前回のメイキング前編を公開したあと、BOOTH通販にて委託させてもらっていた「『博内和代』評論集」のほうが全て売り切れた。ご購入くださった方々に感謝したい。残り、10部ほどを主催のわく氏のショップ(https://wak.booth.pm/items/2551870)にて倉庫入荷待ちの状態なので、購入を希望する方はチェックしてみてほしい。
さて、表紙メイキングの続きである。前回は下描きが終了したところまで書いた。海辺に流れ着いた、ずぶ濡れの雪子(『外環視点』のヒロイン)のイラストだ。
これについては、実のところあまり何か書く余地が残っていない。下描きの段階でかなりしっかりと内容を詰めたので、あとは丁寧に、その通りになぞるだけである。絵を描いていると、ある段階で「あ、この絵は勝ったな」と感じられる瞬間があるのだが、今回の場合は下描きの時点でそれが見えたのだ。
ともあれ、下描きをスキャンし、線画を薄い水色に変換して、漫画用の原稿用紙にプリントアウト。その上からペン入れ作業をはじめていく。こうするとペン入れの際に「鉛筆の下描きのタッチが、ペンのインクの邪魔をする」ということがないし、ケシゴム負け(上から消しゴムをかけた際に、ペンの線画が薄くなってしまうこと)もなし、デジタル作業で後から下描きの水色だけを選択して消せば良いという寸法だ。
ペン入れにはミリペンと丸ペンを使用した。普段はつけペンを使ったり、シャープペンシルでの線画を二値化してペン入れの代用としているが、今回はミリペンでサクサクと進めていく。髪の毛の部分は筆ペンでツヤを出す。前述した通り、基本的に下描きを丁寧になぞっていくだけの作業なのでそう難しくはないが、雪子の表情だけは殊更に気を遣い、彼女の「年上の幼女」という複雑なキャラクターを、そうと知らない人にも感じ取れるようにできれば……と注意を払った。
ペン入れが終わったら、ふたたびスキャンして線画を二値化したあと、デジタル作業でトーンを貼っていく。前編でも触れたが、博内和代名義の仕事ではカラーの仕事が存在しないので、漫画本編のようなモノクロームの画面づくりで進めていく。
とりあえず、着物や砂浜、空、影などパーツごとにトーンをベタっと貼り付けただけの状態。どういったトーンを使うかは原作のトーンワークを参考にしているが、こちらの作業環境はデジタル(Photoshop Elements 8)での自作のトーンテクスチャによる作業なので、持っていないタイプのトーンに関してはその都度自分で作りながら貼っていく。着物の柄は砂目系のものを何枚か重ねたうえに軽くグラデーションをかけたが、砂浜に使われている砂目のグラデーショントーン(通称砂グラ)などは持っておらず、グラデーション→ノイズといった作業で自作する(クリップスタジオ等の漫画製作用ソフトを持っていれば、全くの不要の作業である)。髪は原作に準拠し、ツヤベタの上にグラデーション。だいぶそれっぽくなってきた。
ここからトーンの削り等の「仕上げ」作業をする。博内作品で顕著なのはその卓越したトーンワークなので、それを損なわないよう気を引き締め、丁寧な仕事を続ける。背景のアミトーンを削って空を作り、砂浜や海のグラデトーンを削って波模様を作り、和服のトーンを削ってじっとりと海水で濡れた重ったるい着物の質感を作る。雪子に化粧をするように、唇にトーンを貼るのも忘れない。
完成。下描きの時も述べたが、かなり最初に抱いた「こう描きたい」というイメージを忠実に再現できたように思う。表紙としてのインパクト、博内作品らしい絵柄やトーンワーク、どこか不安になる表情と構図……我ながら、まずまず上手くいった方ではないだろうか。ラフから下描きまでは相当の苦闘があったが、下描きの時点で大勢が決したので、あとの作業としては量的には多いものの、気持ちは非常に楽であった。
さて、もう1枚、裏表紙の方である。実は、主催の方から頼まれたのは表紙のみなのだが、裏表紙もあった方が良いだろうと勝手に判断し勝手にラフを送りつけた。勝手なことをするな。
こちらは前回書いたのと同じく、近場の温泉付きビジネスホテルで自主缶詰しながら描いたラフ。博内和代の四作品すべてのキャラが波打ち際に一堂に会している構図である。これもホテルの狭い部屋ゆえ雑なラフとなったが、イメージは固まったので、帰宅後にクリンナップする。
実際に主催の方にお送りした、裏表紙のラフ案。例によってこちらの意図を明確に伝えられるよう、キャラクターやアイテムの解説をできるだけ文章で付け加えている。小ネタが多く、ファンが読んで楽しいイラストにしたいと思った。まあ、思うだけなら簡単なのだが。ともあれラフにはOKを頂けたので、そのまま下描きへと入っていく。のだが……。
どうだろうか。下描き、相当の苦戦の跡が見られるのではないだろうか。
不自然な余白はキャラクターを何度も切り貼りして位置を調整したせいであり、構図やそもそものキャラクターの作画に相当苦労している。上の4人(「SEA SIDE SOUVENIR」より)などは、わざわざ別紙に描きなおしてデジタルで合成している。普段ならこのくらいでペン入れに入るのだが、いまだに「勝ち筋」──前述した「あ、この絵は勝ったな」というラインが見えてこない。苦闘は続く。
さらに下描きをもう一度、丁寧に描きなおしてから(下描きを清書した下描きという、もはやわけのわからない代物)
そこにペン入れをしたのがこちら。
表紙と同じく、スキャンした下描きの線画を水色にして原稿用紙にプリントアウトし、その上からペンを入れているが、メインの画材はシャープペンシルである。引いた構図での細かい作業が多く、ミリペンや丸ペンでの仕事の精度に不安があったからだ。シャープペンシルならば消しゴムで手軽にやり直しが効き、デジタルで二値化すればパキっとしたペン画になる。髪のツヤや靴のベタなどに、わずかに筆ペンを使っている。かなり絵が整理され、細かいディティールも付け加えられたが、それでもまだ「勝ち筋」は見えて来ず……
そのままトーンを貼り、削り、作業を重ね、最後に大量の波模様を描いたところで、ようやく「まあ…いけるんじゃないか」という程度には引き上げることができた。悔しいが、時間(締め切り)的にも精神的にもここが限界だったので、完成とする。
博内和代作品のクールで精緻な、水も漏らさぬようなカチっとした硬質さと比べると、ずいぶんやんわりとした絵になってしまった。よく言えば、素朴なイラスト。高校生が文化祭のポスターで描くようなかんじ。これはこれで非常にファンメイドな感じがして、同人誌の裏表紙としてはとても良いと思う。ただし、自分が描いたのでなければの話だが。
イラスト自体は主催の方にも気に入ってもらえ、もちろん評論集の裏表紙としての役割もきちんと果たせているとは思うが、自分としてはもう少し上手く博内氏の作風を再現することを狙っていたので、力及ばず残念に思う。表紙と合わせて、一勝一敗というところか。ただ、「ファンメイドな素朴なイラスト」という意味では好ましい出来であり、むしろこういう感じは狙って描くことはできなかったようにも思う。たぶん、博内作品を読んだ高校生当時の頃に戻ってしまったんだろうな、自分が。
表紙と同様にトーンワークは原作での貼り方に準拠しているが、とにかくめちゃくちゃに量が多く、しかも種類も豊富、砂目やグラデなど数多のトーンを駆使し、ケズリや重ね貼りといったテクニックもふんだんに用いられている。こちらはデジタルでの作業とはいえ、これだけ貼るのは相当に根気の要る作業で、これをアナログで漫画一本まるごとこなしていた博内和代というのは、いったいどれだけの超人かと舌を巻いた。博内作品を未読の方は、ぜひこの機会にその超絶技巧を読んで体験してみてほしい。現状、一番確実なのが「国立国会図書館」の月刊アフタヌーンのバックナンバー(1997年10月号、1998年3月号、2000年3月号、2002年5月号)で読む/あるいは遠隔複写を申請する、という形なのが、何とももどかしい思いであるが……。
博内和代という作家をめぐる自分の想いについては、評論集本編のほうで書かせてもらったが、こうして表紙・裏表紙というイラストを通して自分のコアなところに位置する作家について深く観察し、挑む機会を得たのは良かったと思う。出来は、やはり一勝一敗なのだけれども。まだまだ道は遠い。ではまた次回に。