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ペット妖精、元剣士

「あっ! お宝ですう!」 先行していた妖精のマールが嬉しそうに叫んだ。ダンジョンの隠しルートを見つけ進んできた着いた私たちは、いよいよ最奥と見られる部屋にたどり着いたのだ。 「敵は? 罠はないか?」 ユーミは矢を準備したまま言った。マホは索敵魔法を使ってから部屋に敵影はないようだと確認した。私は剣を鞘に納めた。 マールは部屋の中央に鎮座した宝箱の周りを元気にグルグル飛び回っている。 「罠もなさそうだな」 妖精はこういう時に便利だ。冒険にペットは邪魔だと言う人間も多いが、安全確認や敵の陽動に役立つこともある。特に妖精は知能が高いので尚更。 「よーし。開けるぞ」 マホが魔法で解錠した後、私は意気揚々と宝箱を開けた。これで厳しかった隠しルートの試練の数々が報われると、無警戒に。 蓋が開くと同時にまばゆい閃光が放たれ、私を――肩にチョコンと乗ったマールと私を飲み込んだ。 「っ!」 「きゃっ!?」 私とマールが小さな悲鳴を上げた後、全身の感覚が溶けていった。空気と私の身体の境界線がなくなり、自分がどこにいるのかわからなくなり、何も感じなくなった。ただ白い世界の中に意識だけが放り出され、じきに意識も溶け去った。 (……んん……?) しばらくすると、朧げに意識が蘇ってきた。私は床に倒れているらしい。羽と背中が固く冷たいひんやりした石の感触を読み取っている。 「あっ! 起きたんですね! 良かった!」 聞きなれた声……マホだ。安堵するユーミの声が少し離れたところから聞こえる。そして……。 「わーっ! 良かったですう!」 ハッキリしてきた視界の中に、大きな顔が現れた。見覚えあるが会ったことのない顔。私ら三人パーティーのペット妖精、マールによく似た声。顔つきもそっくりだ。ただ……視界に映っているのは小さな妖精ではなく、人の、人間の女性だった。 「ああ……」 ゆっくり起き上がると、違和感に気づいた。やけに周囲が広く感じられた。遠くに宝箱が見える。私はギョッとした。その宝箱は見たこともないほど巨大だった。同時に……。 「もーっ! 心配しましたよーう!」 甘ったるい声を上げる全裸の女性。いや……巨人が私を見下ろしていた。理解できない状況に、私は混乱した。夢を見ているのだろうか、それとも……。 「あっ待って……今説明しますから……」 巨人と同じ背丈を持った大きな大きなマホが同じように見下ろしてきたことで、私は泡を吹き再度気絶した。 「……つまり? 私は……マールと入れ替わった……のか?」 「ええまあ……正確には種族が、のようですが」 ダンジョンの深奥で、私は三人の巨人に囲まれながら自らの身に起きたありえない状況をゆっくりと受け止めた。宝箱に罠が仕掛けられていて、近くにいた私と……あろうことかマールとが、入れ替わってしまったらしい。精神がではない。種族が、だ。 大人の肉体を持っているのに今さっき生まれたばかりのような一点の染みも傷もない瑞々しい肌を持った、子供じみた女性。一糸まとわぬ姿で、ニコニコしながら私を見つめている。あの小さかったマールがどうやら……人間になったというのは本当らしい。そして私は……。人形よりも小さくなった頼りない手をジッと見つめた。透き通るような羽根を背中から生やした、ちっちゃな妖精に生まれ変わっていたのだ。身に着けていた防具と剣が、床に落ちたまま転がっている。あまりにも大きくて、自分がさっきまで身に着けていたなんて思えない。まるで悪夢だった。こんな呪い、聞いたことがない……。種族が入れ替わるだなんて……。 「……このダンジョンは宝箱開けた時眩しく光るって話は聞いたことあったんですけど……」 マホが今更すぎる情報を共有した。 「人間同士じゃ無意味だもんな。誰も気づかなかったんだな」 ユーミがそう言った。 「な、なあおい……これって、元に戻るよな?」 私は震える声で縋った。冗談じゃない。妖精だなんて。こんな小さい体じゃ、剣を振るどころか……いやそれ以前に、もはや人間ですらないだなんて……一体これからどうすればいいのか。考えたくない。 「う、うーん……もう一度同じ呪いの宝箱を見つけて、二人で開けてもらうしか……」 そ、そんな……それってほとんど不可能なんじゃ……。聞いたこともない珍しい呪いを、もう一度……? しかも……いつ誰かが死んでもおかしくないダンジョンの奥に、あいつを……連れて!? 私はぼけーっとしたままくつろいでいる全裸の女を見上げた。何の役にも立たなそうな、呆けた笑顔だった。 その後、落ち着いてから私たちは何とかダンジョンから脱出した。鞄の中に閉じ込められるのはかなりの屈辱だった。自分が小さくなったこと、本当に妖精に……何の役にも立たない無力な存在になってしまったことを物理的に体感させられたからだ。剣を振るいたい。みんなのために。しかしそれはもう……ひょっとしたら二度と叶わないかもしれない願いだった。一体どうしよう? 一生妖精のままだったら……。妖精は人間としては扱われない。マールが罠にかかって死んでも、私たちは心は痛めたろうが、ありゃー残念ぐらいで流したろう。自分に置き換えて想像してみるとゾッと悪寒が走り、吐きそうになった。世界で一番大事な拠り所を失ってしまったように感じられた。今まで存在すら意識したことのなかった拠り所――人間であるという一点を。 そして、ダンジョンを脱出する際にあたり、マールが大変なお荷物だった。私の装備を着せると重くてろくに動けないので、鎧を外した軽装で歩かせなければならなかった。しかも無警戒かつお気楽な性格でウロウロするし警戒感もなく、守るのが大変なのが鞄越しでも嫌というほど伝わった。マホとユーミの悲鳴、叱る声、戦いの音……。後衛のマホの鞄は頻繁にガンガン揺れることはなかったが、かなりドキドキすると共に、やきもきさせられた。私がいれば……私が剣を持てれば。申し訳なさと心配でハラハラし通しの帰り道だった。 街に戻ったあと、宿屋でようやく休めた私たちは、今後のことを話し合った。マホ曰く、種族の変更や交換を行う魔術は知らない、見つけられなかったとのこと。だろうな。私も聞いたことがない。私を元に戻すには……僅かな可能性にかけ、近隣のダンジョンに挑み続けて、同じ呪いを持った宝箱を探し当てるしかなさそうだ。しかし問題が一つ……。種族の交換を行う。妖精になった私を人間に戻す。というのであれば、論理的には当然……生贄が必要だった。妖精になってもいい人間……。私とマホとユーミは一斉にマールを見つめた。相変わらずのほほんとした顔でベッドに腰を下ろし、豊満な肢体に似合わない幼児みたいな雰囲気を醸す女を。こいつを……毎回ダンジョン攻略に……連れまわさないといけない……? 足手まといを守りながら進むなんて、三人じゃ厳しい。いや……二人だ。私はもう……何もできない。人形より小さな体では……。私はその夜、涙した。幼いころから欠かさず続けてきた剣の鍛錬はもうできない。あの修行の日々も、実戦の日々も、培ってきた実力も、今や意味をなさないものになってしまった。冒険者たるもの怪我で引退する未来は常に可能性としてはあったものの、まさか妖精になって終わりだなんて、想像したこともなかった……。身体自体はいたって健康なせいで、感情が納得できなかった。怪我なんてしていないのに。身体は元気なのに。しかも、引退したところで暮らしのアテがない。私はもう人間じゃないのだから。妖精一人暮らしなんて聞いたことない。無理だ。私はこれから……どうすればいいんだろう。 その後、パーティーの人手を増やす、新しい前衛を探す案は却下された。前の探索で宝を得られなかった私たちはカッツカツ。しかも役に立たない精神幼児の女と妖精連れとあってはまともな人材は望めない。私はせめて斥候くらいはやりたいと主張したのだが、危なすぎると却下された。今の私は身を守る術を持たない無力な妖精に過ぎない。剣も握れず魔法も使えない。何かあれば終わりだ。そうなっては元も子もない。理屈はわかるが、悔しかった。それじゃあ私は――ただの使い捨て妖精より役に立たない存在じゃないか……。 マールの扱いも問題だ。もうちょっと……駆け出し冒険者ぐらいには動けるようになってくれれば助かるのだが……。 「あの……それでちょっと提案があるんですが」 マホが言った。私にマールを鍛えてくれないか、と。 「……はぁ?」 「あの子が剣使えるようになったら、パーティーの穴が埋まると思いませんか?」 「え……?」 あいつに、剣を? 数日前までペット妖精だった奴に? 無理だ。剣の道というのはそんな……一朝一夕で身につくものでは……。第一今の私の身体で指導など……手本も見せれないのに。 「確かに。あいつを戦力にしちまうのが手っ取り早いかもな」 「お、おい……」 ユーミも同意したことで、私の道は決まった。人間化したマールに対し、剣の指導をすることになったのだ。当のマールは変わらず子供みたいに振る舞っていて、大人らしい肉体と相まり周囲の注目を集めていた。 (不安だ……) まあ、最低限の自衛ができれば……警戒心という概念ぐらい養えてやれれば御の字か。私もやることがないし、何でもいいから二人の役に立ちたいと思っていたので、指導を引き受けることにした。 「11、12! おい! へばるな!」 「ふええぇぇ~」 マールは体力がなく、素振りも中々こなせない。私は妖精サイズのちっちゃな木彫りの剣をユーミに作ってもらい、それを振って指導した。勿論、実戦には使いようのない玩具の剣だ。それがますます私を惨めにさせた。通りがかった人はマールの方を訓練中の人間だと思い、私の方を……真似して遊んでる妖精だと解釈するからだ。 「みて~妖精さん真似してる~」 「かわいい~」 特に子供は容赦なく口に出す。違う! 私が指導してるんだ! 遊んでんのはあいつの方だ! と叫びたいが、いちいち反応もしていられない。無視したが、心はチクチク痛んだ。 その後は軽い依頼をこなして糊口をしのぎつつ、剣の使い方をマールに教える日々が続いた。最初は無理だろうと思っていたものの、意外と早く上達し、体力もついてきた。私たちとずっと一緒に同行していたからだろうか。そろそろ難易度の低いダンジョンに潜って試してもよかろうということになり、私たちは四人で低難度ダンジョンに潜った。ちょっと苦戦はしたものの、マールは何とか低レベルモンスター相手に勝ち星をいくつか挙げ、軽い罠に何度か引っ掛かることで警戒だとか慎重という概念を学んだ。私はその様子をマホの鞄から頭だけ出してずっと見ていた。自分が教えた子が結果を出したことは嬉しい気持ちになったが、同時に寂しさも感じた。マホとユーミがマールを褒めるたび、胸がチクリと痛む。嫉妬だろうか。私の指導の賜物なんだから私も褒めろと。それとも……。 その後、目を見張る速度でマールは成長していった。元々私たちの冒険にそれなり付き合っていたからだろう。基礎ができるとこれまでに見たことが急に本人の中で繋がるようになってきたらしい。幾度か危機も経験したことで当初の気持ち悪い子供っぽさも大分失せ、肉体に精神が追い付いたかのように見え始めた。 「ゴブリンの足跡です。新しいですね。泥が渇いていません。列も歩幅も乱れています。慌てて逃げましたね」 この頃、私が彼女に口出しする回数はめっきり減っていた。特に言うことがない……。しっかりやっている。剣の腕前も上達した。無論私ほどではないが……いっぱしの剣士を名乗っても許されるかもしれない。 マホとユーミ、そしてマールが三人で上手く連携をとって敵を相手取っていると、私は胸が苦しくなった。良いことのはずなのに。これ以上マールが腕を上げないで欲しいという気持ちが日に日に増していく。更に、二人と仲良くなってほしくない、とも。決して三人に死んでほしいわけではない。でも……。これじゃあ……。 「いや今日は儲かったな! ダークボア仕留められるとは思わなかったぞ」 ユーミは獲物を解体しながら楽しそうに言った。そしてその解体をマールが手伝う。マールが成長したおかげで、また前のような難度の仕事もこなせるようになってきた。良いことのはずだ。呪いの宝箱があるかもしれない高難度ダンジョンに挑むには絶対そうでなければならないのだから。でも……。 夜。焚火の前で、私は素振りするマールをジッと見つめていた。基礎を身に着け通り一遍の技も覚えた。あとは実戦あるのみの段階。私は……私は……なんだ? このパーティーで……何をしているんだろう? 妖精だったころのマールは先行して罠を誘発したり敵の注意を惹いたりしていた。でも私は危険だからとさせてもらえない。あの頃のマール以下の貢献しか……いや。何もできてない。鞄の中にいるだけだ。そしてマールはもう立派に剣を振るえるようになってしまった。不安が広がる。もし、マホとユーミがマールでいいと感じてしまったら? リスクを冒し低い可能性に賭けてまで私を元に戻すことに血道を上げるより、マールと普通に冒険者やった方がいい、それで問題ないと思ってしまったら……。私は一生、人間に戻れないかもしれない。そして……もしも、万が一……マールの腕前が私を超える日が来たら……私の居場所は……。 「ヨーコちゃん」 「ん……」 マホが隣に座って話しかけてきた。いつの間にか私はちゃん付けで呼ばれるようになり、たった一つの役割、貢献が与えられていた。それは……。 「ほーら、見て見て。可愛くないですか?」 彼女は満面の笑みで、可愛らしい妖精用の衣装を広げた。私が今こなせる唯一の役目、それは愛玩用ペット、妖精として皆の癒やしになることだった。 「ああ……」 最初はおふざけだった。マール用の衣装や道具がそのまま私用にスライド。それはまあ、しょうがない。しかし可愛い服は着なかった。私はペットの妖精なんかではないし、剣士の誇りもあったからだ。しかしやることが無さすぎたので、ある日からおふざけでフリフリ衣装を着てやった。それが大好評で、いつの間にか着るのが当然になってしまった。 「きゃー、可愛いー」 「……」 恥ずかしさと情けなさ、そしてこそばゆい嬉しさがない交ぜで、複雑だった。可愛いと褒められたことなんて初めてかもしれない。人間でいた時は言われたことなかった。 そしてある日、一夜を共にした行商人の一団が妖精のダンスを披露してくれた時、私の運命というか……立ち位置を決定づけるお声がかかった。 「どうだい、君も」 「へっ!?」 行商人たちも、その妖精たちも、当然のように私をナチュラルボーン妖精だと思っている。私は妖精のダンスに誘われ、断る間もなく引っ張り出された。マホもユーミも一切止めない。それどころか目をキラキラさせて「ヨーコちゃんの可愛いダンス」を待ち望んでいる。いつの間にか私はそういう目で見られるようになっていたのか。剣士ではなく、すっかりペットに……事情を知っている仲間からも……。可愛い服なんて着てやるんじゃなかった。 当然、初挑戦である私はダンスが一番下手だったので、死ぬほど恥ずかしかった。仕方ないといはいえ愛玩用の妖精たちより劣っているのが辛かった。そして何より……マールが、本当なら彼女こそ今この場で私に代わって踊っているはずだった彼女が、娘のお遊戯でも見るかのように目をキラキラさせて私を応援していることが耐え難かった。 (あんたが……あんたがやりなさいよー!) そう叫びたかったものの、団らんの空気を壊すわけにもいかない。私は妖精たちから可愛らしいダンスの指導を受け、踊って見せなければならなかった。 (なんで……私がこんなこと……) まるで踊り子……いや、それ以下だ。剣士の、冒険者の誇りと自負が崩れ去っていく。少女も恥ずかしがるようなあざとい振付を多くの視線の前でこなしていくうち、もう何が何だかわからなくなっていった。何で私は妖精たちに混じって……こんなふざけたダンスを……しているの……。 しかも剣士だった私は単純なダンスをあっさり覚えてしまい、それからいつもせがまれるようになってしまった。最初は拒否していたものの、鞄の中で黙っているだけの日々が続くと、無力感と居場所のなさに苛まれ、とうとう受け入れてしまった。あざとい妖精ダンスを、仲間の前で……それも、本来なら私がいるはずだった席に座るマールの前で、踊って見せるという役割を。勿論、可愛らしい衣装付きで。 「うまーい! ヨーコちゃん、とっても上手くなってます~」 マールに褒められた瞬間、頭が沸騰しそうだった。あんたが……あんたがやりなさいよ、こんなふざけた踊りはー! 私が踊り子妖精になってからしばらく、更なる事件が起きた。みんながキャンプの準備をしている際、ちょっと離れたすきに、私は山賊に捕まってしまったのだ。野良妖精として。 「ま、待て! 私は人間だ!」 爆笑だった。そりゃそうだ。 「えーと、私は……か、飼い主がいる……います! 野良じゃ……野良の……妖精じゃない……ありません」 必死にそう主張するも、苦し紛れのでまかせだと相手にされなかった。何故なら、首輪がなかったからだ。普通、誰かが所有している妖精は隷属の首輪を装着する。これによってその妖精は二度と歯向かうことも逃げることも許されなくなるのだ。勿論、マールにもついていた。人間化の際に壊れてしまったが。もう一つ、野良だと思われた要因は……私が、その……可愛い格好をしていなかったからだ。日中の私は動きやすくシンプルな服を着ていた。可愛くドレスアップするのは夜の間か、町中で仕事していない時だけだ。 本当の私ならこんな山賊、一人で斬り捨てられるのに。今の私にはひっくり返っても無理な相談だった。圧倒的体格差に抵抗することすらできず拘束された私は、自分が人間でなくなったこと、妖精であることを本当の意味で実感し、ようやく理解させられた。 ――売られる。ただの妖精として。どこかに。ゾッとした。 (嫌だ……助けて……マホ……ユーミ……!) 山賊の荷馬車に載せられた時、よく知る声が響いた。 「待てー!」 足音が急速に近づいてきたと思った瞬間、戦闘音が聞こえた。剣が人を斬る音、打ち合いの音、遅れて魔法の着弾音。静かになったあと、マールが私を解放してくれた。売られなくて済んだ、本当の意味で妖精にならずに済んだと安心した瞬間、思わずマールのほっぺたに飛びつき全身で張り付いてしまった。怖かった……怖かったよお……。 「よしよし、もー大丈夫ですからね」 そして、我を取り戻した私は急いで離れたが、もう後の祭りだった。マール>私の力関係は、この日確定してしまった。 その後、私の誘拐対策が話し合われ、二点の対策が講じられることとなった。まずは普段から可愛い服を着ていること。そうすれば野良だとは思われない。そして……最悪なのが二点目。隷属の首輪をつけろというのだ。私に。 「い……嫌だ! それだけは……絶対に!」 「ヨーコ。気持はわかるが……」 ユーミが私を説得した。誰かが首輪をつけてしまったら誰が何と言おうと私はその人物の所有物ということになってしまう。先んじてつけておいた方が絶対安全だと。理屈はわかる。仲間ならきっと変なことはしないという信頼もある。でも……隷属の首輪をつけたら、私は登録された所有者に……逆らえなくなってしまう。自分の意志を封じられるのは嫌だ。ただでさえ物理的に無力になっているのに、心まで……。 しかし、わけのわからないやつに隷属されるよりはずっとマシなのも間違いない。たっぷり悩んだが、私は最終的に受け入れた。というか、受け入れざるを得なかった。マホが私を金縛りして、勝手に嵌めてしまったからだ。 (こ……こら、マホーっ!) 「所有者は誰にします?」 「ん……マールは確か……」 (私だよ!) そう。マールは私の所有ということになっていた。 「じゃあ、私ですね!」 (は!?) 意気揚々と名乗り出たマールに、誰も異議を唱えなかった。私は慌てた。てっきりマホかユーミだと思っていたのに。よりにもよって、よりにもよって……! 私のペット妖精だったマールが私をペット妖精にするっていうの!? (待って! それだけは嫌!) 金縛りで声が出ない。マホが儀式を進めてしまい、私はあっけなく首輪の魔力に支配されてしまった。 (……あ) 金縛りが解かれた。私は装着された首輪に手を伸ばし、外そうとしたが……ダメだ。ビクともしない。 「しょうがないんだ。わかってくれ」 ユーミが冷酷に告げた。百歩譲って首輪はいい。でも……マホかユーミでしょ!? なんでよりにもよって妖精だったマールに!? 私を所有させたの!? 「上手くできたか試してみましょう。マール、何か命令してみてください」 「ん~。じゃあ、お着替え! 可愛い服に着替えてきて!」 「はいっ」 体が勝手に返事をした。私はマホの鞄に向かって飛んだ。勿論自分の意志じゃない。 (うっ……そんな!) マールの命令で自分の体が勝手に動かされている、支配されていることが信じられなかった。私は可愛いドレスに着替えてからマールの前に戻り、スカートの裾をもってお辞儀した。 「きゃー、可愛いー」 「上手くいったみたいだな」 「これで安心ですね」 「ちょ……そんな……」 私は真っ赤になって俯いた。妖精から抗議することは……歯向かうことはできない。口をパクパクさせながら、かつて自分のペットだった妖精に、逆に妖精として隷属させられてしまった惨めな自分に泣いてしまった。 「もー泣かないで。スマイルスマイル」 「……っ」 私の顔は私の感情など存在しないかのようにガン無視してニッコリ笑った。心と体がチグハグで一致しないことに脳が混乱する。 「そうそう! いつもニッコリ笑顔でね!」 「はい!」 (そんな!) 私はニッコリ明るく笑い、二度と暗い表情を作ることはできなかった。かつて首輪を嵌めていたマールなら命令が何を引き起こすのか百も承知なはずなのに。いや……妖精っていうのは元々単純な生き物だ。泣きたいのに悔しいのに怒りたいのに強制的に笑顔にさせられる経験はきっと無かったのだろう。私がこんなに苦しんでいるのは……人間の、証拠……だ……。 「ヨーコちゃん、ほらあのダンスっ」 「はいっ」 それから私はあっという間に、剣士・ヨーコの残滓を拭い去られ、可愛らしいペット妖精に作り替えられてしまった。マールは軽い気持ちで「可愛く可愛くっ」と言ったつもりでも、私には物理法則に次ぐものとして適用されてしまう。日夜ずっと幼児みたいな振る舞いでニコニコ皆を和ませる、ペット妖精と化すのに日数は要らなかった。 (やめてっ、普通に振る舞えるようにしてっ) 心の中で何を願っても、私は可愛く舞い踊ることしかできない。「歯向かう」ことはできないからだ。逃げることも不可能。私はこれからずっと、自分のペットだった妖精に飼われるのだ。パーティーの前衛という居場所、剣士の冒険者という肩書までそっくり奪われて。 ダンスが踊ると、私はまた可愛く微笑みながらスイスイとマールの周りを飛んだ。まるで構ってもらいたくて仕方がない犬のように。こんな振る舞いやめたいけど止められない。マホもユーミも何も言わない。凛々しかった仲間がこんなことになっているのをおかしいとは思わないのだろうか。まあ、今の私はフリフリのドレスを着た小さな妖精だから、むしろこういう振る舞いの方が自然に感じられても仕方がないかもしれない。妖精でいる時期ももう結構長くなっている。 私の目下の心配事は、将来のこと……。マホとユーミが私を人間に戻すという最終目標のことを忘れてはいないか、それが気がかりだった。マールは成長した。私じゃないと倒せなかったようなモンスターも打倒する実績を立てている。もう人間に戻っても、私の居場所がないかもしれない。元に戻す必要がないかもしれない。二人がもしもそう考えていたら……私は二度と人間に戻れない。それだけじゃない。自分が飼っていた妖精に妖精として飼われ続けなければならない。死ぬまで……。しかも、あざとい振る舞いしかできないという拷問の中で。 (お、お願い……みんな忘れないで。私は人間で、このパーティーの……剣士なの……) いつか人間に戻れる日を、歳相応の振る舞いのできる体に戻れる日を願いながら、私は可愛い妖精として日中は鞄に収まり、夜は可愛くダンスし皆を癒やすパーティーのペット妖精として、そのキャリアを重ね続けた。妖精として活躍し皆に妖精として必要にされる実績を、着実に……。

Comments

熱心な感想ありがとうございます。立場逆転はとてもいいですよね。

opq

感想ありがとうございます。また似たような話を書くかもしれません。

opq

コメントありがとうございます。気に入っていただけたなら嬉しいです。

opq

これは...非常に良い作品でした

yu

一瞬、妖精が本当に売られると思いました。剣士が間に合って着いて良かったです。 実は以前にこの仕組みの話を想像したことがあるけど、実際に書かれると思わなかったです。こんな冒険の設定は妖精化の話にたくさんの可能性を秘めていると思います。今後もっと読めればいいですね。

rollingcomputer

久しぶりの冒険者題材で、しかも妖精化していて、タイトルを見ると「これだ—!」みたい感じがします。 ヨーコちゃんは妖精になってから、意識が朦朧として現状を知る前に翼の存在を感じていて、自然と妖精になったような気がして、この点が気に入っています。 マールの剣術の才能を見たとき、ヨーコちゃんがかわいそうだと思ったが、ヨーコちゃんがうまく妖精のダンスを覚えることができて嬉しいだな。仲間のほめ言葉がおだてでなければ、ヨーコちゃんもペットになる才能があるね。入れ替われてよかったね。 首輪がないので野良妖精として扱われるのが、この作品で個人的に一番好きなシーンです。本当に考えたことがあるから、もし現代に本当に猫や犬になった子がいたら。主人がいなくても、首輪をつけなければならない。そうしないと、捕らえられても仕方がないだろう。 (ちなみに山賊たちが具体的にこの妖精ちゃんをどこに閉じ込めていたのか知りたい。普通の網とか鳥かごとか布袋など、それともロープで縛って荷馬車に載せるだけなのか?とても気になっている) 二番目に好きなシーンは奴隷の首輪をつけられたとき。マホに思わず首輪を無理やりつけられて、かわいそうでかわいい。当初は三人でペット妖精を一緒に飼っていた仲間だったのに、結局今は自分がその二人のペット妖精になることになった。ヨーコちゃんが金縛りで声が出ない中、あの二人が誰かが主人になるのか真剣に決めているのは、なんだかうける。 最後も思いがけず主従が逆転した。ペットのペットになった、という展開は何度見ても飽きない。 とにかく、とにかくいろんな意味で完璧な作品です。唯一の欠点は、他の作品に比べてヨーコちゃんの服についての描写が少ないことだろう。私個人的はいろいろなシーンを妄想して、いろいろな詳細を知りたいからですから。

弥生萌えよう


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