絵描き界隈では悪い意味で有名ないらじ(桜ありす)
実はTwitterの方で彼と交流を持ってた某先生がまーた性懲りもなくフォローしてきたので調べてたのですが
これに関して少し思うことが
まず大前提として
ぼくは別に彼を擁護するつもりはないし、関わりたくもない
しかし、彼のアンチの行動は流石に目に余る
pixivで「桜ありす」を検索すると、なりすましによるコラ作品が未だに残っています
例え相手が許されざる邪悪であったとしても、そいつらは別に彼の被害者を救うことが目的ではなく、ただ同じ憎悪で後ろ盾を持って、反撃できないところから殴る…アイツ以下の存在です
ぼくはリアルでもネットでも、喧嘩をするにもルールは守る必要はあると常に思い、そこはある程度は自身に枷をはめています
これは別に正義感とかそういう意味ではなく、ルールを守らないものは、ルールに守られることもないからです
それに、そんなルールを守らない連中は、憎悪するべき相手と同じ土俵に立った同類であるという証明をしてしまうのです
ルールを守らない同士であれば、ぶっちゃけ力と力のぶつかり合い
絵の話だけで言うなら、そのアンチ連中よりいらじや水口先生のほうがまだ「書けます」よ
これは彼らに限らずですが、絵描きの技量と人間性を同一視する脳死した考えが根底にあるからだと思っています
むしろ絵に情熱をかけ、それ以外のものを捨てた者たちが人間性を保持できるとはぼくは思いません、ぼくも含め☆(ゝω・)vキャピ
それに、彼らにとっていい人とは、文句も言わず、無償で自分たちに都合よく働き、神絵や良い情報を提供する人たちのことでしょ?
それを賛美し、利用するだけの乞食達がぼくは善だとも思いませんけど
んで、こんなことをぶっ放すぼくは都合の悪い人、つまり悪人ですよ
誰かにとっての悪は、誰かにとっては善である