私を飼う私
Added 2025-03-23 11:33:35 +0000 UTCある日、私は私を拾った。体長25センチ。体重は……軽い。顔と体型は私そのもので、生き写しだった。河川敷の草むらがガサガサ音を立てるので覗いてみたら、そこに私はいた。薄汚れた全裸の小人。彼女は見つかると同時に私を見上げて固まった。見る間に表情が曇っていく。不安と緊張が伝わってきた。彼女も驚いているみたいだけど私も……というか絶対私の方が驚いた! だって小人だもん! 現実にそんなのいるなんて思ったこともなかったし、何より……私そっくりなんだもん! 人形やロボットじゃないことは一目見てわかった。生きてる。生身の人間だ。ただ、小さい。病気の小さい人……とかも、流石にこのサイズはありえないと思う。体型も私と同じで、平均的女子高生というスタイルをしている。病気で発育が悪かった人では絶対ない。服も着てないし。 私そっくりの小人は逃げなかった。俯き不安げに私をチラチラ見てくるだけ。私も緊張した。え、何これどういう状況? というかどうしたらいいの? ただ、何となくこのまま見なかったことにして帰る気だけは起きなかった。一生、後悔しそうだ。あの小人は何だったんだろう、どうしたんだろう……と。 「えっと……」 私が声をかけると、小さい私がビクッと震えた。 「こ……こんにちは」 冷たい沈黙。 「私小百合っていうんだけど、あなたは?」 小人は声を発さず、頭を上下に何度も動かした。人間とコミュニケーションが同じなら頷いているのであり、肯定を指すのだろう。ただ問題は、イエスノーで答える質問じゃなかったこと。それがイエスというのはどう受け止めるべきか。いや、今の質問にイエスというのは、もしかして……。私は見覚えしかない小さな顔をジッと見つめた。 「あなたも、小百合なの?」 小人は力強く何度も頷いた。マジか。顔もスタイルも同じで名前も同じ? じゃあマジでこの子……私じゃん。え、どういうこと? 「えっと……ウチくる?」 私はしゃがんで鞄を開けた。泥だらけの動物を入れるの嫌だけど、全裸の小人を腕に抱きかかえて帰るわけにもいかない。鞄を汚してでも人に見られたくなかった。騒ぎになるだろうし、それに……実質、全裸の私だし。 家に私を連れ帰った私は、お風呂で彼女を鞄から取り出した。とりあえず洗おう。シャワーで汚れをザっと落としてから、洗面器にお湯を張り、石鹸を少し抉りとった。小さい私は何も言わずとも洗面器の湯船に浸かり、私の指先の石鹸に向かって手を伸ばし、こっちに渡せと言いたげなジェスチャーをした。渡すと、普通の人間と同じように石鹸で手を泡立て、身体を洗い出した。石鹸が石鹸だとわかるんだ。知能が高い……というより、知っていると言うべきかも。人間社会で人間として生きてきたように見える振る舞いだった。小人……新種の動物じゃないんだろうか。でも、こんな小さな人間ってある? それに人だったら喋るよね? 綺麗になった「私」を、親に見つからないようこっそりと二階の自室に運ぶ。彼女をベッドに置いてから部屋のドアを閉めた時、ようやく一息つけた。河川敷の桜見てからコンビニ行くだけのつもりだったのに、こんな拾い物をすることになろうとは。 ベッドの上で小さい私は部屋の中をキョロキョロ眺めていた。私はこれからどうするかを思案した。警察に届けるべきだろうか。それとも大学とか? でも、どれも嫌だ。彼女を人目につかせたくない。だって……何度見てもどう見ても、私なんだもん。まるで鏡を見ているみたいだった。人形みたいに小さいけど、鏡や写真の中に住む私そのものだ。そっくりなんてもんじゃない。コピーして小さいサイズで世界にペーストしたのかって思うくらい。全裸の私が見世物や実験体になるところを想像すると恥ずかしすぎて死ねる。しかも、メディアに大々的に取り上げられたりなんかしたら、その日から私の方が「小人のそっくりさん」になってしまうだろう。絶対嫌だ。 私は小さい私からさらに色々聞き出そうとしたが、どうも喋れないらしい。彼女は自分の口を差してから両腕をクロスしバッテンを作った。それから、私のスマホを指さした。スマホがわかる……いや、知っているらしい。 スマホを渡すと、彼女は迷うことなく使いこなした。小さい体でちょっと大変そうではあったが、使い方は熟知しているようだった。スマホで日本語の文章を入力し始め、ようやく小さい私と大きい私は真面目な話を交わすことができた。結論から言うと、彼女は私だった。似てるという意味でも小人世界の私というわけでもなく、本当に私自身だったのだ。彼女は半年後の世界からタイムスリップしてきたのだという。 「……マジ!?」 小さい私……未来の私はコクコクと頷く。えぇー……マジかぁ。私は天を仰いだ。証拠はないけど疑う気になれなかった。真実を話している気がする。自分だからわかるのだろうか。ていうか……さっき見つけちゃったけど私の鎖骨近くと全く同じ位置に同じような黒子見つけちゃったし。私であることは正直いまさら疑えない。 しかし、何故そうなったかは教えてくれなかった。過去が変われば自分が……未来の小さい私が消えてしまうかもということらしい。だから未来の私にとってすれば、こうなってしまった以上過去の大きな私に詳細は伝えず、同じ歴史を歩んでもらうしかないのだ。小さくなって半年前に飛ばされ、半年前の私に拾われるという運命を。 (何がどうなったらそんなことになんのよ……) 色々とツッコみたいことは山積みだけど、運命を変えるような情報はきっと渡すまい。私もなんだか怖くなってきた。未来のわけわからん運命がではなく、歴史を変える方が。宇宙崩壊とかしたら困るし。逆にいうと未来の安全自体は確定されているのだから、まあ慌てなくてもいいかもしれない。ただ問題は、また元通り大きくなれるのか、だ。これに関しては「わからない」という返事だった。やだなー、一生小さいままだと……。 紛れもない私自身だと判明した以上、流石に他人に引き渡す選択肢はなくなった。これから半年の間、私は私を飼うことになったのだった。 潰れて死んだりしたら今の私が発狂しちゃうから、まずは安全確保だ。小人を見つけて飼い始めたことを両親に正直に伝える。最初は冗談扱いされたけど、実物は強い。納得してもらえた。どこにも言わないでという約束もしてもらえた。これも割とすんなり通った。きっと私そっくりだったからだろう。未来の私であることは伏せた。面倒くさいことになったら困る。 猫用のケージを親に買ってもらい、私は私をそこに閉じ込めた。不満そうだったが仕方ない。両親に踏まれたり掃除機に轢かれたりしたら大変だ。底に柔らかいタオルを敷き詰めてあげたから許して。 次の問題は……排泄。私はおしっこをする。未来の小さな私も、おしっこをする。第一回目のおしっこは、彼女が真っ赤になりながらも股間を手で覆いながら内股でクネクネしてきた時。小人ってなんだかファンタジーな感じするからすっかり失念していた。彼女は小さいだけの人間で、妖精でも妖怪でもない。生理機能があるのだ。 私は私を連れてトイレへ向かった。が、未来の私は小さいので、一人では便器に跨っておしっこできない。仕方ないので、私がそっと彼女の折り曲がった両脚を両手で持って、空中に位置どらせた。ちょぼちょぼと小さなおしっこが全裸の小さな私から便器の中に落ちていく時間は死ぬほど辛く気まずかった。ちょっと私の手にかかっちゃったし。きちゃない。 毎回これじゃ大変だなあ。ていうか、下着ないと汚いな……小さい私。 いずれウンチもするだろうし、早急にどうにかしないといけない。とりあえず猫用のトイレを買ってきたけど、結局私がウンチやおしっこを片付けないといけないのがキツイ。うえー、やだなあ。何しろ自分だから可愛いと思えない。……まあ、全裸で周囲から丸見えの状態で、トイレじゃない部屋の中で用を足す羽目になっている小さい私もリンゴみたいに真っ赤な顔してるけど。これしかないんだからしょうがないでしょ! 私だって部屋の中でウンチされるの嫌なんだからね! 音するし! 食事は毎食、私の分からちょっと分けてあげた。お母さんが用意した人形用の食器と、手作りしたミニチュアのお箸で一人で食べてくれる。お風呂は小さくちぎった石鹸を渡してやれば勝手にやるので、トイレほど面倒ではなかった。 何とかかんとか基盤が整うと、裸なのが気になってきた。でも今更人形用の服とか買ってきてもなあ。体型に合うか微妙だし、日常的な洗濯耐えられそうにないし。でもたまに着せて遊ぶぐらいならまあいいか……。 いつの間にかお母さんが数着用意していたので着てみてもらったけど、着心地はよくないようだ。人が着ることは想定してないだろうし、さもありなんって感じ。それに、正直見てる私がちょっと居心地悪かった。親は盛り上がるけど、私はちょっと……お人形用のフリフリで派手な服着てる自分を第三者視点で直視させられるのは大変気まずい。ノーメイクだし。んん……でもまあ小ささ補正があるからそれほど悪くもない……かも? 私だって別に可愛い服似合わないってわけじゃ……。目の前でフリフリ衣装着てる小人が別人だったら素直に「可愛いーっ」と叫んでいただろうな。でも自分だから言いづらい。とっても。 そんなこんなで、猫用の道具と人形用の道具を用いて私の飼育は行われた。つまんなそうにバタバタしているのが可哀相になったので回して遊ぶ猫用の玩具を買い与えてみたけど、死んだ目でゆっくりと回転させるだけだった。でも万が一の事故が怖いからあんまりケージから出したくないんだよね。それに下着もつけてないからちょっと汚いと感じてしまうのもある。それでも目の届く間ならいいか、と私は私をケージから出して一緒に漫画読んだりドラマ見たりするようになった。やってみると妹ができたみたいで楽しかったので、私はちょくちょく私と一緒に遊ぶようになった。何しろ好き嫌いが全く同じなので、何もかもがスムーズだった。意見が食い違うことがない。私が面白いと思ったものは私も面白いと思うし、私が嫌いだと感じたものは私も嫌いだと感じるので、常に仲良く盛り上がれる。ただ、私が推しの活躍で盛り上がった時、一度だけ小さい私がスンと遠い目をしていたことがあった。その推しは二か月後死んで作品から退場した。 一度仲良くなるとトイレの世話もあまり苦じゃなくなった。赤ちゃんだと思えばいい。正直、来月来る別れが惜しかった。もっと一緒にいてほしかったな。無限に話が合う親友兼妹ができたみたいだった。推しカプ推しキャラ作品解釈全一致の話し相手なんて二度と現れないだろう。私じゃ自意識が邪魔して着られないような服も代わりに着てくれるし。そこで気づいた。来月別れるのは私じゃなくて、私だということに。えーとつまり、小さい私がいなくなるんじゃなくて大きいこの私が……小さくなって半年前に飛ぶ!? あまり考えないようにしてたけど、Xデーが近づいてくると不安が増大してきた。具体的に何日か、どういう経緯でそうなるのか教えてくれないんだもん。向こうからすれば絶対に運命通り縮んで過去に飛んでくれないと困るだろうから仕方ないんだろうけど……。自分がそんな運命に遭うのわかっていて助けないつもり!? 冷たいな。あんなに仲良くしてたのに。 それから二週間ほど経ったある日。その日がやってきた。なんだあって私は小さくなり、かんだあって私は過去に飛んだ。味方のいない世界に一人、全裸で道端に放り出された私は途方に暮れた。ど、どうしよう。今日だと思っていなかった。何も準備……覚悟もしてないよ。「私」にも両親にも別れを言ってない。わかってたら伝えたのに。半年間いなくなるけどまた帰ってきますって。いや、帰ってももういないんだ。小さな私は……。何でも話が合い、小さくて可愛かった未来の私。もう二度と会えない。そう思うと無性に寂しくなった。ちゃんとお別れ言いたかったなあ。 「っくしゅ!」 夜明けの寒さに私はブルブル震えた。死んじゃうよ。どうしよう。道路わきの草に腰を下ろし途方に暮れていると、バカでかい自転車が大地を揺らしながら目の前を通り過ぎていった。心臓がバクバク波打つ。まるでマンションサイズの電車だ。あんなのがそこらをうろつく。当たったら死んじゃう。見つかっても騒ぎになる。未来から来たと言っても信じてもらえないだろうなあ。元は同じサイズの人間だったことも。……ていうか声が出なくなっちゃってるし。 私は交通ルールを習ったばかりの幼稚園児よりしっかりと左右を見てから道路を横断し、歩き出した。ここにいてもどうにもならない。家に帰らないと。そうだ、半年前の私がいるはず。過去の私に拾ってもらえば運命の歯車がかみ合うはずだ。 しかし不意に大地を揺らす巨大な車や自転車、そしてビルのようにデカい巨人は想像以上の恐怖だった。見つかったら、触れたら死ぬ。全裸なのも相まって一層心細かった。とにかく家に、私の家に帰らないと……。 しかし、私の家は遠かった。小さくなって移動速度が大幅に落ちたのと、裸足でゴツゴツ拡大されたアスファルトや地面を歩くのが大変なのが理由。それに、周囲の気配に敏感になり、人を恐れながら移動しなければならないのも精神をすり減らす。日が上がり朝になると徐々に人通りも増えてきたので、私はもう道路を歩けなくなった。追いやられるようにして河川敷に降り、草の中をそっと移動した。雑草がとても大きいし、クソデカい虫に出会うと悲鳴を堪えきれなかった。声が出なくなっていなかったら人が何だなんだと詰め掛けていただろう。 一際背の高い草むらの中に入った時、既に日は高く昇っていた。もうお昼だろうか……。私の家はどこだろう。これで進む先あってるだろうか。もしも上手くいかなかったら……運命の道筋をたどれなかったらどうなるんだろう。あ、いや、過去の私はこの私と出会わなくてもあの縮んで過去に飛ばされる出来事に遭えればいいのか。私が行倒れても矛盾は生じない? いやでも今の私は小さい私と暮らした記憶あるから……なんかこんがらがってきた。 その時、後ろで足音がした。反射的に振り返り、私は硬直した。人がいた。巨人だ。私を見下ろしている。逆光で顔が見えない。やらかした。色々頭がグルグルしてて気づかなかった。 巨人は女性のようだった。完璧に目撃されてるから誤魔化しようがない。それに、こんな草むらを端って逃げる体力ももう残っていない。私は目の前の女性に身を委ねるしかなかった。緊迫した沈黙ののち、巨人が口を開いた。 「えっと……」 私はビクッと震えた。捕捉された。どうしよう――。 「こ……こんにちは」 緊張した喋りだった。そっか、向こうからすれば私は小人なのか。そりゃ驚くよね……。 「私小百合っていうんだけど、あなたは?」