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无現里怪奇事件簿2 Under The Sun(中編)

 父は善き人であった。


弓の持ち手に悩む者がいれば、こう答える。

「弓というのは、結果として当たればよいのです」

弓をうまく扱えない者がいれば、こう答える。

「弓は極めた先は何れも同じく、弓を用いず射ることです」

ある者は都を照らす太陽のようだと表立って讃え、

ある者は帝の威光を隠す月のようだと陰で罵った。


 善き人であり、薫が胸を張って自慢できる父親であった。


壬鳥からクーデターの話が持ちかけられた時に

父も首を縦に振るのだろうと、誰もが信じていた。


「『柏木』に相応しくあるために

 最期まで陛下の片腕である所存にございます。ご容赦を」


 父は最期まで善き人であった。

革命のその時まで、帝側には一切の情報が漏れずに終わった。


多くの亡骸の中で父を見つけるのは容易いことだ。

最も酷い傷を負っており、言葉の通り最期まで帝を守るために戦ったのだろう。


思えば父は、善き人であったけれど

父が人間らしい自我を出すところを、見たことがなかった。

求められれば善き振る舞いをする人だけれど、

帝が命じれば、それに従う人であった。

みな、それが父の仕事だからと好意的に見ていたけれど……

本当は違ったんじゃないか? 


もはや全てを知る由は無い。

薫にはもう関係のないものだ。心の中で別れを告げて、立ち去ろうとして

ふと、亡骸の懐に古びた手帳があることに気がついた。


始まりの日付は、今では誰もが知る記念日だ。

これからはなんでもない日になるだろう。

……先帝の即位日に紐付けられて、手帳はこのように始まった。

『この世の全てが偽りだとしても、君はまさしく太陽であった。

 君が変わり果てても、私は友を』

そこから続くのは、数々の凄惨で、傲慢で、暴虐な帝の振る舞いと

帝の命を受けて父が殺した者の名がただ淡々と綴られていた。


月は撃ち落とされ、新しい太陽が登る。都の長い夜が明けた。



 薫は連日の激務の末、特にあのパワハラお茶会の末にバタンと倒れてしまった。

父に似て質素倹約な自室にて、

布団と机ぐらいしか無い部屋で横たわっている。


「まったく色気のない部屋じゃな。顔色を見に来たというのにもてなしもない」

「今、予の顔は青色に染まっているぞ。満足したな、帰れ」


普段より皇御軍と五衛府は折り合いが悪いが、いや薫と讃良の確執が主たるものだが、

流石に互いが弱りきっている時に追い打ちをかけるほどの仲ではない。

いつもの軽口を叩きながらも、まあつまり、讃良は割と心配しに来たのだ。うむ。


たしか引き出しのなかに、昨日の残りの焼き菓子があったなと布団から立ち上がるも、

ふらふらぐにゃぐにゃと薫はへたりこんでしまう。


「うぬ~……讃良、そこの引き出しを開けるのだー」

「どうしてこんなになるまで放っておいたんじゃ……ここじゃな? えっちな本か?」

「どうかしてるのはお前の頭だ」


讃良が背中を向けると、手には隠し持つように個包装の焼き菓子が握られているのが見えた。

考えることは同じだ。

「なんじゃ? この手帳は」

「お菓子は下の引き出しだ。その手帳は父の遺品で、読むとお菓子がまずくなる」

「……そうか」

背を向けているので、讃良の表情は誰にもわからない。何も思っていないことはないだろう。

「いくらでも前代衛門督を軽蔑して構わない。

 太陽の如き聖人と謳われても、所詮は愚かな人間の一人だった」

だから、どれだけ父を愚弄しても構わない。それだけのことを父はしたのだ。


「わしはな、親の罪で子が咎められる必要はないと思っておる」

「嗤笑してくれたほうが気が楽だ」

「お主のためではなく陛下のためだ。親の罪がどうして子に咎められる」

「うぬのためでもあるだろうに」

讃良が振り向くと、いつもの澄ました顔を見せる。

「わしは別腹で罪があるのじゃ、例えばそう、これは陛下用のお菓子なのじゃが

 買いすぎてしまった上にいくつかどこかに置き忘れてしまう」

白銀で出来た元帥様は、余り心の内を明かさない。

明かすのは付き合いが長く、気を許した相手だけだ。


「わしはあの時、陛下に全て背負わせてしまったことを後悔している。

 あの革命の時、相手の損害の殆どは陛下によるもの。

 せめて親殺しこそを片方をわしが為さねばならなかった。

 そうすればせめて、わしが、仇としてお前に恨まれることも出来ただろうに」


まったくひどい話だ。

銀は腐食しやすいというが、讃良は少し醜い現実に心を乱されすぎる。



「先帝を殺したとてだれが義憤に駆られる?

 それと同じだ。予は父が死んでせいせいしているとも!

 そんなことより焼き菓子を食べよう。うまいものを食ってると悪いことはすぐ忘れるからなー」


だから、嘘をついた。

手帳を大事に持っている時点で、バレバレの嘘を。


◇◇◇


 目の前で事切れている男は醜いものであった。

せめて抵抗でもすれば、私は喜んでより残虐に踏みにじったことだろう。


革命の終わりは、真にあっけないものであった。

かつて弓の名手を謳われ、弓の師であったものを射った時点で、

戦いというべきものは終わっていたのだろう。

男は両手を上げ、へらへらと笑っているばかりで

愚かな為政者の末路にありがちな命乞いすらしないのだから。


「もっと正義に酔いしれる革命勢力にありがちな、罵声でも浴びせないのか?」

目の前で倒れ伏した先代衛門督のことすら目にかけず、

己が享楽を優先する様は、正真正銘『人でなし』だ。


「死ぬ前に何か言い残しなさい。いくらでも私を貶して結構です」


 どうか無様な命乞いをしてくれれば、私はもっと楽になれるのに。

ああ、そういう時に限ってこの男は私の望まぬことをするのだ。

父親としては、それなりの振る舞いをしてくれたことも、あったのに。


男が私を観ている。まるで、私の奥底を見透かさんとするように。

その表情はいつになく真面目で、穏やかで、鋭くて、不穏だ。


「なぜ我々には親が子に名付ける以外の真名があると考えるか?

 伊代真は読んで字の如く。”まことにただの代わり”であった。

 壬鳥、お前はどう思う。なぜお前の真名は壬の鳥なのか」


これは、帝が好んで用いる問いかけだ。

これに、帝が好ましく思う答えを返したのは一人しか居ない。


「私は、お前の思い通りに生きてなんかやらない」


私は、お前を喜ばせたりなどしない。

男は返答に聞き入るように目を閉じ、そのまま床に伏して死んだ。


かすれた声で、私にしか聞こえない声で

「そうか。とてもいいことだ」

などと、父親のような言葉を掛けた後に。


◇◇◇


 壬鳥はぼんやりと夢うつつになりながら、待ち人が仕事を終えるのを待っている。

手伝いますよと声をかけても「いえ、私一人で間に合います」と断られ、

後の約束もあってその場を離れることもできず、

椅子の上にすわってもにゃもにゃっとしているのだ。


 近頃はわざと忙殺されることで、余計なことを考えないようにしていたのだが

暇をしていると、全く良からぬ思い出ばかりを思い出してしまう。

あのメモリーパフェというやつは何か良くない幻覚成分を含んでいるのではないか?

場合によっては販売停止措置も検討しなければ……


「陛下、お疲れのようなら向こうに休憩室があります」

「いえ……みなお仕事をしているなか朕だけおねむはだめです」

「実は私も繁忙期に休憩室でサボりをしたことがあるのですよ!」

「それはいけないことですね……」


 それは、目の前の神祇伯も同じものだと思っていた。

忙しさにかまけているのは、そうしなければ心が持たないからだと。

しかし、目の前の男は、仕事以外の生き方がわからないほどに不器用なだけなのだ。

由緒ある浅見家の当主の日彦。太陽のごとき麗しの神祇伯(これは自称である)

12の頃に当主をついだ後、周囲を取り巻く問題全てを背負い込んだ結果

人間としてはかなり未成熟ないきものになってしまったのだ。


「でも、今はちゃんと人並みの幸せを手に入れて、なによりです」

「陛下~心の声が口に出ています。何考えているかは知っていますが」

「おっといけない。でもね、朕は本当に幸せになってほしいんですよ。

 あんなクズのせいでずっと不幸なままだと、許せませんからね」


 先帝は目をつけた人間を呼びつけては、玩具のごとく事切れるまで弄んで殺す趣味があった。

浅見の家に謀反の疑いがかかり、その結果起きたお家騒動の末に先帝は渦中のある者に目をつける。

先帝は「どうせ処刑されるのであろう」とそれを引き取ると、

翌日にはその身体を部位ごとに分解して日彦のもとへ送り返したという。

「私は、弟の分まで幸せにならなくてはいけませんから」

 謀反を企てた都に潜む『人でなし』。名は月彦といい、日彦の弟だった。


◇◇◇


 白日の下には、血だけが晒される。

発端は、鶴の一声だ。

「浅見の家には、都に相応しくない『人でなし』が居ると聞いた」

――つまり、殺せということだ。


 宮中祭祀を担う神祇伯は、代々浅見家の当主が務めている。

浅見に流れる血は遡ると王朝に縁ある神にたどりつくためだ。

これを害することは帝ですら許されない。

神の都(デーヴァナガラ)における神は、帝が祀り上げるものなのだから。


 私の両手は、すでに血で穢れきってしまった。

双子は世を分かつ不吉なもの。

私達が幸福であったのは、腹の中にいた頃だけだろう。

生まれてまもなく、かたわれに悪霊どもが取り憑くと、

父と母は赤子を殺すか、生かすかの選択を迫られた。


運良く、憑かれなかった兄は太陽のもとで生きる日彦と名付けられ。

運悪く、憑かれてしまった弟は、陰のもとでしか生きられない月彦と名付けられた。

両親は弟を悪霊の贄に差しだし、弟は人ならざるものに成り果てた。


悪鬼の如く睨みながら事切れた父を、見下ろしている。

涙を流して事切れた母を、見下ろしている。

『おかわいそうに』

悪霊達が語りかける。


私は踵を返して離れのあばら家に足を運ぶ。

悪霊どもが根城にし、そこに居るものを主として甲斐甲斐しく世話をしていた。

両親は、親として為すべきことすら為さなかったにもかかわらず

そこの主はいまも生きている。

――ああ、紛う毎なき『人でなし』だろう。


扉を開ける。

暗い部屋に光が差し込むと、そこには主と呼ばれるものが居た。

生まれ落ちて以降、離れ離れになったかたわれ――月彦と名付けられ、その名前すら奪われた弟が。


「助けてあげよう。いいか、私の名前は月彦。お前の名前は日彦だ」

私は弟の手を握る。そこには確かに温もりがある。

なんだ、ちゃんと人間じゃないか。


「お前は知らなかったかもしれないが、私はお前の弟だ。

 姓を浅見、名を月彦という」

とんでもない嘘だ。非現実なほどの夢物語だ。


「お前はこれから、大層な肩書を背負って偉いやつに媚び売ったっていい。

 好きなことをする自由と権利がお前にはあるからだ」

けれど、人は夢を見る生き物なのだから。

未来へ生きていく権利と義務がある生き物なのだから。

どうかお前には、これからは人として生きてほしい。


「お前には、人として全うに生きて死ぬ権利がある。それを忘れないでほしい。

 わかったな、日彦。……お前を裏切ることになって、すまない」


私はもう片方の左手で、小刀を振り下ろす。

最後まで弟は、私のことをただの優しい人だと思っていたのだろう。

身を守ることなく、悲鳴を上げることもなく倒れ伏していく。


「……練習しておいてよかった。ちゃんと、手加減が出来て」

騒ぎを嗅ぎつけた五衛府の衛士が、迫ってくるのがわかる。

弟はこれからも、生きていける。柏木衛門督は善い人だから、これからもきっと。


悪霊達が、私に語りかける。

こいつらも悪気があったわけではない。ただただ、そういう「もの」だから。

『あにうえは、こわくないからすきです』


私は、もう、兄ではないよ。

ちゃんと言い聞かせたのだから、わかってくれ。

さようなら。


◇◇◇


 ふとみれば神祇伯の仕事の手が止まっていた。

壬鳥はしまった! と閉口する。

これは明らかに地雷というやつではないか。

いつもは気配り名人の壬鳥だが、疲労とはかくも恐ろしいものである。

藪を突けば蛇が出る。触れられたくない話題に触れてしまえば、

かの太陽(以下省略)神祇伯とて温厚では居られないだろうに。


「あー、えー…す、すみません先帝の話なんて面白くないことはやめましょう!

 そうだ、そう、无現里地域新聞のこととか話しましょう!」

「ところで陛下は、生まれ変わりを信じていますか?」

「ほぇ!」

気にしていません、と柔らかな笑みを神祇伯は見せてくる。

子鹿のようにか弱さをアピールしていると、さらにふにゃりとした笑顔になり、

「怒っていません。いや、何度も言ったら逆効果だな……? ちょっとおこですね」

と冗談めかして諭してくる。


「……よ、黄泉還りなら最近見たので、信じていますね。

 輪廻は……私が知っている故人は、当面の間生まれ変わってほしくないです」

脳裏に伊代真の顔が浮かぶ。

久しぶりに見た伊代真は雰囲気がまるで違い、始めは本人とは気が付かなかった。

なんだ、生きていたから良かったじゃないか。

……そう思えればどんなに良かっただろう。

「黄泉還り、それもいいですね」

「ひゅん! ま、まさか朕をいまここで殺しちゃおうとか考えてますね!

そして黄泉還りさせて証拠隠滅を図ろうと!」

「出来たら苦労しませんよ」

「出来たら……するんです?」

「しません。実のところ、陛下のことは結構好きなんですよ。弟に似ているので」

なるほど、だから私には若干どころではなく甘々だったのですね……。

そして、弟の生まれ変わりに会えるのならば会いたい、と。

……羨ましい兄弟愛だなあ、と思ったがこれ以上は口に出さないことにした壬鳥であった。


「弟の魂が輪廻することは、永劫無い。無いんですよ。

 先帝はそのような細工を施して殺したと、教えてくれたものたちが居るんです。

 あと、仕事の手が止まっていたのではなく、仕事はかなり前に終わっていました。

 行きましょうか」

「は、謀りましたねー! なんたる不敬です! 

 これはもう、君の娘さんには朕のこと絶対敬ってもらえるように可愛がらなくてはー!」

なんだか不穏な言葉がある気がしたが、気遣い名人の壬鳥はこれを受け流すことにした。


◇◇◇


 私は月彦として、衛士達に拘束された。

すぐそこまで迫ってきていたことは、物音でわかっていた。

止血をする間が無かったが致命傷は避けたはず、よほどの運が悪くなければ生き残るだろう。

……身勝手なエゴだ。

私の姿はあまりに血に汚れすぎて、誰も私を日彦だと気が付かなかったようだ。


自慢じゃないが普段は身ぎれいには人一倍は気を使っていた。

祭祀用の服は純白すぎるので、色がついた食べ物とかは本当に食べられないからな。

ああでも、死ぬ前に今度開店する甘味処に行きたかったなあ。

地獄に堕ち、刑期が終わって転生した後もどうか続いていますように。


「陛下がお前に興味を持ったそうだ。

 くれぐれも、粗相の無いようにな。日彦」

「……俺は月彦だ」

宮中祭祀に携わる関係で、衛門督とは数度顔を合わせたことがある。

私がまだ6歳のころ、両親の儀式を見るだけで退屈していたところに

こっそりと飴細工をくれたのを覚えている。

「陛下はそういう小細工は通用しない方だ。まあ、私も便宜は図るとも」

善い人だ。なぜ、あの帝に仕えているのかわからないほどに。


広間の戸を開けると、玉座では退屈そうにした帝がこちらに気がついた。

目線は衛門督のほうに向いており、

血まみれでひどい有様の私は眼中にないようだった。


「柏木。お前の子がもうすぐ生まれるのだろう。名はどうする、

 なんなら、真名探り師を宛ててやろうか?」

興味があるからと私を連れさせてきたというのに、衛門督に真っ先に声をかける。

「ありがたき幸せ。ですが、家内と相談して決めとうございます」

「そうか。お前もなかなか反抗するようになってきて、俺は嬉しいぞ。

 妻子を作れと言うた時は最終的に折れてつまらんかった。うんうん」

帝は一人で納得しているが、私には全く意味がわからない。

衛門督は問答に表情一つ動じない。いつものことなのだろう。


「さて、いずれ処刑される罪人。ならば別に、俺がどうしたって構わないだろう。

 なあ柏木。瀕死の兵をお前はどれだけの数、介錯した?」

「数えるのは齢10を過ぎた頃からやめました。陛下の命ならば、生きるだろう生命も」

衛門督は善い人だ。

子供に対して優しい人だ。

けれど、それは日向の部分で。

「子供を殺した手でお前はいつも子供に菓子をやっていたな。

 よい、神がお前を咎めようとも俺は赦すぞ。まあ俺が命じたのだが」

輝かしい神の都、その眩しさに隠された陰の部分が噂される時に

必ずといっていいほど柏木の名が挙がる。

『柏木衛門督は、帝の右腕にふさわしい快楽殺人者だ』

……私は、信じない。


「それに俺も子供は好きだよ。特に無秩序で、皆目見当つかぬことをするからな。

 特に俺の命令を無視するところとか最高だ! ……さて」

帝は初めて私に目線を向ける。

一瞥された瞬間、心臓が跳ね上がるほどに拍動し、胃からは嫌悪感がこみ上げた。

「ふむ……どうするかな」

今は壊し方を考えているのだろう。

私を見る目は、どこか私以上の何かを見ているように思う。

私は、罪人だ。きっと酷いぐらいの拷問の果に、気が狂って死ぬ。


「柏木」

帝が声をかけると、衛門督は居合抜きし躊躇なく私の右手を切り落とした。

「いや違う、名前を呼んだだけだ。お前も時々俺の想像が及ばない行動をするよな」

衛門督の顔は、変わらない。

私の知っている衛門督ではない。飴細工をくれたあの人では、ない。

「お前はもうすぐ父親となるのだから、あまり酷い真似はするな」

切り落とされた手の痛みよりも、怒りが勝る。

お前こそが父親としてもっともひどい存在だと、突きつけたくなる。

今すぐにでも口を開いて、せめて帝に訂正をさせたい。


けれどだめだ。衛門督は私が少しでも動けば躊躇なく首を切り落とす。


「あー柏木、今から問いをする。この間は決して邪魔をするなよ」

「はい、陛下」

私は気が狂いそうだ。まるでこれでは、帝がまとものようで、衛門督こそ狂気のようだ。


「なぜ我々には親が子に名付ける以外の真名があると考えるか?

 これは誰にでも問うているが、この問いに答えはない。

 いかなる返答をも私は赦す。申してみよ」


私には、興味がないから、そういうときはいつだって返答がぞんざいになる。


「生まれる前に、神に決められているからです。名前も、生き様も、死に際も。

 けれど、それに甘んじるだけの生き方なんて、私はお断りだ!」


私は最期まで、答えを間違えることはなかった。

返答と同時に、光よりも早い居抜きの刀が私の首に迫り――――


◇◇◇


私に子を抱く資格はない。

妻を持つ資格もない。


帝の勅であろうと、私は反抗をする。

けれど。

「……そうか。だが、子供は本当によいものだぞ。

 いや正直、女の抱き心地がどうのと勧める輩もいるだろう。"私"はわからないが。

 でもな、子供だけはこの世で最も価値がある。”これこの世全ての真理に代わるもの”だよ」

生まれたばかりの皇太子をみつめて、帝はそう言うのだ。


帝は時折、かつての面影を見せるようになった。

それは子供について語る時であり、

私達が子供の頃に帰ったように、無邪気な姿であった。


私に子を抱く資格はない。

私の両手は血に汚れすぎている。


私が詫びると、妻として宛てがわれた不幸な女は、優しく微笑む。

「その資格は、誰にもらうのでしょう? 陛下でしょうか。

 けれど、陛下は貴方様には幸せになってほしい、とおっしゃっていました」

「それは……」

いつもの遊びだ。帝は私が苦しむ様も、遊びの一つとなっている。

ただそれだけ。私は望まれるまま、苦しむことも仕事の一つだ。


「陛下は悪しき人だとみなが言います。

 けれど、貴方様はこの世の誰よりも、陛下をご存知のはず。

 だって、幼馴染なのでしょう?」


私だけは知っている。帝が、帝として即位するよりも以前の、真なき偽りを。

帝が大鏡によってこの世の偽りと真を取り代えた日の誓いを胸に、

土に還るその日まで、私だけが抱えるべき思い出だ。


――――この世のクソったれの神よ、私はいくらでも罰を受けます。

帝の罪も、帝に与した私の罪も、私が全て背負います。だから。

子が生まれ持った毒により妻が死しても、その罪も私はいくらでも罰を受けます。


受けますから、どうかこの子だけは。

己の毒で死なないように、毒霧がいつか人に好かれる薫になりますように。




◇◇



『大鏡さえあれば、ヒトは神の奴隷だ。だって、

 どれだけ虐げても思想が反転するから反逆なんてできるわけがない。

 ようやく分かったぞう! なぜ私がこの世界で、ただ一人正常なのか』


『おい。俺にもわかるように説明しろボケナス』


『つまり、これから私はたった一人の人でなしになる?』


『なんだそれ。――――なんだよ、それ。はあ? ふざけるな。

 そもそも思想がひっくり返るってなんだよ。

 じゃあ俺が感じている怒りは、嘘だっていうのか』


『さあね? 感情の相関関係はよくわからないから知らない。

 そもそも私は、もともと感情が希薄だ。

 こうするほうが良いからと、コミカルな表現が出来ると楽だと教えてくれた人が居て……

 っと、これは感情というよりも理屈とか理論に強く作用するみたいだな』


『それは、お前がいつも言ってるアレか。

 人を虐げるのはおかしいとか、魂を神に捧げるのはおかしいとか。

 弱者は強者の食い物になるなんて当然だろうに。おかしいのはお前だけだ』


『まあ、私がおかしいと思う大半は他人の受け売りなんだけど。

 ……しっかーし壊せないなこれ。

 数段階に分けて防御障壁があって……えーいセキュリティが無駄に強固!』


『これを壊したら、お前の言うみんなが幸せな世界ってのがくるのか?

 無理だろ、幸福は地位と権力に恵まれた者の特権だぞ』


『でも私は幸福ではなかったよ。

 生まれた時に私は即位することが決まっていた。そんなのつまらないじゃないか。

 ……うん、だめだ。

 神の血を引いていなければ操作ができないのに、神の血を引いているから壊せない。

 神の統治する神聖な都がデーヴァナガラであり、帝はその駒でしかない。

 ヒトも帝も家畜のこの世界を、正しいと思わせるための大鏡』


『家畜……家畜はおかしい、って言ってたな』


『なあ、■■』


『なんだよ■■■』


『実は君のこと、身の毛がよだつほどに大嫌いだ! なので、私が人でなしになったら殺し続けてやる』


『……俺はお前の友達だから、人でなしになっても、友達だ。』


『ノリわるー』


『うっせーよアホダボカボチャ黙れアホ、いまメモすっから! ぜってー忘れね―からな』


『じゃ、後はよろしく。本当に、私が人でなしだったらその時は……』



「いま、すぐにでも俺を殺してくれ」

「君が変わり果てたとしても、私は友を殺さない」


Comments

https://www.plurk.com/p/nuuyeg 副読本です(ネタバレがある!!!)


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