本記事は、「冒色の性夢-08」の下書き段階の文章をそのまま投下したものになります。そのため、完成品とは内容が異なる場合がございます。
その点を理解した上でそれでも読みたいという方は、どうぞご覧になってください。
前回の下書きの続きとなります。
下準備を済ませ、僕は出口ドアの前に立っていた。
今いる5部屋目から、次の6部屋目に行くためのドアの前に。
安全だった5部屋目から、誘惑美女がいるであろう6部屋目に。
「よし……行こう」
ドキドキする胸を手で抑えながら、ドアノブを回して引いていく。
ドアを開ききったところで、体を進めて次の部屋に入る。
そうして6部屋目に僕の体が収まりきったところで、5部屋目のドアは僕の後ろで音もなく消えた。
足裏に伝わるカーペットの感触がやけにハッキリ感じる。
空気がジメジメと重い。常温よりやや蒸し暑いか。
そしてなにより、一番無視できない今までの部屋との違いは、ベッドの中心部で仰向けに寝ている麗しい美女にあった。
「――――」
母性を感じさせる、人妻のように大人びた美女だ。
腰まで届くロングヘアーの髪色は艶やかなピンク。額の中心には王族を思わせるティアラが飾られている。整った面差しの寝顔からは美しさのみならず、母親のように落ちついた風格が感じられた。
欲情を避けるため僕は人妻の躰から目を離している。でも、掛け布団代わりに敷かれたバスタオル越しのボディラインは、チラ見でも抜群のプロポーションであることが伝わってきた。
名前は思い出せないが僕は彼女に見覚えがあった。少年誌ラブコメ漫画のキャラで、ヒロインの母親だ。少年誌には珍しい『人妻』属性のキャラということで妙に印象が強かったのを覚えている。
「やっぱり誘惑美女がいた……けど……?」
様子がおかしい。人妻に起き上がる気配が感じられない。
僕は女体を見ないようにしながら、人妻の口元に手を近づけた。
とりあえず呼吸はしているようだ。息遣いが手に伝わってくる。
頬は紅潮し、珠のような汗がしたたり、いかにも寝苦しそう。
そしてベッドの隣のサイドテーブルには、飲みかけのスポーツドリンクが意味ありげに置かれていた。
「もしかして、風邪で熱を出しているのか?」
目を疑う。誘惑美女が病気だなんて今まで無かった。
それ以前に、夢の中で風邪をひくだなんて前代未聞だ。
しかし僕の勘繰りは、人妻のほてった様子にかき消される。
少なくとも、彼女が異常事態に見舞われていることは違いない。
苦しそうな人妻の寝姿からして、その点に異論は無い。
だが――
「看病……するわけにはいかないよな、やっぱり」
人妻の口元から手を離し、僕は部屋の出口に歩いていく。
目の前の苦しむ女性を助けるより、先を急ぐことを優先した。
非情な判断をしてしまったと、後ろ暗い気持ちはある。
けど、ここは勝負の場だ。体調管理のなってない彼女が悪い。
この淫夢の世界で、僕は弱者であることを忘れてはいけない。今まで一度も楽勝なんて無かった。綱渡りのギリギリで誘惑をはねのけてきた。
勝ち方にこだわっていられるような立場に、僕はいない。敵が弱っているなら、そこにつけ入るのは当たり前の常套手段。
そう自分に言い聞かせながら玄関に向かう、その四歩目で。
「あっ! 忘れてた。鍵を開けないと」
ホテルステージのドアはロック解除が必要であることを思い出し、
「……えっ?」
振り返って、ベッドの隣のサイドテーブルを見て僕は固まった。
おかしい。本来そこに在るべきものが無い。
サイドテーブルに置かれているものは飲みかけのスポーツドリンクだけだ。
出口のロック解除に必要な、デジタル時計が存在しない!
「嘘っ!? なんで? どこに!?」
焦りにかられ、僕はデジタル時計を必死に探しはじめた。
まずはベッドの下を探し、次にトイレの中。
その次にバスルーム――風呂場を探そうと、僕が折り戸を開けた時のことだ。
まだバスタブの中にお湯があり、熱い湿気がただよう室内の奥。
壁際の床に淋しげに置かれているデジタル時計の、背面を僕は見つけたのだ。
「あ、あった! 良かったぁ~」
デジタル時計の向きの都合上、時刻が描かれた液晶画面は見えない。
けど今までのホテルステージでの経験が、勘違いではないと僕に確信させた。
焦りから解放されて僕は安心し、バスルームに足を踏み入れてデジタル時計を手にとって見た。
――00:00
「……えっ?」
見間違いだろうか?
液晶画面は、制限時間をゼロだと言った。
僕は目をこすって、もう一度デジタル時計の液晶を確認した。
――tr AP
困った。このデジタル時計、どうやら故障しているようだ。
トラップ? 罠? いやいや、まさか。バカバカしい。
背筋につたう嫌な汗を強引に無視し、僕はデジタル時計を持ってまばたきした。
「えっ」
まばたきした一瞬で、デジタル時計は消えていた。
文字通りまたたく間に、機器の手ざわりが無くなった。
アニメでデジタル時計のレイヤーだけを削除したように、僕がついさっきまで持っていた物体は消失した。
デジタル時計が消えた。
消えた……。
そう、僕が認識した直後。
――がちゃり。
背後から折り戸を閉める音が、不吉な予感をともないながら響いた。