結局、あれこれと試着をさせられて……俺は白やピンクの下着を合計3セットも買ってしまった。
買い物袋の持ち手が、掌にじんわり食い込む。歩くたび、カサカサと紙袋の音が鳴るたびに胸がざわついた。中身は、レースやフリルだらけの……女の子の下着。
男の時に興味本位で買った、カパカパだったCカップのブラよりもはるかに大きいGカップのブラ。
そして、昔好きだった初恋の人に、女になった自分の下着姿を見られる……。
「ふふ、よく頑張ったね」
横を歩く姉ちゃんが楽しそうに笑っている。
頑張ったって……俺は抵抗も出来ずに試着室で弄ばれてただけなのに……。
「彩音ちゃんもありがとう。付き合ってもらっちゃって」
姉ちゃんが振り返ると、後ろからついてきていた彩音がにこっと笑った。
その笑顔は昔と変わらない。俺が中学の時、ふと見とれてしまった横顔のまま。
でも今、その笑顔が俺を追い詰めている。
「いいえ、すごく楽しかったですよ。姪っ子ちゃんにも似合うのが見つけられて良かったです」
「っ……」
俺に視線を向けられ、顔が一気に熱くなる。
俺は俯いて、前髪の隙間から足元だけを見て歩いた。
◆
「そうだ、彩音ちゃん。買い物に付き合ってくれたお礼にケーキごちそうするよ。近くに美味しいカフェがあるんだ。」
姉ちゃんの提案に、彩音がぱっと表情を明るくした。
「わぁ、いいんですか?行きたいです!」
「でも彩音ちゃんの予定は大丈夫だったの?」
「もう家に帰るだけだったので大丈夫です」
あっという間に決まってしまう。俺の意見なんて、最初から必要ない。
カフェはショッピングモールの近くにあった。ナチュラルで清潔感のある、明るい内装で、いかにも女の子が好みそうな店内だ。
レジのショーケースに並んだケーキは、どれも色とりどりで華やかだ。苺がいっぱいのったショートケーキ、甘くとろけそうなチョコレートタルト。
「いただきまーす」
二人が楽しそうにフォークを手に取る。俺も仕方なくショートケーキに口をつけた。
甘さが広がるのに、全然落ち着かない。
姉ちゃんと彩音は、陸上部の思い出話で盛り上がっていた。
「そういえば、あの時の合宿で……」
「あの練習がキツくて……」
俺はただ二人の会話を聞いているだけだったが、心臓が落ち着かない。
彩音が俺の下着姿を「可愛い」って言ったのを思い出すたび、呼吸が苦しくなる。
羞恥と嬉しさが交じり合う感情。
◆
フォークを動かしていた彩音が、ふと顔を上げた。
「そういえば……先輩。陸上部で今年から男子キャプテンになった高橋くんって覚えてます?」
唐突な名前に、姉ちゃんは思わず手を止めた。
「高橋……ああ、あの子ね。キャプテンになったんだ」
姉ちゃんがすぐに反応する。
「新人戦で100メートル優勝してた子でしょ。あの子、今年のインターハイ予選に出場してなかったみたいだけど……どうしたの?怪我?」
「それが……」
彩音は声を落とした。
「信じられないかもしれないですけど……彼、女の子になっちゃったんです」
「えっ……?」
俺の心臓が跳ねる。ケーキの甘さが一気に引いて、喉がひりついた。
彩音は真剣な顔で続ける。
「なんか噂なんですけど……高橋くんって、ちょっと変わった趣味を持ってたみたいで……通販で買った女の子のブラとパンツを身につけたら、体が変化して……男子として試合にでられなくなっちゃったんです。それで部活にも来なくなっちゃって……」
「女の子に……?」
姉ちゃんが驚いたように繰り返す。フォークが皿の上で小さく音を立てた。
「そんなこと……あるの……?」
横で話を聞いていた俺は息を呑む。冷汗が背中を伝った。
下着を身につけて体が変わる――それはまるで、今の俺自身。
手のひらに汗がじんわりと滲んでいき、呼吸が浅くなる。
「彩音ちゃん、その噂……ほんとなのかな」
姉ちゃんの声が低くなった。
ゆっくりと俺に視線が向けられる。
俺は思わず目を逸らした。
だけど、視線から逃げられない。
姉ちゃんの瞳が、まるで答えを探すように俺を射抜いている。
姉ちゃんの唇がわずかに動いた。
「……まさか、あんた……」
耳鳴りがする。頭の奥が真っ白になった。
◆
姉ちゃんの声が震えていた。冗談を言う時の軽さとは違う。フォークを持つ指が止まり、その視線がまっすぐ俺を刺す。
胸の奥で心臓が暴れて、息が浅くなる。
「姪っ子ちゃんが……どうかしたんですか?」
彩音が小首をかしげて笑う。その無邪気な問いかけが、妙に鋭く響いた。
姉ちゃんは視線を外さずに口を開く。
「彩音ちゃん……私の弟のこと、覚えてる?」
「弟さん?」彩音が瞬きをする。
「もちろん覚えてますよ。優斗くん。中学のときは一緒に帰ったりしましたよね。別の高校に進んでからは会えてないですけど……」
その名前を聞いただけで喉がひくつく。俺は俯いて、唇を噛み締めた。
「……そう、優斗」
姉ちゃんは低く呟き、ゆっくりと俺を見る。その眼差しは、ただの冗談やからかいじゃない。
「落ち着いて聞いてね。……この子、実は――」
「……やめて……」
「本当は姪っ子じゃなく……おとう…」
「姉ちゃん、やめてよ!」
声が弾けた。皿の上でフォークが跳ねて、カフェのざわめきが一瞬遠のく。
「え……? 姉ちゃん……?」
彩音が目を丸くする。
「彩音ちゃん……やっぱり。さっきの噂……嘘じゃないのかも」
姉ちゃんが眉間にしわを寄せる。
「噂って……高橋くんの?」
彩音が不安そうに問い返す。
姉ちゃんはうなずいた。
「下着を身につけて体が変わる……。普通なら信じない。でも――」
再び、俺に視線を向ける。
「私の目の前に、証拠がいる」
【7章へつづく…】
——————