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クレーンゲームの目玉景品

「花咲さん、ウチで景品にならない?」 退院を目前に控えたある日、バイト先の店長が突拍子もない提案をしてきて、私はしばらく彼の言葉を飲み込めなかった。クレーンゲームの目玉になってほしいってことらしいけど……。私、人間なんですけど!? 確かにプライズフィギュア並みの身長では……ある、けど……。 私が入院する羽目になった悪魔の病気、縮小病。名前の通りこれに罹ると体が縮んでいく。どれほど縮むかは人によるけど、私は重症だった。生きるか死ぬかの限界ギリギリラインである十分の一まで小さくなってしまった。おかげで私の身長は今17センチちょっとしかない。私は高身長で、自分で言うのもなんだけどスタイルも良い方だと思っていたから、定規とどっこいの小人になってしまったことはショックが大きかった。こんな体でこれからどう生きていけばいいんだろう。大学に通うのも働くのも危険すぎて夢のまた夢となってしまった。最悪……。 縮小病に治療法はなく、縮むのが止まったら寛解ということになり退院になる。この体でまた人の社会に……巨人の世界に放り出されるのだ。外どころか家の中でも生きるのに難儀するだろうに、酷い話だと思う。ただ小さくなったというだけで、身体自体はすこぶる健康だから尚更感情で納得しにくい。理不尽だという気持ちが勝る。だからまた働かせてくれる、しかも住み込みという店長の申し出はとてもありがたい話であることは間違いないんだけど……。内容が問題だった。小人になった私をクレーンゲームの中に入れて景品にするというのだ。客引き、話題作りで。 「いやちょっと、危険じゃないですか? ……ていうかゲットされたらどうするんですか」 「大丈夫安全対策はするから。それに取られることなんかないでしょ、捕まりようがないって」 まあ、クレーンゲームのクレーンに箱に入ってるわけでもない生きた人間が捕まえられるかというと、私自らの協力でもないと無理か。でもそれ以前に倫理的に大丈夫? ツッコミどころが多いよ店長。 考えさせてくださいといって、私は一旦退けた。完全には断らなかったのは、生活への不安からだった。今後一人で生きていくのは難しいというかきっと不可能だ。仕事もないと行き詰まる。でもだからといってゲームの景品になるなんて。私はフィギュアでもぬいぐるみでもない。小さくなっただけで、立派な人間なんだ。 退院までに友達や親戚に連絡とり他に面倒見てくれる人がいないか探したが、見つからなかった。そりゃそうだ。小人の介護なんて誰もしたくないよね。私も友人が小人になっても見舞いに行ったり何か差し入れするぐらいで保護者になることは断っただろうから、責める気になれなかった。 退院後、私はあっという間に冷たい現実の……巨人の洗礼を受けた。私の家は私の家でなくなっていた。当たり前のようにやれていたことができない。いや、させてもらえない。あらゆる家電や家具は大きすぎて使えない。ドアの取っ手、証明のスイッチ、リモコン、全てが手の届かない位置にあり、アスレチックを攻略しなければほんのちょっとした操作もままならない。スマホもパソコンも大きくて使いづらく、かなり難儀した。着られる服もない。病院でもらった簡素な白いワンピース一着だけ。人形用の服を通販で買ってはみたけど、体型に合わないしチクチクザラザラするし、着心地は酷いものだった。下着もないし。トイレで用を足すにも四苦八苦、お風呂も大変、数日で私は心が折れてしまった。世界からはじき出された気分。この世界はもう私が生きることを想定していないのだ。全ては巨人の……普通の人のためにある。それを痛感させられた。 店長から改めて景品にならないか勧誘された時は、涙が出てしまった。まだ私を必要としてくれる人がいる。生きていける場を作ってあげようという人がいる――。例えクレーンゲームの景品であったとしても、巨人の世界で干からびていくよりはよっぽどマシな道に思えた。そうして心変わりした私は彼の提案を受け入れ、クレーンゲームの中で働くことに決めた。ここより悪くなることなんてないだろう。 久々のゲーセンに私は圧倒された。デカい……。この世のものとも思えないところだ。ちょっと前までここでバイトしていたのになあ。 私は店長の要請で、フィギュアクリームという肌色のクリームを全身に塗布されることになった。これは本来フィギュアに塗って艶出ししたり、配合されてるナノマシンで自動修復機能を付加したりするためのものらしい。そんなものを何故人間に塗るかというと、理由は汚れの分解機能にある。フィギュアについた手汗や垢のような汚れをナノマシンが分解して常に綺麗に保ってくれる機能らしいけど、私ぐらい縮んだ人間にこれを塗ると、排泄の分解が間に合ってしまうらしい。つまり、トイレに行かなくてもよくなる。半信半疑だし健康上大丈夫なのか色々不安はあったけど、トイレが悪夢と化していたので私は塗ってみることをスルッと受け入れた。お風呂も入らなくてよくなるらしいし、成功すればグッと暮らしが楽になるはず。 店長がお湯に溶かした肌色のクリームは、ちょっと手を浸けてみると仄かな粘性があり、指先にまとわりつくような感触があった。フィギュアの色や形状を検知するらしい。私はフィギュアじゃないんだけど……まあナノマシンには見分けつかないか。店長が部屋から出ていき女性バイトだけになったので、私はワンピースを脱ぎ全裸になった。洗面器の中に足を踏み入れると、さっきの指先のように肌色の湯がまとわりつく。まるで私を飲み込もうとしているみたいに。腰を下ろして湯船に胸まで浸ける。全身が何だかコーティングされていくみたいな感覚がある。こんなの初めてだ。お湯が私の肌にピチッピチッと張り付いてくるみたい。 息を吸って私は顔を沈めた。髪までしっかり浸けるように言われている。浮かんでいた髪を女性バイトの指先がそっと押し込んでくる。いち……に……。四秒で私は顔を上げた。全身からボタボタ肌色の湯が滴り落ちる。少し粘性があったのに糸を引くようなことはなく、私の身体はツルツルしていた。 湯から上がると、バイトが私をドライヤーで乾かした。身体がよろめく熱風の中で、私は生まれ変わった自分の体に視線を落とした。手も胸もすっかり肌色一色に塗りつぶされている。これまで小さくなったというだけで何も変わらない人の肌だったのが、文字通りフィギュアみたいだった。ツルツルテカテカした染みも皺もない、樹脂のような質感の皮膚。産毛もなく血管も見えず、黒子もなくなっている。ちょっち綺麗かも。 乾いてから用意された鏡を見ると、そこに私はいなかった。代わりに、私をアニメチックにデフォルメした顔を持つ美少女フィギュアが一体映りこんでいる。 (え、これ……私!?) ちょっとビックリ。ここまで変わるとは思ってなかった。私が動くと鏡の中のフィギュアも動くけど、それに自分自身ビックリしてしまう。フィギュアが動いた! って。 クリームが色を検知するという事前の説明通り、髪は黒色を取り戻している。でも、人の髪には見えない。一塊で作られたフィギュアの髪だ。彫刻みたいでもある。しかし手で触ってみると問題なくサラサラ分かれるし指が通る。変なの。 そして一番変わったかもしれないのは胸と股間。何もない。無くなっている。股間はマネキンや着せ替え人形のように平坦でそこには何かがあった痕跡がない。え、トイレとか大丈夫? あ、いかなくてもいいのか。そして胸。乳首がない。ここも子供用の着せ替え人形みたいだ。よく観察すると私の胸が一回り大きくなっている。乳首を自然に埋没させてしまうようクリームが多く付着したらしかった。何でこんなことを……まあいいけど。しかし……隠すところのない体になっちゃったな。 その後、私は髪をピンク色に染められた。事前に説明は受けていたけど、フィギュア化した自分を見たせいでかなり心理的な抵抗が生まれた。仕上がりが想像できちゃう。そして実際、想像通り。アニメみたいに鮮やかなピンク色に染められた髪は、どこからどう見ても私をフィギュアに見せてしまった。ジッとしていれば生きた人間だなんて思う人はいまい。動いていても「動く機能のあるフィギュア」だと思うだろうなってくらい、生々しさを、生気を感じない。うん、これだったら景品ですって言われても問題にならないかもしれない。ビジュアルの説得力が強すぎる。 最後に、私は人形用の3Dプリンターに入れられた。樹脂と繊維の性質を併せ持つ素材を吹き付け、人形用の服を形成してくれるらしい。そこで私はふわっふわでフリフリのピンク色のロリータドレスを与えられた。髪もピンクだから全身どピンク。滅茶苦茶恥ずかしい。こんなの私のキャラじゃないし……。身体のラインが見えなくてすごい子供っぽい。モデルみたいって言われることも結構あったのになあ。とほほ……。 こうしてとっても可愛らしいピンクのお人形に改造された私は、クレーンゲームの中に投入された。この台だけ特別にいろんな加工が施されている。例えば床や穴の淵には私が落っこちても大丈夫なよう、柔らかい綿や布を使ったクッションが敷かれている。そして穴は普段蓋で閉じられ、ゲーム開始しないと開かない。私がうっかり落っこちないように。しかし私は自分の新しい仕事場にちょっと恐怖を覚えた。ここでしばらくバイトしてたけど、まさか自分が景品としてこの中に入る日が来るなんて思ってもみなかった。前面のガラス越しに見る外の世界が、酷く遠くに感じる。後ろを振り返ると箱詰めのプライスフィギュアが並んでいる。どれも私と同じぐらいのサイズ。ゾッとした。今や容姿もフィギュアそのものだし、人間よりあの何も言わない樹脂の塊の方に近いなんて。本当に人間じゃなくなっちゃったみたいだ。私ももし箱詰めされていたら……全く見分けがつかないだろうな。 その後、いよいよ仕事が始まった。生きたフィギュアのいるクレーンゲームは評判を呼び、かなり客が来た。巨人たちが物欲しそうな目で私をガラス越しに見下ろしてくる光景はお世辞にも心地よいとは言えない。怖い。けど怖がったらダメだから、私はニッコリ笑った。何も考えてなさそうな幼稚な笑顔で。……特に何も言われてないけど、このピンクのフリフリな格好からするとそういうキャラを求められているんだろうと解釈した。愛らしい小人さん。多分そう。女性客が可愛いーって叫びながらパシャパシャ撮ってるから、多分合ってる。……腹立つなあ。あの馬鹿そうな女どもこそ私の代わりに景品になればよかったのに。愛玩用のハムスターみたいに見られているのが心底悔しくて腹立たしかった。こんなふざけた病気に罹らなければ、私も今頃モデルとかやってたかもしれないのに。こんな子供っぽい格好でぶりっ子なんか……しなくてよかったのにな。 そして挑戦者が次々。巨大なクレーンが頭上でひっきりなしに動くのは心臓に悪い。落ちてこないよねえ。大丈夫だよね。重機と違って「下にいる人間」のことを考慮していない機器であることが感覚で伝わってくるので、建設現場を歩くより不安だった。実際、私目掛けて降りてくるし。 「あぁ~っ、惜しい!」 ギャラリーが湧く。私がそっと避けるたびに。ちなみに取られたら本当にその人のモノになるという宣伝文句らしい。店長、その辺はぼかしてたけど……最悪。変な人に取られたらどうすんの。まあ実際は人権問題で無理だろうけどさ。それにそもそも取られないし。クレーンなんてとても簡単に避けられる。とはいえ本気で走り回ってガン逃げしたらゲームにならないだろうから、私は適当にお付き合いしてあげなければならなかった。プロレスというやつ。すんでのところでクレーンを避ける……ようなタイミングで避ける。これ詐欺じゃないかなあという気もしてくるけど、まあお客さんも本気で人間を取得できるとも思ってない……よね? ていうかどういう宣伝してるんだろう。私が人間なのってちゃんと言明してるんだろうか。不安。 数日すると私も徐々に慣れてきて、たまに捕まってあげたりもし出した。クレーンに掴まって上に運ばれる。捕まるのではなく掴まる。私から掴まっていないと落ちるし。これ、私自身の協力ないと絶対取れないなぁと心の中で笑ってしまう。そしてちょっともがくような素振りのあと、クレーンから逃げ出し床に落ちる。クッションだから平気。 「ああーっ!」 客が叫んだ。惜しいように見えたかな? ごめんねえ。私を欲しがり一喜一憂しながら苦闘する男性客を見ていると、ちょっと楽しくなってくる。からかい甲斐あるなあ男の人って。女性客は捕まってあげない。クレーン降りてきた段階で躱す。心底から見下されてるのわかってムカつくし。私はハムスターじゃないしあんたのSNS盛り上げるための背景でもないから! そんなこんなで意外と楽しく景品生活を送れていたけど、この台の景品は当然、私だけじゃない。私を無視して後ろにあるプライズフィギュアを取りに行く人もいる。私は絶対取れないんだから当然っちゃ当然なんだけど、なんか納得できない。生きた私よりただの樹脂の塊の方がいいわけ? そんなことある? 運ばれていくフィギュアの箱に飛び乗って叩き落してやりたい気持ちに駆られることが何度かあった。特に、以前に私を狙っていた人が私を無視して後ろのフィギュアを狙いだすと物凄くモヤモヤする。自分がフィギュアより魅力がないみたいに言われたような気がして。被害妄想なのはわかってるけど、せっかく生きたフィギュアがいる台でやってるのに生きてないフィギュアの方を狙われると当てつけかと思っちゃう。 いつの間にか表情に出ていたらしく、男性客はゲットしたフィギュアを脇に置き、ニヤッと笑いながらもう一度コインを入れて私を狙いだした。その瞬間、私は顔に出ていたことに気づき、ものすごく恥ずかしくなった。やだっ、バレた。フィギュアに嫉妬してるのバレた! 真っ赤になりながらしばらくクレーンに掴まり、今までで一番惜しいところで逃れた。うー、何これ。まるで私取られたがってるみたい。しかもフィギュアにヤキモチなんて。信じられない。 無視すると不機嫌になるのは広まってしまったらしく、以後多くの客が一度私を無視してから最後に一度だけ狙ってくることが増えた。まるでイヤイヤしてる子供をあやしてるかのような顔でやってくるから私はかなりいたたまれなかった。二十超えてるのにこんな扱いやだぁ。そしてそれに順応してる自分もイヤイヤ……。 色々ありながら月日が経ち、私はすっかりこのゲーセンのお馴染みになっていた。もう景品というより看板娘……いや看板猫みたい。前を通りがかった人がニコニコしながら手を振ってきたり写真撮ってきたり。あの~、ゲームやってくれません? 私飾りじゃなくて景品なんですけど……いや景品でもないけど! 当初のブームが収まっても私を狙いに来るのは主に配信者の人たちだった。撮影しながら私を何度も狙ってくる。向こうは大体オーバーなリアクションとってくるから釣られて私もリアクションが大きくなった。クレーンに捕まってあげたりもする。取られはしないけどね。 私の動画見て見たいなあ。どんな風に見られてるんだろ。可愛いとか言われてたらいいな……。景品補充の時店員にちょっと外に出してくれるよう頼もうとした時だった。 (あのっ、今日終わったらちょっと外にだして……あれ?) 声が出ない。私は口をパクパク開閉させるだけだった。困惑している間に店員は補充を終えて去ってしまった。ああ……もう今日は出られない。ここに来てから台の外に出たこと少ないけど。 でも、どうして声が出なかったんだろう。私は一人床に座って足を前に伸ばしながら、ちょっと喋ろうとした。が、ダメだ。声が出ない。 (何でぇ……どうしてぇ……?) そういえばずいぶん長い間人と喋っていない。声の出し方を忘れてしまったのだろうか。そんなことある? ていうか病院とか行った方が……ダメだ。声が出ないと病院行かせてくださいって言えないよ。ここ、筆記とかできないし……。どうしよう。 クレーンゲームの中に住み着いている私には喋れなくて困る喫緊の理由はないんだけど、流石に不安が増していく。私の身体は一体どうなっちゃったんだろう。何か変な病気とか……。それとも……。店員が来ても出してくれと言えない。声が出ない私は、いつの間にか意思疎通の手段を失ってしまっていた。 (し……仕方ないなあ) ここから出る方法は店員に頼む以外ないと思っていたけど、もう一つだけある。私は景品が出ていく穴を眺めた。もう長くここで景品してあげたんだもん、そろそろ……いいよね? 思い返せば店長から「誰にも取られるな」とか言われた記憶はない。 何回も私を狙ってくれた男性配信者がまた来たので、私は決意を固めた。ここから出よう。この人に取られて。 一瞬、胸に不安がよぎる。この人に取られて大丈夫? この人のモノになるってことだよ? でも……この人は何回も私のためにこの台に来てくれてるし、優しそうだし……平気じゃない? ていうかそもそも私は人間なんだから、誰の所有物にもならなくていいはずだし。 最初何回かはクレーンを避けた。いきなり取られてあげたらアレだから……うん。彼が「あちゃあ~」と言うそのたびに、私はドキドキしながら祈った。諦めないで。諦めないでください。今日は、私……取られてあげますから! 数回目のチャレンジ。私はクレーンに掴まった。しっかりと。ギュッと手で掴む。離さない。店長には悪いけど……私、今日でここを出ます。 が、穴に近づいた瞬間、信じられないことが起こった。私の身体が私のものではなくなったのだ。 (えっ……!?) まるで怪物から逃れようとしているみたいに、ガタガタ暴れだす体。配信者相手の時のオーバーリアクション。これまで何度もやってきたこと。でも……でも何で!? 今日はこのまま取られてあげるはずだったのに! こんな風に……動こうと……していないのにーっ! 私はクレーンから逃げ出し、床に落っこちた。 「あぁーっ、おっしいー!」 何が起きたのかわからず、私は困惑しながら起き上がった。身体が動く。さっきは……私の意志じゃない何かに動かされていたのに。まるで嘘のように何事もない。 私がまごまごしている間に配信者は撮影を終え、片付け始めた。私は慌ててガラスを叩いた。 (もう一度! もう一度お願いします!) 声が出ない。彼は私にペコリと会釈して去っていった。あぁ……そんな。捕まってあげるつもりだったのに。一体何がどうなってるの。身体が勝手に動いて逃げちゃった。癖になっちゃってるんだろうか。いや違う、そんな軽く片付けられる現象じゃなかった、絶対に……。 体が急に言うことをきかなくなる現象はその後も何度か発生した。女性客が私を狙った時、あえてクレーンをよけずにいたのに、突然体がひとりでに動いて躱してしまった。 (っ……また!?) 「んも~!」 お姉さんは私を諦め、別の台に向かった。私は何だか申し訳なくて落ち込んでしまった。今のもだ。身体が勝手に、私の意志じゃない力に支配されて動かされる。気のせいじゃない。癖とかじゃない。何かが……誰かが私の身体を乗っ取ってるんだ。 この現象はずーっと続き、クレーンゲームから脱出しようとする私の試みを挫き続けた。捕まろうとしても体が勝手に抵抗して逃れてしまう。相変わらず声もでない。ここから……出られない。 真相を知ったのは近くで駄弁ってる男性客二人の会話を聞いた時だった。フィギュアクリームの話をしていたので、自然と聞き耳を立てた。私も全身に塗っている。彼らの話によると、クリームのナノマシンには学習機能があるらしい。何度もやった行動は勝手に記憶して自動的にやってくれるようになるのだという。おかげで何度も折ってたフィギュアの細いアンテナがひとりでに修復されるようになって大助かり……そんな話をしていた。 (学習機能……えっ……まさか……) クリームに身体を包まれていなければ嫌な汗が流れ出たかもしれない。もしかしたら……ひょっとして……。ここ最近のおかしな不調を見事に説明してくれるかもしれない新情報に、私の心臓が鼓動を早めた。 (まさか……私のここでの……景品としての振る舞いが……学習されたかもしれないってこと……!?) ここに来てから何か月も経つ。ありうる。いや、今のところそれしか考えられない。私はここに来てからほとんど喋らなかったし、ずーっと捕まらないようプロレスを演じ続けてきた。それらをクリームが学習して自動で発動するようになっているとしたら……。 思考を巡らしているところに、男性客が来た。その瞬間、答え合わせが起こった。私の身体が勝手に彼に向き合い、ニコッと笑ったのだ。 (あっ……!) 今のは絶対に、私が起こした行動じゃない。身体が勝手に起こした。間違いない。私のぶりっ子営業を……クリームが……そんな……。 私は必死にクリームの学習結果に抵抗した。表情を崩そうとしても、頭の悪そうな笑顔を変えられない。成人女性と思えぬ幼児みたいなリアクションも勝手にとらされてしまう。止められない……。そして、クレーンを自動で避けてしまった。 決まりだ。お客を可愛らしい笑顔で見送りながら、表情と裏腹に私は絶望していた。いつからだろう。もしかしたらずっと前からこうだったのかもしれない。私の身体はすっかりクレーンゲームの景品としてのムーブを学びつくし、強制するようになってしまっていたのだ。 (う……うそ。じゃあ、私は……) チラッと穴の方を見た。決して行けないことが確定してしまった唯一の脱出口を。店員に出してとも言えない。しかも……私は愛想のいい可愛いお人形ムーブまで強制されてしまう。これじゃあ……ここから出たがってると思ってもらえない。満足してると思われちゃう……。 (じゃ、じゃあ……私、ずっとここから出られないの?) 店員の誰かが私を勝手に取り出すか、もしくは……誰かが私の抵抗を下して本当にゲットしてみせるその日まで……私はクレーンゲームの景品であり続けなければならない。 (そ、そんなー! ヤだぁー! 私、フィギュアじゃないよー! ここから出してー!) 万策尽きた私の叫びは、何も考えてなさそうなコロコロした笑顔から出ていくことはなかった。


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