こんにちはこんばんは、どうもぱぱを🐼🐾です。
先日伊豆へ旅行に行ってきたのですが、一言で表すと“良かった“の一言に尽きます。そんな旅行を是非皆様にもお届けしたいと思い、今回初めての試みであはりますが旅行の写真に合わせてお話を一筆書いてみました。まさか旅行後一日でこんな話を書き上げられるとは思ってもいませんでしたが、是非支援者の皆様にも旅行気分になっていただきたく……。そこそこ文量がありますので、少しずつ読み進めることをオススメします。何なら二泊三日の旅行の様子を書いたので、一日ずつ読んでみるのも悪くないかもしれません。でも多分出来ないのでオススメはしません(?)
というわけでご挨拶はこのぐらいにして、虎おじさんとの伊豆旅行を楽しんできてください〜〜〜〜!また最後のあとがきでお会いいたしましょう。あまり見直してないので誤字がたくさんあったらすみません。一応チェックはしたものの、やはり抜け漏れはあります故🙇♂️
ぱぱを🐼🐾
※以下、本文と旅行写真。写真多めなのでデータ通信量等、気をつけてください。
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“ごめん、この埋め合わせは必ずするから”
久方ぶりに旧友との旅行を期待していた僕は、社会人としてやらねばならぬ仕事という使命によって裏切られ今もなお頬をむくれさせたまま新幹線に乗っている。そう、この日は半年前ほどから計画していた旅行だったのに。休日出勤を余儀なくされるほど業務に切羽詰まってるのだったら早いところ別の会社に行けと軽くイライラしながら友人に返事をしてしまったが、あれは大人気なかっただろうか。……楽しい旅行は目前だ、来れなくなってしまった友人のことなんて忘れてしまおう。せっかく久しぶりの旅行なのだ、アイツの分まで楽しまないとな。
都会とは一味違った異国の風景のような場所で。僕は無表情のままスマホを向けて景色を撮影する。これも全部アイツに見せつけて、旅行楽しかったぞって自慢するために行っていることだ。本当ならば二人で“道に南国であるような植物が生えてるんだね”とか、“あそこの出店おいしそう!”とか会話してただろうに。
幸いなことに今日は天気がいい、それならばと僕もいつまでもむくれてないで一人旅行を楽しむことにした。あらかじめ予約しておいたバスに乗り込み、海岸線沿いをぐんぐんと突き進む。海の波は穏やかで、サーファーたちも板を持って器用に水の上を歩いているようだ。遠目でわかる、人間とサメ獣人の集団。ちょっとだけ羨ましい。獣人と仲良く遊べるだけでも羨ましすぎる。僕は獣人が大好きなのに、今まで学校でも、そして社会人になっても知り合いとなった獣人はいないのだ。存在自体は見かけたことがあるものの、それもごく僅かな回数に過ぎない。今日一緒に旅行へ行く予定だった友達も部類の獣人好きで、彼は狼獣人が好きだと言っていた。上司に狼獣人がいるらしいが、その人がえらく厳しい人で……狼獣人が嫌いになりそうだとこの前ボヤいてたっけ。
二泊三日の旅行のメインイベントであった動物園。今日は一人で楽しんで目一杯楽しんでやる。この動物園では去年ホワイトタイガーの赤ちゃんが三匹生まれたらしいが、仕事が忙しくなんやかんや予定も合わずで結局ここに来れたのは一年後である今日。子供も随分大きくなったようで、並の人間の体重が変わらないほどにスクスク成長していた。
飼育室の中でジッと僕を見つめる虎の子供たち、どうやらスマホのカメラに興味深々らしい。動物がカメラ目線になることはそう多くないので、僕は興奮気味にシャッターを連続で押しまくって撮影を続ける。
呑気にあくびなんかしちゃって、最後はあざとく鼻の前をぺろり。この表情がたまらなく可愛い。そう、僕は動物の中でも虎が一番大好き。何なら動物の虎を見て虎獣人おっさんのことを考えるぐらい虎が好き。こんな彼氏が居たらいいなと何度思ったことか。残念ながら猛獣であるため檻の中へ手を入れて触ることはできないが、虎おっさんの毛並みってどのぐらいフサフサなのだろうか。
成長したといってもまだまだ子供、気を抜けばすぐに皆床にゴロンと寝そべって夢の世界へと旅立つ。手が可愛すぎて、まるでお餅みたい。動物の猫のように手の裏に肉球があるらしいが、実際に触ったらどんな感触なのだろう。硬いのかな、柔らかいのかな、あの手のひらからして肉球サイズは相当にデカそうだ。
次から次へと目線を向けてくる子供達。どうやら動くものに興味津々らしい。僕は軽くニッコリと笑顔を返すが、虎たちには伝わっただろうか。特に表情も変えずにそのままプイッとあっち側を向いてしまった。ううむ、動物との意思疎通は難しい。飼育員さんはきっと大変なのだろうな。
彼ら子供はこれまた随分とおいしそうな名前になったらしい、バニラ、メレンゲ、ホイップ、女子が喜びそうな組み合わせである。動物園によって名前の付け方はまちまちで、中には男子が喜びそうなラーメンの具材で名前をつけてる動物園もあったりする。ここはまだマシな方であろう。いっぱい食べて大きくなるんだぞ。
虎もいいが、水牛おっさんも捨てがたい。この立派なツノとつぶらな瞳が何とも言えぬ可愛さを醸し出している。僕が歩くとすぐにこちらを向き、警戒体制に入りつつも下に落ちている藁をむしゃむしゃと食べていた。動くものにかなり敏感らしい、それから僕が通り過ぎると逃げるようにして走り去ってしまった。水牛のおっさんも実際には存在しているらしいが、見たことがないなぁ……。地方にはたくさんいるのだろうか。
鰐のおっさんもいいよね、ワイルドでカッコいい。動物の中ではかなり強面の部類が多そうだし、いっぱい上下に生えそろった牙とか触りたくなるし、獣人好きな人の間でファンも多い。少しザラザラ、でも痛くない。そんな感触の鱗肌……と言うのだろうか、あれを永遠に撫でながら一緒に布団で寝たいな、なんて。
犀のおっさんは角もいいが、どっしりとした重量感がたまらなくいい。あの巨体の下で組み敷かれたら一体どうなってしまうのだろう、ああ……ちょっとだけ犀おっさんの性教育を受けたいような受けたくないような。そこら中で飼育されている動物を見ては獣人おっさんの事を妄想し、あれやこれやでもう二時間ほど経ってしまった。宿が少し離れた場所にあるので、着く頃には夕方かそれ以降になるだろう。僕は一時間に一本ほどの頻度でしか来ないバスへと無事乗車を果たすと、数秒経たぬ内に座席でスウスウと寝息を立てる。旅はまだまだ始まったばかり、だけど老体で体力の衰えた自分にとっては一日だけでもエラく疲れてしまう。ここで体力を回復し、夜のご飯や風呂に備えるとしよう。
夕方五時過ぎ、この秋の時期にはもう陽が沈んでしまう時間だ。案内された部屋から空を見上げると、そこには三日月の小さな月が浮かび夜空で輝いていた。その月はなぜかニッコリと微笑みながら僕を照らしてくれているような気がして、僕は不思議な気持ちになりながら辺りの景色を眺め続ける。アイツといたらどんな会話をしていただろう、部屋に置いてある物へいちいちツッコミを入れながら笑い合っていただろうか。……ダメだ、本当はこういう予定だったのにという考えが頭から離れない。夕食ができるまでまだ時間がかかるとのことだし、風呂の準備でもしていよう。
当然ながら部屋も二人用とのことで、椅子も二つ、お菓子もご丁寧に二人分置かれている。料金は前払いで既に払っているため、お金を払っているのに本人がいないという状況だ。こんなことになるのなら誰か知り合いでも呼べばよかっただろうか、しかし界隈の友人が彼しかいない僕にとっては呼び出せるほど仲が良い人間を他に知らない。悔やんでいてもしょうがないので、さっさとこの宿の目玉である露天風呂にでも行くとしよう。
暗い気分になっていると失敗もしやすいとはよく言ったもので。この宿には露天風呂と大浴場の二種類があり、露天風呂では簡易的に体を洗うスペースしかないため備え付けのボディソープやシャンプなどが設置されていない。外の景色を眺めたくて先にこの風呂へと来てしまったのだが、タオルだけ持ってきて体を洗う為の液体を部屋に忘れてきてしまった。つまりシャワーを浴び続ける以外に汚れを落とす方法がないのである。自分より先に来ていた見知らぬ熊のおじさんは当然の如く泡立ちの良いボディソープを持参してきたらしく、茶色い毛皮が白い毛皮へと変わるほどにモコモコになってからお湯で洗い流していた。せっかく珍しい獣人種に出会えたのもあり声をかけて借りてみようと思ったが、僕の喉から言葉が出てくることはない。獣人の、それもおっさんだ。僕が好きな獣人のおっさんを目の当たりにすると、緊張でうまく喋れなくなる。結局彼はすぐに泡を流して奥の風呂へと行ってしまった。
「はー……」
久しぶりに獣人のおっさんを見たけど、なんと迫力のある姿をしているのだろう。巨大な山と表現するのが適切であろう熊のおっさんを前に、僕は何もすることが出来なかった。あわよくばここでお友達になって……と考えたりしたが、どうやらあの熊おっさんには連れがいるらしい。その連れである熊もまたそこそこの歳を取っているようで白毛の混じった黒熊なのだが、彼らは壺のような小さな風呂場でガハハハと笑いながら楽しそうに話し始めていた。
「……おい」
「へ?」
あんな遠くで熊たちが話しているのに、なぜか背後からあれと同じぐらいドスのきいた低い声が聞こえてきた。何事かと振り向いてみると、そこには先ほどの熊おっさんと同じような背丈の――。
「お前、石鹸持ってねぇんか。ならこれでも使っとけ」
「あっ、わっ」
乱暴に投げつけられたのは、半分に割れた石鹸の片割れ。もう片方は目の前で腕組みをしている虎おじさんの片手に握られていて、そして下半身は……ま、丸出し。わぁ……い、いや感心している場合ではない、まずはお礼だ、お礼を言わないと事が進まないぞ僕。
「あ、ありがとうございます……でもなんで僕に……」
「なんでって、そりゃさっきからワシはずっとお前のことを見とったからな。獣人、苦手なのか? 別にどいつもこいつも暴力を振るうような野蛮なヤツじゃねぇから安心しな。ほれ、さっさと洗わねぇと風邪引くだろが」
恥ずかしいことに、さっき熊おっさんに話しかけようとしていたところを終始見られていたらしい。そりゃ獣人のことが苦手だと思われても仕方ないような、それにしても人間に話しかける物好きな虎おじさんもいるんだなと感心してしまう。獣人を前に緊張してしまう僕だったけど、隣で座って洗い始めた虎おじさんのことなら大丈夫かも。僕は半分硬くなってしまった逸物をなるべく悟られないようにして股座を隠しつつ、もらった石鹸でワシャワシャと洗い始めた。それから数分経たぬ内に隣からまたあの虎おじさんの声が聞こえてきて、何ごとかと仕切りの横から覗いてみたら――。
「……洗って、もらえるか。体が大きくてな、背中がよく洗えん」
「はっはい、是非! 是非洗わせてください‼︎」
獣人が嫌いな子だから拒絶されるかと思っていたのだろうか、おう……と一言ぶっきらぼうに言うとおじさんは前をクルッと向いて僕に背中を預ける。至る所に刃物で切ったような傷が目立つが、堅気ではないタイプの虎なのだろうか。入り口に入れ墨お断りと書かれていたから、ペイントなどで染み込ませて掘ったように見せかけているわけではなさそうなのだけど……。
「どうした、やっぱイヤか」
「あっそ、そうじゃなくて、ちょっと……痛そうだなって……」
「ん? ああ、これか。お前は気にせんでもいい。昔やんちゃしてた頃の名残だ」
……ものすごく気になったけど、それ以上追求してはいけないような気がして。僕は無言で虎おじさんの背中をワシャワシャと洗い回す。最初はタオルでやろうとしたのだけど、指でやってもらえるかというリクエストを受けて仕方なく……いいえ、すごくありがたく思いながら僕は今毛皮の内側まで丁寧に洗わせてもらっています。まさか獣人の体を合法的に、これほどまでに密着して触れるとは思ってもいなかった。今まで触ったことのない大人の、それもそこそこ歳のいった獣人の背中。しかも自分の大好きな虎おじさん。何から何まで僕にご褒美を与えてくれたのかと思えるほどに好条件で、熱心になって洗いつづけているとお褒めの言葉がかけられる。それが嬉しくてまた力強くゴシゴシ擦ってしまい……その力加減がどうやらおじさんにとっては一番気持ちが良かったらしい。喉をグルル……と鳴らし始めると、これが喉鳴らし‼︎ と興奮した僕は思わず気持ち悪いほどにニヤけ顔をしてしまった。
「……ん、もういいぞ。ありがとな」
最後は手短に勢いよくシャワーで泡を洗い流すと、おじさんは肩に白いタオルを乗せたまま“来いよ”と目で合図を送ってくる。これはもしや夜のお誘い……い、いや、そんなはずは。しっかりしろ僕、ここは発展場とかそういう場所じゃないんだぞ、それに虎おじさんがこっち側の人だとはわからないし一旦落ち着くべき。あれやこれやと考えを巡らせていると、虎おじさんが心配そうにこちらを見つめていた。
「……ワシの顔に何かついとるか?」
「いいえっ何も‼︎ 問題ありません!」
まだ空いていたちょっと広めの壺風呂へ僕を呼ぶと、おじさんは向かい合うようにして胡座を掻き男らしい声を上げる。う゛ええぇい……とおじさん臭い言葉がどうにもツボで思わず笑ってしまうと、仏頂面のおじさんが少しだけ口角を上げて僕に話しかけてきた。
「兄ちゃん、観光でここ泊まってんのか」
「そうです。おじさんも?」
「いんや、ワシは地元の虎だ。ここは日帰りで入浴も許可されている宿だからな、有り難く使わせてもらっとる」
どうやら彼はこの近くで漁師をやっている虎らしい。なるほど、だから体を洗っている時に魚臭いニオイがしたのか、虎はみんな魚ばかり食べてて魚臭いのかと思ったら違う理由だった。それから湯船の中で他愛もない話をしながら、僕は一人で旅行に来たことを告白する。そしたら急にふと何かを考え始めた虎おじさんは、ジッと僕の方を見ながら無言で動かなくなってしまった。何かよくないことを言ってしまったのかと心配になったが、その考えは一瞬のうちに吹き飛ぶ事となる。
「よし、ならワシが同行しよう」
「んげええっ⁉︎ えっな、なに、どうして⁉︎」
「……やはり、お前は獣人が嫌いか?」
「い゛っ……いえ、そうじゃなくて……むしろその獣人は……あ、いや、そうじゃなくて……」
「さっき見てたが、お前このままだと地元の悪い獣人たちにいいようにされちまうぞ。特にアイツらは一人ぼっちの人間を狙って悪い遊びに誘ってくる、そんで兄ちゃんがまた獣人のことを苦手になっちまったら……ワシは悲しく思う」
どうにも僕が獣人のことを苦手だと勘違いしているようだが、もうこのまま訂正しなくてもいいかと思いつつ彼の話を聞くことにした。確かに地方には悪に手を染めた獣人がそれなりの数いるという話を聞いたことがあるようなないような。だからと言うわけではないが、なぜか虎おじさんがグイグイ食いついてくるから断りづらい雰囲気となってしまった。もちろん断るつもりは毛頭ないので喜んで承諾させてもらったけれど、本当についてくるの? 僕にとって憧れの種族である虎おじさんが? そして二人きり? 思考が、追いつかない。そうと決まればと急いで脱衣所へ戻る虎おじさん、数分後に再び全裸になりながら小走りで湯船に浸かりに来たのだが、なんとこんな直前で明日明後日と仕事休みを入れてくれたらしい。突然の展開にまた脳内がショートしてしまいそうになりながら、おじさんはその友人の代わりとして宿泊出来ないかなど次から次へと質問を繰り返す。だけど本当にいいのかな、こんな初対面の人間である僕と一緒にお泊まり旅行だなんて……。
「うっし、決まりだな! これから二日間、みっちり観光させてやるから覚悟しとけよ。ワシの旅行はスパルタだぞ。ガハハハ!」
「は、はぁ」
旅行のスパルタって一体どういう意味なのだろうと首を傾げながら、それでも虎おじさんはガハハハと豪快に笑っていた。笑顔の似合う男こそが海の男だと彼は言っていたが、正直意味がよくわからない。だけどこっちまで笑顔になれるのは、きっとおじさんのおかげだと思う。
のぼせてしまう前に湯船から上がった僕たちは宿の受付で手続きを済ませたあと、これから正式に一緒となって旅行することが決定したのであった。
「甘エビはな、こうしてこうやって皮を剥いてやると痛くない。そしてミソを一気にすすって……うんめぇー‼︎」
漁師というだけあって魚には詳しく、何かと魚料理が出るとあれやこれや説明してくれる優秀なガイドさんだ。実費で生ビールを追加しては一気に喉へと流し込み、しまいには魚クイズを出される始末。いや僕はそんな漁師じゃないから魚のことなんてわからないのだけど……と言い訳するとそんなんじゃ旅行に来た意味がねぇだろと喝を入れられる。あれ、既にスパルタモードに入っている気がするのですが……大丈夫だろうか。
この地域でよく食べられている金目鯛の煮付けは本当においしい。自分が同じように自宅で作ったとしてもこのような味は出せないであろう。かなり濃い味のタレなのに魚の身にたっぷりとかけてから口に運びたくなる、不思議な味。食べられるところを全て食べ尽くした金目鯛、なぜか僕の目には“たくさん食べてくれてありがとう“と言っているように見えてしまった。きっと気のせいだろう、だけど僕のために命を投げ出しこうして料理として出てきてくれたのだから。感謝の意を込めるのは当然だ。虎おじさんも同じようにご馳走様でしたと手を合わせ、早く部屋に行こうぜと上機嫌そうに尻尾を揺らしている。迷子にならないように手を繋がれたが、僕はそんなに子供じゃないぞ……一応社会人なんだぞ……と言いつつもおじさんはゲラゲラ笑っていたっけ。
「よし、十五点勝負でやろうや。負けた方が今夜”自分の恥ずかしい秘密“をぶっちゃける、それでいいな?」
「え゛っなんですかそれ、そんなの絶対に――」
「オラオラ勝負はもう始まってんぞ! ほれサーブだ!」
「ひいいっ‼︎」
旅行先の宿といえば卓球だと、ものすごく鼻息をフンスフンスと荒くしながら提案してきた虎おじさん。急な罰ゲームの内容にうろたえている所を力強いサーブで打ち込まれ、負けてられるかとがむしゃらに腕を振っていたら思った以上に大白熱。威圧感と球の威力は凄まじい虎おじさんではあったものの、結果は僕の圧勝。気合いが入りすぎたのか球がコートに全然入らず、おじさんは悔しそうにしながらもいい汗かいたなとこの上ない笑顔で僕に話しかけてきた。
「へへへ……楽しかったな」
ああ、こういう人の事を言うんだと僕はその時思ったんだ。
この人が、”尊い“という言葉が一番似合う人物なのだと。
ダメだ、好きになってしまってはダメだ……。心の中で何度も唱えたが、僕はこのまま我慢し続けて旅行を終えることが出来るだろうか。今からとても心配だ……。
料理を食べている間に旅館のスタッフが布団を敷いてくれたのだろうか、まるで夫婦のように隣り合わせになったこの状態。虎おじさんは終始強面のままで表情を変えていなかったが、すぐに布団へ横になった辺りあまり気にしていないだろう。僕も卓球で疲れてしまい、同じくその隣へゴロンと寝そべる。汗をかいてしまったが風呂はまた明日の朝入ればいいだろう。それから部屋の電気を消して、僕は目を瞑った。
「……そういやあよ、罰ゲーム、やんねぇといけねぇな」
「ああ、別にいいですよ。いきなり初対面の人に恥ずかしい秘密を話すだなんて拷問になってしまいますから」
「勝負は勝負だ、言うぞ。……ゴホン。実は……その、な」
虎おじさんの持つ恥ずかしい秘密って何だろう。当たり前だが人の秘密には興味津々になってしまうため、思わず隣で仰向けに寝転がるおじさんの顔をまじまじと見つめてしまった。だがその顔には太ましい腕が乗せられていて、どうやら照れ隠しをしているらしい。そんな姿も可愛らしくていいなとニコニコしながらジッと見つめる僕。今腕を外され僕の姿を見られたらめちゃくちゃ怒られそうだ。
「……いいか、誰にも言うなよ」
「わかりましたよ。で、何なんです?」
「実は……な。…………その、ワシ、今年で四十八のおっさんなんだが……」
あれ、思ったよりも若かった。見たくれと喋り方からして五十代はいってると思ったのに。僕の目利きもまだまだ大したことはないのだなぁ。
「……ん……と、初めてよぉ、本物の肉の……穴を経験したのがな、五年前漁師の親方に連れられて行った風俗店……なんだ……」
「それって……ん? つまり……ああ、童貞を喪失したのが四十三歳の――」
「言うなっ‼︎ それ以上言うんじゃねぇ‼︎」
可愛すぎてどうしようかと思ってしまう。え、何ですか、そんな歳までずっとシコシコしか知らなかったんですか⁉︎ 言うて僕も童貞ではありますけど、その、まだまだ若さというものがありますから。それにしても四十代まで本物の肉穴の感触を知らずに生きてきただなんて……これはいい、すごくいい。僕は忘れないうちにスマホのメモ帳に書き込むことにした。おじさんはもう寝るぞと言って不貞寝していたが、また卓球で面白い話が聞けないかなと思わず興奮気味に鼻息が荒くなってしまう。
しかしここで一つ発覚してしまった。それは……虎おじさんが……ノンケだということ。風俗店で発散したということは十中八九メスの穴に逸物を突っ込んで……いや、ノンケというのはそれだけで価値の高い人種だ、ありがたく思って明日からの旅行も楽しませてもらうこととしよう。むふふ、むふ……。
それから僕が興奮を収めて眠りに就けたのは一時間後の話。
*
「おおう……今日は荒れてんなぁ」
次の日、窓から見下ろした景色は予想していた以上に激しく暗いものとなっていた。
近場の川でさえもこの通り。濁流で溢れ、近場に寄り付くのも危険。僕らはチェックアウト限界まで布団でゴロゴロし、昼過ぎに晴れるという天気予報を信じて適当にドライブで時間を潰す事となった。虎おじさんの軽トラに揺られ、あっちへこっちへ。たまにふっとおじさんの顔を見つめていると気になるのか“どうかしたか”と声をかけてくれるが、あまりのイケメンっぷりに見惚れてしまっただけなので僕は“なんでもないです”と誤魔化す。別に何か特別な事があるわけでもない、のんびりドライブ。だけど僕はこの時間がとても好きだった。
そしてお昼が過ぎた頃。近場の山道で雫にまみれた植物を発見し、僕はSNSで映えるだろうと普段撮らないようなアングルで撮影を続けた。全ては友人であるアイツに旅行の成果として写真を見せつけるため、ありとあらゆる角度から撮りまくる。別にカメラマンでも何でもないのに、陽の当たり方やピントを合わせる対象など考えることは盛り沢山。へへへ……自慢してやるんだ、アイツに。そして一緒に旅してくれた虎おじさんの存在のことも。
この辺りは霧が発生しやすいようで、空を見上げても白いモヤのようなものしか見当たらない。だが晴れはすぐそこまで来ている。おじさんは僕を軽トラに乗せ、とっておきの昼飯を奢ってやろうと勢いよくアクセルをふかしたのだった。
「どうだ、ウチの漁師共が獲って捌いた漁師丼だぞ」
「んぐ、ぐ……うっま、何ですかこれ……うますぎ……はぐっ、ん……」
「そうかそうか! もっと食え! ガハハハ!」
虎おじさんの働き場である港の近く、そこには新鮮な魚を使ったランチメニューがそこそこお安い値段で提供されている。地元の人ならではの穴場的お店らしく、観光客はほとんど来ないとの噂。そんなところに僕がやってきても良かったのだろうかと怯えていたが、おじさんが話を通してくれたおかげで入店もスムーズだった。愛想のいいおばちゃんが持ってきてくれたこの漁師丼は最高においしい。都会では味わえないような新鮮さというものをこれでもかと味わい、僕は幸せという感情を胸に詰め込んでごちそうさまをするのであった。
「んん……コイツは……ふむ」
「どうしたんですかおじさん」
「ワシのといい勝負してやがる」
「はぁ」
食後の運動として連れてこられた公園には、都会では見かけないようなサボテンが右に左に大量に生え並んでいた。ぶっといヤツを見てはワシといい勝負だと自画自賛していて正直怖い。何がいい勝負なのか聞きたいところだが、これを聞いたら後戻り出来ないような気がして……。
「ようし、ワシがお土産に一つ選んでやろう」
「お土産?」
「おう。こんなたくさんの種類のサボテンを売ってる店なんて都会にはそうないだろ。そうだな……」
虎おじさんは“2さい”と立て札のあるサボテンをまじまじと見つめながら、ヒョイッと手慣れた様子で土から抜き去った。どうやらこのサボテンを売店で植え替えてもらいお会計をするようだ。
「お前のダチが来れなくなっちまったのは残念だが、コイツを手土産にでも渡して元気付けてやるといい」
「わぁ……」
小さな鉢が二つ、そこへかわいらしいサボテンがちんまりと乗っている。何とも可愛らしい植物なのだろうか、ただでさえ体格の大きな虎おじさんの手のひらに乗せられているせいで尚のこと対比としてサボテンが小さく見える。僕は虎おじさんに買ってもらったこのサボテンを大切に育てようと、このとき決意したんだ。ただのお土産、だけど僕にとってはおじさんに貰った特別なモノ。あの日は見知らぬ虎のおじさんが――なんて思い出を、僕はこのサボテンを見るたびに思い出すのだろう。
旅行二日目の最後は、海がよく見える眺めのいい崖へと案内してくれた。ただ今日は曇が多くて予想していたような景色は見えなかったのだけど、虎おじさんは笑って誤魔化していた。
「たはは……わりい、今日の空はご機嫌ナナメだってな」
「いいですよ。夕陽があんまし見えなくてもここはキレイですね」
「だろ?」
明日、帰らなくちゃならないのか。そう思っただけで、自然と胸が痛くなったような。そんな気がした。
「……あっあれ、二人で宿泊予定なのにベッドが一つしか……ちょっと受付に行って相談してきますね」
「んや、別に構わねぇ」
「え゛っ」
「だろ? 男同士、こうして親睦を深めあった仲だ。サイズ的にも一緒のベッドで寝ても問題はねぇだろうよ。……ははぁ、それともアレか。獣人はまだ怖いか?」
わかったようなフリをしているくせに、僕のことを何もわかっちゃいない虎のおじさん。その言葉に苦笑いしながら無言でいると、彼は僕の手のひらをギュッと握って奥のベランダへと連れて行く。
「今日の宿もすげぇな。眺めも最高だ」
「……そう、ですね」
「まだまだワシらの親睦が足りねぇってんなら、今日の夜も、明日も、帰るまで目一杯。全力で遊んでやろうじゃねぇか。そしたらちったぁ獣人嫌いも治るだろうよ。ガハハハ!」
この時虎のおじさんは少しだけ子供の頃に戻ったような、そんな顔をしていたと思う。強面で表情があまり変わらないカタブツだと思っていたこともあったけど、話をしてみればそんなイメージはどこへやら。今のおじさんのイメージは……体と顔つきが大人になった子供、かな。どこへ行くにしても楽しそうにニヤけてるし、子供むけの遊びにも全力で付き合ってくれる。特に卓球は大好きなようで、上手に出来ようが出来まいが終始笑顔で走り回っていたのを思い出した。
今日の大浴場は昨日の宿以上に気合いが入っている。この木造の雰囲気、とても好き。私服を脱ぎ捨て浴衣姿で中へと入ると、まず目に入ったのは業務用の冷蔵庫。そこには“ご自由にお飲みください”と書かれた札の下に乳酸菌飲料が大量に並んでいる。風呂上がりにキュッと飲みたくなるその飲み物が無料、これは嬉しいサービスだ。
それから僕らは湯船に浸かったのだけど、実は今となってはあまりよく覚えていない。気持ちよかったのは覚えているけど、ああ……そうだ、寝ながら温まれる風呂で長風呂してしまって二人でのぼせてしまったんだっけか。結局夕飯前に部屋でぐったりする事になって、それからようやく夕飯の時間。僕らは裸足でゲタを履きながらカタンカタンと木の音を鳴らして別館へと歩いてゆく。
「地元なのに、この宿はまるで別世界だ」
二日目の宿はどこも田舎っぽさを表した世界観となっていて、宿のスタッフも全員“村人”と称して僕たちを迎え入れてくれた。村人だなんてクスッときてしまう。せっかく異世界に来たのだから、そこの世界観を壊さないように僕らも村人になりきってみよう。
夕食は海鮮コース。二日連続魚ばかりで飽きないかと虎おじさんに心配されたが、僕はこの新鮮な魚を食べに来たのでというとほんのり顔を赤らめていたような。酔っ払ったかなと思いつつも、真相の程はわからない。だけど漁師として魚を獲って売り捌いている身としては、魚が好きだと言われるのが嬉しいのかもしれない。僕は金目鯛の切り身を箸で摘んで、特製の昆布出汁に軽く漬けてしゃぶしゃぶにして食べる。これがほっぺたが落ちるほどに美味しいんだ。少ししゃぶしゃぶしただけで身がキュッと引き締まって、それでいて白くなって……焼き魚と刺身の中間みたいな食感がして……とにかく美味しい。ごめん、語彙力がなくて。だけど本当にそんな表現が正しいと思っている。特性のポン酢とゴマだれがこれまた一般で販売しているようなモノとは違って、一味も二味も違う。うまい、うますぎる。
締めは雑炊にして食べるのだが、虎おじさんが猫舌すぎて大変そうだった。一生懸命ふーふーしている姿がまた可愛くて、アイツのために一枚だけこっそり写真に撮ろうとしたらスマホを取り上げられてしまった。
「……コイツはタダで撮らせるわけにはいかねぇなぁ」
おじさん曰く、そこそこ値段のする焼肉屋さんへ二回行けるほどの額を出してくれたら考えてくれるらしい。流石の僕もそこまでの金は持ち合わせていないのでお断りすると――。
「最近のは自撮り機能ってのがあんだろ。そいつでお前も一緒に写りゃタダにしてやる」
生ビールで酔っ払ったおじさんと僕。店の前で二人並んで写真を撮った僕たちは、周りから見ればどのような印象を受けただろう。親戚と孫の関係? それとも親子? もしや恋人? ……どれも違う。僕らはただ、旅行先の宿にある温泉でたまたま知り合っただけの仲。それも二日目。僕らから見ても、二人の関係はまだまだ“ただの知り合い”と表現しても何ら違和感ないであろう。……もう少しだけ、もう少しだけ親睦を深めたい気持ちも強くなってくる。だけど僕は明日になれば……。
「いやぁ、まさか夜中にラーメン食えるとこがあるとはな! 最近の宿はすげぇや」
「わぁ……いいニオイがする。あれだけ夕飯でお腹いっぱいになったのに、もうお腹が空いてるのもおかしいんですけどね」
「ワシはずっと腹が減ってぐーぐー言っとったがな」
夜鳴きラーメンと呼ばれる、半玉ほどの醤油ラーメンを無料で提供してくれるサービス。僕らはうめぇうめぇと言いながら次々に麺をすすり、完食する。夜に食べる飯はどうしてこんなにも美味しいのだろう。体に悪いことだとはわかっていても、旅行先だからと許してしまう自分がいる。
「さぁて、飯も食ったし。ふあぁ……」
宿に帰るまでの間、虎おじさんは何度もアクビを繰り返す。たくさん軽トラで連れ回してくれた反面、運転で疲れたのだろう。それから部屋に帰った途端、エネルギーが切れたかのようにベッドへと横になりイビキをかき始めた。
「おじさん?」
「ぐごごご……ご……」
僕の声はもう届いていないだろう。それを確認した後、僕はわざとおじさんの手を握ってこう言ったんだ。
「……僕は、おじさんのことが……」
やっぱり僕は小心者だ。そこから先の言葉を言うこともできず、不貞寝するようにして同じベッドへ横たわる。すると背後から風呂上がりでふわっふわになった毛皮を纏う腕が伸びてきて、まるで拘束するかのように胴体を抱かれてしまった。思った以上に人懐っこいおじさんに、僕は獣人の熱を感じて心臓の鼓動を早める。
……とても、あたたかい。心も、体も。
*
こうして夜が明けて――。
「わぁ……雲がほとんどない。昨日の雨が嘘のように晴れてますね」
「こりゃお出かけ日和ってやつだな。兄ちゃんは晴れ男だな、ガハハハ! 今日も連れ回してやるから覚悟しとけよ」
朝から快晴、ということは僕らを邪魔する障害は何もないということ。虎おじさんは鼻息をふんすと荒げながら早速軽トラの準備を始める。まだ朝八時だというのにお出かけするき満々だ。そりゃそうだ、何たって僕は今日……。
「あっ」
「なんだぁ? その草は。食えるのか?」
「いやそうじゃなくて、ほら。四つ葉の……あと、五つ葉のクローバー!」
「おう。なんだそりゃ」
「なんだそりゃって……クローバーは三つ葉が一般的ですけど、四つ葉と五つ葉は見つけたら幸せになれるんですって」
「ホントか⁉︎ どこだ、どこに生えてやがった。ワシも見つけて幸せになってやる」
「そんな見つけて幸せになったら苦労しないんですけどね」
「にししし……兄ちゃん、あそこ立っとけ。ワシがそのスマホで撮ってやっから」
「わぁ……ちょっと怖いかも」
「比較的新しそうな建物だから大丈夫だろ。もし落ちたとしてもワシがダッシュで受け止めるから心配すんなっての」
「……」
「どうした、そんな遠くを見つめやがって」
「あ、いや。あそこのカップル、いい感じだなって」
「お? へへへ……んじゃワシらもあの隣のベンチで同じように座ってみるか」
「え゛っ⁉︎」
「ああいうの、やってみたくねぇか。どうせ二人で来たんだ、な?」
「……」
「そんな顔を赤らめやがって。こんなおじさんと隣同士で座って小っ恥ずかしいってか?」
「ちがっそうじゃないですから! もう!」
「ガハハハ! なぁに怒ってんだが」
「……あれ、あそこに見えるの……」
「おう、この国では有名な山だ。天気がいいとこっからでも見えんだなぁ。……よっしゃ、もっと近くで見えるとこに案内してやるよ。天気もいいしな」
「こんな高い場所に神社が⁉︎」
「せっかくだ、ここまで登らねぇと参拝できねぇっていう有り難い神社にちょっくら挨拶でもしようぜ」
神社って、願い事をする時にも使うよね。……そういった考えが頭の中に思いついたその時、僕は無意識にあるお願いをしていたんだ。それは――いや、願い事は他人に話せば叶わなくなるってよく言うし。僕はそっと胸にしまって、二礼二拍手一礼でお参りを済ませたのだった。
旅行最終日の昼飯はもちろん海鮮料理。これは最初から最後まで譲れない。漁師のまかない丼とかいういかにも美味しそうな定食を頼み、うめぇうめぇと飯をかっ食らう。本当にうまい、うますぎる。こんな料理、都会でも食べられたらいいのに。
この味が、僕の判断をより鈍らせてくる。帰りたくない気持ちが、強くなる。
突如始まった一人旅、そしてすぐに始まった見知らぬ虎おじさんとの二人旅。
旅はもうすぐ、終わりを迎えるんだ。
「わぁ……すっごい。さっき見た山がこんなに近くなってるなんて」
「だろ? ここなら山の景色もバッチしってわけよ。どうだ、あそこの吊り橋でも渡ってくればいいんじゃねぇか。もっと近くで見えるぞ」
「……あれ、おじさんは?」
「ワシ⁉︎ ワシは……いい」
「そんな悲しいこと言わずに来てくださいよ」
「うおっ⁉︎ いきなりそんな引っ張るなっての……いや、やっぱやめとくぜ」
「ええ、せっかく旅の思い出になると思ったのに……」
「………………しゃーねぇな。ちょっとだけだぞ」
「おじさん、もしかして怖」
「ガハハハ! んなわけぇねだろが! こんな橋が! 怖いわけ! はは、はははは!」
風が吹き荒れる山の上、こんなに冷える空気なのに虎のおじさんは心なしか全身から汗をびっしょりと掻いていて。見えないようにしているつもりだろうが、今日まで欠かさず左右にゆっくりと揺れていた尻尾が今となっては豚の尻尾のように丸まっていらっしゃる。僕は震えながら前をゆっくりと歩いていくおじさんの背後をとり、その尻尾をやさしく握ってやることにした。
「……へへ、ふへへへ」
「どうしました?」
「いんや、なんでも」
獣人なら握られて嫌がる者が多いと知っていたけれども、なぜだかこの虎おじさんなら許してくれると思って。手に汗がびっしょりとこびり付いてしまったが、これで恐怖心も少しは和らいだようだ。
「ほげぇ〜〜〜っ⁉︎」
「そんなに大きな声出さなくてもいいのに。それもなんか変な声だし……」
「うっうるせ、ちょっとビックリしただけだ‼︎」
……前言撤回、少し吊り橋が揺れただけでおじさんはこの有様。僕は尻尾と手のひらをギュッと握ってやりながら、ゆっくり、ゆっくりと橋を渡る。
「あ、帰るのならまたこの橋を渡らなきゃですね」
「んぎえええっ聴いてねぇぞそんなこと! 詐欺だ詐欺‼︎」
最後の最後で虎おじさんの高所恐怖症という弱味を握り、勝ち誇ったような顔をする僕。隣で運転する虎おじさんは少しだけムスッとした顔で運転していたが、怒っているだろうか。
「着いたぞ」
「あっ……」
長かったようで短かった二泊三日の旅、最終目的地である僕が乗る予定の新幹線が停車する駅。この軽トラから足を下ろせば、僕らの関係は終わる。
「おじさん……」
「なんでぇ、そんなシンミリした顔しやがって」
「三日間、大変お世話になりました」
「おう、ワシも暇が潰せて楽しかった。あんがとよ。あっちでも元気でな」
暇が潰せて――そう言うが、急遽有給で仕事を休んで僕を案内してくれた虎おじさんには頭が上がらない。暇を潰せてなんて言うが、こんな僕に構わず好きなところへ出かけたり、好きなことをして過ごしてくれてもよかったのに。虎おじさんは、僕を選んでくれたのだ。
「……実はよ、その」
「なっ……なんでしょう」
「こっち来い」
「あっ……」
エンジンを切った軽トラの中、僕は虎おじさんによって無理矢理運転席へと抱き寄せられる。鼻を突く雄の臭いが少々気になるが、おじさんのものなら気にならない。
「……お前、ほんっとウチの弟に似てんだよな」
「へ?」
「虎のくせにチビで、弱っちそうで、何かあったらすぐ悪い事に巻き込まれそうな。そんなヤツ。お前とそっくりだ」
そう言うと、おじさんは僕の頭をやさしくワシワシと撫で回す。
「最初はコイツをほっといたら危ねぇだろうと思って声をかけてみたが、実際はな……その、ワシの弟を重ねとったんだ。昔疎遠になった弟のな」
「……そうだったんですか」
「私情を挟むつもりはなかったんだが、最後まで嘘ついたままってのも性分じゃねぇ。だから正直に言おうと思ったってわけよ」
ここまできてようやく納得した、納得してしまった。そうか、おじさんは僕のことを……。こんな話を聞いて僕の本心をぶちまけるわけにはいかない、我慢だ我慢。僕はおじさんのことを……いや、そんなことはいい。最後の別れは、ちゃんと笑顔で締めなくては。
「おかげで踏ん切りがついた。今度、またアイツのいる実家に帰ってみらぁ。……仲直り出来るかはわかんねぇがな、いつまでも喧嘩したまんまで先に死なれちゃ気分も悪いしよ」
「おじさん……おじさんは弟さんのこと、本当に好きなんですね」
「あたぼうよぉ! なんせワシと同じ血が流れとる虎獣人だ、唯一無二の兄弟の絆は誰にも負けねぇってな!」
「……疎遠になってるくせに」
「うるせぇうるせぇ」
ふと時計を見ると、出発十五分前。駅弁も買わなきゃならないし、僕はそろそろこの夢のような時間を共に過ごした虎おじさんから離れて――。
「……気が向いたら、また来いよ。次はもっといいとこ案内してやっから」
「会えます……かね」
「さぁなぁ。いいか、ワシはあの初日の宿に備え付けの温泉によく通っとる。運が良けりゃ、また会えるかもなぁ。ガハハハ!」
最後の最後、僕は自分の意思でおじさんの手をギュッと強く握り、胸元へとしがみつく。おじさんからやってきたのではなく、僕の強い意思で、自分から。毛皮が暑苦しくて、鼻に入ったらくしゃみが出そうで。だけど虎おじさんはほんのり磯の香りがして、温かい。これが、獣人の……物理的な温かさ。そして僕の心をもっと強い力で温めてくれているのは、おじさんの“おもてなし”という気持ちであろう。たった三日間の出来事、だけど僕の心にはしっかりとおじさんの優しさが宿っていた。
もう、帰っても大丈夫。僕はおじさんから、おじさんは僕からエネルギーをそれぞれ分け与えてくれたんだ。この力は大切に使うとしよう。
「気ぃつけてな」
「おじさんも、弟さんと仲良くしてくださいね」
「おうよ!」
素っ気ない別れ、だけどらしいと言えばらしい別れ方。最後は大声で聞こえるように駅の改札前で、ありがとう、ありがとうと元気に叫びながら大きく手を振った。グッと親指を突き立てて男前のポーズをキメてきた虎おじさんにエールをもらい、僕は体を百八十度ぐるんと回転させてチケットを機械へ投入する。もう後は振り向かない。おじさんは見てくれているだろうか。振り向かないのが男らしい別れ方。前を進んで、少しずつ、少しずつ虎おじさんから離れていく。だけど悲しくなんてない。
ほんの少し、ほんの少しだけ体が寒くなったような。そんな気がした。さっきまで隣にいた騒がしい毛玉のようなおじさんが居なくなったからだろう。それから間もなくして凄まじいスピードで乗り込んできた新幹線という乗り物に、僕は足を踏み入れる。帰るまでが遠足ですとはよく言ったもの、ここで事故に遭って帰らぬ人となればおじさんが悲しむから。
ホームに鳴り響く発射の合図を後に、僕は三日目の旅行を終えるのだった。
ひとりぼっち。それもまた気楽でいいと思っていた初日。今となっては、心のどこかにぽっかりと穴が開いてしまったかのような錯覚を起こしている。帰り道に食べた豪華な駅弁は、塩味が強いように感じた。それは備え付けの醤油のせいか、はたまた頬を伝う液体のせいかはわからない。元々視力が悪いのもあるのだが、どうにも視界が霞んで見える。
ご飯を食べたあとは到着までスマホ内に残ったデータの写真を見返しては、この濃密な三日間のことを鮮明に思い出す。旅行先の景色はしっかりと目に焼き付けて、写真なんか撮るんじゃねぇと昔ながらの人はよく言っていた。だけどもこうして旅の記憶を呼び起こすのに、写真というものはとても重要な役割を果たすのだ。現に初日のことも既に忘れかけていたと言うのに、動物園でのびのびと暮らす動物たちの写真をパッと見ただけですぐ思い出せたのだから。これからもこのスマホは旅行でお世話になることだろう。
そんな中、景色の良い山の上で自撮りをした写真が一枚。おじさんと僕、なんだかよくわからない年代の組み合わせの二人が目一杯の笑顔をカメラに向けたこの一瞬。僕はこの時のことを死ぬまで忘れることはしない。例えもうおじさんに会えなかったとしても、この思い出だけは忘れることはできない。僕にとって名前も知らない虎のおじさんは――。
了
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……いかがでしたでしょうか。こんなことやるのは初めてだったのですが、私がこの前の旅行に行って撮ってきた写真を元に書いてみました。虎おじさんと旅行した気分になれましたかね?
旅行って本当にすごいです。体力的にも凄く疲れますけれども、それ以上に充実感が半端ない。特に創作者にとって、旅行はネタの宝庫なのだなぁと思いました。是非いつかケモおっさん物書きの人たちと旅行に行ってみたいなと思うぱぱをなのでした。
サボテン、育つといいんだけど……。お花咲かせてるところが見たい🌵
@hiroji
2021-11-16 10:45:26 +0000 UTCぱぱぱんだ🐼🐾ぱぱを
2021-11-16 05:56:49 +0000 UTC@hiroji
2021-11-15 17:26:54 +0000 UTCぱぱぱんだ🐼🐾ぱぱを
2021-11-11 15:20:57 +0000 UTCとらまる
2021-11-11 13:30:20 +0000 UTC