激しい炎と黒煙に囲まれる中、俺は凶弾から玲央奈を守るべく身を盾にしていた。 握っていた拳銃を再び紫堂へと向けるが、先ほどまでとは違い今度は相手も銃を持っている。 紫堂が握るのは、白銀のリボルバー式の大口径拳銃だ。銃弾数ではこちらに劣るが、一撃の威力は圧倒している。 銃の腕前に関しては俺よりも上手いのは、先ほどの俺の身体を掠るように放たれた銃弾によって証明されていた。 通過した衝撃で着ていたスーツは裂けており、下手に避けようと動いていたら、もれなく命中していたことだろう。 (いまのは威嚇……というより、また試されたのか?) シリンダーから薬莢を排出して、クイックローダーと呼ばれる六発を一気に装填できる器具をつかい紫堂は即座に弾を補充してみせる。 その淀みのない動きから、彼もまた武闘派と呼ばれるヤクザの一人なのだと思いしらされる。 ――カキンッ シリンダーを戻された白銀の銃身がゆっくりと持ち上げられ、銃口がこちらへと向けられる。 先ほどの威嚇射撃でも俺が退かないとわかり、今度は紫堂も躊躇はしないだろう。 (殺らなければ、殺られるッ) そう確信させられると不思議なことに俺の心からは怯えが消えていた。震えていた指先はピタリと止まり、相手の胸元へと狙いが定まる。 そのまま導かれるように安全装置を解除すれば、俺の纏っていた空気が変わったのを察知した紫堂は実に嬉しそうに笑っていた。 自らの命すらもチップとして賭けれる彼だ。この状況を心から愉しんでいるのがわかる。 「あぁ、そうだ。余計なことは考えなくっていい。あとは、その引き金をひくだけだ……簡単だろう?」 まるで初めてタバコを咥える後輩に吸い方を教えるかのように語ってみせると、自身もガチャリと撃鉄を起こしていく。 紫堂の方にも怯えは見られない。実弾入りの拳銃を向け合って命のやり取りをしようというのに、俺も紫堂も平然していた。 いや、それどころか口元には笑みすら浮かんでいるのだからどうかしているのだろう。 (どうしちまったんだ、俺は……) 自分を一歩引いて俯瞰して見ているもう一人の俺が、自分の口に浮かぶ笑みに愕然としていた。 まるで、これからキャッチボールでもするかのように、二人の間に流れる空気は軽やかだ。 そして、もう引き金に掛けられた指を動かすのにも躊躇はしない。 轟く銃声が重なり、次の瞬間に俺の左肩に激しい痛みが走る。紫堂は放った銃弾が俺の肩を撃ち抜いたのだ。 「ぐぅぅぅッ」 絶叫を上げたくなる痛みを奥歯を噛みしめて必死に耐えてみせる。 そして、自分の放った銃弾の結果を確認するが、彼の顔をわずかに左に逸れていた。音速で通過した銃弾の衝撃波で耳が裂かれて鮮血を流しているのだった。 ドクドクと滴る血が、紫堂の白いスーツを朱に染めていく。 その傷口を指先で触れると、指先を擦りあわせてヌルリとする感触を確かめた紫堂は、白いスーツが赤く染めながら、凄惨な笑みを浮かべていた。 (苦痛よりも悦びが勝るのか?) 再び銃口を向けてくる彼に合わせて、俺も痛みを堪えて銃を構えなおす。 「さぁ、まだ弾は残っているのだろう?」 撃鉄を起こしながら告げられた紫堂の言葉の通り、弾倉にはあと二発の銃弾が残っているはずだ。 肩に銃弾を受けて左腕には力が入らない。ならば、もう右腕だけで狙うしかない。 「さぁ、次だ……」 再び、銃声が重なりあい、次は彼の左腕に命中することができた。 だが、こちらもタダでは済まない。左の太ももに走る焼けるような痛みに、ついに立っていることもできずに膝をついてしまう。 「ぐあぁぁぁぁッ」 今度は痛みを堪らえることはできず、絶叫を上げてしまっていた。 溢れ出る涙で視界は歪み、吹き出る鮮血がコンクリートの床に血溜まりをつくっていく。 それでも、銃を手放すにいたのは驚くべきだろう。プルプルと震える右手で銃身を持ち上げようとしていた。 「あぁ、そうだ。まだ一発残っているからな」 流石の紫堂も左手に受けた銃弾に、痛みで表情を歪めていた。 彼でも人並みに痛みを感じることに、思わずホッとしてしまう。 これで表情を変えないなんてなれば、彼は実はサイボーグなんてことも考えねばならないと考えていた。それだけ、この施設で見かけた数々のテクノロジーはSFじみたものばかりだった。 「よく狙えよ。それを外したら後ろの女を今度こそ撃ち殺すぞ」 紫堂の腕をもってすれば、すぐに玲央奈を射殺することも不可能ではないだろう。 それをしないのは、俺を焚きつけているからだが、口に出したからには、この男は相手が国民的アイドルであろうが必ず実行するに違いない。 (こりゃ、もうハッタリも効かないな……) 歪む視界に苦慮しながら狙いを定めていく。 それを律儀に紫堂は待ってくれていた。 「あぁ、ご主人さま、もう良いですからッ」 手足に受けた銃弾で血塗れになっていく俺を、玲央奈が泣きじゃくりながら縋りついてきた。 フラつく上体を支えて、碧い瞳に涙を浮かべながら何やら叫んでいる。 (いかんな、朦朧としてきた……) すでに玲央奈の身の安全を考える余裕はなく、残されているのは男の意地だった。 ーー失望されたくない…… 怒りや憎しみではなく、紫堂に認められたい。そんな想いが俺を突き動かしているのだった。 幸いなことにアドレナリンが分泌されて、痛みはまだ我慢できそうだ。 問題は銃弾があと一発ということだろう。正直、銃を握るのもままならない今の状態では当てるどころか、撃つのすら怪しい。 (えぇい、くそぉッ……) グリップを血で滑り、握る手に力が入らない。それでも維持で引き金をひく。 轟く銃声とともに握って拳銃は手からすっぽ抜けてしまう。当然、放たれた最後の銃弾も大きく目標を外れてしまう。 紫堂の方は今回は撃たなかったようだ。銃声がかき消えると共に、大きな嘆息してみせた。 「残念だな。ルーキーの強運もここまでか」 紫堂は横たわるヘリコプターから離れ、ツカツカと銃口を向けたまま歩いてくる。 その一歩、一歩が俺の死への階段代わりなわけだ。泣きながらギュッと抱きついている玲央奈を背後へと隠す力ももうない。だた、紫堂の到着を待っているしかできない。 「ーーッ!?」 その歩みがピタリと止まったと思うと、紫堂はすぐさま背後に飛び退いていた。 炎の壁や破り、一台のオフロード車が直前まで紫堂がいた空間に突っ込んできたのだ。 急ブレーキをかけると俺と紫堂の間に割り込んできたのは、軍用でも使われている厳ついボディの大型車両だった。 その運転席に座るのは犬咬 ケンジだ。革ジャン姿に着替えた彼は見事なハンドル捌きで、ピタリと俺の前に車体を横付けにする。 「チッ、引きそこねたか」 「いや、上出来だよ。彼らを拾って、すぐに脱出するよッ」 後部座席の扉を開けて顔を出したのは鷹匠 杏子さんだ。彼女の方は、随分とボロボロの様子で、着ていたスーツなど裂けまくり半裸状態になっていた。 「助けにきたぜッ……と、カッコよく言いてぇところだが、こちらもピンチでね」 運転席から顔をだした彼が口にした言葉、その意味はすぐにわかることとなった。 「チッ、もぅ来やがったよッ」 杏子さんの叫びとともに、彼女らの車両が来た方角から爆音が聴こえると、黒煙を切り分けて低空飛行するチルトローター機が姿を現した。 両翼に備えたプロペラの向きを切り替えることで、ヘリコプターのように垂直への移動と、航空機のような高速巡航を可能とする両特性を持った機体だ。 大国を中心に配備が開始されている最新鋭機であるのだが、出現した機体には国籍や所属をあらわす表記の類がいっさいがなかった。 所属不明機は低空でまわりを旋回すると、紫堂の背後でピタリと停止して、そのまま滞空してみせる。 二つのローターが生み出す旋風が叩きつけられて、周囲を覆っていた炎の壁を遠のける一方、機首の下に設置されたガトリング砲がゆっくりとこちらへと向けられてくるのが同時だった。 「くッ、なんか対抗できる武器とかないの?、対空ミサイルとかさぁ」 「無茶いわんでくださいよッ、あんなデカ物を相手にするなら先に言っておいて下さいよッ」 相変わらずの杏子さんからの無茶な注文に、ケンジが眉間に青筋をたてて怒鳴り返している。 装甲のある軍用車両であっても、流石に二十ミリ弾の機銃掃射をうければイチコロだろう。 助けが現れたかと思ったら、さらなる強敵を連れてきたのだから、もう笑うしかない。 「あははは――痛たたたぁッ……いやぁ、これは参ったなぁ」 玲央奈に肩を借りて起き上がった俺だが、もう打つ手はなかった。 「おいおい、マジかよぉ……」 そんな状況にダメ押しをするように、もう一機のチルトローター機まで登場してきた。 上空から降下してきた機体は、今度は俺らの背後を陣取るように停止した。 これでは、もう車体を盾にすることもできない。操縦桿を握るパイロットのヘルメットまで、しっかり見極められる距離だ。 「……こりゃ、万事休すだな……」 「ご主人さま……」 不安げにする玲央奈の頭を優しく撫でて離れると、車体の影からでて再び紫堂と対峙をする。 彼の背後には狗面の大男の姿川あった。その体には鎖で四肢を括りつけられた涼子さんの姿がみえる。 血に塗れた俺の姿を目にして、拘束を解こうと身動ぎし、涙を浮かべて口枷の下で呻いている。 (彼女を助けるはずが、一手届かなかったな……) すでに持っていた拳銃は銃弾を打ち尽くして手放してしまっていた。今の俺は拳銃はおろかナイフ一本も持っていない状態だ。 「さぁ、チェックメイトな訳だが、まだ、何かをやってくれるのかな?」 「都合よく警官隊が突入……とは、いかないですよね」 周囲は燃え盛り、前後にはガトリング砲を向ける軍用機が二機もいる。仮に警官隊が現れたとしても、瞬時に一掃されるだけだろう。 そんな俺の言葉に紫堂は意外そうな顔をしていた。 「なんだ、警察の救援がくるのを期待していたのか? それなら悪いが警察も消防も麓の時点でスクラップの山になっているよ」 俺の背後で滞空している機体へと紫堂は目を向ける。 どうやら、すでに一戦を交えてきたようで、降り注ぐ銃弾の雨に、逃げ惑う警察官と爆発炎上していく車両の山が容易に想像できてしまう。 (……これは、摘んだな) どうやら地上にでたときにみえた黒煙のひとつが、その警察と消防の車両が燃えるものだったのだろう。想像以上に紫堂たちの行動は早く、そして躊躇もなかった。 「なんだ、何かあるかと期待してたんだが、警察とは面白みがないな……」 俺が予想を上回る行動をするのを期待していたのだろう。ボリボリと頭をかいて、紫堂は心底ガッカリした様子をみせていた。 人に失望されるのには慣れているつもりだったが、やはり眼の前で見せられるとグサリと胸を抉られる。 だが、そんな俺の様子にも、もはや関心がないのか、彼は面倒くさそうに銃口を向けてくるだけだ。 「悪いな、なんなら騎兵隊のラッパでも貸してやりたいところだが……持ち合わせは、コイツの鉛玉しかないわ」 カチリと撃鉄が起こされて、引き金に指がかかる。 ーーガインッ 次の瞬時、紫堂の手からが轟音とともに拳銃が吹き飛んでいた。 横合いからの衝撃を受けて、白銀の銃身をキラキラと輝かせながら炎の中へと消えていく。 次の瞬間には腕を押さえる紫堂を庇うように、狗面の大男がカバーし、銃撃のあった方へと二機のガトリング砲が火を吹いていた。 「きゃぁぁッ」 それまでの銃撃が豆鉄砲だと思わされる激しい砲火とジャラジャラと吐き出されて床で跳ねる薬莢の音が響き渡る。 それが止んだ時には、一面の木々が薙ぎ倒されているのだった。 「もぅ、突撃ラッパにしては激し過ぎますわねぇ」 ケンジたちが乗りつけた車両の無線機から、聞き覚えのある艷やかな美声が聴こえてきた。 「……ナナか」 「はい、紫堂さま。そのお頭を撃ち抜かれたくなければ、そのまま動かないで下さいませ」 その言葉が終わらぬ間に再び銃声が続いた。 紫堂の縦となっていた大男が位置を変えようと動いたのだが、その途端に狙撃されたのだ。 先ほどとは別方向からの銃撃だ。身体に巻きつけられた涼子さんを避けて、見事に大男の脇腹と肩に命中させている恐るべき精度だ。 「この狙撃をナナさんが?」 「はい、騎兵隊の登場ですわよ。ご主人さまのピンチに颯爽と駆けつけたのですから、これは、ご褒美を大いに期待しても宜しいですわよねぇ?」 周囲を見渡してもナナさんの姿を確認できないが、こちらの会話は把握しているようだ。無線機からは相変わらずの調子で語り掛けてくる。 そんな彼女を紫堂たちも発見できぬようで、業を煮やしてホバーリングしていた機体が上昇をはじめた。 「こりゃ、周囲を爆撃するともりだね」 杏子さんの見立てでは翼の下に装備したロケット弾を使い周囲を焼き尽くす算段のようだ。 「相変わらず彼女の指揮は大味ですわねぇ……でも、言いましたわよねぇ、こちらは騎兵隊だと……」 無線機から聴こえるナナの言葉を合図に、周囲の雑木林から次々と白煙を噴いて飛び立つものがあった。 白煙の柱は弧を描いて、それぞれ二機のチルトローター機へと向かっていく。 ーー地対空ミサイル 計十発のミサイルに、チルトローター機の方も即座に反応する。 妨害装置を発動して、機体脇からフレアをまき散らしながら回避運動へと移る。その素早い反応から、パイロットの高い技量がうかがえたが、ミサイルが放たれた距離があまりにも近すぎた。 全てを避けることはできず、それぞれ片翼のエンジンへと命中してしまう。 エンジンが爆発し、片翼が吹き飛ぶ。そのまま制御不能となった機体たちは黒煙を上げながら雑木林の中へと墜落していった。 「だから、忠告しましたのにねぇ」 背後から聴こえた声に振り向けば、木の影から姿を現したナナさんが立っていた。 いつもと雰囲気が大きく違うのは、彼女が軍用の野戦服に身を包んでいるからだろう。 ボディアーマーに加えて予備の弾倉や手榴弾で着飾り、自動小銃を片手にしても、その歩く姿だけでも魅了してやまない。 「……ナナさん……だよね?」 突然の事態に理解が追いつかないでいる俺の前へと彼女は歩み寄ると、いつもと変わらぬ妖艶な笑みを浮かべてみせる。 「えぇ、変わらず、そう呼んで下さると嬉しいですわ」 「ナナさん、貴女はいったい……」 茫然と彼女を見つめる俺の視界には、彼女と装備を同じくした男の兵士たちが、ゾロゾロと木々の間から現れてくるのが見えるのだった。
久遠 真人
2023-11-29 12:02:49 +0000 UTCくすお
2023-11-28 03:02:18 +0000 UTC