対戦ゲームってものについて思うこと
Added 2020-01-02 00:38:19 +0000 UTC全然絵の事関係なくて申し訳ないんですけどちょっと自分の考えというものをまとめておきたいので記そうと思います。
まず僕はイラストを描くのと同じくらいかたまにそれ以上になるくらいには対人ゲームというものが好きです。
相手との駆け引き、読み合いやどちらかしか得ることができない目標に対して互いにそれを奪い合う為に戦うというのがとても価値のあるものだと思っています。
ただ娯楽というものは当然人それぞれの楽しみ方があるというのはそれは事実であろうと思ってもいます。
サッカーにしたってシュートを打つのが楽しいという人もいれば、ドリブルで相手を抜くのが楽しいという人もいれば、走るのが楽しいという人もいることでしょう。もしくは、チームとして勝つことに楽しさを感じる人もいるかと思います。
それらはとてもポジティブな感情でありポジティブな目標に対して切磋琢磨試行錯誤するのがまたいわゆるゲーム(スポーツ・eスポーツ)の醍醐味と言えるのではないでしょうか。
しかしながら僕自身そうやって対人ゲームというものに触れ続けて来てそれはもう色々な方に出会ったことがあります。
それは残念ながら、心底ゲームを楽しめているわけではないだろうな、という方々です。
ここでは一旦、対人ゲームにおいて互いが選択することのできるものを「武器」と過程してお話します。
まず最初に申し上げたとおり対人ゲームというのは基本的に「勝利」というものを目指して互いに競い合うものです。
そのためにまず人は、勝つためにどういうことをすればいいのかということを考えます。またはルールを理解します。そしてその中で、勝ちやすいパターン(定石)や強い武器、というものを確立していきます。
強い武器というのは始めから強かったのではなく、「誰かがその武器の強さに気づいたから」その強さが認知され、その強さを引き出す方法を他の人達が真似して普及していくというのが基本です。定石についても同じ事が言えます。
ところが世の中にはこういった「定石」や「強い武器」に対して不平不満しか述べない、という人が存在します。
「しか述べない」と言ったのは実際のところ上記のように定石や強い武器というものを見つけられるような人であっても、そういったものに対して不平不満を述べるということはあるのが普通です。
ではなにが違うのかと言うと、とても簡単な話で例えばそれがじゃんけんであれば「チョキを出したらグーを出されたから次はパーを出せばいい」という事が理解できているか、もしくはそういう当たり前の結論に到れるか否かということです。
よほどバランスの崩れたゲームでなければどんな強い武器や立ち回りであってもそれに対する「メタ・対策」というものが存在していてそういうことを強い人というのは常に意識しているものです。
ただ不平不満しか述べない人というのはそういった事を考えるということはしません。
「チョキを出したらグーを出されたから負けた・負けたのはチョキが弱いせいだ」とか、
「どうせ負けるんだからいつも使ってるチョキだけ使えばいいや」と考えたりしています。
僕はこういったものは「良くないプライド」だと思っています。
そのプライドが救われることはないし、対人ゲームの楽しさを損なっているといって過言ではないでしょう。
つい最近の事なんですが知り合い同士で4VS4のプライベートマッチをしていたらいわゆる強い武器に弱い武器で勝った人が「○○ごときに負けるんですか?」というような発言をして僕はそれに対して「それだけは絶対に言っちゃいけない」と指摘をしました。
知らない人同士でせめて相手に聞こえないところでそう思うくらいならまだ(それでもあんまりよくないと思うけど)わかるんですが、知ってる人同士で相手に対して言うのは戦う相手に対しても失礼だし仲間に対しても失礼だと僕は思います。
僕らはそのいわゆる弱い武器を使いながらも言い訳を続ける人が本当にそのプラベ中も不満ばっかり言っていたのでじゃあ4人で同じものを持とうと言って同じものを持ったらそのような発言が飛んできたので、さすがにそれはないだろうと。
おおよそ真面目に弱い武器であってもその武器の強みを活かしたから実際その試合は勝ったのですが、言い訳していた人は一番その武器を使っていたのに貢献度は低かったしその貢献度が低い人がそうやって相手を煽るような論調を取るのはおかしいしましてやこんなプライベートマッチでいうようなことではないだろうと。
そしてネットというのは怖いもので特にこういった人達の論調が非常に声が大きく拾われやすいものでそういった意見を鵜呑みにしたばかりにゲーム自体のよかった部分を損なってしまったというケースも数多く見てきました。
スマブラなどは強い人同士の対戦データなどを参考にしてキャラの調整を行っている等の対策をしていてそれらは上記のようなところからこのような方法に出ているものと思います。
今後ゲームというものが一つのスポーツとして確立されていくにあたっては上記のように「不平不満しか述べない人」の意見を鵜呑みにしないという定石がしっかりと根付きつつあればいいなと思うものでした。