なんやかんやでもう3月ですね、、1年ってこんな、、もっとゆっくりでいい、、猫ともっとずっと一生一緒にゆっくり過ごしたい、、
創作 というものは私にとって何だったのか
という事を定期的に考えます。
それは逃げること肥えることを知らない精神であって、かつ通話中の限りなく無意識の中で生み出すような何かが私にとっての創作だったのかなと思います。
最近本当に物覚えも悪く、記憶もあまり持たないんですよね。
昔はもっと心が尖っていて、あらゆる事を記憶して消え無さすぎて苦痛、、みたいな日々だった気がします。私は逃避を選んだのですかね。
最近夢の中でもはっきり思ったのですが、
絵に書いたようなつまんない大人にしっかりなったなぁ、としみじみ感じます。
子供の頃、思春期の頃?若い頃?こうなりたくないと思ってた大人になるって物語でよくある流れですが、まさにそれです。
若い頃1番怖かったのは、そうなってしまった時、なった自分にとってはそれが嫌なことではなくなってしまってるから、きっと拒むこともないのだろう、という抵抗のない甘受の点でしたが、本当にその通りになってます。
それが嫌ならきっと今でも尖って生きづらく、キレキレの創作活動でもしていたのだと思います。
昔の自分が唯一知らなかった点は、どうして一見したら所謂つまんない大人、のようなものになるのか、つまんない大人とは何を経たのか、という部分です。
私はここまで生きてくる中で様々な方や様々な場所からとてもいい物を受け取って、様々なことを感じた上で、この道を選んだと思ってますので、やはり後悔も何もしてないです。
この点は、もうそれぞれ自分にとって何が一番大事か、それに従って選んだ先の結果でしかないと思ってます。
人生って面白いですね。昨日の自分が否定してたものを今日の自分は大好きになってたりして、きっと選ぶことは無いと思ってた道を選んだりするんですからね、、。
だから、明日になったら急に今の自分に飽きてキレキレのアーティスティックで創作意欲バリバリの人間になってるかもしれません。
なんにせよ、その時自分にとって1番大事なものを選んでるつもりではあるので、その道を恥じることもないでしょう、、恥じたとしてもやっぱりそれを選ぶのでしょう、、
かなり自分本位に見えるかと思いますが、私の望みの中には人の役に立ちたい、誰かが元気になってくれたら僕も嬉しいマインドもしっかりあるので、そこは人間上手くできてるなと思います。
絵は描きたいけど描きたいものがないのは本当にそのままの通りで、
じゃあ誰かがリクエストしてくれたものを描けば私の欲は満たされ、誰かも喜んでくれる、と非常にwin-winな息抜き時間を設けさせていただいておりますが、(私がコミッションではなく版権物のリクエストを選んでるのは、完全な娯楽である必要があるからです。)
というか大事な作品大事なキャラクターですので、そこは敬意を忘れず、お借りしてるという気持ちは忘れずありますが!一次創作とはまた違った緊張感と新鮮さがあります。
創作が楽しかった自分とは違う自分ではあるので少し寂しくもあります。郷愁かな?望郷?
今もお仕事はバタバタしておりますので、日の目を見た際は見て貰えたら嬉しいです。
創作や二次創作や色んなものに夢中になった先の心身で誰かの役に立つための行為を、絵を描くという手段でできてることはほんとにありがたいです。
昔は感謝なんてできる想像力まるでなかったのにね!年取ったもんよ 歳とるってのは、そういうことですわ若い頃の自分、、完全に昼夜逆転なんですがそこは昔と何も変わらないなまじで。