ペンションの宿泊客たちが寝静まった頃、二階の寝室で床につこうとしていた僕は一階からする微かな物音に気づいた。宿泊客がタバコでも吸いに降りたのだろうか?だが、客室の扉が開く音はしていないはず。もしや強盗?まさか、こんな森の奥までわざわざくるわけ……。
管理人として一応確認しなくては。僕は懐中電灯を手に取り、自室から出た。廊下に出ると、やはり下の階からゴソゴソと音がしていた。
「こんばんはー、誰かいるんですか?消灯時間は過ぎてますよー」
恐る恐る階段を下りながら暗闇に話しかけたが、返事は返って来なかった。
「あのー、返事してもらえますかー。管理人の千家ですー」
一階のラウンジエリアに一歩踏み出した瞬間、急に後ろから抱え込まれ、手袋をした手で口を塞がれた。僕は突然の出来事に体が硬直し、咄嗟に抵抗することもできなかった。
「お前、管理人だって言ったな?」
それは宿泊客の誰でもない、若い男の声だった。
「俺たちは組織の裏切り者を探してンだ。素直に言う事を聞けば手荒な真似はしねぇ」
次から次に目出し帽を被った男たちが暗闇から姿を現した。依然僕の口を塞いでいる男は空いた手でナイフを振りかざし、落ち着いた口調で続けた。
「客室のカギを出せ。従わなけりゃ……分かるよな?」
サンルーフから射し込む月明りがナイフに反射し、僕は恐ろしさの余り必死に頷いた。
「いい判断だ。今夜は長い夜になるぜー、覚悟しとけよ」
僕はとりあえず男たちに従うしかなかった。
~
「これで本当に全員だろうな、管理人!」
「はい!これで、全員です……」
さっきまで真っ暗だったラウンジには眩しい電気が点けられ、ペンションの宿泊客計9人が集められていた。謎の集団の指示で何故か男性の7人が横一列に並ばされ、地べたに座らされた僕と女性2人と向き合うように立たされていた。
「よぅっし、ここから裏切り者探しの始まり始まりー!この中のどいつだか知ンねぇが、よくも組織をコケにしてくれたな!だが、それもここまで――俺たちはお前を確実に特定する情報をすでに得ている!」
ナイフ片手に高らかに語る男を僕や宿泊客たちは不安な面持ちでじっと見つめた。
「っつーわけで、男は全員マッパになれ!チンコを見りゃあどいつが裏切り者かすぐに分かる!白状するなら今のウチだぞ!」
その場の全員が予想もしていなかった男の命令に目を見開き、開いた口が塞がらなかった。僕たちはいったいどうなってしまうんだ……?!
針葉樹が高く生い茂る森の中、人里離れた登山ルートから脇道に逸れた場所に「千家ペンション」はひっそりと佇んでいる。脱サラして前責任者からこのペンションを引き継いで早八年――ありがたいことに客足が途絶えることは少なく、僕はバイトのコと二人でちょうど回せるくらいの忙しくも充実した毎日を過ごしていた。
「おはようございます、千家さん」
「百田君おはよー、今日も早いねぇ」
フロントデスクでパソコンを確認していると、バイトの百田くんがフロントの裏に入ってきてコートを壁に掛けた。
「今日も満室ですか、忙しくなりそうですね」
百田君は僕の後ろからパソコンの画面をのぞき込んだ。
「ありがたいよー、ホント」
僕は画面に映った「本日の宿泊客名簿」を今一度確認した。
僕はつい口元が緩くなってしまった。今日も何人もの若い男たちがここを訪れる……どんなお客でも抜かりなくもてなすのは言うまでもないが、僕はアウトドア派で元気はつらつな男性がドタイプなのだ。管理人として日々頑張っているのだから、彼らを密かに目の保養にするぐらいは許されてもいいだろう。
「今日もいい日になりそうだー」
「千家さん、なんかメッチャ楽しそうですね」
背後で静かに笑う百田君をよそに、僕は早速チェックインの準備を始めることにした。
俺、市川キョウスケは43年の人生の中で最大のピンチに直面していた。六年前に妻に先立たれて以来、オレは一人息子のリョウスケを男手一つで育ててきた。だが、とある出来事が原因で思春期真っただ中の息子との良好な関係が脅かされようとしていた。
「うぇっ!なに見てんだよ、父さん?!」
事件は二週間前のとある昼下がりに起こった。股間のムスコを可愛がっていると、背後からドン引きした息子の声が聞こえてきたのだった。今思い返すと、それは部屋のドアが開けっぱなしなのを忘れていた自分のせいだった。まさかこの歳になってオナバレを――しかも息子に――してしまうとは……だが、自慰を見られたこと自体はさほど深刻ではなかった。一番の問題点は俺のパソコンに映っていた「オカズ」の方だった。
最初に見たソッチ系のエロ動画はイモっぽい若い男が一人でオナニーをするという簡素なモノだった。なぜかオススメに出てきたその動画を俺はスマホの誤操作で開いてしまい、すぐに閉じるつもりがいつの間にか見入っていた。たまたま動画の男優が仕事場の後輩に似ていて、それが堪らなく艶めかしく、後ろめたかった。それまで男をそういう目で見たことはなかったが、一度タガが外れると自分でも驚くほど男同士の行為に対して抵抗感がなくなっていた。俺はいつの間にかハードコアなホモセックスAVでヌくのが日課になっていた。
俺はよりにもよってそんな過激なエロ動画を嗜んでいる姿を一人息子に見られてしまったのだ。その時もその後も、息子はそれについて問い詰めてくることはなかったが、それ以来息子とどこか距離を感じるようになってしまった。
毎年、亡き妻の命日には息子と二人で山登りに行くのが恒例行事になっていた。今回はわざわざ遠征して泊りがけの日程を組んだし、その間にきちんと息子と話しをしなければ……お父さんはゲイなんじゃなくて、ただゲイビを見るのが好きなだけなんだってことをちゃんと説明しないと、これからもギクシャクしたままだ。
「リョウスケ、明日は晴れらしいぞ!絶好のハイキング日和だ」
ペンションの一室で荷物を整理しながら、俺は陽気に息子に話しかけた。
「そうだね」
スマホ画面を見たまま生返事をする息子は普段と変わりない様子だったが、対する俺は内心意気込んでいた。リョウスケと腹を割って話して、ちゃんと説明をするしかない。今回の山登り旅行は俺の汚名を晴らすための、そしてリョウスケの不安を晴らすための大一番だ。漢市川キョウスケ、父親としてここばっかりは失敗できない……!
〆
つづき⤵
前回⤵ [裏切り者探し:開幕] 「――ちょっ、ちょっといいでしょうか?」 さすがの急すぎる展開に僕は声を上げずにはいられなかった。 「あぁん?なんだよ?!なんか文句あんのか?」 「文句、ではないんですが、あの……少しだけ話を整理させてください。つまりあなた方の仲間内でなにかしらのいざこざがあり、ある特定の...