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『博内和代』評論集に3万字の寄稿をした。どのような経緯で寄稿することになったかは本文に詳しく書いてあるのでそちらを参照していただきたいが、加えて主催の方に頼まれて表紙まで描くことになった。これには非常に困った。評論集の表紙である以上、ある程度は博内作品の作風を感じられる内容にしなければならないのだが、博内作品のキャラや空気を描くのがどれほど困難かは、大ファンの自分がよく熟知している。さて困った。
「博内和代」という作家は1997年から2002年の間に月刊アフタヌーンにて「チャックのある風景」「外観視点」「バナナチ○コ」「SEA SIDE SOUVENIR(シーサイドスーブニール)」という4作の読み切りを発表した。どれもボリュームがあり、緻密な絵柄と情緒ある内容で非常に高い評価を得たが、今日に至るまで単行本として出版されていないので、その技量に反してあまりに知名度が低い。また「世棄犬」という成年コミックでの名義も持っており、こちらの方が良く知られているかもしれないが、とにかく色々な意味で特異かつ稀有な作家であることは間違いない。
主催のわく氏からは、「SEA SIDE SOUVENIR」のような海辺のイメージで、というオーダーがあった。加えて自分としては、表紙はわかりやすく単一のキャラで描くべきだと考えており(通販のサムネ等、縮小されることが多いので、できるだけ視認性が高くわかりやすい方が良い)、そうなると博内作品で描くべきキャラはやはり「外環視点」の雪子だろうと思い至る。そうして「海辺に漂着した、ずぶ濡れの雪子」というイメージはすぐに決定したのだが、それは頭の中で、の話である。絵描きはこの自分の脳みその中にだけあるイメージを、右手とか何やかんやを使って、目の前の紙に出力しなければならないのだ。
最初のラフ。評論を書くにあたり、博内作品の全4作品をまとめたコピーを手にし、近所の温泉付きビジネスホテルに自主的に缶詰をしたのだが、そこで描いたものだ。狭い部屋のベッドで描いたので大変に描きにくく、そのせいもあってダサいラフとなっている。だがとにかくダサくても、こうした具体的なイメージの出力を重ねていくことが大事なのだ(と、自分に言い聞かせる)。
上は、実際に主催の方にお送りしたラフ。こちらのイメージをなるべく具体的に伝えるために、解説文も添えてある。この「外環視点」に登場する雪子というキャラクターは、おそらく年齢が30歳前後の、大変に美しい女性なのであるが、知的障害を持っており、幼児並みの知能しか持っていない。加えて作中では、初登場の見合いシーンに和装で登場し、夫婦生活はごく普通の洋装、中盤では長い髪を切りショートカットなったりもするので、漫画ならともかくイラストの一枚絵で描くのは非常に難しいキャラクターだ。ただ、「海辺に流れ着いた」という要素を加えたとき、必然的に雪子のポーズとして、この不自由に這うようなポーズが浮かんだ。最初はアンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」(これも下半身に障害のある女性を描いた作品だ)が無意識のうちに反映されたのかと思ったが、後から「外環視点」を読み直し、後半の河原で夫からの暴力を受け「エヘヘ……」と曖昧な笑顔で起き上がるシーン、あれがイメージにあったのだと気がついた。
他にもラフを描いているが、雪子の正面の表情というのは殊更に難しく、これは自分には描けないのではないかと思い、提出したラフではやや斜めの見上げるような表情になっている。参考にしたのは雪子が玄関先で糞尿を漏らして、それでも夫を待ち続けていた時の表情だ。
横顔のラフも描いてみたが、しっくり来なかった。やはりインパクトのある、こちらに目線を向けている構図を採用する。主催の方からも一枚目のラフにOKが出たので、ここから下描きへと入っていく。
下描きの前に、いくつか準備段階としてスケッチを行なっている。というのも雪子の服装を和服にしたからだ。前述したとおり作中でコロコロと服装の変わる雪子だが、やはり登場した際の見合いの和服姿が強く印象に残っているので、これを採用した。しかし、自分であまり描き慣れた題材ではなく、しかも今回は「水に濡れてシワだらけになった」和服。これをどう描くのかが難題だ。博内和代自身は4作目の読み切り「SEA SIDE SOUVENIR」にて、ワイシャツやワンピースといった服が水浸しになった際のシワを見事に描いているが、その中に和服はないので、参考にするにはやや苦しい。和服が濡れるとどのようなシワが生まれるのか? 当初は想像で描こうかと思ったが、やはり限界があり、資料を探してみることにした。「和服」「水浸し」や、「着物」「びしょ濡れ」などで検索してみる。すると……
ありがたいことに、濡れた着物の資料が幾つか見つかった。これらを何枚もスケッチし、参考にすることにする。和服を着たままずぶ濡れになっている自撮りを何枚も上げておられる方がいて、その写真が大変に参考になった。どんな道にも偉大な先達が居るものだと感服する。
ついでに濡れてなくても着物じたい苦手なので、スケッチして観察を重ねておく。特に雪子の前かがみに這うような佇まいは、和服と合わせて難しいポーズなので、似たポーズを見かけたらスケッチしておいた。ちなみに「着物」「四つん這い」で検索しても普通の画像しか出てこないが「和服」「四つん這い」で検索すると、とたんにエロいものばかり出てくるようになった。この違いが何なのかわからないが、ともかく出てきたポーズは大変に参考にさせてもらった。
ポーズなどは違えど、「海辺に佇むびしょ濡れの和服美人」という、自分のイメージにピッタリな写真も出てきた。とても良い写真だ。これに負けるわけにはいかないと思いつつ、貪欲にこちらもスケッチしておく。さて、準備段階のスケッチも済み、いよいよ実際に下描きを始めることとなる。
まずは顔を中心に描いていく。普段は顔は一番最後に描くのだが、この絵に関してはとにかく顔が似ないと始まらない。気合を入れて顔とその周辺から始めていくが……
どうにも上手くない。ラフよりも悪くなっている。ラフの段階では顔の向きがやや斜めだったのだが、やはり正面顔に未練があったのか、かなり真正面に近い向きに直そうという足掻きが見え、それがまたバランスを不自然な、歪なものにしている。加えて頭がひどく大きくて不安定な感じ。これは画面に近く近く寄って描いていると起こる現象で、視野が狭くなるため頭を大きく描きがちになってしまうのだ(特に最近はデジタル作画で拡大して描いた際に、これに陥ってしまっている絵をよく見る)。描いている時は適宜画面から離れて見直すとともに、スマホなど他のデバイスで一度撮影してみると、こうしたアラを見つけやすい。PC画面で作画していても有効な手なので、気をつけたい場合は一度自分の画面をスマホで撮影してみるとよい。
さて、ではどう修正するか。ここは腹をくくって、やはり真正面の雪子を描こうと思い、上手くいっていない下描きの上にもう一枚紙を重ね、トレスしたうえで顔を描き直す。そして描き直した顔を切り抜いて…
貼り付けたのが、こちら。
実際は両方ともPCにスキャンしてサイズ等を調整した上で合成し、出力。そしてプリントアウトしたものに、さらに加筆して下描きを続けていっている。デジタル作画なら新規レイヤーに作画して調整するだけで済む話だが、アナログなのでこうした手間のかかる作業をしている。ただ、こういうアナログ作画に伴う、切った貼ったの「図画工作」的な作業、実のところ嫌いではない。むしろこれが楽しくてアナログでやっている部分すらある。
そうして行って戻っての作業を繰り返し、ようやく下描きが完成する。
海辺の砂浜に、這うような姿で流れ着く、びしょ濡れの和服姿の雪子。真正面のその顔は、美しいがどこか不安も感じさせる。後ろには広がり続ける浜辺と青空。
最初に自分の中で抱いたイメージを、ほぼ完璧に出力できたと思う(それが他人から見たとき、好悪含めてどう見えるかは別として)。顔はやはり正面に修正して正解だった。実はよく見ると手の位置も、両手ともに紙を切り貼りして修正してある。濡れた着物に関しては、このあとのペン入れやトーンの処理はあるものの、スケッチをしていたおかげでそれほど苦労せずそれらしい質感を出すことができたと思う。
長くなったので、一旦ここで区切ることにする。次回はこの先の作業と完成品、そして裏表紙の方にも触れたいと思う。博内和代名義での作品ではカラーの仕事が存在せず、こちらの「博内和代」作品に対するイメージもモノクロームのままなので、漫画同様にペンとトーンで仕上げていくことになる。ではまた次回に。