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灰羽ちゅう
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エルデンリングと絵を描くことについて

空いた時間はすべてエルデンリング

夜になったら自分の絵を描く


という生活をここのところずっとやってました。

そして昨日、串刺し公メスメルを自力で倒すことができました。


(ここでいう自力の定義は、写し身や霊灰、マルチプレイなどに頼ったゴリ押し強行突破ではなく、相手の攻撃をおおむね見切ってなんとか勝利、という感じの意味です)


何が言いたいのか?


僕はエルデンリングの強敵、串刺し公メスメルを自力で倒した。

そしてそれがめちゃくちゃ熱い体験だった。

ということです。


メスメル公の優雅な立ちふるまい、ひょろっとした手足、飛び散る紅蓮の飛沫、ディレイを帯びた槍が地をこする音、連撃を回避したあとに爆炎とともに吹き出してくる槍の大群、掴まれたあと宙に投げられ串刺しにされた瞬間の業火、負けたときのセリフなどを死ぬほど味わい、心に熱い刻印を受け取りました。もはや宿敵と書いて「とも」と言いたくなるほどの仲となり、最後のトドメには切なさを覚えるほどでした。


ここまでしっかり長期間フロムゲーのボス戦に向き合ったのも初めてで、新たな扉が開かれた感覚があり、それはなにものにも代えがたい貴重な体験でした。

すでに一回クリアしたゲームであるにもかかわらず、ここまでの新鮮さを提供してくるとは、自分の遊びの底の浅さに恥じらいを感じたほどです。

(DLC発売当初は先に進みたいがためにゲームを破壊するか如くのゴリ押しパワープレイで最後まで押し切りました)


エルデンリングは楽に遊ぼうと思えば遊べる。

だけど、もっと深く潜ろうと思えば潜れる。

プレイヤーの意欲次第でその味わいが変わってくる。

そういうゲームであると再認識しました。


絵も同じだと思った。

描き手の意欲次第で無限の遊び方がある。

適当に描いても楽しいけど、のめり込んでも楽しい。

苦しみもあるけど、それはより高みへ至るための、いわば死にゲー的な苦痛であるべきだと思う。そうであってほしい。

絵がクソゲーだと思うならそれは自分のプレイングが退屈で遊び心を失っているだけだと。

だって表現することはいつだって楽しい。

じゃなかったらこんな情熱的なゲームは生まれないし私の脳が沸騰するほど熱中することもなかった。

だからエルデンリングに学んで自分も楽しい絵を描いていこう・・・、

という趣旨の文章にしようかと思ったんですが、そんなことはどうでもよくて、

エルデンリングで得た体験が素敵だったので日記を書きたくなっただけだと気づきました。


これを読んでエルデンリングやってなかった人はやってみてください。

そしてメスメルに串刺しにされてください。

人には言えない悪態をつきながら何度でも挑戦し、絶対倒してやると復讐心をむき出しにしながらコントローラーを握りしめ、執念を燃やしながら攻撃ボタンを連打したのちディレイで狩られて発狂してください。そのあと一旦冷静になって寝てください。次の日また戦ってください。行けそうかも、と思ったところで理不尽にボコられますのでまた憎悪をつのらせて何度でも戦ってください。発狂する前に寝てください。

彼の行動パターンを全てを知ると、もはや苛立ちはなく、一緒にダンスを踊っているかのような気持ちよさを感じるはずです。猛攻をいなしつつも、そこに込められた表現の美しさに見惚れる余裕も出てきますので、満面の笑みで相手をしばいてダウンをとったあと、優越を込めた刃で致命の一撃などをいれてください。

そして最後の瞬間に達成感と、ある種の哀しみを味わってください。

そのとき感じる気持ちは、貴方だけが生み出せる最高の作品だと僕は思います。


というわけで、僕はこれからミケラダーンと戦ってきます。

さようなら。


エルデンリングと絵を描くことについて

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