諦めるタイムリミットが近づいてきたとき、メールが1通届きました。
そのメールに返信したらどうなったのかはこちらを読んでください。
この時点で途中休みながらも絵を描き始めて15年くらいなのですが、僕の人生のターニングポイントでした。
アルランディスさんに声を掛けてもらわなかったら、僕は本当に絵を辞めていたと思います。
アルランディスさんが一瞬ステージに上げてくれて「ほら、喜んでるよ。応えてあげて」と教えてくれたような、そんな経験があったからこそ、
ファンが何を求めているのか、考えるようになりました。

先週東京ドームライブを終えた、今週のオードリーのオールナイトニッポンでこんな話題があった。 春日は入場する際、早足でスタスタとステージまで行きたかったそうだ。 それに対し、サトミツ(オードリーの作家みたいな人)は「来てくれる人はあの“春日”を見に来てるんだからゆっくりいつも通り歩いて」と意見し、ケン...
最近Youtubeで添削をしていたら「来月から絵で月15万稼ぎたい」という人が来た。 商業イラストレーター志望とのことだったので、イラストレーターという職業は「部品」を納品する仕事であることを説いた。 視覚的情報がが強いのでメインのように扱われることもあるが、商業案件の場合、基本的には納品先のストーリーに沿...
最初はアルランディスさんのファン100人くらいだけが僕を見てくれていましたが、誰に向けて絵を描くのかを考えて、その練度が上がれば上がるほどファンは増えていきました。
「僕の絵を見てくれる人を喜ばせること」が「イラコンで入賞すること」に変わる目的になることを知りました。
フォロワー0人→フォロワー1万人の難易度とフォロワー1万人→フォロワー10万人の難易度なら、絶対に前者の方が辛いです。
何をしたら良いのかわからない人がするべきことを見つけるのと、続けるだけでプラスの未来が待っているのでは精神の消耗具合も全く違うと思います。
最初、この話を書き始めたとき1万人〜10万人の話をメインで書こうと思っていたのですが、どう考えても16歳〜30歳までの絶望を超えてくる話がなくて、どうせなら生い立ちを書こうと思いました。
1〜10万人であったトピックと言えば
・子供が生まれたとき、彼女の母親に「出産を労って上げてください」という約束をしていたけど、ヌルッと反故にされたので僕と嫁がブチギレて連絡を一切断ち2人で子育てすることになったけど、夫婦2人しかいない子育てが地獄だったこと
・絵で少しでもお金が稼げるようになるとようやく父親が絵のことを少し認めてくれて、たまに父親の会社から仕事がもらえるようになり収入の不安がなくなったこと
くらいでした。大したことないですね。
今となってはなんですが、父親には感謝しています。
田舎は僕に対して何のメリットもないままなので、田舎は嫌いなままです。
「絵を仕事にしている」とようやく言えるようになりました。
10万フォロワーはまだ通過点です。
Twitterのアカウントを作ったとき、100万人まで頑張るつもりでしたし、今もその気持ちは変わっていません。
ヲタクイラストを描き始めたとき、僕がヲタクイラストを仕事に出来ることを信じていたのは僕しかいませんでした。
僕が自分の絵を一番信じていました。
この文章を読んでくれた人が「kainown」をどう思っているかはわからないのですが、ただの「神絵師」ではなく「神絵師の頂点」になれるようにこれからも走り続けます。
大学受験に受かったのも、
絶対に勝てない天才を2人も見えたのも、
彼らがヲタクイラストに興味がなかったことも、
フジテレビに僕より絵が下手な人しかいなかったことも、
アルランディスさんに声をかけられたことも、
手を尽くした上で運が良かったからだと思います。
僕は運良く生き延びて、運良く人に出会い、運良く今日も絵を描いています。
いつか来るイラストレーター人生の終わりを後悔なく笑って迎えられるように、
今描いている絵が最後の1枚になってもいいように、
いつ終わってもいいと思いながら、ずっと絵を描いていたいです。
ばびろん
2025-08-06 12:21:39 +0000 UTC