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无現里怪奇事件簿2 Under The Sun(前編)

あの日のことを、覚えている。


長らくの間、私は己の名前も、なぜこの部屋の中に居なければならないのかも、

そのような当然の疑問に思い至らないほどに、未成熟であった。

記憶の片隅には、私を忌子と罵る悪鬼のようなものがいた。

だが、そのような思い出があるだけ。


この四畳半の部屋の中全てが、まるで私自身そのものであるように錯覚していた。


身の回りの世話を好んでおこなう、奇特な「もの」がいた。

それらは口を揃えて『おかわいそうに』という。

私はその意味を理解しようと思うこともなかった。


あの日のことを、覚えている。


決められた時間に、飯を食い、寝る。決められた毎日。

何も望むことはなかったが、いつまでも同じことが続くのだろうと信じて疑わなかった。


部屋の遠くから、慌ただしく近づく足音があった。

いつもの「もの」たちではないことしかわからなかった。


扉が開かれ、部屋に光が差し込んだ。

その顔を今でも、覚えている。これからも、覚えていなければ。


「助けてあげよう。いいか、私の名前は☓☓。お前の名前はーーーー」


その日、私は初めて人間になった。


◇◇◇


 柏木薫はいつも手一杯である。

ただでさえ、帝の警護を担当する五衛府自体の存在意義が危ういのに、

連日の都ではびこる「噂」はことさら五衛府を追い詰めるのだ。


無論始めは四十九日待って見なかったことにしよう、だってお給料少ないから……!

とのんきに静観を決め込んでいたが、これがいけなかった。


「噂」はまたたく間に陛下ーーーー大天朱壬鳥様の耳に入り、

先日、お茶会を装って「ねえ、面白い噂があるのですよ。薫はもちろん知っていますよね?」

……と、天使の微笑みを添えながら『進捗どうですか?』とほのめかしてきたのだ。

この時だけは、流石に察しの悪い薫でも流石にわかってしまった。

それまではのんきに「ああ陛下はお優しい方だなもぐもぐ」とサクサクのスコーンを頬張っていたが、

もったいないからとちまちま飲んでいた紅茶で急いで流しこみ、むせた。

むせている間も壬鳥は天使の微笑みを崩さない。


「げほげほっ、ええ、ええと、『都の真実』なる先帝残党らが掻き立てたゴシップ記事が

 流通している件でございますかね!」

「はい。朕は内容が気になっています。聞けば、五衛府はもう出どころを特定して関係者をみな打ち首獄門にしてしまったとか……」

……意訳、『先帝残党は皆殺しです』

薫の背筋はさらに震え上がり、胃は収縮し思わず吐き気がこみ上げてくるほどだだ。


「そ、それは……そのお……」


 柏木薫は正直いって、いつもキャパシティーオーバーである。

まさか陛下に楯突く事もできず、かといって事の顛末をみなまで話したところで

信じてくれるだろうか? 

その先を想像しただけで、もう、だめである。

口を濁すことが最善とは言えないが、これはもう、薫は手一杯であるからして正常な判断ができていないのだ。


「陛下。あまり弱いものいじめは良くないと思うのじゃ」

 助け舟は意外なところからやってきた。

すまし顔で軍服を着崩しながら、凍るような目線を向けるのは藤原銀讃良。

薫としては気に食わぬやつなのだが。

「さ、讃良……! うぬってやつは……」

「身体も口も動かせぬマネキンに返答を求めるのは、マネキンが可愛そうじゃよ」

「いやうぬ見下しすぎだろー!? ちゃんと調べましたー! 噂の出どころまで抑えましたー!」

「はい、知っています。だからその顛末を朕は聞きたくて仕方がないのです」

「うぐっ……で、でもですね。これはその、こと怪奇な顛末でありまして……

 きっと陛下がお気に召す真相ではないといいますか……!」


しどろもどろになる姿を見て、壬鳥は更に興味津々に微笑みかける。

讃良は心の中で『そんな話のハードルを自分で上げなくても……普通でいいじゃろ普通で』とツッコミを入れる。

薫はさて、何から説明すれば丸く収まるだろうかと、思考を組み立てていく。


「……ええと、五衛府はまず『都の真実』なるゴシップ誌の実物を入手しようと調査をはじめました。

 その結果、『都の真実』というゴシップ誌は存在しないということがわかりました」

「無の証明は難しいものです。薫はよく頑張りましたね。

 けれど、それでは民たちがこぞって噂をしているのはおかしいとは思いませんか?」

確かに、噂の中心になっている『都の真実』という雑誌はどこにも存在しない。それは事実だ。

これだけで陛下が納得してくれるならーーという考えは当然ながら甘かった。


「噂を大きくしたのは、『五衛府がそれに関する声明を出した』ためです。

 ですが、五衛府一同、陛下に誓ってそのような声明を出した事実は有りません」

「そうじゃな。五衛府が勝手に動けばわしは気づくからな」

「頼もしいですねえ。けれどそのような噂が朕の耳に入るまでになっている。

 これは不思議ですよね?」

これも事実だ。

今の五衛府はみな現帝の壬鳥を敬愛している。その壬鳥を中傷しかねない噂に対し、そのうちの一人が義憤にかられて……ということもあるかもしれない。

だが、結論としては『誰一人そのような行為に走ったものは居なかった』

ーー少しだけ強引な手段で一人ひとりを調べ上げた薫は、正直へとへとであった。


「この『都の真実』および『五衛府の声明』の噂の出どころについてですが……」

息を飲む。


「『无現里地域新聞』という新聞のいち記事であることがわかりました。

 ですが、それまでです。そこから先が、まったくない。

 このデーヴァナガラにも、聖域にも、海の向こうの国にも……

 『无現里地域新聞社』というものがない。

 新聞紙だけが、ある日突然、前々からそこにあるように現れたのです」



浅間ひかりはルポライターである。

己が目で見たこの世界すべてを鮮烈に、いや普通に、ありのままに記事にする。

「スクープは探すものじゃない、いつも向こうからやってくる」

それが矜持の、まあ売れないルポライターであった。

近頃身を寄せている『无現里地域新聞社』はちょっと変わったところで、

編集長はデスクの上から全く動かないし、

同僚は職場で会えば言葉を交わすが、実のところ職場の外では遭遇したことがない。

それでも、己の矜持を貫くにはかなり都合がよいので割と気に行っている。

特に、取材と称して買い食いしたお菓子類が経費で落とされるところだ。


「ん~やっぱり、どこに行ってもこのカフェのパフェが一番おいし~!

 でも二番目はあのアイスクリーム屋さんだな。ここには無いみたいで残念」


不思議なカフェで出されるメモリーパフェを食べているからだろうか。

思えば少しばかり、非現実的なことばかりだな。とひかりは思い返す。


例えば、今いるこの无現里はもともとのひかりが居た无現里では無いらしい。

詳しいことはわからないが、編集長いわく

「無数の无現里のなかから、君が行きたい場所に取材に行くと良い」

ということには、无現里という国はいくつもあるそうだ。

ひかりはそれぞれの无現里の違いについて、例えばアイスクリーム屋があるとか、

些細な事件が起きていないとか、ある人が居たり居なかったり、という程度しか認識していない。

驚くべくことに、「まあそういうものか」とある種の納得をしていた。

まあ、おかしいなとは思いながらも、考えても仕方がないことだという諦めもある。


「そう考えると、このカフェはどの世界にもあって嬉しいな~

 こんど薪さんも誘おっと。うん、もっと仲良くなりたいな。唯一の同期なんだし……お?」

ちょうどパフェを食べ終わった頃、現実に引き戻されるようにカフェの外が騒がしくなってきた。

机の上に料金を置き、きもち多めのチップも追加し(これも経費で落とす)

野次馬の波に混ざっていく。

何を取材しようか迷っていたし、この騒ぎが面白い記事になればいいな……などと思いつつ。


「へ、へんたいだーっ!」

「俺は……疫病神だーっ!」

全裸の狂人が、天下の往来で暴れていた。

「そこのお前! お前は完全に包囲されているー! 暴れるなー!

 暴れないでー! 野次馬は離れてー! 野次馬は包囲網換算できないからー!」


「……あー……さすがに、これは記事には出来ないなあ」

それぞれが異なる无現里である、だが、同時に大本は同じ无現里だ。

他の世界で起きたことが、別の世界で時期をずらして起こることはそう珍しくもない。


異なる世界で起きた全裸の疫病神事件。

まさかこのタイミングで、こちらの世界でも起こるとは。

「まったく、ここの陰陽寮は何をやっているんだ? 都外の監督も出来ていなければ、

 水際対策だって不十分じゃないか。こんなところまで侵入を許すなんて」

何か差異があるのだとすれば、陰陽寮の担当が無能であるか、別の些細な事件に手を取られておろそかになっていたか……

あまり、ひかりの心を踊らせるような真相ではないだろう。

元の世界の顛末も……思い返せばあまり楽しいものではなかった。

結局、あの疫病神は都には侵入せず、辺境の村を2つ3つ滅ぼしてから神主見習いに成敗された。

舞台が都になる程度の差異、しかない。


「帰ろっかな。編集長に頼まれてた新聞の配布は終わったし、ポストの設置も問題ないしー……」

新聞社の記者はどのような場所でも、すぐに帰社できる。

編集長権限で何かすごいワープ理論がどうの、らしいがひかりは余り興味がない。

「次は薪さんと一緒に取材に行こうかな……っとお?」

「少し、失礼」

スクープはいつも向こうからやってくる。

ひかりの側を通り、疫病神の元へと向かおうとするヒトが居た。

「ちょっと待て。あれはあんなナリだけど、おそらく本物の神に匹敵する。人間が触ったら死ぬぞ」

「知っている。私はずっと観ていたからね。

 尤も、目を離した隙に懐に潜られるとは思っていなかった」

「何を言って……ああもう、人が心配してるんだから素直に引け!」

「でも心配はいらない。私はああいう『もの』とは縁があってね」

なんて命知らずだ。いや、なんだこの人間は?

ひかりは初めて、記者になってから初めてヒトに興味が湧いた。

目の前に居る人間は、なんとも恐れを知らず、自信があり、死にたがりだ!

あまつさえ、うら若き少年少女であれば瞬く間に恋に落とされるほどのいい笑顔をむけてくるではないか!

後ろ姿すら、ある種の格好良さすら感じさせてくる。


「まつろわぬ神よ、私があなたの怒りを救いましょう。

 私の名は浅見日彦、神祇伯である」


運命の出会いというやつだ。


◇◇◇


「助けてあげよう。いいか、私の名前は月彦。お前の名前は日彦だ」


その人は私に名前を与え、私は初めて人間となった。

記憶の片隅にある、私を忌子と蔑んできたものとは全く違う、やさしい顔だった。

私の手を優しく握る、その人はとても暖かかった。


「お前は知らなかったかもしれないが、私はお前の弟だ。

 姓を浅見、名を月彦という」


身の回りにいる「もの」たちは、よく物語を言い聞かせてくれていた。

その人も、まるで何かを言い聞かせるように語る。


「お前はこれから、大層な肩書を背負って偉いやつに媚び売ったっていい。

 好きなことをする自由と権利がお前にはあるからだ」


外が慌ただしい。恐ろしいものが近づいてくることだけが、なんとなくわかる。

私の手を握るその人だけは、恐ろしくないというのに。


「お前には、人として全うに生きて死ぬ権利がある。それを忘れないでほしい。

 わかったな、日彦。……お前を裏切ることになって、すまない」


優しい人、月彦と名乗った優しい弟。

もう片方の暖かい手に握られた、小刀はそれこそ月のように鋭く。


◇◇◇


先程まで、それは苦しみ醜くうごめくものがいた。


それが命尽きるまで、私は冷めた目でただ見下ろしていた。


いまはもう動かない。


側には、数滴ほどしか残っていない器が転がっている。


『おかわいそうに』


ああ、だって可哀想なのだから仕方がない。


仕方がないことだ。


『☓☓☓は、こわくないからすきだ』


そう微笑みかけることはない。


私があの笑顔を、好意を、自らの手で壊したのだ。


滑稽で、無様で、バカバカしい。


喜劇以外の何物でもない。そうだろう?


◇◇◇



「…………」


 壬鳥はゆっくりと身体を起こす。書類に目を通しているうちに眠気に負け、

政務室の机に突っ伏していたのだ。

何か夢を見たような気がするが、口の中に一口サイズのお菓子を放り込み脳を覚醒させると

薫が持ってきた件の新聞に再び目をやる。


「もしも、私が殺していなかったら、誰が手にかけていたのか……

 それとも、それは最初から決められていたのか。

 ……くだらない」


 都市伝説として語られる、人の死を予言する新聞記事。

虚構の話だとわかっていても尚、心に棘を残してしまうのだ。


「朕らしくないですね! 

 よーし張り切って今日もお菓子のためにお仕事がんばりますよー!

 ……ってあれ? 記事が増えてる。……『疫病神、討伐せり!』

 どうせ、これもフェイクニュースでしょう。

 あさみ……ひるひこ……神祇伯の名前を騙るとはとても不敬ですね! 

 ここは一つ、本人確認に行って訂正記事を都の広報で出しましょ~」


 薫も最近は睡眠不足で大変そうだったし、たまには優しくしてあげないといけませんね。

そうだ。真名探り師の報告もついでに神祇伯に持っていってあげましょう。

生まれたばかりの赤子にも朕の顔を覚えてもらう必要がありますし、

あの子が大人になる頃には、みんな笑顔で居られる国にしなくては……


様々なことを考えながら、壬鳥は歩を進める。

そうだ、自分が全てを背負うんだ。それで全ては丸く収まるのだ。

この心に残る棘なんて、みんなの笑顔の前では瑣末事。


 早朝の陰陽寮はいつも騒々しい。

一日の天気占い、運勢占い、星座占いに血液占いを朝の放送番組に乗せなければならないためだ。

陰陽寮の担当する部門はかなり幅広く、結果人手不足が慢性化している。

それを見かねてか、ワーカーホリックな神祇伯……よりにもよって神祇官の長官が応援として駆けつけている始末。

予算削減、行政のスリム化の末路がここにあるといっても過言ではない。


 そんなところに顔を出せば、足りぬ人手が更に陛下のもてなしに割かれてしまう。

壬鳥はいつも神祇伯のところに遊びに行く際は、皇御軍の軍服を着て申し訳程度の変装をする。

正直バレバレなのだが、「一般兵卒服の陛下はつまり、そういう気分なんだよ」と神祇伯の説得もあり

陛下としてのもてなしをしない・させない・うけつけない事になっている。


「神祇伯~神祇伯~朕が参りましたよ~」

「いやその、変装していても朕って言ったらだめでしょうに」


 浅見日彦はとにかく、毒気のない人物だ。

先帝時代より神祇官として優れた人物であり、珍しく人柄に優れている者でもあった。

壬鳥は皇御軍時代に、祭祀に携わった際に交流があった。

事あるごとにおいしいお菓子をくれる所などが、壬鳥のお気に入りでもある。


「真名探り師の報告を持ってきました。実は朕もまだ見ていませんので

 その場に立ち会いたいと言いますか……」

「陛下。今日は帝都一番通りのカフェのスイーツがあります。メモリーなパフェだそうです」

「いただきまーす!」


 そう、いつも美味しいお菓子を用意しては「讃良様には秘密ですよ。バレると銃弾が飛んできますので」と甘やかしてくれるのだ!

これはもう、毎日通ってしまうのも無理はないものである。

いや流石に毎日通っていた時はバレた。

バレて銃弾の雨が降り注ぎ

「神祇伯殿だけじゃよ陛下をこんなに甘やかすのはほんまやめてほしいのじゃもうすぐ父親になるのだからちゃんとするのじゃ子供を虫歯っこにしても知らんのじゃ」

……と讃良の雷が落ちてからは、一週間に一度しかお菓子を用意してくれなくなった。


「うーんメモリぃ~です。おかげでちょっとおもしろくないことまで思い出してしまいました」

「そういう効能があるんでしょうね。

 そのパフェをおすすめしてくれた記者が居たのですが、その人も記憶を呼び覚ます力がある! と力説していました」

「記者……ほーん。帝都一番通り……ふーん……もしかして、

 その記者の名前って浅間ひかり、ですか?」

「ええ、はい。ちょうど陛下と同じ……よりは上ぐらいの人でしたよ。精神年齢だけは」


 浅間ひかり……言うまでもなく、无現里地域新聞の記者だ。

今朝みた『疫病神、討伐せり!』の執筆者も浅間ひかりであった。


「ふうむ……神祇伯、昨日疫病神退治とかしちゃいましたか?」

「さすが陛下、お耳が早い。……あ、もしかして秘密の牌のことなら陛下にも秘密なので、この件はご内密に」


 この口ぶりからして、おそらく今朝の記事は本当にあった出来事なのだろう。

しかし、今までは嘘ばかりの新聞であったのになぜ?

「そうだ。せっかくだから真名のことも記者さんに記事にしてもらおうと思っているんです。

 もうすぐ仕事も終わりますので、陛下もどうでしょうか?」

「もちろん立ち会いますよ。願ったり叶ったりです」

毒を食らわば皿まで。无現里地域新聞の記者とあれば、何か手がかりにたどり着けるだろう。

できれば血をみるような展開にならなければいいのだが――赤子の情操教育に悪いだろうし――

そんなことを壬鳥は考えながら、パフェの底のクリーム一滴まで残さずに食べきった。



 浅間ひかりは新聞社に戻ってからも、頭の中は神祇伯のことでいっぱいだった。

いつからいつまでも上の空。

お土産のスイーツも腹八分目までしか入らず、勢いよくインタビュー記事を書き上げるとそのままデスクの上でぬぼーっとしているのだ。


 同期の深山薪は始めこそどうしたんだろう……? 低血糖かな? と心配していたが、

インタビューの録音を聞きすべてを察した。


「初恋ですよ!」

両手をバン! と深山はデスクを叩く。

「恋の大捜査線というやつだな」

デスクの上の編集長はその振動でぽんと跳ねた。

「違う……違う。なんかちがうー……もやもやするんだよー……」

盛り上がる編集長と深山をよそに、ひかりはさらに上の空。もはや精神が宇宙に行っている。


「浅見日彦……あの人、なーんか、ひっかかるんだよなー」

「私は都に詳しくはないのですが、ひかりさんの住んでいた无現里には居なかったのですか?」

「いや私はルポライターやってたけど、

 そういう政治系には関わらないようにしてたからさあ」

「君、最初の記事は先帝時代の暗部に切り込む感じじゃないか。

 編集長もそういうの良いじゃんと思って採用したのに、君は興味ないって詐欺だよ詐欺。

 編集長はおこである」

「だって、どの无現里でも先帝はただのクズなんだもん。

 それよりも面白いスクープが会いに来てくれるし」


目を閉じても、やはりあの神祇伯の笑顔が浮かんでしまう。

なぜ私の心に、これだけ焼き付いてしまったのだろう。


「けれどね、ひかり君。私は何よりも君たちのファンなのだ。

 君たちが紡ぐ物語を、私は応援したい。

 そして、それを残すことこそが、編集長としての使命だと信じている」

「私もひかりさんの初恋を応援したいです! だってだって、とっても素敵ですから!」

居心地の悪くない職場だと思う。でも、こう、なんかズレているのだ。

根っこの部分の倫理観が。


「浅見日彦について、私が持っている情報を君に教えよう。

 何、これは契約違反ではないし、何より……

 ハッピーエンドだって、私は好きだからね」


編集長は珍しくデスクの上から立ち上がると、

引き出しの中から一冊の資料を取り出した。


「まず、その世界の浅見日彦についての来歴から説明しよう。

 彼は代々神祇伯の伝統を受け継ぐ名家の生まれであり、

 輝かしい未来が約束されていた。

 優れた父、賢い母、生まれてこの方、死ぬまで一度も苦労なんてしないはずだった。


 それがある日、突然崩れ去ったのだ。

 忌子として幽閉されていた月彦が、父と母を殺し、そして日彦に致命的な傷を負わせた。

 日彦は辛くも一命をとりとめたが、月彦はその後処刑された。

 この一連の事件は、表向きにはこう説明されている

 『浅見家、謀反の疑い有り』」


編集長は先代の帝が絡むと途端に饒舌になる。

この謀反というのはおそらく、時期的に先帝とみて間違いない。

神祇伯はかなり若作りだが、妻子がいるためだ。


「その後、浅見家を一人で取り仕切る日彦には恐ろしいほどの苦労があっただろう。

 しかし、おかしいとは思わないか?

 噂に聞こえる先代の帝なら――――そう、日彦も連帯責任でとっちめないかな?」

編集長は理想の中の先代の帝像を信仰しているフシがある。

よくしらない人の、これまた人の頭の中にしか存在しない理想像を持ち出して

アイドルはそんなことしない! と言われる身にもなってほしい。

ひかりは、先代の帝に興味がないので返答はそっけなくなる。


「さあ。何か幸運なことがあって、気まぐれで見逃されたんじゃないですか。

 それこそ、薪さんの好きな『善き人』がいたのでしょう」


なのになぜ、心がこんなに痛むのか。


「そう、君の世界には居なかった。

 たったそれだけの差異しかない、とても幸福な夢物語(むげんり)だ」



◇作中当該記事◇

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