日記:死恐怖症にどう向き合うか
Added 2021-09-29 13:07:55 +0000 UTCここ数ヶ月、死恐怖症で夜はめちゃくそに涙が出て人生に支障をきたしています
死ぬのやじゃ! て思っても人間の致死率は100%なのですから、上記数ヶ月が完全に無駄に消費されてるわけで
これはいけない。ただでさえ一回きりの人生のくせに浪費している時間があるなんてなんて無駄なんだ。
しかし人間は感情とかいうクソ非合理的で論理性のかけらもないクソ関数を添乗している上、私はそのクソ関数にかなり左右されるぐらいには人間性能が良くない。
ということでそろそろこのわかりきった結末のためにリソースを割くのをやめたい。
ので自分なりに現状で出せる結論をパッと出した上で、とにかく前に進もうとするための人生の目標を設定します。という日記です。
Q1.なぜ死ぬのが嫌か
A1.死ぬのが嫌だから
循環論法~~~~~!!!
しかしここから先に進まなければ、残りの人生をずっと死ぬの嫌じゃ!つって悲しむだけで消費してしまう。
ということで自分の中の死の定義を一回文章に書き出してみるぞ。
(この先から多分人によって内容が変わります、あくまで私の中での死の定義です)
1■死んだら自分がなくなる。(これ一番やじゃ!)
2■あの世にエビデンスはない
→臨死体験は脳が生きてる故の現象(事実)
→宗教上のあの世の定義もまた循環論法(立証されていない)
3■どんなに頑張ってもいずれ死ぬ
→だから頑張る気持ちがわかない(鬱)
4■不老不死になれるならサイコー!
→そんなものはない(関羽)
このうち1と2と4については考えるだけ無駄なのでとりあえず考えないことにする。
で、今の感情が悲しみにつつまれている一番でかい原因の3をどうにかすれば、
とりあえず今日を大切に生きることができそうなあともすひあ。
Q2.頑張ることは本当に無駄なのか?
こうなってくると、死ぬから無駄は必ずしも正しい答えではない気がしてくる。
例えば「頑張ったら相対性理論を理解できるが、頑張らなかったら相対性理論を理解できない」
とした場合
「相対性理論を理解できてスッキリ」した上で死ぬか
「相対性理論がよくわかんなくてモヤモヤ」した上で死ぬか
という違いが出てくる。
特に死の間際は脳が最後の力を振り絞り走馬灯とかいう黒歴史博覧会を開催するというのは結構あるらしい。
その時に、「そういえば相対性理論って結局なんだったんだ、もやもやするなぁ」
と思って死ぬのはおそらくめちゃめちゃ後悔する気がしてなんか嫌である。
まあ死んだら一緒(やじゃ……)なんだけど、
死の直前まで思考を巡らせて生きていることを考えるとやはり
人生にやり残し(努力すれば届いたはずの物を取りこぼすこと)があると少なくとも自分は絶対後悔する。
A2.頑張らなかったらモヤモヤして後悔する。どうせ死ぬならやりきった感出したい
このへんに死恐怖症を乗り越えるための突破口がある気がするぜ。いや自己の消失について突破口はなんもないのでこういう切り口に論点をずらすことでしか乗り越えられねえぜ。
ここから更に膨らませて、何について頑張らなかったら後悔するのか?
人生でこれだけはやっておきてえ事ってなんだ? という点を深めていく。
Q3.やりたいことって何ですか?(自由記述)
……何??????
やりたいことて何!?
私は何がやりたかったんだろうな……
ここがある人はそもそもメンタル弱くない説は普通にある。
やりたいことが残念ながら見つからないので、ここで発想を逆転させる。
Q3α.生きてる間(この世に居る間)にしかできない事って何だ?
私はあの世を信じていないが、
とりあえず生きている=この世に居ることと仮定する。すると、
死後にできないこと=この世でしかできないこと=人生の中でできること
となる。
あまりにも無数の選択肢がポップしてくるので絞り込むことができなくなっちゃうのだが、
もしあの世があり、死者はこの世に居られないのならば、「この世」について知ることは生きている間にしかできない事となるのでは?
そして無意識のうちに、私は何がやりたいのかという問について答えを持っているような気がするぜ!
A3.相対性理論を理解したい。というかこの世界の法則全部理解したい。ていうか自分が生きている間に人類の未解決問題に答えが出てほしい。それだけで損した気分になるしモヤモヤ確定じゃん。ムカつく!
なんか考えてたらマジでムカついてきた、どうあがいてもこの世の未解決問題の全てが私の人生の間にすべて解決されるわけがないし、自分が頑張ったところでモヤモヤ確定じゃん。
むしろ自分が答えだしたるわぐらいの殺意をもって物理学に取り組むべきなのかもしれない。
つまり、未解決問題に魂の尊厳を殺されてしまう!
という領域(レベル)の話は、私には早すぎる。
なぜならば数学ⅡBで躓いた典型的な計算できない文系なのじゃ。
ベクトルとか複素数平面とか……そのへんがわかっていないと物理学の何が理解できるってんだ。いやなにも理解できない(反語)
このままでは、数学にわからん殺しされたまま死んでしまう!
さて、未解決問題にモヤりながら死ぬのと数学にわからん殺しされてモヤ死ぬのと、
あきらかにショボいのは後者である。
確実に私は歴史書に名前も業績も残るような人間ではないのだが、
仮に己の人生が書物にまとめられるとして、
「未解決問題に思いを馳せながら死んだ」と書かれるのと
「数ⅡBが赤点のまま死んだ」と書かれるのでは
どう考えても前者のほうがかっこいいに決まっているし、後者はもうちょっと頑張れよ!とツッコミが入るだろう。
大目標は置いといて、目先の小目標を定義するなら数学をやることじゃな!
というか
私の中で数学を理解できていないという事実がかなりコンプレックスなのでは?
と思えてきたので、まずはここを解決するために時間を使っていくべきだにょえ
そういえば競プロやらなくなっちゃったのも数学的な考え方の下地が自分になくてふにょえんとなったからだった
やはり数学……数学は全てを解決する……
というか数学のことで頭の中をいっぱいにすれば死について考えなくなるって一時的に死恐怖症から逃れられたわ
これ結論じゃね?
結論:頭の中を常に数学でいっぱいにすれば何も怖くない!
おまけ
最近読んだ本
「ロンリ」の授業 https://www.amazon.co.jp/dp/4837927645
論理的な文章てどう書くんだろうと思って手にとった本。面白かった。
BRAIN DRIVEN https://www.amazon.co.jp/dp/B08GX7XMLZ
脳の仕組みを知ってうまくハックすればモチベーションを維持できるよという本
餅ベータ