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夏目なつめ
夏目なつめ

fantia


巨大主従の肉欲遊戯(上)

§  私の身の上話から始めましょう。  まだ私が己の出自を呪っていた頃のこと、私が、イリムお嬢様のメイドとしてお仕えする前のことでございます。  流刑地の一角で生まれたこの少女は、親を知らず愛を知らず、ただ荒んだ人々の間に揉まれて生きておりました。流刑地と言っても大抵は政治犯の子孫、権力闘争の敗者たち。本来ならば恵まれた地位の保証された方々であります。それが彼らの鬱屈を生み、人心の荒廃を生んでおりました。  けれど輪をかけて彼らを惨めにしたのは、その身の丈。  文字通りの、身の丈でございます。  我々流刑地の人間は、1㎜まで縮められ、もはや戻ることを許されない存在へと堕していたのです。  罪人とはいえ元は巨人種、小人と同じ姿にされることは耐えられない屈辱でございました。栄華を誇り全てをほしいままにしてきた人間が、ダニ以下にまで堕とされるだなんて! 私こそ生まれついての小人なため痛痒を覚えませんが、他の方にとってはさぞ苦渋を飲まされたことと思います。無論、逃亡など意味を成しません。ひとたび檻の外へ逃れれば、鳥にすら気付かれず虫の餌食となるばかりでありましょう。そのため我々は、或いは庁舎の薄暗い一角で、或いは見世物として貴族の邸宅で、微生物としての生を享受していたのでした。  もはや、絶望という他ありません。  与えられるのは、巨大すぎるパンの欠片。見上げるのは、もはや全貌すらわからない巨大な脚たち。自分がどこにいるのかすら理解が及びません。微生物と人とでは、住む世界が違うのです。  やんごとなき身分の方々の趣味のため、華やかに飾り立てた街が一層惨めでありました。無意味に高い塔を建てさせられては崩されて、それを建て直すのが務めでございます。そして長く忘れ去られ、思い出した時には一時の手慰みに供される。ああ、重い雲のように街を圧し潰す、少女の純白の靴下! 気まぐれに、ご令嬢が投げ込んだものでしょう。それが美しい街を下敷きにする様は、もはや神罰すら思わせるものでした。きめ細やかな繊維ですら網のよう、その全体像は視野に収めることも出来ません。まして直接指で街をなぞられたりなどすれば、風車のより巨大な細指が人を街を絡めとるのです。空より広く広がる美しいお顔が、私たちを見下ろす姿は思い出すだけで今でも身が竦んでしまう。少女の毛髪一本でさえ丸太のようなお姿でございます、無理からぬことでございました。  巨人たちの気まぐれに翻弄される日々。  或いは、転機もまた気まぐれの産物だったのかもしれません。  或る時のことでございます。  街に、少女のものとお見受けする手が降ってきたのでした。  手に持っているのは銀製の匙、そして私たちを一掬い。大公園まるまるを根こそぎ抉り取ったその盤に乗せられ私たちは、同じ大きさの宝玉のような瞳に射止められたのでした。  長いまつげが立てる風さえ人々を吹き飛ばす中、隣人らは一斉にスプーンの端へと逃げ去っていきます。或いは、あまりの巨大さに泣き崩れ、ただただその威容に絶望する者さえおりました。一人の少女の眼差し一つで、何百人もの人間が卒倒するのです。支配する少女の香り、視界を占領する燃えるような虹彩。それが与えるものは、恐怖であったに違いません。  けれど、私の心を捕らえたのはただ一つ。  その、琥珀色の澄んだ瞳でございました。  それは、少女の可憐な目元、空から流れる美しい金髪。上つ方のご令嬢は、これほど美しいのでしょうか。神々しいまでに美しいその巨大な宝玉を前に、私の心は射止められてしまったのです。  どうせ死ぬならこの方に。  そう思い一人、私は宝石の方へと歩み寄りました。  ご令嬢の目に留まったのは、僥倖の一言でした。 《……あら?》  怯え惑う人々をクスクスと笑う、その瞼が一瞬大きくしばたかれます。その瞳孔はこちらをご覧のご様子。そして、庭園のような広さのある指先を近づけると、私をその上に乗るよう促したのでした。 《……女の子みたいね。ヘンなの。奇特な虫もいたものね》  虫眼鏡を取り出し私を見つめる、巨大な少女。うら若いその女神は、クスリと笑うと私を薬瓶の中に閉じ込めてしまいます。 《いいわ、助けてあげる。貴女のこと、気に入ったわ》  そして、艶めかしい口を開くと、私の目の前で。 《あ~むっ♪》  スプーンの表面を、舐めとってしまったのでした。  こくりと、何十人もの人を呑み込み細い喉が鳴ります。ああ、少女の喉を流れ去っていく私の同胞たち。けれど、不思議と同情の念は湧きません。女神を前に、私たちの命が何でしょう。元より死んだようなもの、いっそ喜ぶべき最期とさえ言うべきでした。 《ふふっ♪ 楽しくなりそうね♪》  そして、私一人を連れ去ると、貴族のご令嬢は。  小人の街を、顧みることはもうありませんでした。  ⁂  それからの日々を、夢のようと言わずして何としましょう。  イリムお嬢様が与えてくれたのは、3つ。  未来。  名前。  そして、1000倍の体でございました。 《こ、これが私……?》  初めて、この巨大な喉を鳴らした日を今でも覚えております。生まれてこの方虫以下として生きてきたこの私が、あの崇高な姿と同じ身になったのです。生まれ変わった気分というのでしょうか、豪奢な調度品、どこまでも続く邸宅、それがこれから私の住む世界だなんて。 《ああ、私の見立ては間違ってなかったわね♪ ネフィ、貴女、素敵よ、とっても素敵……♡》  何がお気に召したのでしょう、お付きのメイドとしての役割を仰せつかった私を、イリム様は溺愛してくださいました。服も、家も、名前さえ、与えてくださった私のご主人様。この、私よりわずかに年少で華奢な美少女は、私を高貴なとばりの内へと招き入れてくださったのです。  朝の着替えから、夜の着替えまで。その細い肩に赤いドレスを着せる、それだけで感動が込み上げます。豊かな金髪にブラシを通し、15,6の美少女を着飾っていくのが嬉しいのです。華奢な体は人形のよう、整った顔立ちに紅茶色の瞳が煌めき、金糸の髪は赤いドレスの上からでも眩いほどでした。籠の中の街人は誰もみすぼらしい出で立ちばかり……。くすみ一つない肌に深紅のドレスの袖を通す喜びなど、到底味わえるものではありません。 《ネフィも綺麗な黒髪をしているんだから、メイド服以外も着てみたらどう? 飛び切りの服を仕立てさせるわ。きっと似合うと思うの。背も高いし、貴女は整った顔立ちをしているもの》 《め、滅相もございません! 私など、このメイド服でも十分すぎます……》  エプロンドレスに純白のタイツ、手袋、そのどれもが私には過ぎたものでした。なにより、お嬢様の全てをお手伝いさせて頂く光栄に浴すのですからこれ以上のことはありません。2,3歳年下の可憐な美少女は、いつもイタズラっぽく私を僅かに見上げ、“ネフィ、ネフィ”と呼んでくださります。あの日、私などその指紋の隙間で小さなシミに変えることさえ造作もなかったお嬢様、それが私より小さな体でもって私を見上げている。そのことを考えるだけで、眩暈を催しそうなほどです。  恙なく、そう、恙なく日々は過ぎていきます。  小悪魔的なところのあるお嬢様に翻弄される日々は、けれど万華鏡のように美しいものでした。街並みが美しいだけのあの薄暗い街と比べれば、イリム様との主従関係がどれほど血の通ったものであったか。美しい少女に仕える喜びは、私の魂に生気を与えるようでした。食事に雑事、お勉強、入浴に至るまで、私は懸命にお嬢様をご助力し、それの多くは幸いにもイリム様のお心に適ったようでございます。  けれど、ただ一つ。  ただ一つだけ。 《また、またよネフィ。前も言ったじゃない》  イリム様は、過度に敬服する私の態度だけは気に入らないご様子。つい数日前まで小人の身であった私にしてみれば、それは至極当然のことでございます。けれど、私が慣れない敬語に迷い口を噤むごとに、私が下賤な身を恥じるごとに、お嬢様はそれをたしなめ、身を引こうとする私の腕をつかんだのでした。  或いは、イリム様は遊び相手が欲しかったのでしょうか。  あまりに私がへりくだると、拗ねたように“もういいわ”とそっぽを向いてしまうお嬢様。そして、不満げな顔で仰いますに、 《私はネフィを人間にしてあげたの。それが気に入らないっていうの?》 《いえ、そんなつもりは……》  こんな問答が続くことになります。  ……私は生まれてこの方、ダニのような大きさで生きてきた人間。縮小の屈辱を知らず、巨人を畏怖するのはごく当然のことでした。そんな私にしてみれば、お嬢様のご仁恵は突如天からお声がかかったようなもの。まるで天使の中に仲間入りさせられたような場違い感を覚えずにはいられません。一方のイリム様にしてみれば、もう私はダニではなく人なのでありましょう。少なくとも、お気に入りの家具程度にはお思いのはず。その懸隔は、なかなかに埋めがたいものでございました。 《貴女もなかなか頑固なのね、ネフィ?》 《申し訳ございません……》 《謝らないの。笑いなさい》 《は、はぁ……》  無邪気なお嬢様と、染みついた認識様式を変えられない私。その応酬の中できっと、お嬢様も私を屑虫から人間に変える教育が必要だとお悟りになったのでしょう。  お嬢様の禁じられた遊びが、始まったのです。  ⁂  それは、私が侍女の仕事にもようやく慣れてきた頃のことでした。 《ネフィ、ネフィ、こっちに来て頂戴》  窓掃除していたところにやってきたのは、イタズラっぽい笑みを浮かべ手招きする金髪のご令嬢。手には何か、宝石箱ほどはありましょうか、箱のようなものを持っておいでです。 《良いものをあげるわ。秘密、秘密よ? 絶対に人になんて言っちゃいけないんだから♪》  余程面白いものなのか、イリム様は仔猫のような笑みで意味深に耳打ちします。踵を上げ、真っ白な頬をすり寄せるように囁くお嬢様。けれど今日は、いつもの無邪気さに少しの色を潜ませておいでです。妖艶というか、蠱惑的、そう、蠱惑的な笑みを含んでいらっしゃいました。  思わずドキドキしてしまうような笑みで、クスクスと意味ありげに笑う高貴な美少女。  それが踵を下すと、中身を少し摘まみ私の手にそっと握らせました。 《見て御覧なさい。きっと気に入るわ……♪》  ふわりとまるで重みのないものが手に広がります。煙でも掴まされたような気持でした。が、どうも煙ではない様子。目を落とせば塩粒より小さなものが白手袋の上に散らばっていますが、点にしか見えません。  そして、お嬢様が虫眼鏡をかざすと……。 《わかる? わかるかしら。貴女のよく知っているものよ♪》  小さく映し出されたのは、小虫のような何か。  高倍率で歪んだ白い丘陵の上、それが網のような繊維に足を取られて動けなくなっています。或いは手のひらのふっくらとした起伏を転がり落ち、まとまって蠢いているようです。おびただしいその蠢動に、思わず怖気が走りました。 《あはっ♪ もう何かもわからないのね♡ これは貴女の同胞よ♪ 友達、そう、お友達というべきね♪》 《えっ!?》  そう言って叫ぶ私の手から、ポロポロ零れ落ちる屑虫ども。慌てて虫眼鏡を覗き直すと、確かにそれは人型に見えます。おぼろげに顔も見えてきました。ぴっちりと薄布をまとった私の手のひらの上、丸みを帯びたその膨らみを転がっては絹糸に引っかかる小虫たち。それが、一様に怯えた顔で私を見上げているのに気づかされます。これも、それも、あれも。ああ、もしかしてこれは自警団の団長様では……? 《こ、これがみんなだって言うの……?》  食い入るように手のひらを見つめる私。  真っ白なキャンバスに映し出された虫どもが見知った人間だと思うと、急に手が重く感じられてきます。同時に感じるのは、私の手の途方もない大きさ。そう、今や私は、かつて見上げたあの指の持ち主なのです。細く力の弱いこの指、その上に何百人が載ってしまうことか。指先だけで風車より太く巨大なこの指。まして手のひらは百メートルを超す丘陵と化していました。小人たちが転げまわるのも無理はありません。この手のひらはもはや、一つの地形なのです。  呆然とその事実に震える私。  片や、お嬢様は。 《そんなに見つめてると、嫉妬してきちゃうわね♪》  ギュッと私の手を包み、手を握りしめさせてしまうのでした。 《あっ……!》  慌てて手を開けば、もうそこには誰もいません。いえ、虫眼鏡越しに見れば、繊維一本一本に赤いシミが点々と……。生き残った者もいるのかもしれませんが、それも今頃繊維の間をすり抜け私の手に張り付いていることでしょう。私の指紋に紛れ、あるいは湿気に張り付けられて動けない人虫たち。もう私の手の中に吸い込まれて、見つけ出すことすら不可能のようでした。 《ふふふっ♪ 自分の大きさがわかったかしら? こんなものダニ以下♡ あなたが目視することすらできない微生物なのよ♪》  楽しげに囀りながら、イリム様がそっと耳打ちします。 《……知らなかったかしら? ずっと、貴女の靴に小人を入れておいたの。それも何百匹も……♡ きっと今頃、あなたの可愛らしい足でミンチになっているわよ? 生き残ってても、蒸れ蒸れの貴女の足で大変なことになってるけどね♪》 《えっ!?》  思わず靴を脱ぎ捨てそうになる私。けれどお仕えするお嬢様の手前、そうもいきません。それにどうせ、小人たちはインソールの中。或いは白タイツの繊維に挟まり、私の指紋と格闘しているかもしれません。純白の被膜に包まれた少女の足、その山のような塊に踏みしめられた哀れな同胞達。ヒールの中から出ることもできずタイツの繊維にからめとられ、あるいは潜り込んで、その表面に張り付いてしまうのです。今私のこの小さなヒールの中、そこにどんな地獄が生まれていることか。それも、何日も、何日も……。けれどもう遅い。どちらにせよ白手袋の同胞と同じ運命です。足に纏わりついた砂粒を、どうしてすべて搔き集められましょう? 《ふふっ、いつになったら気づくかなって思ってたの♪ 知ってた? 貴女の使う食器に、服に、道具に、部屋に……、少しずつお友達を紛れ込ませていたのよ? あはっ♡ 何も知らずに自分たちを踏み潰す貴女を、お友達はどう思っていたかしらね? 巨人になった友人を♪》  思わずへなへなと崩れ落ちそうになる私。メイドとしての矜持がなんとかそれを食い止めましたが、犯してしまった過ちは取り消せません。……いえ、それよりもまず、足には小人たちがまとわりついていたはず。私が動いたらそれががどうなってしまうか、どうして真っ先に考えなかったのでしょうか。お嬢様の言う通り、私は既に……? 《手袋の中にいた小人は何を見たかしらね? ブラの中の小人にとって、貴女の乳房はどんな形をしていたかしら♪ 貴女はとっくに巨人のふるまいを知っていたのよ♪ 虫を虫とも思わない、上位種のふるまいをね♪》  私を僅かに見上げる、華奢な少女の笑み。それが、今ほど悪魔的に思えたことはありません。私とは別の世界を知っている、別の愉悦を知っている背徳の少女。淫蕩への水先案内人は、彼女なのでした。 《いいこと? 貴女はもう私のものなの。二度と屑虫に戻ることはないわ。貴女は私たちの側に立ったのよ。そろそろそれを理解するべきじゃなくて?》  そして、クスクスと私の唇を指で撫でると……。 《口を開けなさい、巨人さん♪》  そう、小悪魔的に笑うのです。  命じられるがままに、小さく口を開ける私。  一方のイリム様は、そんな私の口に指を突っ込むと。 《えいっ♪》  無理やり、私の舌を引っ張り出したのでした。 《えぅっ?!》  “お嬢様、なにを!?”と叫ぶ私の声もまごまごと輪郭を帯びません。一方のイリム様は、苦しげな私の顔をクスクス笑うだけ。みっともなく舌を突き出す様を見られて、思わず羞恥に目を逸らしてしまいます。それがさらに興を誘ったのか、少女然とした笑い声をあげるイリム様。  そして、もう片手で小人たちの箱を傾けると。 《しっかり味わいなさい♪》  パラパラと、舌の上にまぶしたのでした。


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