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土装番
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機械化による不良健全化計画 1話先行公開版

 現代よりも進んだ未来の、とある島国の中心都市。23区といくつかの市町村によって構成された最先端の土地の中に、ある女子高が存在した。  その名前は、邑川女子学院高等学校。それなりに長い期間運営されている全寮制の女子高であり、そこの生徒は品行方正かつ礼節丁寧だと評判が良かった。  生徒達の成績も優秀で、さらに驚く程に誰もが美少女や美女ばかり。まさに奇跡の花園とでも言えるような学校だった。  だが、邑川高校は以前までは、誰もが知っている程の不良校であり、今の評判とは完全に真逆の評価を受け続けていた。  学級崩壊や逮捕者が出るのは当たり前。まともに勉強もできず、どうしようもない人間が行く滑り止め以下の場所。そのような烙印を押されており、そしてそれは事実でもあった。  それが、理事会の刷新以降、たった数年の間に魔法のごとく建て直され、卒業生も皆が生まれ変わったように素晴らしい人に矯正されていた。  そのような経緯もあって、現在の邑川高校は、以前とは違い自然にそうなったのではなく不良や落第者を優先的に受け入れ、厚生や教育に強い力を入れるようになっていた。  しかし、そんな短期間で何もかもが良い方向に向かい、問題ばかりの生徒達が改心するということがあろうはずもない。そこには、大きなカラクリが当然存在する。  これは、そんな場所の変革の境目にいた者達の姿である。 * * *  数年前の7月始め頃。邑川高校の校舎及び生徒寮は、それはもう目を覆いたくなる程に酷い有様だった。 「ちょっとそれ分けてくんない? 今日なんか足りなくてさァ〜、なんか感覚来ないんだよね」 「あーいいよいいよ余ってるし。今日なんか久々に気分いいから」 「サンキュー!」  廊下や教室で堂々と危険な代物の交換や取引が行われ、漂っているニオイも普通の学校のそれではない。  携帯端末からの音は平気で漏らし、雑誌から刃物まで、まるで治外法権であるかのようになんでも持ち込み好き勝手に手を出している。  オーバードーズの自慢や、軽犯罪自慢など、そこはまるで別の国のようだった。 「あァ!? もう1回言ってみろよこのクソブスが!!」 「あー言ってやろうじゃん! 経血くせぇからこっからとっとと消えろってんだよ! ヤクで顔どころか脳まで溶けた!?」  無茶苦茶な治安は校舎に留まらず、本来ならば安住の地であるはずの寮でも、それは絶えなかった。  夜になれば誰かの喧嘩が聞こえ、時には金切り声や禁断症状からの鳴き声も聞こえてくる。  スナックや飲み物、生活用品なども生徒達は扱っているが、平気で盗品が混じっている。生徒はそれをおかしいとも思っていないのである。  そんな危険な場所に常識的な人物を入れるわけにもいかず、寮母のような管理者は誰ひとりとしていなかった。 「もう無理です! 酷い酷いとは聞いていましたけど、外から見る以上にここは酷すぎます!! 警察を配置してくれといっても全然そんな素振りもないですし……こんなところにいたらおかしくなりますよ! 今日で辞めさせていただきます!」  スラム街のような環境では、まともな感性と常識を持っている人物が耐えられるわけもなく、教員の退職は跡を絶たず、ほぼ全教員が非正規雇用で占める程になっていた。  生徒達の洗礼によってすぐに教師は辞め、後から入ってきても誰もが去っていく。  最悪の悪循環は止まることなく、現在そのピークに達している邑川高校はもはや学校の体をなしていないような場所になってしまっていた。  そんなある日、邑川高校にとても大きな変化が起きる。  同時期の理事会にて新たな理事長が就任し、その運営方針に無数のメスが入れられた。  夏休みを期に校長、教頭などの教員、さらには学校内設備から校舎そのものにまで至る大改革が行われることが決定した。  だが、その詳しい内容は誰にも伝えられることはない。正確には、ほんの一部の若い女性教員に伝えられることにはなっているが、この時点では教えられなかった。  そしてそれを実現する為、邑川高校の夏休み前日から、大きな動きが始まる。  一学期最終日。邑川高校の生徒寮入口では、ガヤガヤと人だかりが生まれていた。 「いちいちんなことする必要ねぇだろうがよ!!」 「このままにしとけよクソが!!」  入り口には、二人の警備員のような風貌の女性が経っており、生徒達は彼女らに一方的な罵声を浴びせている。  中には、持っている小物や物品を投げつける者もいるが、警備員は動揺せずじっと冷たい表情で立ち尽くしていた。 「うわーなんかエグいことになってんね」 「おっ、まゆやっと来たじゃん。ほんとすごいよ今」  学校の外に出かけていたところから帰ってきた生徒の名前は鷹野まゆ。現在2年生。  さらさらとしたセミロングの黒髪に、シュッとした鼻筋と非常にパーツの整った美しくも可愛らしい綺麗な顔立ち。  身体つきはとても扇情的で、いつでも豊かな胸元や綺麗な脚のラインを強調できるように制服も改造されている。  まさに、アイドルとしていつスカウトされてもおかしくないレベルの端麗さを持っていた。  そんな彼女が話しかけたのは、今の光景を少し後ろの位置から眺めていた、同校生徒であり同級生である塚原美彩。  染めた金髪のミディアムヘアに、まゆよりも可愛らしさに割り振られた感じの、同じくとても整ったアイドルのような美貌。  胸の大きさも、まゆよりかは小さいがそれでも比較される程に大きく、身長はそれよりも少しだけ高く、スタイルも同様に細く綺麗な線が生まれていた。  二人は入学から間もなく出会った仲で、学生寮で共同部屋だったということもあって意気投合し、それ以来いつも仲良く行動したりと、お互いに楽しい時間を送っている。  時に街へ繰り出し、誘惑して盗みを働いたり、部屋の中で薬物の共有をしたり、時には援交の情報共有をしたりと、まさにこの学校の生徒らしい日々の楽しみ方をしていた。 「なんかね、この学校改装するんだってさ。んで、寮も改装するから一旦荷物持って出てけっつうんだけど、その荷物取りに行くのに入らせてもらえないんだって。なんでもその前に準備が必要だかで」 「うわーめんど。ただでさえ改装とかダルいのに」 「ほんっとそれ。いちいちんなことしなくていいのに、あたしら夏休みでも寮にいるの多いじゃん? どうしろっ感じ」    生徒達は、根本的に改装に反対しており、そこから連鎖してとっとと荷物を出させてもらえないことにも怒りを燃やして声を上げていた。  その激憤は話している間にもエスカレートしており、物を投げつけられていた警備員は、当初の綺麗な制服姿からは明らかに汚れていた。  それでも、彼女達は一歩も動じず表情を変えなかった。 「けど、あの警備員もすごいよね。とっとと退けばいいのに」 「なんか、校長とかが変わったらしいよ? そんで雇ったとかじゃない? まああたしらには関係ないけど」  そうこうしているうちに、寮の入り口から、生徒達を差し置いて中に入ったと思われるスーツ姿の女性が姿を現した。  出てきて早々に、中身が入ったまま蓋が緩められたペットボトルを投げつけられて濡れるが、それに動じず生徒達に声を向けた。 「おまたせしました。 どうぞ中へ入って荷物を取っていってください。なお、そのままにした荷物は不用品とみなして廃棄していきます。また、保管場所が無いという生徒には、こちらで保管倉庫を用意していますのでどうぞご利用ください」  明らかに危害を加えられているにも関わらず、礼節丁寧な態度を最後まで崩さずに一旦入り口から離れていった女性。  生徒達はそれぞれに、気味の悪さや根性、胆力、肝が据わっていると色んな印象を受けたが、ともかく話は通じなさそうだと一致で受け取ったのか、入口が開かれると一斉に入り込んでいった。 「あんだけぶつけられてんのによくあんな顔してられんなー。あたしも行くけど、まゆはどうする?」  それに続いて、美彩も学生寮の方に歩き出すが、まゆはそのままこの場から動かなかった。 「私はいいかなー。どうせ元々たいしたものもないし、外に泊めてくれる人いるからそっち頼るわ」 「またどっかの男? カモがいるっていいねえ〜。まあ、それはあたしもなんだけど。じゃ、行ってくるわ!」  それぞれに意見が分かれ、まゆは寮に入らずに外へ、美彩は自分の荷物を取りに寮へと向かっていった。  夏休み期間中は、基本的に寮生は帰省したりで出ていくようになっているが、邑川高校の生徒は常に居座っている状態。期間に関係なく、そこを根城として扱っている。  それは2人も例外ではないが、まゆは余計なものをそこまで持っておらず、寮自体への執着もないため、今回の改装を聞いてもたいして動揺していなかった。  一方で美彩は、散財癖もありながらよく物を溜め込んでいるため、それがなくなるのは嫌だと、他の大部分の生徒と同じように一旦戻ることを決めた。  ここが、2人の大きな分岐点の1つになることを、両者は予測することはできなかった。  同日の夜、まゆはとある男性の部屋で、下着姿になってベッドに腰掛けていた。  使われた雰囲気の強い、少し乱雑に乱れているベッドのシーツ、そこでまゆは、手元の携帯端末から美彩からのメッセージを受け取っていた。 『最初は荷物持って出るつもりだったけど、なんかみんな居座ってあいつら追い出してやる!って話になってきたから、あたしもそれやるわ! なんでいちいちあたしらが出ていかなくちゃなんねーのって』 「あはは、元気じゃん美彩」  自分の素知らぬところでどうやら事が大きく進んでいるようだと笑顔になるまゆ。  彼女自身も、みんなの気持ちには強い共感を覚えており、教師どもの勝手な決定になんでいちいち従わなきゃなんねーのと、心のなかで皆との共闘をしていた。  そんな気分に浸っていると、部屋の外から1人の男性が姿を現した。 「ごめんごめん、ちょっと手間取っちゃって」 「もうおそーい! こっちは楽しみにしてたんだから〜!」  元々良かった声色をさらに変え、媚びるような可愛らしい雰囲気の声と上目遣いを駆使して、男性へのアピールを送り始めたまゆ。  彼女は、現在この男性の家に転がり込み、金銭を貰いながら数日間お世話になることにしていた。 「はは、ごめんごめん。そんなに待ってくれてるとは思わなくてさ」 「だってお金もらってるもん。だったら、私もやる気になっちゃうなって」 「正直でいいねそういうとこ。こっちもその方が気が楽かもしれないや」  自分の美貌と極上の女体を活かし、誰かの家を転々としながら夏休みを過ごす。  そうすることで、懐にお金を貯めながら寮のない生活をやりくりしていく。まさにまゆにとっては一石二鳥のやり方だった。 「じゃあ、早くしよーよ。今日ね、色々あってストレス溜まっちゃってぇ……だから、えっちしてスッキリしたいなって」 「僕もそう思ってたとこだよ。君みたいな可愛い子と夜を過ごせるなんて、仕事場でのストレスも全部吹っ飛ぶよ」 「そう? 嬉しい! もうほんっとだいすきー!」  心にも思っていない諂いのセリフを、曲線的な動きも混じえてぶつけながら、肉欲を求めて身体を捧げ、報酬として多額の金銭と場所を手に入れるまゆ。  彼女にとってはもう慣れたもの。途中には薬をくれる人もいて、最高の夏休みになるに違いない。  なんだか学校の方は面倒なことになりそうだけど、美彩が大丈夫ならそれでいいかもしれない。そもそも、ずっと今みたいに好き勝手させてくれた先生側が、今更何かするとは思えない。なぜならずっとそういう評判だらけの学校だったのだから。  そんなことを思いながら、まゆは堕落的な夏休みを過ごすのであった。  だが、彼女のそんな予想は、巨大な形で裏切られることになる。 * * *  夏休みも終わり、2学期の始まりとなる登校初日。  学生寮の外に出ていた者達は、一斉に戻ってくることになるその日。やっと好き勝手できる環境に戻ってこれると、各々に晴れ晴れとした気分になる。  今までだったらそのはずだった。だが、この時だけは、生徒達は驚愕という言葉が非常に似合う表情と感情に襲われた。  それは、まゆも例外ではない。 「え……なにこれ……? ここ、邑川であってんのよね!?」  まゆの視界に飛び込んできたものは、まるでそこが自分の知る高校ではなく道を間違えてしまったのではと思ってしまうほどの異様さだった。  まず、校舎からして明らかに違う。元々そこそこ大きな校舎だったがそれよりも増築されており、しかもまるで新しく建てられた建造物のように壁が綺麗になっている。  以前までは、普通の場所でも薄汚れており、その上でストリートアートのように壁に落書きがいくつか施され、それを掃除してはまた落書きされの繰り返しで劣化も進んでいた。  今では、そんな過去すらなかったかのように、その痕跡すら見えない。  さらに、元々やや古めの校舎だったのもあって最新設備を設置しにくい環境だったが、校舎内の至るところに無線のアクセスポイントやコンセントが設置され、どこでも電子機器が使えるような環境が整っていた。  そしてなにより、夏休み前日にも聞いた通り、学生寮が丸々リニューアルされていたのだ。  より広々とした清潔感のある外観に、受付もある自動ドア。さらには入口からすぐにテーブルやレンタルバッテリーなど、豪華なカフェのような設備が揃えられていた。  外から見ただけでも、そのような変わりようなのに、中に入ったら一体どうなってしまうのか。 「へ、へえ……改装も思ったより悪くないじゃん」  流石にここまで便利そうで綺麗になったなら、一旦それを飲み込まざるを得ない。  歯切れの悪そうに、すっかり生まれ変わった寮からなんだか視線を反らすことのできないまま、まゆは早速入口の方へ向かっていった。 「あら、おかえりなさい。鷹野まゆさんですね?」  まゆが最初に驚いたのは、それまで1人として就任することのなかった寮母らしき女性がいたことだった。  しかも、寮母という存在のイメージから大きく離れて若々しく、落ち着いた大人の女性という雰囲気を醸し出している。  特に驚いたのは、まだ出会ったこともないのに、まゆの名前を知っていることだった。 「え? 私の名前……」 「寮母なんですから、それくらい当然ですよ。はじめまして、私は篠原芙美子と言います。これからよろしくね」    少しだけ青みがかった黒髪に、笑顔が眩しい中にどこか大人の色気を思わせる、美女と呼ぶに相応しい美しい顔立ち。  現在座っているので全身のプロポーションはわからないが、受付から出ている部分だけでも豊満だとわかるくらいに、服の下から盛り上がった乳房。  座っていながら包容力を感じさせる母性的な佇まいが、まさに理想の寮母と言いたくなるようだった。  お互いに初対面なはずなのに、名前を顔を正確に言いながら笑顔を向けてくれた様に、まゆはなんだか悪い気がしなかった。 「まあ……はい、よろしく」  そんな一切敵意の無い態度を取られては、反発する気もなくなってしまう。  まゆはちょっと照れくさそうに小声で挨拶を返しつつ、なんであんな女優みたいな人がこんな学校に来てんだろうと思いつつ、軽く頭を下げて自分の寮室へ向かっていった。  芙美子はその背中を、うふふと朗らかに笑いかけながら見送った。  それから入れ違いに、別の生徒2人組が生徒寮に入ってくる。 「あはは、マジで変わってんじゃん! あんだけ汚かったのに!」 「これコーディーネートしがいあるくない? ヤリ部屋にしたいんだけど」  2人のガラは見るからに悪く、声もどこか灼けており、奇抜で派手すぎるケミカルな姿とまさしく不良というような態度が、その印象に拍車をかけていた。 「あら、おかえりなさい2人共。橘里紗さんと金森みゆきさんですね? 寮室の鍵は……」     そんな怯んでしまうような相手でも、態度を崩さず丁寧かつ平等に接しようとする芙美子。  しかし、2人のうち一方の里紗が、手に持っている飲みかけの水のペットボトルをおもむろに開け、中身を思いっきり芙美子の顔に浴びせかけた。 「ぎゃははは!! こいつ避けねえでやんの! すっとろくねー?」 「見た目若作りしといて中身ババアってか? あはは!!」  濡れた姿に追い打ちをかけるように、今度はみゆきが芙美子の頬をぺちぺちと叩き、思いっきり侮辱の言葉を吐きかけた。  だが、それでも芙美子は大きな動揺も見せず、受付テーブル下からタオルを取り出して拭きつつ、貫禄や圧すら感じるような微笑みを向けた。 「寮室の鍵はこちらですよ。改装以降はカードキー式になってるので、きちんと管理してくださいね」  2人はカードキーが出された瞬間、すぐにそれを奪い取りつつ、馬鹿にする高笑いを上げながら寮内へ歩いていった。 「あっはは! 態度崩さないでいればカッコいいと思ってるわけぇ?」 「そういうのきっしょいよね〜。内心悔しいくせにダッサー」  2人は、芙美子がどんなリアクションを取ろうともバカにするつもりだった。  内心で勝ち誇り、舐められないような振る舞いを保ちつつ、自分達の寮室へ移動した。 「……………………」  そんな生徒2人の姿を、芙美子は優しい微笑みの口元を保ったまま、じっと感情を感じさせない瞳で瞬きもせず見つめていた。  まるでそれは、要注意人物を監視するカメラのようだった。      その一方、まゆはずっと寮で過ごしているはずの美彩がいる寮室へ順調に移動していた。  新築のニオイに包まれた、まるで以前までのそれとは全然違う生徒寮内。構造もやや変わっており、気を抜くと迷子になってしまいそうになる。 「すっご……ホントにここまで改装しまくったんだ」  とにかく驚きの言葉しか出てこず、思わず独り言が飛び出してしまうまゆ。だがそれ以上に、彼女にはとてつもなく強い違和感を覚えていることがあった。 「…………けど、さすがに静かすぎない?」  それは、今まで過ごしてきた経験からは考えられない程に静かできちんとしていることだった。  改装したから壁や設備が綺麗なのには納得いくが、これまでの校内や寮内の様子から、ここまで正常なのは逆に奇妙だと思わざるを得ない。  あとから入ってきた生徒達が騒がしくしているらしい声や物音がよく響くくらいには、寮内の空間が透き通っている。  何より最もおかしいと感じたのは、所々ですれ違う他生徒の姿だった。 「どうも、おはようございます」 「あ、ああ……おはよう」  同じ邑川高校の校内とは思えない程に、品行方正な姿が目立つのだ。  とにかく派手で無茶苦茶で荒れすさんでいるとしか形容できなかった場所だったのに、会う生徒会う生徒の誰もが、まるでお嬢様学校のように軽い会釈をして、優しく裏のない微笑みを向けながら挨拶をしてくる。  まゆもそれに釣られて挨拶するが、それを重ねるごとにより異様な感覚が強くなっていく。 「……こんな場所じゃなかったよね。もっと色々荒れてたはずなんだけど」  何度携帯端末のマップを見ても、ここは自分の知っている邑川高校と同じ場所。間違ってもいないし、そもそも移転したということも全く聞かされていない。  何より、新しく来た寮母が自分の名前を言っていたのだからここなのは間違いないだろう。それが余計に、おかしいという感情を強くした。 「もしかして、なんか美彩が変だったのも関係あるのかな」  まゆには、もう1つ気になることがあった。それは、夏休み中にやり取りしていた美彩のことである。  寮に残ると言っていた美彩は、まさに有言実行とばかりに居座っていた。その間も、彼女とまゆは高い頻度でメッセージのやり取りをしていた。  だがある日から、美彩から送られる文言が、妙に丁寧かつ綺麗になっていた。  語彙も増え、さらにノリもしっかりまゆに合わせられる。美彩はお世辞にも成績が良いとは言えないタイプだっただけに、その変わりようはさすがにどうかしたのかと思っていたが、それを切り出せずにいた。  今日はようやく実際に会って確かめることができる。果たして、彼女の中で何か大きな出来事があったのだろうか。それとも、何か思うことがあったのだろうか。  謎が謎を呼ぶまま、まゆはなんだか長く感じた道のりを歩き、やっと2人の寮室の前へやってきた。    「ドアノブがない……あっ、これでいいのか」     これまでの形式ではないカードキー式のドア。一瞬驚きはしたが、何度もマッチングで出会った男性に連れられてやってきたホテルで見慣れたものだった為、押して開ければいいことに気づいた。  既に美彩は部屋の中にいるはず。そう思いながらドアを押して開け、新しい寮室に足を踏み入れた。 「あっ、やっときた! 待ってたよまゆ。おかえりなさい」  直後、まるで今頃来ることをわかっていたかのように、玄関の前で待ち受けていた美彩が、まゆを笑顔で歓迎した。 「……えっと、美彩……だよね?」 「もちろん決まってるじゃない。あたしは正真正銘美彩だよ。何かあった?」  ようやく落ち着けると思った矢先、同居人の顔を見た瞬間、まゆの脳内に新たな疑問が生み出された。  美彩の容姿が、夏休みの間にさらに可愛く、体型もより引き締まってモデルやアイドルと見まごうような姿になっていたのだ。  化粧もほぼしている様子はないのに、芸能人のような可愛らしさやオーラを纏っており、何よりそれまでの非行ぶりを感じさせるようなスレた雰囲気が失われていたのだ。  それはまるで、小さい頃から英才教育を受けた、上品なお嬢様のようだった。 「えっ、ああ……いや……うん、なんでもない。上がるね」 「もう、そんなに余所余所しくしなくていいのに。夏休みの間に会えなかったけどさ、でも元気でやってたよ」  室内はまるでグレードの良いホテルのように設備が整えられており、特に電子機器を扱う為の無線LANやコンセント、モバイルバッテリーなどは、やりすぎと思うくらいの充実ぶりだった。  以前は床やベッドに物品が散乱しており、錠剤の粉末やコンドーム、雑誌やティッシュ、ピルが無造作に置かれていた。  今は、そんな痕跡すら見当たらない。まるで、最初からそんなことしていなかったと言わんばかりに。 「ねえ、今まであったのはどうしたの?」 「あー、全部処分されたよ。まゆは確かそれでもいいって言ってたよね?」 「まあそれはそうだけど……美彩のは? あの金持ちにもらったダイヤの指輪とか、薬の残りとかバッグとか色々あったでしょ?」  「それも全部だよ。もうあたしには必要ないものだしね。ああいうの、あたしらが持ってちゃいけないもんだし? 売春と同等のことをしたり売人から買ったようなものなんて、捨てなくちゃダメでしょ」  この時、ずっと積み上がっていた違和感が確信に変わった。  見た目も雰囲気も、声も振る舞いも全部美彩なのは間違いない。だけど、おかしい。いくら夏休みの間に人が変わることもあるとはいえ、たったそれだけの期間でここまで変わるのはおかしい。  何より、そういう代物に強い興味を持っていたのは、1年以上隣にいたまゆだからこそわかっていた。 「━━━━ねえ、あんた誰なの? 私の知ってる美彩じゃないよ」  まゆは、ついに思っていたことを言ってしまった。今の美彩は、同じ姿かたちをしているのにまるで別人なのだ。  美彩なのに、まるで美彩じゃないみたい。何か、正体のわからない根本のおかしさが拭えない。まゆは、この疑問を直球でぶつける以外になかった。  だが、美彩は何を言っているんだろうというような顔で返答した。 「何いってんの? あたしはずっと美彩だって、まゆならわかるでしょ? まあちょっと心境の変化とかはあったけどさ、それは誰にでもあることでしょ?」 「それにしたって変わり過ぎだって! 美彩が美彩じゃないみたいなの! ねえ、夏休みの間に何があったの」 「何って、別に夏休みの時にはなんにもないけど」  まゆは、絶対に何かあったはずだと、眉を潜めて戸惑いを隠せない瞳で問い続ける。 「そんなわけないでしょ! 夏休み何があったのか言ってよ! 私達、友達同士じゃん!」 「何がって、あたしの夏休みの時は……」  だが、美彩のすっとぼけてもいないような返答から、何かを思い出すような仕草に変わった後、彼女の振る舞いに異変が起き始めた。 「あたしの夏休みの時は……えっと、あたしの夏休みの時は……」  夏休みの時のことを思い出しているような素振りをしているが、美彩はぶつぶつと喋りながら、斜め下の床をずっと見つめ続けていた。  その視線に意志のようなものは感じられず、同じようなことを繰り返し喋っているようにも見える。 「……美彩? どうしたの?」   「8月9日は……8月10日は…………8月11日は………………」   まゆは、一人考え込み始めた美彩に声掛けしてみるが、彼女からの反応は一切返ってこなくなってしまった。  それどころか、唐突に日付をつぶやき始め、口をぱくぱくと動かし続けている。瞳は小刻みに一定の間隔で動き、身体全体の動作はほぼ消え失せている。  日付が進む度に、言葉の間に隙間は不自然に増え、今度は指や手が小さくカタカタと震えだした。  何やら様子がおかしい。このような綺麗な部屋や雰囲気を纏っていながらも、何か禁断症状が出てしまうほどに何かに手を出していたのか。  そう思ったその時、突然美彩の頭がガクンと震え、跳ね上がるように斜め上の方向に視線が向いた。  それに連鎖して思わず驚き跳ねたまゆ。一体どうしたのかと声をかけようとしたその時、美彩の後頭部が金髪ごと左右に開き、彼女の頭の中が露わになった。  そこから姿を現したのは、ピンク色の脳でも白い頭蓋骨でもなく、脳の形をしたような、血の通いを一切感じられない金属部品の塊だった。 「致命的なエラーが発生しました。人格エミュレートを強制停止しました。原因を特定中……」  「な、なんなのこれ……!? み、美彩が……き、機械……?」  美彩は頭が開かれた後、かくんと顔を下に向け、魂が抜けたような虚ろな表情で、一切の感情や美彩らしさを感じられないとてもお固い喋りをつぶやいた。  誰に言っているのかもわからない、まるで携帯端末のエラーメッセージのような言動。だがそれ以上に、今まで目の前で話していた同級生が、ロボットに成り代わられていることにとてつもない衝撃を受けた。 「ね、ねえ、ねえ美彩!? どうしたの!? ていうか、美彩の偽者……? えっと、な、なんなのこれ……! わけがわかんない……!」  美彩の肩を揺らして声をぶつけるも、受けた力に任せて身体が振られるだけで、髪が釣られてゆらゆら揺れる。  表情は一切変わっておらず、口から唾液がぽたぽたと胸へ、太ももへと垂れていた。  一瞬にして驚きと戸惑い、理解を超えた出来事に、目まぐるしく異常な事態が続き、頭が痛くなってしまい頭を手で押さえるまゆ。  美彩が紛れもない人間であることは、1年以上一緒にいた彼女が一番良くわかっている。切り傷や泣く姿、一緒に汗をかきながら性器をくっつけあうことだってあった。  それだけに、彼女そっくりに振る舞うロボットの存在に、動揺せずにいられなかった。 「と、とにかく、早く誰かに連絡を……!」  動転したまゆは、外部の誰かに通話を行おうとしながら、慌てて玄関の方に向かう。  しかしその時、玄関の方から鍵のロックが外れる音が聞こえてきた。  ドアを閉めたあとで、鍵をかけたのはまゆの方。忘れているということはありえないし、そもそもカードキーがなければ開けられないはず。  まゆの中に湧いてきた恐怖が、さらに強くなり、玄関から目を離せないまま息を呑む。  そして、ゆっくりと開けられたドアが開く。その向こうから姿を現したのは、寮母の篠原芙美子だった。 「な、なんなの、いきなり入ってきて。なんで鍵を……」   「私はこの寮の寮母ですから、もちろんマスターキーも持っていますよ」  受付で出会った時に見た、可愛らしさのある綺麗な笑顔をここでも変わらず見せる芙美子。  だが、今この場所、この状況で見ると、まゆからはどこか怖さを感じた。  機械の中身を曝け出した美彩に動揺する様子もなく、彼女はずっとまゆだけを見て笑顔を保っている。まゆからすると、そこにはどこか、笑顔の奥の虚無を見たような感覚すらあった。 「……なんでこの部屋に来たの。そもそも、美彩がこんなことになってるって知ってたの」 「あら、なにもおかしいことはないじゃないですか。ちょっと美彩さんはエラーを起こしてしまって、電子頭脳を冷却しているだけですから、すぐに復帰しますよ」  すると、芙美子は鍵を閉めつつ早歩きで部屋に上がり、まゆのところへ一気に近づいた。  その中で彼女が口にした言葉を聞いたまゆは、自然と瞳孔が拡がった。まるで当然のように、美彩がロボットであることが当たり前であるかのように話している。  そこで彼女は確信した。こんな悪趣味なことをしたのはこいつらだと。  まゆは近づいてくる芙美子の胸ぐらを掴み、凄みながら顔を詰めた。 「本物の美彩はどこにやったの!? こんなロボットじゃなくて、本物の美彩よ!!」 「あらあら、そんな言い方は美彩さんにとっても心外だと思いますよ。本物の美彩さんはすぐそこにいらっしゃいますし」 「どこが!! そこにいるのはただのロボットじゃない!!」 「夏休み期間中、邑川高校全体の改装がありましたけど、その際寮内に残り続けた生徒のみなさんは、全員私達で機械化させていただいたんですよ。そのおかげで、素行不良だったみなさんもすっかり優秀で礼儀正しい生徒になってくれて、ここに就任したばかりですけどとっても嬉しかったです」  芙美子があっけなく話しだした空気を握り潰さんばかりに力強く服を握っていたまゆの力が、一瞬で解けた。  まゆの胸中を覆い尽くしたのは、理解の追いつかない混乱と真実への失意だった。まさか、本当に今ここで機械の脳を晒して固まっている彼女が、本物の美彩だというのか。 「嘘……嘘でしょ…………そんなはず……だって、そんな、人を機械にするなんて聞いたことな…………」 「本当ですよ? これは新しい理事長の下で成立した邑川高校改善プランの一環ですから。そして、これからまゆさんも更生するんですよ」  信じられないという気持ちか戸惑いの収まらないまゆに、芙美子は逆に彼女の頭を両手で挟み込んだ。  まるで先程の胸倉掴みをやり返すかのような光景だが、芙美子側からはそんな意志は全く感じられなかった。  どんな内容を話していても絶えないお淑やかな微笑みが、その異様さをより強調していた。  だが、そんな雰囲気とは裏腹に、彼女の手の力は容姿からは考えられない程に強く、まるで万力に押さえられているかのように感じる。  それから芙美子はゆっくりと顔を近づけ、唇を近づける。 「では、失礼しますね」  そして、芙美子は舌と顎に置いた指を使って、閉じられたまゆの口を強引にこじ開け、優しくキスをし始めた。 「〜〜〜〜〜〜!!??」  突然の愛情的な行為に、さらなる混乱が襲いかかってくるまゆ。  舌が絡まり、柔らかな唇が重なり合う。しかし、芙美子の舌、そして唾液の味は無味に近く、人とキスをした時のようなニオイや味が全く感じられなかった。  とにかく感触だけが心地よい。その人間として大きすぎる違和感に気づき、まゆは確信した。この新しく来た寮母もロボットなのだと。  その結論に至ったと同時に、芙美子の口から麻酔ガスが放出された。 「んんーー!! んむぅーー!!」 「何を言っても意味はないですよ。この寮は全室防音仕様となっていますから」  口が塞がり、舌を絡ませられ、まともに喋れず呻き声を上げることしか出来ないまゆ。その一方で、芙美子は同じ条件下にも関わらず、曇ることのない明瞭な発音で喋ってみせた。  抵抗しようと背中を叩いたり足を蹴っても、目の前の美女のような何かはびくともしない。 「む……ぅ……ぅぅ…………み…………さ………………」  必死に足掻き続けるも結局一矢報いることすらできず、まゆの意識は闇に落ち、そのまま力が抜け昏倒してしまった。  無力化したことを確認すると、芙美子はまゆの身体を優しく床に寝かせ、その場で両手を身体の前に重ねて置き、待機しているメイドのような立ち姿になった。  それから少しの間、瞳の奥の光が点滅した後、再び動き出しフリーズ中の美彩の方に近づいた。 「これでまゆさんも、生徒として正しい行動がこれから身につきますね。さて、このままでは美彩さんの日常に支障が出てしまいますね。エラー報告から考えると、どうやら夏休み中の記憶データの補完が行われていないようです。期間も短かったですし、このような漏れが出てしまうのは仕方ありませんね。順次インストールしていきましょう」  美彩がエラーを起こしてしまった原因を考察しながら、芙美子は首筋の皮膚カバーを開き、そこから有線ケーブルを自らの身体から引っ張り出す。  その先端を、美彩の電子頭脳に設けられた接続ポートへと繋げた。すると、美彩の身体がびくん、と一瞬震えた後、瞳の奥の光が消えてぴくりとも動かなくなった。  これまでの行動や言動からも察せられる通り、芙美子は今の美彩と同様に人間ではない。新たな理事長の下で運営される学校法人から用意された、寮母として稼働するアンドロイドだった。  そして美彩は、彼女の言った通り生身の状態から全身機械へと造り変えられ、生身の一切存在しない機械人形に生まれ変わらせられていたのだった。  それから間もなく美彩の眼に光が戻り、斜め上を見て固まっていた姿勢からゆっくりと、普通の座り姿勢へと戻り始めると、先程までと同じ方向を向いたまま口を開いた。 「管理ユニットからの命令を実行。再起動が完了しました。システムチェック中………………」  人間らしさの無い機械的な言動と無機質な表情。電子頭脳のランプが点滅しながら、しばしの静かな時間が過ぎる。 「…………システムチェックが終了しました。人格エミュレートを実行します…………あれ、芙美子さんどうしたんですか?」  そして、しばしの沈黙から美彩が再び喋り始めると、先程までとまゆと話していた時のような人間らしい柔らかな表情や雰囲気が取り戻された。  ただ先程までと明らかに違うのは、すぐそばで倒れている友達の美彩について、まるで存在そのものが見えていないかのように気にしていない様子だった。 「美彩さんの友達のまゆさんから伝言を預かってね。もう少しだけ遅れちゃう、と」 「ああなんだ……まったく、まゆったら始業式早々やらかしちゃうんだから」 「うふふ、やってきたときはちゃんと言っておきますね」  美彩は再起動の際、芙美子からの操作によってまゆの存在を視認できなくされていた。  まゆはこの後、意識が落ちている間に機械化させられ、同じ機械の身体へと変えられる。それまでの間、美彩は彼女のことを認識する必要はないと判断され、先程までの記憶データを削除された上で、このような補完が行われた。  美彩はそれを、なんら不思議に思っていなかった。 「お願いします。あたしも、前はそういう感じだ…………」  そこから、何気ない日常的な話へシフトしようとしていたその時、校舎内からチャイムが鳴り響いた。  すると、美彩は喋っている途中で言葉を止め、視線を玄関の方へと向ける。 「すみません芙美子さん。もうすぐ始業式が始まるんで行ってきますね」 「ふふ、いってらっしゃい芙美子さん。今学期も頑張ってね」  美彩は丁寧に一礼をしてから上履きを履き、寮室から出て始業式の会場となる体育館へと向かった。  体育館へと向かう生徒は彼女だけではなく、他の生徒達も異様なほどにほぼ同じタイミングで寮室を出て、まるで蟻の巣から蟻が出ていくように、同じ方向を目指して歩いていった。 「えっ、うそうそ、なにこれ? みんなどうしたんだよいきなり!?」 「ちょっ、待って! あたしも行くから!」  中には、そもそも始業式に向かうことにすら困惑を見せている生徒もいるが、彼女達はまだ機械化が行われていない、学校の外で夏休みを過ごしていた不良生徒たち。  同じタイミングで動き出した友達や同級生の姿に各々のリアクションを見せ、それぞれに呆然と背中を見続けたり、仕方なくついていったり、止めようとしたが出来なかったりと、機械化された同級生の行動に為す術もなく殆どが置いていかれてしまっていた。   そしてその中のひとつ、取り残されたみゆは意識の戻らないまま、じっと視線を反らさない芙美子の監視下に置かれる。 「始業式に出られないのは仕方ないけど、これも生徒達の健全な教育のためなの。さ、これからみんなと一緒に更生しましょうね」  その言葉に悪意はない。プログラムによって与えられた純粋な目的がそこにはあった。  自分がこれから人間ではなくなることを知らないまま、まゆの意識は暗闇の中で眠り続けるのだった。  それから間もなく、始業式の会場となる体育館では、邑川高校の生徒達の殆どが、それぞれのクラスごとに整列して並んでいた。  殆どの生徒の制服はきちんと整えられており、私語もせず乱れは全く感じられない。一部きょろきょろしたり、萎縮したりとそれぞれのリアクションを見せている生徒もいたが、周囲の揃いぶりに引き寄せられ、そのような振る舞いをせざるを得なかった。  今までならば、始業式終業式関係なく式そのものが成立しておらず、体育館自体も荒れ放題だった。  だが今では、そんな面影すらないほどに綺麗で清潔な光景が広がっており、新任である教員陣もなんの心配もないとばかりにどっしりと構えていた。  そして、始業式が開始されて少し経ってから、校長からの言葉が言い渡される。 「はじめまして。私が、新しく就任した川本真理子です。邑川高校の皆さん、今日からよろしくお願いします」  壇上に現れたのは、生徒達の知らない女性だった。  見た目は芙美子よりも少々年上に見えるかどうかというくらいの雰囲気だが、負けず劣らずの美女ぶりであり、SNSで多数からの支持を得るモデルや女優と言われても違和感のないほどの美貌と、スーツの下からでもわかるボディラインを持っていた。 「さて、以前までこの学校は、誰もが知るほどの不良校と言われてきました。しかし、人は『変わる』ことができます。どんな未来を目指すこともできます。人には可能性があるのです。だからこそ、私はこの邑川高校という場所を、ジンテックの全面協力のもと改革し、誰もが誇れるような場所へと変えていきます」  耳通りと発音の良い声で、演説のように話していく真理子。  彼女の視線は、話している間も一人ひとりの生徒の姿を確認しており、表情を作りながらも眼球奥の絞りは動作し続けていた。  彼女もまた、芙美子と同様に機械の身体を持つ者だが、真理子がそれと違うのは、無数の生徒と同様に元人間だったというところ。  真理子は、新しい理事長によって雇われた後、全身機械化が施され送り込まれた、校長兼邑川高校全体の管理者でもあった。  そして、彼女や芙美子以外の教員も、全員女性で固められた上で、新たに製造されたアンドロイドか元人間しか存在していない。  現在、邑川高校にいる人の姿をしたモノの大部分は、機械ばかりで固められてしまっていた。 「やばい……やばい……!! なんなのこれやばいって!! 外にも繋がんないし、緊急連絡も使えないし、どうなってんのこれ!?」  新たな理事長と新体制の学校法人には、三つの目的があった。  それは、邑川高校の不良達と学校環境の正常化。2つ目はブランドの確立。   「早くこっからでなきゃ……!!」 「あら、どこにいくんですか石川 桜さん?」     そして最後の1つは、校長が口にしたジンテックの大規模管理システム、アンドロイド、機械化技術の実験場としての運用である。 「な、なんで先生がこんなとこに……!」 「わかりますよ。だけど、この学校内で目が行き届かない場所なんてありませんからすぐに学校外に出ても検知できます。それに、外部への連絡をしようとしていることもわかっています。交流は自由ですが、ここのことを外に漏らそうなんてことは許されませんから」 「んんーー!! 離……う……ぁ…………」  ジンテックは、新理事長が所属する機械工学を中心とした研究機関であり、現運営の中核を担っている。すべての移行や方針は、このジンテック側から与えられている。  校舎と生徒寮を大改装する際、居座り続ける生徒は多数存在するだろうと予測した理事長達は、ひとり残らず彼女達を完全機械化。  本来の人格データをもとにしつつ、これまでのような非行や犯罪をさせないようにプログラムを施し、実質強制的な更生を実現させた。  そのことを、生徒達は一切自覚しておらず、自分からまっとうに更生したように認識している。まさに、理想的な優等生へと造り変えられたのだった。  学校周辺を半径500メートルまで監視し、生徒寮には全室例外なく隠しカメラが死角の存在しないように仕込まれている。  生徒自身も監視カメラの役割を果たし、人間や同じ機械化した相手に対しても相互監視を行えるように調整されていた。  現在、邑川高校内に教員側の手が届かない場所はない。そこでまだ人間である生徒が何かすれば、すぐに機械化させられる。  それが、夏休み明けに生まれ変わった邑川高校の実態であった。  始業式が終了後、簡易的な時間割と連絡事項の通達が終了し、生徒達はそれぞれに寮室へと戻っていく。  機械化された生徒は、現時点では誰ひとりとして不純な理由から外には出ず、まだ人間の生徒達も異様な雰囲気を察して下手に動かず校内に留まっていた。  そんな中、他の生徒と同様に品行方正な振る舞いをしていた美彩は、まだ帰ってこないまゆのことを自室で待ち続けていた。 「結局終わりの時間まで来なかったなぁ。大丈夫かなあまゆ」  朝にかわしたやり取りの記憶データは削除され、今日は一度も対面していないことになっている美彩。  寮母からの伝言を頼りに待ち続けるが、結局夜まで来なかったことを心配し続け待ちぼうけになっていたその時、玄関の鍵が開けられる音が鳴る。  音に反応してその方向へすぐに視線を向ける。そして、ドアが開いた先に立っていたのは、ずっと待ち焦がれていたまゆだった。 「ただいま美彩! ごめん、遅れちゃった!」 「もう遅いってまゆ! 今日残り少ないよ?」  朝と違い、新品のようなきちんとした制服でやってきたまゆ。  元々魅力的だった体型はさらに整い、肌もつやつやし、より女性的な魅力が引き上げられていた。  まゆは寮母によって昏睡させられた後、生徒達が始業式に向かっている最中、校内に設置された処置室へと移送され、脳内情報を全て電子情報へと変換後抽出。  事前に製造されていた生徒のボディにデータを移植された後に動作調整、テストを経て、その日の夜に生徒としての稼働が開始された。  卵子や遺伝子データはそれぞれ厳重に保存され、売買に使用される臓器類や髪、皮膚は冷凍保存された後に残りは焼却処分、破棄されている。 「ほんっとにごめん! ちょっと色々あってさ……ねえ美彩、早速だけど、データ同期しようよ。同じ寮室だしさ」 「もちろん、あたしもまゆが来たらそうしようと思ってたし」  2人は対面した後、今にも唇が触れ合いそうなくらいに顔を近づけ、お互いの瞳を見つめ合った。  同室を使用する生徒は、2人以上が完全機械化された時、お互いの生徒としての所属情報を共有する。これを行うことで、学校側での管理がより容易になり、共同利用が必要な校内設備の手続きも楽になる。  メリットとしては教員側の方がかなり多くなっているが、生徒達はそうするようにプログラムされている為、何の疑問も抱かずに実行する。 「共同住人とのデータ同期を実行します」 「共同住人とのデータ同期を実行します」  まゆと美彩は、ほぼ同時に同じ発音、同じイントネーション、同じペースのシステムメッセージを、それぞれ別の声で喋り、お互いの瞳の奥を点滅させた。  こうして、これまで様々な非行を重ねていた2人は、生身から樹脂と金属の塊へ生まれ変わった引き換えに、真っ当な女子学生としての稼働を開始することになった。  自分が機械としての挙動を行っていることを疑問に思わず、こうなったことを当然のことだと思考しながら、まゆと美彩、そして邑川学園の大多数の生徒は、清く正しく美しい学生生活へ向けて動き出すのであった。


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