手に握られた拳銃は、随分と軽く感じられた。玲央奈の説明では樹脂パーツが多用されているらしく、これでも弾丸を十七発も入っているらしい。 まるで玩具のような感触で軽い気持ちで引き金をひいてしまいそうで、指先の感触で安全装置が有効になっているのを確認する。 (自覚しないとな……この指先を動かしただけで、簡単に人の命を奪うことができるんだからな……) その銃口を向けるのは、目の前に立つ狗面を被った大男だ。二メートルを超える褐色肌の巨漢は、身体のパーツがどれも大きくって、距離感が狂ってしまいそうだ。そんな大きな身体なら、本来であれば狙うのも容易い標的になるだろう。 だが、その鎧のような屈強なボディには今は涼子さんが括りつけられているのだ。 全裸の彼女は、四肢の枷に繋がれた鎖によって背後の大男と密着させられており、秘部を隠すこともできずに露わにしていた。 男が歩むたびに揺れる乳房、その先端のリングピアスが周囲の炎に照らされて光る。剥き出しの股間は、黒い茂みも除去されて乳児のように綺麗な肉丘にはレーザーで焼きつけられた奴隷の刻印が目につく。 Mの文字を中心に茨が巻きつき、猿のような動物まで描き込まれている。その一部には空欄があり、本来ならそこに奴隷の主の名前が刻まれるはずなのだ。そこに俺の名前を刻もうとしていた俺だった。 (他の男の名前なんて刻まさせないッ) 異様な空気の中で強く誓った俺だが、外の世界にでてもいまだにその想いは変わらなかった。 「うぅぅ……」 口枷を噛まされている涼子さんが短く呻き、上気した顔を左右にふる。 肉芽を貫くリングピアスの下では、大男の巨根が彼女の秘裂へと挿入されていた。血管の浮き出る極太の肉茎が限界まで秘唇を押し広げているのだ。 涼子さんが目の前で犯されているという事実をまざまざと見させられて、思わず怒りに任せて引き金をひきそうになる自分をどうにか自制する。 (……ふぅーッ、ここは落ち着け……) そんな俺の心を煽るかのように大男は背後から涼子さんの双乳をわし掴みにして、見せつけるようにユサユサを揉み上げてみせると、彼女に挿入した怒張を大きく突き上げるのだ。 「んッ、んぐぐぅ……」 下腹部の表面が盛り上げるほど膣内は大男の肉塊で満たされているのだろう。さらに彼女の子宮には、あの異形の淫具が住みついているのだ。 肉体の内外から同時に責められる未体験な快感に、眉間に皺を寄せてペニスギャクを咥えさせられた口から呻き声を上げ続けてしまう。 そうして、次第に湧き上がる肉悦に翻弄されはじめて、鼻先から甘い響きをたてながら啜り泣くようになるのだった。 すでにホールにいた段階で蛍さんによって責められて、大量の媚薬を投与されていた彼女は、全身から滝のように汗を流して、秘部からは愛液をたれ流してしまう。 虚ろとなった瞳から溢れた涙が頬を濡らし、弱々しく首を振っていた。 「どうだい? ゲームの景品らしく素晴らしい飾りつけだろう? 贅沢を言えばこの場合の武器として剣と盾でも用意しておくべきだったかな」 ゲームをよく嗜む俺は、彼が言わんとしていることを理解できた。さしずめ囚われのヒロインを助けに来た主人公キャラが俺で、横転したヘリコプターの上に愉しそうに立つ紫堂が悪のボスキャラといった役回りなのだろう。 生憎、身体を使う体感システムは苦手で、コントローラーと交換して欲しい気分になる。 その上、ここに到着した時点で体力ゲージは赤点滅状態で、このまま座り込みたいほど激しく疲労している。 (だがなぁ、惚れた女の前なんでねッ) 涼子さんを取り返せる正念場ともなれば、俺でも見栄を張ろうというものだった。 英雄的な力に目覚めて格好良く決めたいところだが、今は手にした拳銃を使わせてもらう。 ――カチッ…… 玲央奈から手渡された時に受けたレクチャーを思い出して、親指で銃の安全装置を解除してみせる。 「ほぅ……」 照準から目を離さずにおこなった俺の動作が堂に入って見えたのだろう。 日頃から愉しんでいるFPS(ファーストパーソンシューティング)での知識も役立ち、紫堂を感心させてみせた。 (問題は、これが当たるかだよなぁ……) 実射の経験などあるわけもなく、遊びで買ったエアガンで壁に貼りついていた虫を狙ったことがある程度だ。 それでも両腕でしっかりとグリップを握り、伸ばした腕の延長上に銃口が向くように意識する。 (あとは、引き金をひくだけだが……) 肝心の大男の身体は、大部分が涼子さんの裸体で隠されてしまっている。両腕は手甲、顔には硬そうな狗面で覆われてしまっては狙いどころも限られる。 それでも銃の腕に自信があればピンポイントで狙撃できるのだろうが、俺の腕では涼子さんに当たる可能性の方が高そうだ。 それを冷静に判断できているからこそ、大男による煽りにもどうにか耐えられているのだ。 (どうする? 残っている時間もあまりなさそうだぞ) 風が出てきたのか上空の雲の流れが早い。山下から吹き上げる風に煽られた炎が周囲に燃え広がり、ヘリポートを囲みそうな勢いなのだ。 (このままでは脱出経路を失って焼死しかねないぞ……) そんな状況であるにもかかわらず紫堂に焦る様子はない。 紫堂のことだ。俺が追いついたことで自分の命をチップにして、提案してきたこのゲームを愉しむつもりなのだろう。 (彼にとっては人だけでなく、自分の命すら軽いものなのか……) ――運が悪ければ、ただ死ぬだけさ…… そんなことを笑顔で言い出しそうな男が相手なのだ。 (それでも、俺は涼子さんのためにも勝たなければならない……) そんな俺の次の行動に紫堂が期待しているのが伺える。 「さぁ、次はどうするんだい? 目の前のその男を撃ち殺せば景品はキミのものだよ? ルーキーくん」 そう語る彼の脇には機体の中から這い上ってきた蛍さんの姿もあった。 当初の能面のような顔立ちが嘘のように、憎しみの表情を浮かべて俺の方を見ている。 (いや、違うな……彼女が見ているのは、涼子さんか……) 彼女の反応からなんとなく相手の意図が見えてくる。 ――涼子さんを助ける為に、俺が人を撃ち殺すという罪を被るケース…… ――または、俺の撃った流れ弾が涼子さんを傷つけてしまうケース…… ――場合によってはそれらで彼女を死亡させてしまうケース…… いずれも涼子さんの心身を深く傷つける結果になるだろう。 それを期待しているのなら、素直にあちらのルールに付き合ってみせる義理もなかった。 俺は銃口の向きをわずかに横へとズラしてみせる。 「ほぅ……そうきたか……ははッ、いいねぇ」 俺が新たに銃口を向けたのは紫堂自身だ。距離としては十メートルちょっと。涼子さんに当たる心配がないだけに、先ほどよりかは命中率は高くなりそうだ。 それなのに銃口を向けられた紫堂は怯むどころか嬉々としているのだ。 「いいぜぇ、それも面白そうだ。ただし、狙うなら心臓か頭だな」 自ら両手を広げて身体をさらけ出すと、その二か所を指でさしてみせる。 「どちらかに命中させたら、ルーキーの勝ちだ。その時は全員の解放を約束しよう。ただし、負ければ景品は没収だ。まぁ、その銃に全弾が入っているのなら十七回のチャンスがあるわけで、これは大チャンス到来だな、ルーキーッ」 その提案を止めようとする蛍さんを黙らせ、紫堂は大男にも手出し無用と厳命する。 そうまで言われたら、俺も引き下がるわけにはいかなかった。恐らく、ここで尻込みして提案を下りでもしようものなら紫堂の俺に対する興味が消失する気がしたのだ。 今の危うい状態も彼が俺と愉しむというゲーム感覚の上で成り立っているものだ。それが崩れるのだけは避けなければならないことだった。 「さぁ、はじめようか、良く狙ってくれよ。痛いのは苦手なんだ」 俺のようにハッタリではないだろう。その瞳には恐怖がまったく映っていないのだ。 立ち昇る炎に囲まれる中で、紫堂という男に本当の意味で怖れを感じてしまう。 「……くッ」 苦し紛れで俺は引き金を引いていた。 銃声がとどろき、銃弾は遥かにそれて右方向の夜空へと消えていった。 スライドした銃身から排出された空薬莢がコンクリートで覆われた地面でキンっと金属音を立てる。 (マジかよ……) 自分に向けて銃口を火を吹いたというのに、その間に紫堂は身じろぎどころか、瞬きひとつもしなかったのだ。 撃った自分の方が驚いてしまっているぐらいだ。 「さぁ、二発目だ。サクサクといこうか」 笑顔で自ら次の射撃を促してくる紫堂。その口元には相変わらずの笑みが浮かび、メガネのレンズ越しに見える瞳は俺を映している。 紫堂の指示通りに弾を当てれば、間違いなく彼は死ぬ。それなのに紫堂は恐怖を感じず、逆に嬉々としているのだ。 続けて、二発、三発と引き金をひくが、人を殺す覚悟のない俺の銃弾が当たるわけがない。 銃身は震え、弾はあさっての方角へと消えていくばかりだ。これでは十発どころか百発の銃弾を撃ったところで変わらないだろう。 極度の緊張でポタポタと汗を垂れ流す俺は、焦れば焦るほど弾は大きく外れ、紫堂の身体を掠ることすらできないでいた。 「どうした? あと五発だぞ」 俺の様子からすでに結果が見えてしまっているからか、紫堂の方には飽きが見えていた。 「ふむ、なにかテコ入れが必要だな……」 顎に手を当ててなにか思案をした彼は、懐から取り出したのはリボルバー式拳銃だ。 おもむろに回転式の弾倉からすべての銃弾を抜くと一発だけ戻す。 ――ジャーッ 銃身に戻した回転式弾倉を勢いをつけて回転させると、それを脇に立つ蛍さんに手渡した。 その瞬間、ザワリッと嫌な予感が湧き上がる。 「まさか……ちょっと、まったッ」 紫堂になにか囁かれた蛍さんは、銃口を自分のこめかみに押し当てると、涼子さんの方を見ながら引き金を引いてみせた。 ――カキンッ 幸いなことに弾倉が空だったので何事も起こらなかったが、実弾が入っていれば彼女は脳髄を撒き散らしていたはずだ。 真っ青な顔した俺をみて、紫堂がニヤリと笑う。 「あぁ、それだよ。ゲームには緊張感……リスクが必要だからな」 「な、なにを……」 「ルーキーが一発外すごとに、引き金をひくように命令した。それに次の発砲が一分以内にない場合も同様だ。ほら、早くしないとコイツが先には引き金を引いてしまうぞ」 他人に銃口を向けてすら引き金をひくのに躊躇させられるのだ、命令されたからと躊躇なくロシアンルーレットなんてできるものではない。 それなのに蛍さんは迷いもなく引き金を引いてみせたのだ。 (絶対服従とは、ここまでさせるものなのか……) 急かす紫堂に、動揺のおさまらない俺は慌てて質問する。 「ちょ、ちょっと待ってくれッ、蛍さん……シオは貴方にとって事な部下じゃないのか?」 だが、そう問い掛けに意味がないことに俺はもう気づかされていた。 自分の命すら軽く扱う男にとって、部下の命なんて同じかそれ以下でしかない。 その俺の考えを肯定するように彼は笑みだけを返してくる。 そうしている間にも一分が経過したのだろう。蛍さんは迷うことなく、引き金を再び引いた。 ――カキンッ 今回も運良く弾倉は空だった。残りの弾倉の四つのいずれかには弾丸が装填されている。 (最悪、次の一分後には……) 涼子さんの目の前で、親友の頭が消し飛ぶことになる。 「う、うぅぅッ」 涼子さんが涙ながらに蛍さんに訴えるが、口枷のせいで唸り声にしかならない。 そして、そんな彼女の姿を見下ろしながら、親友だった蛍さんが凄惨な笑顔を浮かべるのだった。 「そろそろ次の一分だぞ。先の一発分も残ってるんだ使わないと損だぞ」 再び、引き金の指に力を入れていく蛍さんに絶叫して、俺は引き金を引いていた。 一発、さらに一発を放つ。それらは紫堂の肩を掠め、頬に血を流すにとどまった。 「さっきまでの腑抜けた射撃より、随分とマシになったな」 頬を濡らす自らの血を指先で確かめながら、紫堂は口端を吊り上げていく。 「だが、残念ながらこれでも不合格だよ……シオ、次の引き金をひけ」 「や、やめろぉぉぉッ」 引き金に置かれた蛍さんの指に力が入る光景にたまらず絶叫する。そんな俺の視界のはじで動くものがいた。 それまで沈黙を守りジッと状況を見守っていた玲央奈が動いたのだ。 俺と同じくスーツ姿の彼女は、腰の後ろへと密かに手をまわす。再び現れた彼女に手に握られていたのは、俺が持つのと同じ拳銃だった。 (もう一丁を拾っていたのかッ!?) 流れるような動作で銃を抜いた彼女は、、安全装置を解除して銃口を紫堂へと向けると、迷うことなく紫堂に向けて引き金をひいてみせた。 続けて三発の発砲音が轟き、薬莢は立て続けにコンクリートの上で澄んだ金属音を響かせていく。 「……なッ、なんてことだ……」 突然のことに身動きもできずにいた俺は、玲央奈の行動が生み出した結末に驚愕させられていた。 正確に紫堂へと放たれた銃弾は、それを遮るように両手を広げた蛍さんの身体に命中していたのだ。 血を流して崩れ落ちる彼女の背後には、彼女から銃を受け取った紫堂の姿があった。 「や、やめ……」 俺の静止の言葉が終わる前に、紫堂の銃口が火を吹いた。 着弾の衝撃で背後へと倒れ込む玲央奈。俺は迷うことなく彼女の元へと駆け寄っていた。 「れ、玲央奈、大丈夫かッ!?」 「ぐ、ぐぅぅ……」 紫堂の放った銃弾は玲央奈の右肩を打ち抜いていた。勝気な顔を歪めているが、意識もある状態だ。 「よ、よかった」 「余計なことを……ご、ごめんなさい――ぐぅぅ……」 「今はいいから、ひとまず傷口をハンカチで押さえてッ」 玲央奈の手当をしながら、俺の視線は紫堂へと向けられていた。 彼は足元に倒れている蛍さんへと何か声をかけているようだが、その安否まではわからない。 だが、再び顔をあげた彼から笑みは消えていた。 玲央奈が余計なことをしたとは俺は思ってはいない。 紫堂が引き金をひいて銃弾が出たということは、玲央奈の行動がなければ蛍さんの頭部が吹き飛んでいたことになる。 そんな事になれば、涼子さん立ち直れないほどのダメージを受けていただろう。 結果的に、玲央奈の行動は涼子さんと蛍さんを救ったことになる。 (だが……それだからこそ、あの男の怒りが恐ろしい……) お愉しみの最中に脇から邪魔をされて台無しにされては、紫堂も面白くはないだろう。 空になった弾倉に銃弾を詰め直している彼は、常に浮かべている笑みがないだけに静かだが本気で怒っているのがわかる。 凍えるような彼の殺意がビリビリと肌に感じられた。 (これは、やばいッ) 倒れている玲央奈を庇うように俺も射線に身を入れる。そうでもなければ、彼は間違いなく玲央奈を射殺していただろう。 その予想は間違いではなかった。 「そこをどいてくれないかな、その牝をブチ殺すからさぁ」 銃口を向けながら淡々と喋る彼の目はまるでゴミでも見るかのようだ。 ゲーム相手である俺でなければ、一緒に射殺されていただろう。 「それは、ダメ……ッ!?」 俺の返答は立て続けの銃声によって遮られた。周囲に次々と着弾した弾丸はコンクリートを砕き、その欠片を飛び散らせる。 それが玲央奈を守ろうと覆いかぶさる俺の皮膚を掠め、頬を血で濡らしていく。 「もう一度だけ言おうか……そこをどいてくれるかい?」 空になった弾倉に再び銃弾をこめながら紫堂は冷たく言い放つ。その声色の変化から、次は間違いなく俺ごと撃つと確信する。 反射的に俺は握ったままだ拳銃を彼へと向けていた。 「……これは、先ほどのゲームとは違うぞ。そこを退きたまえよ」 銃口をピタリと向けて、ゆっくりと撃鉄を起こしていく紫堂は、ひどく昏く濁った目をしていた。それを妙に醒めた気持ちで俯瞰して見ている俺がいた。 まるでスローモーションのように引き金にかけらた指に力が入れられるのを見ながら、それに呼応するように俺も引き金をひいていた。 ヘリポートが完全に炎に包まれる中、ふたつの銃声が重なり合うように轟くのだった。