手を切られ
足を切られ
濁流のような心
清流のような心
濁流は清流に呑まれる
龍神説なんていうトンチキ話(だいたいの神には龍神説が唱えられますが)を持つ神に対して、
おそらく日本でもっとも有名な龍退治の逸話持ちの神をルーツに持っているのに
織神瀬津理に挑んで勝てなかった阿戸荒夜概念、行動がルーツから逃れられず超えることも出来ず最高ですね。
同じ道を進んでいる彼女たちですが、
じゃあ荒夜が絶対に幸せになれないのなら瀬津理にも明るい未来なんてないじゃん
となるかもしれませんが
瀬津理には手を引いて連れ出してくれるひとがいるから大丈夫
なんかしらんけど多分そう。
人と共に歩む足がなくても人に手を引かれて進んでいける瀬津理と
人を襲う手がなくなっても人を襲ってしまう荒夜
どこで差がついたのか…生まれ、環境、業力の違い…
全く、人外が恋に落ちて悲恋に終わるのは最高だぜ。
相思相愛から引き裂かれるのも片思いすら成就しないのも、いい…。
こういう同じ道を進んでいるのに明暗が分かれていくそういうキャラクターの対比構造が自分死ぬほど大好きなのでこれからも思い出した時に語ります