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【雑談】僕の絵の価値

最近Youtubeで添削をしていたら「来月から絵で月15万稼ぎたい」という人が来た。

商業イラストレーター志望とのことだったので、イラストレーターという職業は「部品」を納品する仕事であることを説いた。


視覚的情報がが強いのでメインのように扱われることもあるが、商業案件の場合、基本的には納品先のストーリーに沿ったもので、品質が著しく劣っていなければ商品として成立する。

ストーリーを伝えたり、キャラのイメージを想像させるキッカケになる部品の制作が商業イラストレーターだ。



それとは別に、SNSでの活動も仕事のうちだと思っている。

最初、SNSは広告の場だと考えていたのだが、僕は初めての商業案件(アルランディスさんの歌ってみた動画の絵)以降、僕の絵を買ってくれる人のことをよく考えるようになった。


物価が死ぬほど上がりまくって生活も厳しくなっている人が多数の中で、何故この人は僕の絵に安くないお金を払ってくれるのか。

コミケで僕のブースに並んでくれた方は、僕に対してどんな気持ちなんだろうか。

憧れなのか、嫉妬なのか、感謝なのか。

絵を描いている人は技術の吸収という側面があるのは分かる。

技術の吸収は財布と相談して、自分の役に立つと思うものは全て購入するべきだ。

そうではない普通のヲタクが何故お金を払ってまで画集を買ってくれるのかがずっと分からなかった。



人生論ノートという本(哲学書)で三木清という人が

「エンタメは幸福の代用品」であると言っていた。

この言葉はすごく腑に落ちた。

今の社会で「自分は幸福である」と言い切れる人がどのくらいいるんだろうか?


幸福ではない人が束の間の快楽を求めてエンタメを摂取していると考えれば、上がり続けるディズニーランドの価格、ものすごい金額を積まないと手に入れられないスマホゲームの最高レアにも納得出来る気がした。

そして僕のイラストにお金を払ってくれる方も、おそらく幸福ではないのだろうなと。

大変失礼ではあるのだが、そう思った。



僕の絵は画集を買ってもディズニーやUSJより安く、SNSでは無料で見える。

でも最近、本当に最近ではあるのだが、無料で見える僕の絵にものすごく価値を感じてくださっている方がいるのを理解出来てきて、その人の正体が見えた気がした。

C103の頃、僕のブースに来てくださる方を見てそう思った。


C105で僕は学マス本を出したが、学マス本は「全ての絵が学マスキャラである」以外に実は一貫したテーマがある。

「1枚で3秒、現実を忘れさせる」ということだった。


3秒に設定した理由はXという媒体で占有出来るのは現実的に3秒だなと思ったこと。

3秒なら忙しくても摂取出来るだろうと思ったことなど色々ある。

20枚くらい絵があるので1000円で1分のエンタメになっているという計算だ。


年間を通して、僕の絵は3秒なら鑑賞に堪え、見た方が3秒だけは現実を忘れられることを考えていた。

3秒の価値は人によってそれぞれなので値段がつかないものではあると思う。


いつかみんなが幸せな世界になってしまったら、僕の絵は価値がなくなるのだろうなと思う。そうなったらまた何か違うことを考える。

生活の中で何かがあって幸せになって、絵が必要じゃなくなったらそれでもいい。

あなたが幸せになる権利は存分に行使して欲しい。

僕はあなたが幸せになることを本当に祈っている。

でも幸福じゃないとき、何か現実を忘れられるエンタメもなくてはいけないと思うのだ。

僕はこの2軸で活動している。


3秒間幸福を代替出来る絵も、何かの部品も、価値のあるものだと信じている。


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