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人形カフェのウラオモテ

「人形カフェ?」 「そう。同じ境遇の人がいたら心強いでしょ?」 退院少し前に見舞いに来てくれた落葉さんが、私にあるお店を紹介してくれた。コンセプトカフェというのだろうか、店員が可愛い服着て接客する喫茶店らしい。独特なのは人形に見えるようなメイクを全身に施しているところだ。それも店員一人一人につき違うという気合の入れよう。プラスチックに見えるような固そうな肌の人、フィギュアみたいな質感の人、マネキンみたいな人。フリフリの服からのぞく手足の肌がどれも画像修正かけた並にデフォルトで綺麗すぎる色合い。落葉さん曰く画像での補正ではなく元からリアルでこの肌色一色らしい。なんか気味悪いかもしれない。人間じゃなくて人形が動いてるみたいな。……いや人形が働いてるって設定のお店だからいいのか。 で、なぜ彼女がそんな店を私に薦めてきたかというと……私の新しい勤め先としてだ。ある病気に罹った私は、今までやっていた会社は既に辞め、同じ業種でもまともに働けない体になってしまったからだ。縮小病。今のところ女性だけに見られる原因不明の奇病で、全身がそのままの形で徐々に縮んでいくという恐ろしい病気だ。治療法もないため、発症してしまえばこれ以上体が小さくならないでと祈ることしかできない。私は身長が1メートルを割ったところで下げ止まった。進行はもうないから大丈夫ということでもうすぐ退院なんだけど、こんな小学生以下の身長でどう暮らせばいいんだろう。表を歩くだけでギョッとされるんだろうな。二度とまともに流行りの服を着ることもできないんだろうな。ここ数日はそんなことばっかり考えていて、退院後の生活が怖かった。もう仕事もないし。 そんな私の心境を知ってか知らずか、落葉さんが教えてくれた人形カフェ。私と同じように縮小病に罹った女性たちが働いているらしい。中には私よりもっと小さく、身長30センチまで縮んでしまった人も。そんなのもうお人形じゃん。一人で生きていくなんて到底無理だろう。私ももしかしたらそうなっていたかもしれないと想像するだけで怖い。 「私、店長さんと知り合いだからさ。どう? 一度行ってみるだけでも」 「うーん……」 仕事は欲しい。でもこういうのはちょっと……。こんなフリフリの服も合わないだろうし……。でもまあ客として一旦覗いてみるぐらいならいいかな。 「はーい、お手手上げてー」 「いやっ、別にいいからっ!」 退院後、落葉さんと一緒に例のカフェに行ってみることにしたけど、彼女は終始私を子供、それも幼児みたいに扱ってくるのが心底腹立たしかった。同じ年齢なのに。そして、実際に今の私は幼児サイズだからか、あまり強く怒れなかった。体型に合わないブカブカの子供服に飲まれた不格好な私は、すれ違う親子連れの子供より小さく、手足も細い。そして彼女を始めとした視界に映る人全てが私の1.5倍以上。そして自分の目線が低い低い……。なんだかホントに子供に戻ってしまったみたいで惨めな気分だった。危ないからと落葉さんが言うので仕方なく手を繋いだ……いや、そっと重ねてもらったと言った方がいいかもしれない。 「ちっちゃーい。可愛いー」 「あのね……」 私の体型は当然、大人のままだ。90センチの大人。手足は子供よりずっと細く、あまりにも弱弱しい。私自身、彼女の大きすぎる手のサイズにビックリしてしまったくらいだ。簡単に折られたり握りつぶされたりしちゃいそう。逆らえない。怖かった。ちょっと前まで対等で、同じ目線の相手だったのに……。今やまるで……親だ。 彼女と一緒のお出かけは、傍から見てると親子連れだったかもしれない。自分で想像ついてしまい、それが更に私を落ち込ませた。もうヤダ。これから一生こうなの? いや……もっと悪化していくんだろう。何で私がこんな目に……。縮小病は身体自体はいたって健康なので、かえって理不尽感が強い。体のどこも悪くないのに、いつの間にか私は普通に生きることができなくされ、世界からある種はじき出されてしまったことに納得できない。理屈はわかっても、心が受け入れない。これもいつかは受け入れてしまうんだろうか。 「いらっしゃいませ~」 人形カフェに入ると、フリフリのアリス服を着た金髪のかわいい子が出迎えてくれた。その子を見た瞬間、私は言いようのない安心感を覚えた。「普通の人」だったのだ。巨人だらけになってしまったこの世界の中で、初めて会えた。自分以外の……同じ目線の人に。 「かわいい~っ」 落葉さんはまるで動物園でパンダでも見たかのような声を上げた。はい。まあ、そうだよね。普通なのは私にとってであって、縮んでない人たちにとっては……このアリスさんもお人形さんみたいに小さい可愛い子、なのだ。 でも、私はとても心が落ち着いた。「仲間」を見つけたことで。この世は巨人の世界じゃなかった。同じ境遇の人がいる。世界から拒絶されたのは私だけじゃ……ない。 それは店員さんも同じらしく、かなり甲斐甲斐しく接客してくれた。不思議の国からやってきたお人形のアリスちゃんは、ホントに人形みたいに綺麗だった。あの写真は本物だった。肌色一色の均質な肌が樹脂のような色合いで描かれている。顔もまるでフィギュアみたいに見える。生きたお人形なんて設定に決まっているのに、信じてしまいそうだ。同じ身長の私でさえそうなのだから。落葉さんに至っては 「可愛い~!」「えらーい!」 を連発するbotと化していた。まあ実際、幼児ぐらいの女性がえっちらおっちらデカい飲み物や料理を運ぶ光景は幼児のお手伝いみたいにも映る。そしてアリスちゃんはそんな自分を理解した上で、更に意図して可愛く振る舞っているのだからこれはもうメロメロになる人もいるかもしれない。見た目が人形だと不気味じゃないかと思っていたけど、かえって生々しさが薄まり見世物感が弱いかもしれない。 「どうどう? このお店」 「う……うん」 30分もしないうちに、私はどうしようもなくこの店に……正確には環境に惹かれていた。同じ境遇と視線の仲間がいて、何より……「服」が着られる世界。彼女たちが着ているのは普通とは程遠いフリフリのアニメみたいな服ばかりだけど、体型が体と一致しているのだ。ブカブカの子供服を纏っている私とは違う。私は彼女たちが心底羨ましくて、輝いてさえ見えた。 「今日からお世話になります、花咲クルミです。よろしくお願いします」 私はこのお店で働くことに決めた。良さそうな仕事が見つからなかったのと、また服を着たいという強い思いから。みんなは同じ病気仲間の私を快く歓迎してくれた。驚いたのは30センチの店員が結構いたこと。こんないたんだ……。客としてきた時は気づかなかったけど。小さすぎて飾りのフィギュアか何かだと無意識に判定していたのかもしれない。給仕もしていないらしいし。 私には新たに「イチゴ」の名が与えられた。魔法で大きくなったお人形という設定で、フリフリのピンクのロリータ衣装が私の制服となった。こういう系統の服初めて着るけど……流石に恥ずかしい。でも、袖を通すと感動した。可愛い。意固地になってただけだ。フリフリは可愛い。テンション上がる。何より、自分の体型に合っているという、少し前までなら当たり前だったことが嬉しかった。ブカブカじゃない。90センチの大人のために作られた本物の服。 だけど、髪をピンクに染めろと言われた時は流石に抵抗した。二十半ばで髪ピンク。しかもそれで接客。ウィッグとか無いんですかと聞いたけど、90センチの大人用のウィッグは当然、存在していない。でも働くって決めた以上、あまり文句も言ってられない。最終的に折れて、私は店長の手によって髪色をピンクに変えられてしまった。それも普通のピンクじゃない。人間のピンクじゃなく、人形のピンクだ。アニメの世界から抜け出てきたかのようにビビッドなピンク色。鏡を見た時は思わず顔をそむけてしまった。 その後、ドーリィメイクについて説明を受ける。毎日全身に特殊メイクってかなり大変なんじゃないかと思ったけど、浴槽に浸かるだけらしい。肌色の湯船に少し浸かるとあら不思議、全身に肌色のナニカがキッチリ塗られている。この液体は店長謹製であり、企業秘密だという。……体に悪影響とかないの? ちょっと心配。 色んな説明や準備が終わり、いよいよホールに出る日。 「今日から一緒に頑張ろうね。困ったことがあったらいつでも言ってね!」 「はい! よろしくお願いします」 同じ目線の相手がいるって、こんなに心強いことだったんだ。私はアリス先輩に励まされ、最初の接客に出た。 「あれ、新人?」「新しい子いる~」 「初めまして、えぇと……イチゴです。魔法で大きくなっちゃったんで、このお店で働くことにしました」 ほんとは小さくなったのにね。可笑しな設定。 特にキャラは作らなくていい、普通の飲食店みたいでいいよと言われていたので「設定」以外は普通にこなしたけど、それだけでかなり黄色い声援が飛び、写真や動画も撮られまくった。髪から靴まで全身ピンクの小さなロリータ人形が頑張ってお給仕しているというだけで、この店のお客には訴えかけるものがあるらしい。かなり恥ずかしいし、人間というよりお遊戯会の子供、或いは動物園の動物になったようでムッとすることもあるけど、好意であることは嫌というほど伝わるので思ったより悪くなかった。それにまあ……可愛いと言われるのは嬉しい。自分が髪をピンクに染めた上こんな格好で接客なんてちょっと前の私に言ったら拷問だと想像したかもしれない。けど、相手は巨人ばかりで普通の人じゃないし、自分の目線が幼児の高さだと本能も自分がそういう立場だと錯覚してしまうのか、実際やってみると何だかんだ適応できる。 もっとも、惨めさを感じない一番の理由は自分が一番下じゃないからかもしれない。 「リリーちゃん指名です」 「はーい!」 普段はカウンターやケース、棚の中でウロウロしている30センチ店員ズ。みんなそれぞれ可愛らしいコスプレをしていて見る者を楽しませている。当然、給仕も料理も物理的に不可能。じゃあ何をするのかというと、お話だ。指名を受けたら私たちアンダー100組がテーブルまで運ぶ。あとは客が帰るまでお喋りだ。ほんとにお人形みたいに小さくて、うっかり怪我させてしまわないか心配になる。普段の生活、本当に大変だろうなと思う。90センチの私でも結構四苦八苦してるのに、どうやって暮らしてるんだろう。自分より辛い人がいると悲劇のヒロインになれないし、お世話相手がいると自然と心持が年長者ポジになる。……実はフィギュアサイズのリリーさんの方が年上だと知った時は驚いたけど。年齢さっぱりわかんないよ。みんな店長の変な液体で顔つきも肌もフィギュアみたいな樹脂質感だもん。毛穴も血管も見えない。それは私も同じか。 そんなこんなで、私の人形カフェ店員イチゴちゃんとしての生活が始まった。初日終わったあとは結構ヘトヘトだった。小さいとやっぱ体力も落ちるか。身体のメイクはシャワーで流せたけど、髪のピンクはそのままなので参った。私、このまま帰るの? 明日もこの髪で来るの? ちなみにアンダー30組は住み込みらしい。当然か。一人で往来なんて危なくて歩けたもんじゃないだろう。タクシー使っても降りてから家の玄関までがまた危険だし、そもそも家のドア自力で開けられるのかっていう。私って相当マシな方だったんだなと改めて。そして30センチの人間が生きているエリアが設置されているこの店に改めて驚いてしまう。店長、もはや介護職員じゃない? 大変そう。私もいつまでもしょげ込んではいられない。頑張ろ。 その後はまあ順調な日々が続いていた。落葉さんが案の定、客として何回もやってきて私をからかいまくったこと以外は。 「やっほー。また来ちゃった」 「……いらっしゃいませ。お席の方へ案内しますね」 「えー、もっといつもみたいに言ってよー」 「いつも通りですよ」 「ウソー」 はあ。流石に知人の前でピンク髪ピンクロリータはキツイ。一気に現実に引き戻されちゃう。 少し後、次のお客さんが入店したので出迎えた。 「いらっしゃいませーっ」 お客さんを席に案内している間、突き刺すような視線を感じた。落葉さんがすごいニヤニヤしながらこっちを見ている。何? 気持ち悪い。 その週の休日、私は落葉さんに言われた。すっかりキャラが出来上がったねー、と。 「キャラ?」 「またまたー。照れちゃって」 「私は別に……」 しかし、彼女はスマホでいつの間にか撮影していた私の接客の様子を再生して見せつけてきた。その動画には信じられないものが収められていた。甲高い声で喋る、ちっちゃなピンクの女性。喋り方や所作があざとく、どこか芝居がかっていた。幼児っぽくもある。それが自分だということが理解できない。嘘だ。捏造だ。この動画インチキでしょ……。でもそんな頭の中の否定は言葉になって出ていかない。思い当たる節がある……かも……しれない。最近の私、こんな……いやでもここまでは……。 いつの間にか真っ赤になって硬直していた私の頭を、落葉さんが無遠慮に撫でた。 「や、やめて」 「えらいえらい。がんばってますねー」 私小さい子供じゃないんだけど。でも、何故か拒絶することができず、私は小声でボソッと呟いただけで、なされるがまま愛でられた。 翌日。接客中に昨日の動画が頭をよぎり、何度か固まってしまった。私、ホントに”ああ”なの? 「どうしたの~、イチゴちゃん」 「ううん、何でもないですっ」 (……あっ) ニコニコ笑顔で上を見上げ、幼児みたいなイントネーションで返事した自分に気づき、愕然としてしまった。……本当だ。あの動画、フェイクじゃなかった……。 いつの間にか私は媚び媚びキャラになってしまっていたらしい。声もアニメみたいに高いし、言動もかなりぶりっ子になっている。自分では一切そんな気なかったのに。しかし周囲を見てみると、どの店員も似たようなものだった。小さな体、フリフリの服、お人形という設定。これ全てがどうやら媚び媚びに可愛く振る舞っても仕方ないよねという言い訳として機能してしまうらしい。客からしてもむしろこれくらいのキャラ付けの方が「自然」なのかもしれない。小さな可愛いお人形がそれらしく振る舞うのは巨人たちからすればおかしなことじゃないのだ。 (ううー……) でもまさか自分がこんな言動をしてしまう人間だったなんて。慣れって怖い。いや慣れというより環境がヤバい。毎日フリフリの服を着て自分を幼児扱いで可愛がってくれる人ばかり相手にしていると、いつの間にか適応して期待に応える言動に寄っていく。そんなえげつない環境を形作っているのがこの人形カフェなのだ。……お客さんたちもひょっとしたら「人形落ち」を楽しんでいたりするんだろうか。死ぬほど恥ずかしい。 自覚的に、半ばヤケクソでぶりっ子接客するようになってからしばらく。アリス先輩が来なくなった。店長によると辞めたらしい。どうして? 縮小病の人にとってここより条件いい場所って正直……。何しろ店長自らアンダー30組を複数住まわせて介護してくれるくらい親身なのに。棚で指名待ちしてる子を眺めると、さらに不思議なことに気づいた。結構メンツが入れ替わっている。この数か月で。 (あれ?) アンダー30組って、一番転職しにくいんじゃないの? こんな入れ替わり激しいことある? 30センチの子は本当にフィギュアみたいだし、何より小さいから正直見分けがつきにくい。コスプレ変えると別人にしか見えないし。でも思い返してみれば、新人の子が入ってきた時は聞いたし迎えたけど、誰かが退職した報告、朝会でも噂でも聞いてない。アンダー30って見分け難しいしあんまり話さないから気がつかなかった。みんな一体どこに行ったんだろう。 気になって店長に聞くと、みんないい人にもらわれていったよと告げられた。もらわれ……引き取り手が見つかったってこと? 「そうだったんですか。それは良かったですね」 店長が何かピリッとしたので、私は早々にその場を切り上げた。なんか雰囲気おかしい。何? 怖いかも。 閉店後、店長に呼び出された私は二階に案内された。店の二階って初めて入る。アンダー30組の生活スペースだから、事故防止のため立ち入り禁止って聞いてたんだけど。 そこで私はお風呂に入るよう言われた。一階の浴槽は毎日自動メイクの液体に浸かるのに使っているけど……。この建物二階にもお風呂あるんだ。 「どうしてですか?」 これからシャワーでメイク落として帰るところなのに。 「ああ、そのメイクのことでね、ちょっと」 店長曰く、毎日このメイクしてると落ちにくくなってくるらしい。心当たりがあった。最近はシャワー浴びても中々流れず、頑固な汚れみたいになっていたのだ。実は落とし切らずに帰ったこともあるくらい。で、そんな状態を改善する入浴剤をいれたから、この辺で一度浸かっておくように、と。 「……わかりました」 そういう説明最初にしてほしかったな。まあいいや。これでまた楽に落ちるようになるなら。私は脱衣所でロリータ衣装を脱いで、濃い肌色の湯が張られた浴槽に足を踏み入れた。 (……あれ?) これって、自動メイクの液体……だよね? いつもより色がずっと濃い。まるで人間を生きたまま液体に変えて浴槽に詰め込んだみたいだ。 「あのー! これ自動メイクのやつじゃないんですかー?」 「大丈夫! それで合ってるから!」 ほ、ほんと? 色的に不安なんだけど。……まあ、下のとは違うっちゃ違うし、いいか。私はそこに数分浸かってから上がった。薬剤が流れるからシャワーは浴びないよう言われていたので、そのまま脱衣所へ。すると床に新聞紙を敷いた上に小さな椅子が用意されていたので、何気なく座った。乾くまでの間、私はしげしげと自分の身体を眺めた。 (人形だ) 生きた人間の胴体には見えない、陶器とプラスチックの中間のような質感の身体。店長のあの液体ってすごいなーと改めて感じる。血管も産毛も黒子も皺もない、均質な皮膚がどこまで広がっている。こうしてジッとしていれば、事情を知らない人には本当に人形にしか見えないことだろう。何しろ乳首まで肌い……ん? (あれ……乳首どこ?) 見下ろしている自分の胸の先に、突起がない。ていうか、胸が一回り大きくなっているような……。確かめようと手を伸ばした。いや、伸ばそうとした。 (……?) 動かない。腕が上がらない。太腿の上に手を置いたまま、私は動けなかった。全身がなんだか硬くて、わずかに前後に揺れることしかできない。 (え? あ、何? 動けない!) 店長に助けを求めようとしたけど、声も出ない。私は成す術なく、全裸で椅子に座ったままジッとしていることしかできなかった。何がどうなってるの? 胸も変だし体も動かないし。もしかしてメイクの液体のせい? これ大丈夫? 治るやつ? しばらくすると店長が来たので私は叫びそうになった。だって全裸だもん今。 (わあああ!? 見ないで! 出てって!) 同時に、これで助かるという安心も感じた。二つの相反する感情に挟まれながら、私は店長が早く異変に気づいてくれることを願った。 店長は私に近づき、私の目の前に手のひらをかざして左右に振った。それから、私の手足を軽く揉んだ。 (ちょっ……やめて!) そんな人だと思わなかった。酷い。……しかし店長はそれ以上の狼藉を働こうとはせず、冷静にドライヤーで私を乾かし始めた。 (ねーっ!? ちょっと、何なんですかコレ!) 知り合いが動きも喋りもしなくなっていたら異常だと思わないの? 救急車呼んでよ! ……それともこれ想定の内なの? しばらくしたら動けるようになるのかな? が、いくら待っても体が動かせない。それどころかドンドン芯が固まっていき、ピクリともできなくなっていった。もう僅かに体を揺らすことすら叶わない。まるで魔法で石にされてしまったみたい。これじゃあ本当にお人形だよ……。 更にしばらく放置されてから、店長は私を抱きかかえて浴室に入り、私にシャワーを浴びせた。元に戻れるんだとぬか喜びしたのも束の間、ちっとも体が柔らかくならない。店長は私をしっかり拭いてから再度乾かし、そして……慣れた手つきで私に制服を、つまりピンクのロリータ衣装を着せた。まるで着せ替え人形のように。抵抗できず裸のまま男性に服を着せられるという最悪の仕打ちなのに、もはや気にならなかった。それどころじゃなかった。私はこの段階でようやく自分が何をされているのか、これからどうなるのか、店長が、この店が何なのかを悟りつつあったからだ。 (ダメ……店長……元に戻してください……お願い) 服を着てイチゴちゃんになった私はまた店長に抱きかかえられ、大きな箱の中に仕舞われてしまった。柔らかい梱包材で埋められ蓋が閉じる。 (出して! お願い!) 私の懇願が声になることは決してなく、また手足が自由を取り戻すことも二度となかった。 私の察しは正しかった。車でどこかに運ばれた私は、店先に並べられたのだ。新商品として。周囲は色んなサイズや服装の人形がたくさん並べられている。その中のいくつかに見知った顔があった。 (アリス!?) 辞めたはずのアリスちゃん。変わらない長い金髪、フリフリのアリス衣装。そして顔。見間違いようがない。周りの人形たちとは比較にならない大きなサイズ。90センチってこんなに大きかったんだ。てことは私も? (そんな……) あの薬剤、いやもっと前からあのメイクの液体も……。最初から私たちを本物の人形にしてしまうためのものだったんだ。信じられない。何でこんな酷いことを……。 お客が来ると、その顔も記憶にある顔だった。よく接客したあの人。 (……助けて!) 視線すら動かせないけど、必死に念を送った。私は店と同じ格好をしている。気づいてくれるはず。 「おっ、イチゴちゃん、こっち来たんだ」 (……!) わかってた。どうせそうだろうと思ってましたよ。客もわかってたんですね、最初から。 (私、一体どうなるの。このまま売られちゃうの? 人形として) そしてその後は……どんな扱い受けるのか想像もしたくない。 「どうです? そろそろこのサイズも」 「いやー、流石にデカすぎ。リリーちゃんは?」 「ああ、昨日並べたんですがその日すぐ」 「あー! 出遅れたー!」 何だか恐ろしい会話してるなあ。自分が買われないらしいことを知ると少し落ち着けた。アンダー30組も売られてるんだ。酷いや。私たちは生きた人間なのに。人形なんかじゃないのに。 でも、こうして人形みたいな肌と格好、そして1メートルにも満たない体。それでこうして店先に飾られジッとしていると、実際問題人形以外の何物でもなかった。 二人の会話によると、「闇人形」は概ねその日に売れるらしいけど、私はその日誰にも買われなかった。視界の端にいるアリスも。少しホッとした。店が閉まると店員も帰ってしまい、静かな人形だけの世界に私が一人取り残された。いや一人じゃないや、アリスがいる。他の子もいるのかも。……ここの人形たちみんな元人間なのかな。いやまさかね。量が多すぎる。 (じゃあ、私普通の人形といっしょくたに売られてるんだ) ゾッとするし、なんか腹立たしくもある。本物の人形と同列なんて。 深夜の間に何とか逃げられないか頑張ってみたけど、どうしても体は言うことをきいてくれなかった。指一本も動かせない。私たち……もう二度と動けないのかな。ただのお人形として誰かに買われて、そして……変なことされるんだろうか。 (いやー! 誰か! 誰か助けてー! 人間! 私人間なんですー!) 心の中の叫びは、狭い店内にすらこだますることはなかった。 人形店のラインナップに加えられてから一週間。私はまだここにいた。カフェの常連、即ちイチゴちゃんを知っている人が何人かこの店も訪れたものの、誰も私を買わない。 「おっ、イチゴちゃんだ」「いやー、やっぱり可愛いねー」 などと口では言うものの、財布の口は開かない。他の人形を買っていく。どれも小さいものばかり。 (うーっ、なんでぇ! なんで誰も私は買わないのー!) 買われることに怯えていたはずなのに、徐々に売れ残ることへの憤りが強まった。私はただのお人形じゃない。生きてる。そしてそのことを客が知っている。なのに、買わない。私に価値を見出さない。それじゃ……それじゃ、私は一体なんのためにお人形に……いやっ、買われたいわけじゃないけど! アリスもずっと売れ残っている。そしてムカつくことに、私より後にここへ来た30センチの子が即日で買われるという屈辱を味わった。 (ちょっ……うそっ……) そんなに……そんなに私は嫌なの? あんなに可愛いって言ってくれたのに。全部嘘だったの? 私は人形になっても可愛くないの……? 「あっ、やっぱこっち来てた」 聞き覚えのある声がした。落葉さんだった。落葉さんが私の目の前に立っている。 「聞こえる―? 元気ー?」 目の前で手を振る。私は答えようとしたけど、やっぱ喋れない。……ていうか待って!? あんた、知ってたの!? 知ってて私にこの店を……紹介したの!? (ひどい!) つまり、最初からこの女は私を……友人だった私を人形にして売り物になる末路がわかっていて……ていうか待って。もしかして……。 「お知り合いですか」 「ひひ。この子あの店に紹介したの私」 「ははっ、それはそれは」 (ふざけないで!) 私は怒鳴り散らしたかったけど、静かに微笑んだまま座っていることしかできない。 「買われますか?」 「いやー、いいよ。こんなん置き場ないし。マジ困る(笑)」 (……は?) 落葉さんは別のお人形を買った。売買の際、私はずっと脳内で叫び続けた。何で私を買わないの、それが目的だったんじゃないの、なんでこうなるとわかってて友達をあそこに紹介したの、助けて、元に戻して、責任とって……。 人形の購入を終えた彼女は帰りがけに私に声をかけた。 「じゃあね。良い人見つかるといいね」 (待って!) 私の心中の呼び止めは届かず、彼女は店を去ってしまった。私は虚無感と落胆に包まれた。……酷い。こんなのあんまりだよ。サイテー。死ね。地獄落ちろ。 その後も長らく私は誰にも買われなかった。理由もわかった。サイズだ。90センチ組はデカすぎるのだ。家の中にそんな大きさの人形を置いておける人は少ないし、置いてキチっと世話できる、する気のある人も少ないだろう。大きくちゃダメなのだ。人間だったころは……人間社会では大きい方が暮らしやすかったけど、人形社会は違うのだ。小さい方が有利なんだ。大きい私は人形として劣等なんだ。私はそれを理解した。 (もっと……もっと小さくなればよかったのに) そしたらきっと、即日だった。誰かに買われて大事にされ……されたかはわからないけど、人形にされた意味も意義も得られないまま埃を被る日々は送らなかったろう。 (小さく……なりたい) アリスと二人、いつまでも売れ残り続け後輩たちにビュンビュン抜かされていく屈辱の中、私は可愛らしい小さなお人形になった自分を夢想した。 (これじゃあ……一体なんのために、私は人形に……) 私は、いつしか人形になったことが無駄で無意味じゃなかったことを納得させてくれる出会いを求めるようになっていた。 (もういや。誰か……お願い。私を……買って) 下がり続ける自分の価値に怯えながら、私は買い手が来る日をいつまでも待ち続けたのだった。

Comments

感想ありがとうございます。客が裏を知っているかは人によります。知っている人もいれば知らない人もいるでしょう。

opq

本当にこんな人形カフェがあったら、絶対ここで貯金を使い果たしてしまう。 文字だけでもかわいらしさが感じられますが、特にカウンターやケース、棚の上の30サイズは、本物のインテリアフィギュアのような感じがします。 人形堕ちていくいちごちゃんを見ていると、なんだか気持ちがいい。その結果、突然イチゴちゃんを本物の人形にすることになった。 商品になった最初は助けを求めようと思っていたが、売れなくて焦りを感じていたという心境も扇情的だ。 推薦人である落ち葉さんも買わないなんて、単純に友達に悪戯したいだけなのでしょうか。 最後に縮小病でこの末路になったいちごちゃんはもっと小さくなりたいと思っていたので、よかったですね、自分の新しい身分を受け入れました。 最後に、知りたいのですが、人形カフェに行く皆さんはこの人形店を知っていますか?皆さんはその人形店員が本物の人間であることを知っていますか?

弥生萌えよう

コメントありがとうございます。これからも書いていくと思います。

opq

Yay! My favorites fetish! I love body-control, petrification, transformation to maid or doll. More please....

Xetinel (H.ERO)


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