…4月の初め、桜が舞い散る季節のこと。 入試の成績も良く、くすぐりの腕前も天才的な姉は新入生代表として注目の的であった。国家資格であるくすぐり拷問師になるための研修や合宿のメンバーに最年少で選ばれ、界隈ではかなりの有名人らしい。 当然、入学前から教員や上級生の間で 「今年の新入生に凄い人が入るらしい」とか「くすぐりの天才が来る」とかひっきりなしに噂されていたようだ。 入学式当日、新品の制服を着こなす姉と茜さんは一緒に登校して校舎へと歩いていた。 (おい…あれ噂の新入生じゃない?) (黒髪の人かな、凄い美人) 「香織はやっぱ凄いな~、みんな注目してるよ?」 「…?そう。それよりも茜、教室どこにあるの?」 「ちゃっかり方向音痴なの可愛い…ひゃふっ!?」 からかいに対して脇腹をつつかれて黙らされる茜さん。 厚いブレザーの上からでも的確にツボをついてくるから死ぬほどくすぐったかったらしい…。 体育館に集まり、いよいよ入学式が始まる。 「え~、皆様ご入学おめでとうございます!本日は天気も良くて」 茜さんによると、校長先生は眼鏡をかけた若そうな女性だったそうだ。姉は校長先生を見て、「菜月さん…」と呟いた。 「という訳で、私の挨拶はこれぐらいで終わりたいと思います!」 (続きまして、新入生代表の挨拶……橘香織さん) 「はい。」 透き通る声で返事をして、壇上へと向かう姉。 一礼をして、マイクを持つ。 「…暖かい春の陽射しに恵まれる中、本日は素晴らしい入学式を開いていただきありがとうございました。先生方、先輩方、ご来賓の皆様方のご尽力の元、高校3年間という日々を努力し邁進して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。 新入生代表、橘香織。」 パチパチパチパチ… 茜さんが言うには、特に変わったところの無い一般的なスピーチだったようだ。その後特に何事も無く入学式が終わり、それぞれの教室に戻って行ったが、姉だけ校長先生に手招きされて呼び出されていた。 「茜、先に教室戻ってて」 「は~い」 気になった茜さんはトイレに行くフリをして、こっそりと 姉の後をついて様子を伺っていた。 「やあ香織君、ご入学おめでとう!研修会以来だね?」 「校長先生…お久しぶりです。ところで、何かご用でしょうか?」 「いやいや、用って程でも無いけど…何て言うか、真面目な挨拶だったね」 「…?どういう意味でしょう?」 「校長としてこんなこと言うのも変な話だけど、君はもう少しハメを外してもいいと思う!もちろん、今の状態が悪いっていう意味じゃないよ?個人的な感想としては、なんかこう、『この学校の不良生徒をくすぐりでボコボコにします!』みたいな挨拶の方が私は好きだな。」 「…校長先生、何してるんですか?」 「げっ、副校長…まぁ、とにかく!入学おめでとう!期待してるよ!」 「はい。ありがとうございます。」 …校長先生と知り合いなのかな? 研修会って言ってたし、もしかしたら案外凄い人なのかも。 まぁいいや。そろそろ教室に戻ろ… 「茜、何してるの?」 「ひぃぃ!?あっ、いや、お手洗い行ってたら道に迷っちゃって…あはは」 「ふ~ん…珍しい」 危ない危ない…香織は意外と天然かもしれない。 その後教室を目指そうと校舎内を歩いていくも、 本当に道に迷ってしまった。 校舎裏を歩いていると、目の前に上級生と思われる3人の女子生徒が座って煙草を吸っていた。 「…何してるんですか?」 (ちょっ、香織、離れようよ…) 心配する茜さんをよそにずかずかと進んでいく香織。 「あれ?期待の新入生じゃん?そっちこそこんなとこで何してんの?」 「真面目な顔してサボり、それとも煙草吸いに来た?」 「…どうでもいいけど、今見たことチクったらどうなるか分かってるよな?」 香織を取り囲む上級生達。 「教室に向かう途中道に迷って通りかかりました。それで、あなた達は何をしているんですか?煙草吸ってましたよね?」 「…あ?お前、随分と生意気な口聞くな。道に迷った?嘘にしか聞こえねぇな。煙草吸ってた?お前に関係ないだろ」 「未成年の喫煙は法律で禁止されています。校則にも書いてありますが?」 「チッ…固いやつだな。仕方ないな、先輩が上下関係ってのをきっちり教えてやるよ。お前ら、取り押さえろ」 左右から姉を押さえつけようと、腕を掴みに行く上級生。 だが、合気道の技で後ろ手に取り抑えてくすぐって一瞬で脱力させ、もう1人の方も脇腹をモミモミとくすぐり地面に倒れこんでしまった。 「うわ~、さすが香織…」 茜さんは少し離れたところで大人しく見ていたらしい。 「なんだお前、見かけによらず喧嘩も慣れてんの?文武両道ってやつか。仕方ない。私が相手してやるよ。」 リーダー格の女子は身長170cmくらいで結構背が高い。 耳にはピアスを入れている。まさかこの学校にこんな不良がいるなんて思わなかった。 「仕方ないはこちらのセリフです。…せんぱぁい、躾てあげますよ?」 普段は冷静でクールな様子だが、この時の姉はいつもと雰囲気が変わっていたらしい。 先に動いたのは上級生だった。 拳を構えて顔面を殴りに行くが、香織は避けようともしない。 「まずいって…!」 拳が顔に届く寸前、気づいた時には香織が上級生をうつ伏せに押さえつけて馬乗りしていた。 「はっ!?なっ、何が起こって…痛てて!」 先輩もかなり困惑している様子だった。 抵抗しようともがくが、腕を背中に回され暴れようとすると痛みが走る。 「先輩、弱いですね~?今大人しくごめんなさいすれば許してあげますよ?」 耳元で囁く香織の表情は、今まで見たこと無いくらいドSだった。 「…だれがお前何かに!くそがっ!おい離せよ」 「そう言えば、さっき上下関係を教えるとか何とか言ってましたよね?ほら、教えてくださいよ先輩?」 こちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪ 「ひっ!?ぁぁぁぁっぎゃぁぁっぁぁっははははは!!!なっ、なんだこれぇぇぇっひぃぃくひゅぐってぇぇぇぁぁっははは!?ひゃぁぁひゃめろぉぉぉっはははは!!!」 片手でシャツの上から脇腹を揉みほぐし、腋の下や背中、首筋を素早くこちょこちょしている。 傍目に見てもさっきまで強がっていた顔が、よっぽどくすぐったいのか若干涙目になっているのが分かる。 「こちょこちょ~♪あれ?まだ全然本気出してないのに、我慢できないんですか~?恥ずかしいですね?ほら、もっと抵抗してもいいんですよ?」 「ぎゃぁぁっははははくそぉぉぉぎゃぁっははははこ、殺してひゃるぅぅぁぁっはははははは!!ひゃめてっ、ひゃだぁぁぁっはははムリムリムリ!!ごめんなざぃぃぃごめんなさいもうやめてくださぃぃぃっははははは!!!」 腋の下や脇腹のツボをグリグリした瞬間、先輩の目から涙が溢れ、顔は鼻水や涎でぐしゃぐしゃになる。 よっぽどくすぐったいのか、ついに降参してごめんなさいしてしまう先輩。 ぅぅ…何か見ているだけでくすぐったい… 「ごめんなさい?何がごめんなさいなの?ちゃんと心から反省するまで止めませんよ?」 「そっそんなぁぁぁっはははは!!た、煙草吸ってごめんなさぃぃぃ喧嘩売ってごめんなさぃぃぃ生意気なこと言ってごめんなざぃぃぃもう二度と逆らいませんからぁぁぁっははははほ、ほんとに許ひてぇぇくださぃぃぃぁぁっははは!」 「言いましたね?…今日はこの辺で勘弁してあげます。次また同じ事したら…どうなるか、分かるよね?」 「ぜぇ…はぁ…は、はぃぃ」 ようやく…と言っても時間にして5分も経ってないうちに、 不良の先輩を降伏させてしまった香織。 くすぐりの手が止まっても、ピクピク痙攣して動けないようだった。 「お待たせ茜。教室戻ろうか。」 「う、うん…」 この時茜さんは、香織を怒らせてはいけないと強く心に刻んだらしい。それと、自分より立場の強い人間や生意気な人をくすぐりで躾る姿を見て、将来くすぐり調教師になりたいと思ったが…それはまた別のお話で。 その後、どうにか教室にたどり着いたところ、みんな心配していたし、先生達もかなり探していたらしい。 「遅くなり申し訳ありませんでした。…道に迷ってしまって…」 「そう…まぁ、無事でよかったよ!よーし、みんなホームルーム始めるよ~!」 その後、上級生の先輩をたった一人で制圧して屈服させたことが知れ渡り、入学早々、どこにいっても香織は注目の的になっていた。 こうして、少々波乱な高校生活が始まった。 一方、校舎裏では… 「お~い、お前ら。こんなところで寝て何してんだ?」 「校長先生…わ、私たち、新入生にいじめられたんです!」 「新入生に苛められた…?何言ってんだお前ら。とにかく、早く教室に戻りなさい!」 未だに手足に力が入らないリーダーを抱えながら教室に戻る上級生。 「…へ~。ただの真面目ちゃんだと思ったけど、結構やんちゃなところもあるじゃん。いいね面白い。」 笑みを浮かべながら小さく呟き、校長はその場を立ち去った。 校長室__ 「ふんふんふ~ん♪」 「…校長、気持ち悪い鼻歌は止めてください。どうしたんですか?」 「ひどいな副校長は!?いや~、新入生の香織君が思ったよりガッツのある子で嬉しいんだよ。…香織君の母親とは旧知の仲でね、『学校ではできるだけ色んな経験をさせてあげてください』ってお願いされてたんだ。…拷問師になる人間は、冷静さと多少の狂気が無いと勤まらないからね。」 「…そうですか。予定を思い出したので失礼します。」 「つれないなぁ……」 …多分、あの子は将来優秀な拷問師になる。 成長していく姿を思い描きながら、午後の仕事を迎える 校長であった。