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【雑談】真面目な自分の絵の話

ここ1ヵ月、風邪をひいていた中ずっと自分の絵の行く末を考えていた。

評価はまぁまぁされてきているとは思うのだが、このままいくら練度が上がっていったとしても「シーンの中心」にまで辿り着ける気がしていない。


シーンの中心というのが何なのか、定義を言及することはここでは避けるが

簡単に言えば「神絵師って誰?」と聞かれたとき、最も多くの名前が上がるような存在だと思って欲しい。

僕は絵を描き始めたときからそれを目指している。

(こう描くとめちゃくちゃ痛いけど)


僕は何かが爆発的に売れるとき、必要な要素が2つあると思っている。

1つはベースとして基本的な基礎力。

もう1つは見た人に「なんだこれは!?」と思わせる驚きだ。


ベースとしての基礎力は鍛錬さえ積めば誰でも身につく。

死ぬほど詰め込めば2~3年もあればプロでやっていけるレベルの基礎力は手に入れられると思っている。

(詰め込むのも才能が必要だと最近思ったけど、それはまた別の話)


もう1つの「驚き」が僕の絵には足りていない。

その上、これを詰めていけば「驚き」の提供になり得るだろうという道筋も見えていない。


話は変わるが、1歳になったばかりの息子に「いないいないばぁ」をするとすごくウケる。

息子にとって「いないいないばぁ」は初見で、初めて見る一発ギャグだからだ。

よく観察していると「不安」→「驚き」→「笑い」という順番になっている。

よくあるお笑いの構造が簡略化されたものがこの「いないいないばあ」なのだなと感心するのだが、初めて見たものには「驚き」があるのだ。


僕自身も絵を描き始めたきっかけは「驚き」で、それを感じたのは本屋で見たヒカルの碁の15巻の表紙だった。

漫画はコロコロコミックから読んでいたが、ヒカルの碁を初めて見たときは「たかが絵がこんなに綺麗になるものなのか」と本当に感動した。

そのときの僕は、今の息子のように目を見開いて「驚いて」いたんだと思う。

特に最近、絵を描いていてあの衝撃を思い出す。

人間の芯まで響く「驚き」には人生を捻じ曲げる力がある。


そういった類の、他人の人生を捻じ曲げるほどの「驚き」が足りていないと痛感する。

それがないことが絵を描いていて分かってしまうから、描いていてずっと辛い。

極端なことを言えば、誰かに「驚き」を与えない絵は無くても良い絵だとまで思ってしまう。(※個人の感想です)


おそらくここからの道筋は2つで、圧倒的に基礎力をつけて驚かせるか、

見たことのない手法を発明するかの2つなんだろうなと思う。


基礎力をつけるには時間がかかる。

物事の上達は「べき乗則」という法則に従っていると言われていて、

持論である「努力×才能=実力」という法則に当てはめて考えてみると

「驚き」を提供できるほどの基礎力を身につけるより早く寿命が来る。


だから「見たことのない手法を発明する」ことしか生きる道がない。

けど、そんなことが出来ないのは美大生活で天才を目の当たりにして諦めて今の場所にいる。

ここまで考えて鬱だったのだが、「いないいないばあ」にヒントがあった。

コテコテの古典でも、鑑賞する側が初見なら「驚き」があるのだ。


壁はものすごく高いけど、不可能ではないのかもしれないと思えて、

少しだけ気分が晴れた。

僕がやるべきことは結局勉強だ。




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