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「アチキは…」
目の前でいぶかしげに自分をにらみつける乳女んの視線に内心気圧されつつも、表情だけは冷静に保ちながら、健ちゃんは必死に考えます。
そして、
「…アチキは姉さん方からかんざしももらえない、ただの堕落した花魁…花魁世界の恥を自覚し、金に目がくらみ、誇りも名誉も捨て去った…いわば、大きなイチモツを欲しているだけの、しがない花魁崩れでありんす…」
精いっぱいの、これが言い訳でした。
表情を曇らせ、視線を逸らしたのは、もちろん演技です。が、これは無意識に同じことをしても勘繰られないための演技。
自分は今、生きるか死ぬかの嘘をついています。そして男が嘘をつく時はたいてい視線を逸らし、表情を曇らせる。そのことを、健ちゃんはよく知っていました。
「……ふぅん、まぁ何でもいいわ」
あごを突き出し、見定めるような視線を向け続ける乳女んでしたが、ひとつ溜息をつき、そう言いました。その声は、ひどく固く、冷たくて、健ちゃんは無意識に、浅く、息を飲みこみました。
瞬間、乳女んの目が見開き、
「――女の勘。あんた、まだ何か隠してるね? 男なら正直かなりタイプだけど……ここから先は、あんたの体に聞くよ!!!」
一気に、空気が変わりました。
それはおよそ、現世のそれではなく、
地獄、というものがあり、目の前に鬼が金棒を持って立っていたなら、きっとこんな空気になるのでしょう。
それだけの殺気、緊張、そして絶望が漂っていました。
(まずい――このままでは殺される!!)
思いつつも、逃げることなど不可能です。
話は変わりますが、皆さんは山でクマに出会い、運悪く、クマに襲い掛かられたときの、最も生存率が高い方法をご存知ですか?
だますことは出来ません。言葉が通じません。
逃げることも出来ません。クマの最高速度は、人間の世界記録より速いのです。
注意を逸らすことも難しいのです。何せ、向こうは一瞬の油断が命取りになる自然界で生き延びてきたのですから。
――専門家によると、答えは『戦うこと』だそうです。
これが一番可能性が高い――というよりも、他の生存率が0パーセントなのです。
唯一生きる道があるのは、戦い、弱点である鼻先に渾身の一撃を叩き込むことで相手を怯えさせ、戦意を喪失させること。
それだけが、限りなく0に近い可能性を見出すことが出来るのです。
――そして今、健ちゃんは同じ状況にいます。
しかも相手は人間。言葉は通じるかも知れませんが、きっと聞いてはくれません。
健ちゃんも一応男、相手の格好に少し動揺しながらも、構えました。
「へぇ? 戦おうってのかい? こりゃ、ますます怪しいねぇ」
きっと純粋な戦闘力において負けることはないという絶対の自信があるのでしょう。乳女んはにやりと笑い、構えることもなく、ただ自然に立ちました。
構えは相手に「自分はこれからこういう行動を取ります」と情報を与えるようなもの。真の格闘家は構えないと言います。
自分の鼓動すらうるさく感じられるほどの静寂が支配し、
「じゃぁ、行くよ?」
にやりと、乳女んが宣言しました。
乳女ん対健ちゃん、戦闘開始です。
(どうする…普通に戦えばまず負ける。どうにかして相手の弱点を突くか、せめて戦意をくじくことが出来れば…)
健ちゃんは考えました。
男ならタイプだと言った。
相手はきわどい服装。
自分は花魁。
貧乳が嫌い。
ここはお城の中。
健ちゃんは、内心ドキドキしている。
おそらく乳女んは、戦闘のプロ。
さぁ、健ちゃんはどうしたでしょう?
しょっち@気ままにやってきます
2022-05-09 10:31:29 +0000 UTC藤原妹紅
2022-05-09 09:13:54 +0000 UTC