精霊教会の裁きの間には、時々どうしようもない罪人が連れてこられる。
婦女暴行、強制性交などの色欲の罪。
自分の欲望のままに相手を食い物にするその性向は、赦されざる罪の一つだ。
そうした罪を持つものが、聖女ルウシェの前に連れてこられる。
罪人はただ一度だけ、聖女と交わることを許される。
実のところそれは最後のチャンスである。
その試練を跳ね除けて、反省していることを示すなら、悔い改めが認められ、罪は赦される。
だがもとより、そういった我慢ができない者が色欲の罪を犯すのだ。
ほとんどの者はその誘惑に抗うことが出来ずに、一時の快楽に身を委ねることを選ぶ。
性交は避妊なしで行われる。それも最後の良心に訴える手段の一つだ。紛れもない生殖行為であり、これによって不幸な子が生まれてしまう可能性もありうる。選ぶのは理性か、快楽か。
だが聖女を孕ませてしまうかもしれないという事実は、むしろ彼らにとってブレーキよりもアクセルとして働くことが多いようだ。
目の前の少女の胎内に遺伝子を残すべく、ありったけの精を注ぎ込む。それが人生で最後の性交となるとも知らずに。
行為が終わると、有罪判決が下される。
有罪の裁きを受けた者は、性的不能になる呪いが掛けられる。
女性を前にすると勃起障害が起きる呪い。
父親として子孫を残すことも、性行為を楽しむこともできない強力な枷。
だがそれは彼ら自身が選んだ道だ。
そうした救いようのない罪人を裁くのが、ルウシェの役割であった。
ところで、ルウシェの中に罪が解き放たれると、それをアラストルが喰らい、エネルギーとする。
そのとき契約しているルウシェにもソウルが流れてくるため、この行為はルウシェにとっても快感の伴うものであった。
思いでは悔い改めて欲しいと願いつつも、心の奥底では罪が注がれることを期待している。ルウシェ自身は自覚していなかったが、彼女もまた、色欲の罪に飲み込まれつつあった。
ねこトトラ@猫虎屋
2020-12-01 12:10:35 +0000 UTC