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【全体公開】ファミレス百景

久しぶりに、漫画の仕事をしに近所のファミレスに行った。


一時期、かなりの仕事量をこのファミレスでこなしており(ネームから下描きまでやってた)、週に3日くらい足繁く通っていたりもしたのだが、ここ1〜2年はさっぱり行かなくなっていて、特にコロナ禍ではただの外食も含めてまったく利用していなかった。久しぶりに行くと入り口の消毒液はもちろんのこと、全席にタブレットとアクリル板が完備されており、ほぼ店員さんと会話せずに注文できるようになっていたほか、新メニューもずいぶんと登場していてわくわくした(そのかわり、営業時間は大幅に短縮されていたが)。いったいどうして通わなくなってしまったんだっけ? などと思いながら、ネームの作業をはじめる。さすがに以前ほどの賑わいはないものの、昼時ともなればそれなりの人数が席に着き、様々な会話を始める。ご近所の主婦の集まりが一番多いが、他にも同じダンスサークルの老人たちや、保険などの契約の会話も聞こえてくる。思えばこのファミレスで作業しながら、ずいぶんと沢山の会話にこっそりと聞き耳を立ててきたものだ。

その中で特に印象に残るいくつかについて、備忘録的な意味も含めて書き記しておくことにする。



1、ガンの特効薬ができました


その夜、ファミレスの通路をはさんで真横の席に座ったのは、まだ若い社会人男性の二人組で、先輩後輩という間柄のようだった。先輩男性が後輩男性に向かってやや威圧的に「お前、これからどうするつもりなの?」と尋ねて、後輩が何か返答をすると、その内容に対して更にダメ出しをする…といったようなことを繰り返していた。「どうするつもり?」などの漠然とした問いに対しては、どのような返事を出そうともアラ探しをされるものだ(例えば「いや、そういうことじゃなくてさ」とでも言えばいい)。さて、そのうちに先輩のほうが「実は…」と、何やら秘密めいた話を切り出していく。


「これは秘密だし、まだ発表されてないんだけど、実はガンの特効薬が出来てるんだよね」


驚きの情報である。後輩ならずとも、作業をしながら聞き耳を立てている自分ですら驚いた。マジか。さらに、先輩は揚々と言葉を続ける。


「この特効薬に、今なら、限られた人だけが出資できるんだ。知らないかもしれないけど、昔、NTTが携帯電話事業に乗り出したとき、基地局の不動産に投資した人たちがいて、その人たちは今ずっとNTTからの不労所得で遊んで暮らしていけてるんだ。それと同じで、今このガンの特効薬に出資したら、そのリターンで働かなくてもずっと食っていけるようになるんだよね」


NTT基地局の賃料とガン特効薬のつながりがイマイチわからないが、すごい話である。一生食いっぱぐれない、夢の不労所得の話がすぐ真横で繰り広げられている。もうドリンクバー用のクーポンを毎回店員さんに見せる、ケチケチとした生活ともおさらばだ。


「ガンの特効薬はあと1年後に公表されるから、出資するならその前なんだよね、乗り遅れないようにしないと…でもまあ、決めるのはお前自身だよ」


そう言ってから、先輩はトイレに立ち、話を聞き終えた後輩をしばらく一人にしていた。後輩がどんな表情をしていたのか、こちらの席からは伺い知る事ができなかった。その後、特にその席で出資などの何かをはっきりと決めることはなく、二人はそのままファミレスを出ていったように思う。

あれから数年が経つが、いまだにガンの特効薬が開発されたという情報は公開されていない。まあ色々あるのだろう、先輩後輩の二人は今頃、莫大な不労所得でアンティグア・バーブーダ(カリブ海の高級リゾート国)の海岸にでもいるのだろうか。





2、合コンとワンピースと


真後ろの席に座ったのは、男女2対2の4人組だった。会話の内容からすると、どうやら合コンの二次会のような席らしく、男女4人とも今日が初対面のようだった。男2人と女2人が対面になるように座り、まずは無難な質問で相手の情報をお互いに引き出そうとしている。


「彼氏とかっているの?」

「え〜、どーだろ」

「あーこの反応はいるわ、絶対いるヤツじゃん」

「やだ〜、違うってー」


みたいな。さて、そんな探り合いが続く中、突然、女子ふたりが歓声をあげて、お互いに意気投合する。なんとこの初対面の女子ふたりは、どちらも漫画「ワンピース」の大ファンだったのだ。しかも両方とも、サボ(ルフィの義兄で、革命軍のナンバー2)推し。ちょうどアニメでサボが活躍していた時期という事もあり、二人ともサボの話でもうめちゃくちゃに盛り上がる。男子2人をほったらかしにして、女子だけで、ひたすらワンピースの原作・アニメ・グッズの話を延々と続けていた。その間、男子2人は、ちょっと軽い愛想笑いを浮かべながら、ずっと沈黙していた。かろうじてその片方の男子が、


「ワンピースは……読んでないからなぁ〜……」


と、絞り出すように呟いていた。

彼が普段読んでいる漫画は何だったのだろうか、『バンデッド(河部真道)』なんかの読者だったなら、隣の席でネームをしている男と友達になれたかもしれない。




3、老夫婦


奥の席に座った老夫婦は、少し異様な格好をしていた。白い日よけの帽子をかぶり、マスクをして(※コロナ禍より前の話である)、首元にも真白いタオルを巻いて、目元しか肌は見えなかった。盛夏のことであったから、強い日差しを避けているとすれば、それほどおかしな格好ではないかもしれない。夫婦で普通に注文し、普通に食事をし、普通に談話を続けていた。ただし、喋っているのはすべて妻の方である。


「◯◯が良くないのよね」

「◯◯みたいのには、本当に怒りを覚えるわ」


妻の喋る内容は、ほとんどが愚痴や文句の類であった。それはご近所の話から、あるいは政治であったりと多岐にわたる内容だ。次々と繰り出されるそれらの不平不満を、夫は何ら反論することをせず、黙ったまま頷いて聞き続けていた。長年そういう暮らしを続けてきて、もうその形が完成されているように思えた。それが夫婦のいつもの、あたりまえの、ごく普通の日常風景のようだった。ところが、次第に妻の話に、不穏な単語が並びはじめる。


「CIAの陰謀なのよね」

「あれはフリーメーソンの仕業なんだわ」

「結局ロスチャイルド家の思惑通りになっているのよね」


典型的な陰謀論である。身近な人から聞かされたら、おいおいどうした、しっかりしてくれよと一笑に付してしまうような内容を、しかし妻は真剣に、熱っぽく、夫に延々と話し続けていた。聞いているうちに、夫婦の格好についてもその意味がわかった。マスクやタオルで肌の露出を極端に抑えているのは、あれは外に溢れている有害な電磁波への対策なのだという。


一通り話し終えたあと、老夫婦は席を立ち、会計へ向かおうとした。その途中、別のテーブルに座っている主婦たちに、妻のほうが突然話しかけた。別に知り合いというわけでもないらしく、テーブルの主婦たちは困惑している。妻は「あの、もしこういうのにご興味があったら…」と、カバンからパンフレットのようなものを取り出して渡そうとする。


「やめなさい」


その時、はじめて夫の声を聞いた。静かだが、深く力強く、強制力のある声だった。「でも…」と妻は名残惜しそうにしながらも、夫に手首を強く握られ、老夫婦はそのまま会計を終えファミレスを出た。そしてまた帽子とマスク、タオルの白装束に包まれながら、夏の日差しの中をゆっくりと歩いていった。




こんな感じで、他にも幾つか印象に残っている話はあるものの、どうにも漫画のネタには使いづらかったりもして、ここにそのまま、ただの記憶として書いておく次第である。

ちなみに今回ファミレスに出かけて、漫画の仕事のほうはすこぶる捗ったのだが、同時になんでファミレスに通うのをやめたのか思い出した。それは、コーヒー。ドリンクバーのコーヒーが大好きで、昔はそれこそガブガブと水のように飲んでいたのだが、ここ最近自分で豆を挽いてコーヒーを淹れるようになった結果、少しだけ舌が肥えてしまって、ドリンクバーのコーヒーでは物足りなくなってしまったのだ。難しいものである。でも、仕事は本当にすこぶる捗ったので、また出かけたいと思う。何か思い出したり新しく話を仕入れたら、このパート2を書くかもしれない。いや、どうだろう。ではまた、次回で。

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Comments

ああいうのに遭遇したのは一度だけですけど、周りで儲け話してたらめちゃくちゃ聞いちゃいますね。

鈴木健也

ガンの特効薬と同じパターンの儲け話とやらを色んな知り合いから持ち掛けられた事はあるな。 そういう話をするのは決まってファミレスか喫茶店だったなぁ。 あぁ言うのもやっぱり周囲に聞かれてるのかw

chipstar


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