タイトルの繰り返しになるが、近所においしいサンドイッチ専門店がある。近所、といっても歩いて20分くらいかかるのだが、車通りの少なく陽当たりの良い裏道を抜けて行けるので、良い散歩コースになっており軽快な道のりだ。
件の店は、駅前から続く長い商店街の終わり──尻尾のほうにある。正直、立地はあまり良いとは言えない。加えて店舗の面積も広くはないし、そもそも店の中に入ることができない。全面がサンドイッチ(と、申し訳ばかりの缶コーヒーやパック牛乳)の並んだショーケースとなっており、客はその場でサンドイッチを選び、購入することになる。街のお肉屋さんとか、古き良きおばあちゃんのタバコ屋なんかを想像してもらうと近いだろうか。専門店だけあってサンドイッチの種類は豊富だが、ショーケースへの補充は十分とは言えず、時間帯によっては棚がスカスカになっていることも多い。そんなんでやっていけてるのか、あるいは棚が空になるほど人気店なのか? と、よく知らない人なら訝しむことだろう。自分もそうだった。
実はこの店は、小売の店舗というよりはサンドイッチの製造工場なのだ。ショーケースの奥では常に4〜5人の白衣とマスク姿の女性たちが作業台を囲み、黙々とサンドイッチ作りを続けている。店の名前で検索すると都内のホテルやケータリングなどでサンドイッチを提供しているようで、家賃の安価な片田舎に工場を構え、そのついでに地元での小売もしているようだった。値段は安く手頃で、専門店だけあって味は文句なしに美味い。定番の具材に加えてちょいちょい新メニューが入れ替わるのも楽しく、地元民にとってはなかなか有難い店というわけだ。
販売専門の店員やレジ係はいない。ショーケースの前に立つと、すぐに奥で作業している白衣の女性たちが気がついて、そのうちの一人がショーケースの前まで来て注文を尋ねる。ここまで、せいぜい10秒くらい。なにしろ作業を中断させてわざわざ来てもらうのだから、あれこれと注文に迷って待たせては申し訳ないという気持ちがはたらいて、この店の前に立ってから10秒の間にだいたいの注文を決めねばならない。さながらゲームのQTE(クイックタイムイベント)のようだが、通い始めた最初の頃はともかく、最近はそう難しいことでもなくなった。ほぼ毎回、必ず頼むメニューがあるからだ。
それは「白身魚のタルタルフィッシュ」。サンドイッチと同じサイズの大きな白身魚のフライに、たっぷりタルタルソースを塗って挟んだもので、いつ食べても実に美味い。一度食べてからすっかり気に入ってしまい、毎回買ううちの一つはほぼ必ずこれにしている。あとはもう一種類選ぶだけなので、まあ栄養を考え定番の野菜サンドか、地鶏やメキシカン、焼きそばサンドといったその都度ある変わり種か、あるいは甘いフルーツサンドなど、その日の気分によって決めればよい。たまに棚がスカスカの時にあたりタルタルフィッシュも何も品切れで、うろたえながらしどろもどろな注文をしてしまうこともあるが、何を食べても美味しいのでさしたる問題ではない。(※ちなみにトップの写真はタルタルフィッシュではなく、メンチカツとタマゴポテト。しどろもどろした日に注文したものかもしれない)
さて、買ったサンドイッチをどこで食べるか。家に持ち帰るのもいいが、天気が良く太陽が暖かく、初夏か初秋の気持ちのいい頃には外で食べるようにしている。少し離れたところにあるセブンイレブンでLサイズのホットコーヒーを買い、公園のベンチに座りながら食べるサンドイッチは格別だ。「外で食うと美味いんだよ」というカップヌードルのCMがかつてあったが(大友克洋キャラデザのCGアニメのやつ)、まさにその通り。開放感のある屋外で、暖かい日差しを浴びながら、たっぷりのホットコーヒーと一緒に美味いサンドイッチを頬張る幸せ。真冬や真夏はさすがにちょっと、なのだが、前述した気持ちのいい時期にはこうして散歩がてら、昼食に外でサンドイッチを食べるのがとても楽しい。
公園の多い地域に住んでいるので食べる場所には困らないが、その中でもやはり、大きくて緑の多い公園で食べるのが気分がいい。A公園は近隣の中でも相当大きな公園で、緑もベンチも多く、中央に広い芝生が拡がっていて陽当たりも風通しも良い。様々な樹木が雄々しく伸びた公園の中央にぽっかりと青空を得て広がる芝生は、さながら修道院の中庭とはこのような感じだろうかと、「蝋燭姫」を描いている時に参考にしたりもした。七月の終わりなどにはこの芝生に高い櫓が建てられ、地区でも最大規模の夏祭りが開かれる。どこから湧いてきたのかというくらい人混みであふれ(その大半が小中学生だ)、ものすごい数の屋台が並び、交通整理に警察まで駆り出される始末である。その活気には毎年こちらも妙にうきうきとしてしまっていたのだが、今年は言わずもがなコロナ禍の最中で中止となった。またの開催を楽しみにしたい(屋台で鶏皮餃子とトルコアイスが食べたい)。ともあれ、サンドイッチはそうした公園の、大きなベンチに腰をかけて食べるようにしている。
平日、昼過ぎのA公園に居るのは散歩中の老人か隅の遊具で子供を遊ばせる主婦くらいのもので、人もまばらだが、たまに草野球をしている人たちがいる。A公園は管理事務所に予約申請すれば使用許可を得られ、野球の試合やゲートボール大会などが行えるようだ。その日は地元の草野球チームらしき人々が使用しており、試合ではないのだが、ピッチングマシーンを用意したバッティングと守備の練習という、なかなか本格的な様相だった。とはいえ、メンバーのほとんどは老人と言っていい年齢で(平日の昼間なのだから、それはそうだろう)、ユニフォームなどではなく全員が私服、おまけに走りも守備もおぼつかない。捕球や送球も本気でやっているわけではない、ただグローブを持ち、まばらに広がってわいわい言いながら野球のまねごとをしているだけ。楽しいのはピッチングマシーンからの送球をガンガン打っているバッターだけで、これをやる順番を老人たちは皆、待っているようだった。
気持ちのいい秋晴れの中、専門店で買った美味しいサンドイッチとセブンイレブンのLサイズホットコーヒーを喫食しながら、ぼんやりとそんな老人たちの草野球の様子を眺めていた。今のバッターはチームの中でも若い方なのか次々と軟式のボールを打ち飛ばしており、守備の老人たちがヒイヒイと捕球している。無論、本気の守備ではない。捕れないだろうと思ったらすぐにあきらめるし、ボテボテと転がっていく打球をヘロヘロと小走りで追いかけていくのが大体だ。守備など楽しいものではない、皆、自分が打つ番を待っているだけである。ややあってからバッターが交代したが、次のバッターは先のガンガン飛ばした人よりは少々年齢が上のようで、打球も伸びず、そもそもあまり当てることができない。空振りや、ボテっとしたゴロが続く。
「オイ、なにやってんだ、しっかりしろーッ」
外野の、さらに一番外側、芝生の端ギリギリで守備をしている老人が大声で叫ぶ。広い広いA公園の、遠くのベンチに座っていても聞こえるほどの大声だ。ボテッ。喝を入れられても、バッターの打球はあまり伸びず、またも内野ゴロに終わる。
「ここだよ、ここ! ここまで飛ばせってんだよーッ!!」
股を大きく開き、ホームの方を見つめながら大げさに手を振って、外野の老人がまた叫ぶ。さっきまでは皆、軽いヤジは飛ばしても、ここまで叫んで守備をしている人はいなかった。どうしたことだろう。外野の彼と、バッターの老人とは同じ草野球チームのメンバーでありながら、犬猿の仲なのだろうか。あるいは親しい間柄だからこその悪口軽口か?
他の守備のメンバーも、バッターも、その大声には応えずに無言で練習を続ける。スカッ。またもバッターは空振り。
「へったくそォ!! 何ァにやってんだよ!!」
「オラ! ここだよ! ここまで飛ばしてみせろってんだよ、あァーッ!!」
外野の老人は更に大きく手を振り、怒鳴り声をあげる。他のメンバーは誰も反応しない。と、そこで気がつく。他の老人はみな、きちんと片手にグローブをはめている。当然だ、草野球とはいえ軟式のボールをキャッチして投げあうのだ、グローブは必須だし、誰もが準備して持ってきている。
外野の老人は、その両手に何もつけていなかった。右にも左にも、グローブも何もつけていない素手の両手を高く振り、バッターを煽り、大声でなおも罵り続ける。他の、グローブをつけた草野球のメンバーたちは、誰も何も反応しない。
しばらくして、練習の時間が終わったのか、守備をしていた他の老人たちは内野に集合し、協力してピッチングマシーンを片付けはじめた。帰る準備をするのだろう。一番外野で叫び続けていたあの老人はその中には加わらず、大きく掲げていた両手を降ろし、何事もなかったかのように、まるで最初からそれしかしていなかったかのように、ごくごく自然に公園の散歩へと戻っていった。