とりとめのない雑談
自分の思考の整理用
サムネイルは特に関係なし
オチなし
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ああこの構図面白いな
と思える絵を描きたい昨今
スランプな時は真っ白い四角いキャンバスがただの平面の壁に見えるが、調子がいい時はそこが空間に見える。
こういう構図いいなあ と思った時に でも自分には描けないかも、、とか、なんだか難しそうで気が重いなあ と思う時がある
調子がいい時はすぐに描くことに一生懸命になれるんだけどな
調子がいい時って 「面白いな〜」と思った構図やシチェーション、絵柄、とにかく描いているものにわくわくできる 自分でその絵と自分に期待をしている。 そして心のどこかでサプライズプレゼントをするようなドキドキ感がある。 これは絵を見てくれる人に。
自分で自分の作品にワクワクドキドキすること 描いていて生きてる心地がするくらい気持ちがいいところ それらはとても純粋で尊い感覚だと感じる そういう時にお絵描きの楽しさを感じる。
逆に、もういくら調べてもうまく書けない、なんだかもさっとしていてぼんやりとした雰囲気の作品、単調で、ただ義務のような画面、理想とは遠い、未熟で浅いものが生まれていく時の悔しさと自分への怒り
俺は…弱い….!!!!!と心の中のルフィが頭を抱える もうダメだこの絵は と放置しようかと思うものの 諦めるのか?と心の中のジョーカーが問うてくる 心賑やか
諦めるのは簡単だけど その絵が良くなかった原因もわからないまま逃げるのって悔しいよな〜 違和感があって気持ちが悪くて そことなんとか向き合い続けて次の一歩を踏み出したい きっとそこから見える景色があるはず
最近はずっと自分の未熟さに打ちひしがれてぐちゃ〜としていたけどもだからと言ってそんなことを言ってうだうだ過ごしていたらそのままの自分なのでそんなのは御免である
とにかく描かないといけない 仕事もあるし作業もあるのでSNSに毎日あげるとかは難しいんだけど世の中にはそれをやりつつも毎日上げてる人がいるから凄い 同じ人間なら自分にも縋ることくらいできるはず やることは同じでなくていい 私は私のできることを「とにかくやる」しかない
現状維持は後退してるんじゃよと福沢諭吉も言っていたらしいけど絵とかクリエイティブのことに関しては本当にそれを感じる 常に進化し続けるクリエイター達の中でダラダラしていればそりゃぁ相対的に後退することになる
それはまずい 何がまずいかというと、それはきっと未熟である己を許せないこの気持ちがあるのに 見て見ぬ振りをしている現状がまずい 何でもかんでもやれというわけではない そんなに要領は良くないし精神的な余裕も無い
だけど魅力的なもの(特に絵)を見たときに「あなたは私とは違ってやっぱりすごいね」と一歩引いたところから見ることや、それを特別扱いし、自分はその境地に行けなくて当然である、それと自分には差があって仕方がないことである(だってそれが特別だから)と自分を納得させるようなことは悔しいからしたくない
自分にもできるはず 今すぐには難しくても縋ることはできる 縋りついて考えて考えて悔しくてむかついても向き合わないといけない
できると思ったことはできるのである それを信じて縋れば
大事なのは「(自分にも)できる」のビジョン
それをくれるのはどこかのクリエイターかもしれないし身近な友人・フォロワーの絵描きかもしれない
「自分には無理(向いていない)」をするな 無理だと思い込んで逃げただけ そうすれば楽だからだ 泣いてでもいいから悔しい思いをしながら向き合え 「俺は弱い」でいい 弱いから一歩ずつ強くなるしかない 逃げずに向き合ってそれを描き切ったことに意味がある
遠くに飛ぶには助走がいるし、ボールを蹴るのにも一旦溜め(足を引く行為)が必要なので、それと同じように絵やクリエイティブな事も常に進み続けるのは難しいけど、進むために力を貯めることはできる
スピードが落ちてボールが止まったらまた力を溜めて今よりさらに向こう側に強く蹴り出せばいい
現状の自分が悔しいので
自分を叱咤したお話でした
そのうち非公開になるかも
ともあれドキドキしながらお絵描きができるならそれが一番いいね
ありがとうございました
完