な恐縮が湧いてくる。俺はたぶん、こういうWorldに根本的に向いていない。感謝と遠慮がバグるのだ。
そう思っていたところで、ふいに撫でる手がピタリと止まる。美少女はWorldの端からペンを取り出し、宙に一筆。
「Inviteが来たので、いってきます」
なるほど、外部との接触要請が入ったようだ。俺は親指を立てて送り出す。ここはそういう場所なのだ。
もしかしたら近寄ってみたはいいもののアバターがあまり好みではなかった可能性も一瞬過ぎったが仮想の俺の姿はこんなにも愛らしいので考えないことにした。
お前の苦労を労うボルメテウス覇権アバタードラゴン。
間髪入れずに、次。ガサガサと──3点特有の伏せ歩行で2人目がやってくる。Publicワールド特有の地獄みたいなテンポ感。見たところサンプルアバター。Visitorかと思いきや、トラストランクはUser。Bioは空欄、バックグラウンドは不明。擬装の可能性もある。Trusted UserであってもUserに表示を変えることができるからな。
で、第一声がこれだ。
「頭!空いてます!撫でてください!」
──当たり屋か?
俺の頭上のタグが目に入ってないのか? いや、構わん。撫でてやることにした。Publicだ。ここでは何があってもだいたい受け入れられる。
少しばかり撫でていると、当たり屋が俺の顔をガッと見てくる。そんなに早く首を振るな、危ないだろ。
「無言勢ですか!」
「いや、ここでは別に話す必要もないのかと思って。今このインスタンスは静かで、撫でが主目的だし」
「あれ!?女性ですか!?」
きたな。俺が女性アバターを使うときは、ボイスチェンジャーを用いる。Friendからは「ナチュラルな声」との評価だが、こうして誤認されることもある。ちなみにこれは余談だが、海外Userからのプロポーズは3回ほど経験している。マジの話だ。
「いや、男性」
「そっか…ありがとうございました…」
──なるほど、出逢い目的か。このWorldでそれをやるのは非効率だと思うがな。出会い系アプリの方が成功率高いだろ、たぶんな。
この世界には様々な生き様のUserがいる。無言で撫でることを極めた者。伏せ歩行で当たり屋ムーブをかます者。出会いを探して漂流する者。そのすべてが正解であり、誤答である。
Publicとはそういう鏡張りの世界だ。
しばし茫然と他人の流れを眺めていると、俺の前に新手の挑戦者-New Challenger-が現れた。化粧の濃い女アバター。手を振ってきた。Publicにおける無言勢の一般的挨拶だ。俺も波を返す。──そして、撫でが始まった。
………………なんだそれは!?!?
その動き、O・V・Rだな……!?
OVR Advanced Settings……通称OVR。仮想世界ではもはや義務教育レベルのツールだ。空を飛び、地を潜り、重力にすら抗う。高度な者はこれで「演技」すら可能と言われている。
そしてこれはまるでポ〇モンのバリ〇ードが“ひかりのかべ”を貼るときの所作だ。その掌が放つ奇怪な軌道、撫でというより……攻撃?防御?術式?
掌を弧に走らせ、顔面直前まで迫る一閃。これには俺も内心拍手喝采だ。よかったな、相手が俺で。一般Userだったら恐慌してログアウトだろう。笑いそうになるのを堪えながら、俺は内心で三点倒立した。
こういう手合いは過去に同様の“成功体験”がある。だからこそ繰り出す必殺のルーティンなのだろう。だがここで「それ、他の人にもやってるんですか?」などと水を差すのは興ざめというものだ。
──わかってる。
「Inviteが来たので…それでは。ありがとうございました」
俺はスッと身を引いた。
これは俺の修行場ではない。魂の在り処が違ったようだ。
ここは、彼らのリングだ。
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追記
バリ〇ードの動きが気になると言われたので早速動画にとって実演した。見よ。これがその動きだ。