お久しぶりの作文の時間です。
まず否定に全BETすると楽というのはどういうことなのかというところから入ります。
皆さんは何かにつけて否定的な意見を言う人ってTwitterとかで結構見かけませんか?
楽というのはどういうことかと言いますと、大抵の挑戦は失敗することが多く、また、否定意見をぶつけた挑戦がもし成功してしまっても「あいつなかなかやるな」的なことを言っておけば自分の地位は担保されるので否定意見をぶつける方が楽、ということです。
ここまでくるといよいよもって9割くらいの人に心当たりがあるのではないでしょうか。
伝えたいことはまあタイトルと前述した部分で大体終わりなのですが、これだけだと味気ないので実例を挙げていきます。
ちらほらオリジナルキャラの絵を見てくださっている方はご存知かもしれませんが、わたくしことはべりんは定期更新ゲームというなかなかに閉鎖的な世界で遊んでいる人間でもあります。
このゲームがどういう内容かはひとまずおいておいて、運営するGMさんとプレイヤーが1対多である場合が多いというところまではお伝えしておきましょう。
勘のいい方はもう予想がつくでしょう。
ゲームを運営するという挑戦に対して批判意見を安全位置から言う人が山ほどでてきます。
もちろん賛辞もありますが、こういう言葉を正面から受け取るのは良くも悪くも少数派であることの運営側になります。
多くの人から投げつけられる罵詈雑言のようなものを一身に背負うGM業というのがどれほどしんどいものかは想像に難くありません。
GMをはじめても続編はだせずにやめてしまう人が後を絶たず、目立つゲームは一つ二つといった発展性の乏しい世界になっています。
個人的に思っているのは、「否定が楽な以上、批判が止まることはないでしょう」ということです。
俺も絵に挑戦し始めた時はいろんな人にいろんなことを言われたものです。
腕の長さがおかしいだとか手の形が変だとか描き方がおかしいだとかなんちゃらかんちゃら……。
相互フォローしているのに批判を飛ばすだけ飛ばしていざ俺のレベルが高くなった時にもでもお前が描いたんだろというようなやつもいます。
そして、不思議と褒められたことって見返さないと思い出せないレベルで覚えてないんですよね。
だから何度褒められても足りないし、批判されたことには深く傷ついてしまいます。
ではどうしたらいいのか?というと、数値を根拠にするだとか、あるいは気分が良かったことを明確にして記録しておくと良いのかなと思っています。
目的としては精神的なダメージを回復したり抑えたりして継続の糧にするということになりますので、他人だけがトリガーになる数値だとか意見だとかを根拠にするよりは嬉しかった経験を記録しておくことのほうが良いのかもしれないですね。(もちろん他人に握られている箇所ではあるけど褒められて嬉しかったことは素直に喜んでいいと思います!)
追求するために学び、学びのための挑戦を恐れず、挑戦を続けるためのメンタルのケアの手段をだれもがもてるともっといろんな楽しいことが生まれてくる世の中になるのかなあと思います。
俺がこんなに絵を描けるようになるなんて思ってた人、多分当時から知ってる人のなかには殆どいなかったでしょうね。
そんな中で応援し続けてくれている人には本当に感謝が尽きません。
有象無象の意見に振り回されないで頑張りたいことを頑張れば良いなと思いますよ、ほんとに。
・参考
2019年版:https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=74536382
2015年版:https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=48498468
羽部 凛
2019-05-05 09:27:04 +0000 UTCおことわり
2019-05-04 22:32:43 +0000 UTC