前回までの流れは、こちらから読めます。
「じゃぁ…行くよ?」
ニヤリと笑い、乳女んが地面を強く蹴りだしました。
瞬間、頬に風が流れたかという刹那には、もう目の前に迫っています。
声を出す余裕すら与えてくれないようです。
目で見えたわけではない、これは単なる生存本能で咄嗟に身体が動いただけ。
それでも、ギリギリでした。
「へ~ぇ? これかわすなんて、やるじゃない?」
笑う乳女んの右手には、何もありません。ただ指を伸ばしているだけです。
が、直感が告げました。あれはどんな刃物よりも、やばい。と。
(どうする…? 生きる道は、こいつがなめてかかっている間だけ…いや、もう次の一撃もかわせるかどうか…どうする、どうする…?)
――『走馬燈』とは、現在の危機を回避すべく、脳が今まで生きてきた中での全ての経験を思い出し、必死に生き延びる道を探している、という説があります。
自分の知っている何かが、見聞きしてきたどれかが、もしかしたらこの命の危機を救えるのかも知れない――。そんな思いで、脳は一生懸命に生きる道を考えてくれているらしいのですが。
健ちゃんの脳は、そんな迷っている時間すらないと感じたようです。
走馬燈は出てきませんでしたが、代わりに一つの案を提示しました。
「…ん? あれは……?」
「?」
健ちゃんは、目の前の乳女んから視線を外します。間違いなく、自殺行為です。
「…なんのつもりだい?」
「……あ!」
小さく叫んだかと思った次の瞬間、あごをくいくい動かし、それでも視線は動かしません。
まるで、後ろの誰かに何かを指示しているようです。
「――そんな子供だましが通用すると思ったのかい? もう少しマシなオツムしてると思ったんだけどね」
溜息を吐き、そのまま手を真っすぐ上に伸ばす乳女ん。振り下ろす先は、もちろん健ちゃんの頭です。
健ちゃんはそれでも、
その間も、必死に顎を動かし、小さく口をパクパクしていました。
乳女んなど、まるでいないかのように。
自分がたとえ殺されても、もっと大事な何かを得られる、とでもいうように。
「……」
少し眉を動かし、そして、
ちらっと、後ろを振り向きました。
瞬間、思い切り大きな声を出し、着ていた服を乳女んに向かって投げました。
人間、不意を突かれて咄嗟に大きな音と自分に向かって来る何かがあった場合、そしてそれら全ての事象が一気に起こった場合、脳が混乱し、一瞬だけ思考停止に陥ります。
その機を逃さず、健ちゃんは一目散に逃げだしました。
「――鬼ごっこってわけかい」
舌打ちし、そして走り始めた乳女ん。やはりというべきか、ものすごいスピードです。
後ろを振り向いたら、殺される。
その思いで、とにかく逃げる健ちゃん。目の前にあったドアに体当たりし、中に転がり込みます。
「へ、へぇあ? なんだ、飯か?!」
誰かの部屋だったようです。
「ごめんなさい、ちょっと潜ります!!!」
箪笥の中に、転がり込みます。その直後、乳女んが部屋に入ってきました。
「あんた、ここに誰か入ってきたわよね?」
「…あ、こ、これは乳女ん様! 何ですか、飯ですか?」
「飯じゃないっ!!! 不審者が来たかって聞いてんのよ!!!」
寝ぼけてる部屋の主が時間を稼いでくれている間に、健ちゃんは考えます。きっとこれは寝間着や下着を入れている箪笥だったのでしょう。暗闇に目が慣れている状態なのでよくわかります。
「――あ、そいつなら、多分そこの箪笥にいますよ」
「ありがとう」
足音が聞こえてきます。
健ちゃんは、ひとつ息をのみ、そして自分から出ていきました。
※作中のだますという感じが間違っているので訂正。
×→驕(おごる。調子に乗っている的な意味です)
○→騙(だます。本来、これを書きたかったのです)
「ごめんなさい…ボク、本当は男だったのです」
下着一枚、超セクスィな健ちゃんが出てきました。乳女んは、もう訳が分かりません。
訳が分かりませんが、好みです。
「あ、あら…? でも、どうして女だなんて、ウソをついていらしたのかしら?」
もうなんか口調が変わっています。相当これ、好みです。
「――わかった、白状します。実はボク、男娼なのです。それでお殿様に呼ばれたのですが、その際『悟られぬよう、女として参れ』とのご命令が下ったのです。ボクは殿様から頂いた命令を、ただ守ろうとしただけなのです。それが証拠にボクは、ちゃんと正門から入らせていただいております」
健ちゃんは、自分が怖くなってきました。咄嗟にこんなん出る?
「あ、…あら、まぁ…♡」
あまりにこの好みらしく、明らかに頭が回っていない様子の乳女ん。男で性格変わるタイプです。
「そうでしたのね…それは失礼いたしました。ですが男娼、ということは…」
ごくりと唾をのむ健ちゃん。咄嗟の嘘なので、証拠を出せと言われれば何もありませんし、もし殿様が普段こんなことしない人間なら一発アウトです。
「…相当、経験がおありなのでしょう…?」
いやシモネタかい。
もう、気持ち悪いくらい身体をくねくね動かす乳女ん。大きいおっぱいがぱいんぱいん揺れています。
「そのぅ、よろしければ私とも、そのぅ…」
いかん、これやばいやつ。
「し、失礼。気持ちはありがたいが、何ゆえ殿様に呼ばれている身。あまり時間を頂くわけには」
「あら、残念…でも、仕方ありませんわね。それでは、私が殿のお部屋までご案内させていただきますわ…♡」
「ま、迷っていたので、助かります…」
こうして、乳女んを無力化することに成功した健ちゃんは、一気に殿の部屋へ行くことになりました。
次回はそろそろ、猫ちゃん編始めます!!!
しょっち@気ままにやってきます
2022-05-11 10:55:17 +0000 UTC藤原妹紅
2022-05-10 15:42:34 +0000 UTC