セルフ人形
Added 2025-01-08 11:00:07 +0000 UTC服のサイズが合わなくなった。袖から手が完全に出ない。今まで普通に着ていた服なのに。最初は洗濯か何かで服が伸びたのかと思ってあまり気にしなかった。でもすぐに、一着だけの問題じゃないことに気づかされる。どの服もそうだ。しかも、下着もちょっと大きいような。サイズ合ってたはずなのに。病気で痩せたんだろうか。けど、病院に行ってもしも命にかかわるような病気になっていると言われたらどうしようと怖くなり、私は行けなかった。服や下着を新調して誤魔化し誤魔化し日常を送っていたけど、新しく買った服もそのうち何故か大きくなっていく。そしてある日とうとう会社で第三者の宣告を受けてしまった。 「花咲さん、なんか……縮んでない?」 退路を失った私は観念して病院へ行かざるをえなくなり、そこで嫌な想像を的中させられてしまった。私の身体では世を呪いたくなるような深刻な病気が進行していたのだ。いや……厳密には予想は外れていたかもしれない。命にはかかわらないからだ。でも……人生は終わってしまう。そんな病気だった。 縮小病。女性だけが罹るという、身体が縮む奇病。服が伸びていたのではなく、私の身体が縮んでいたのだ。よほどでない限り死ぬことはないそうだけど、私の身体は入院中もドンドン縮んでいき、普通だったはずの人たちが巨人と化し、当たり前だった人間社会から追い出されていく恐怖の時間をじっくりと味わわされることになった。ベッドが広がり、扉は遠く離れていく。ジワジワとこの世界から追放されているようで、痛みは何もなく体も動くのに、怖くて日々丸まって過ごした。この病気には現状対処法も治療法もなく、ただ縮むのが収まるのを待つしかないというのが無力感と恐怖を煽る。何も……何もできないなんて。何も悪いことしていないのに、どうしてこんな目に遭うの? ただ体が相似に縮小していくだけで肢体は健康そのものだから、余計に理不尽に感じた。 最終的に、私の身長は60センチ程度で下げ止まった。赤ちゃん並……。それも若返ったわけでもなくて体は大人の等身だから、鏡を覗くだけで異形感が半端なかった。自分から思わず目を逸らしてしまう。成人女性がダボダボな赤ちゃん用の服を着て、ありえない縮尺で突っ立っているその姿はあまりにも常識に反しすぎていた。 お医者さん曰くもっと酷い人はさらに縮んで本当にお人形サイズになってしまうらしい。だから私は運がいいと言われたのだけど、とてもそうは思えなかった。こんな体じゃまともな仕事にもうつけない。一人暮らしだって相当キツイ。これから一体……どうやって生きていけばいいの。 退院はしたものの勤めていた会社は退職。通勤できないからだ。朝の電車なんか危なくて乗れないし、車も運転できないし、自転車も駄目。ていうか不用意に外を出歩くのも危ない。買い物もほとんどできない中、私は配達だよりの引きこもり生活を余儀なくされた。誰とも会わず話さず、日の光も浴びない。貯金は一方的に目減りしていく。心身が荒んでいくのがわかる。身寄りのない縮小病患者を保護する団体とかもあるみたいだけど、大体30センチ以下あたりからが条件だから、私は門前払いだった。人間社会にギリギリ残されてしまう60センチスケールの私は、人間にも小人にもなれない半端な爪はじき者であり、いたく惨めな立場だった。体型に合った服もないし、トイレもお風呂も一人だと大変だし、ほんとどうしようもない。 ある日、元同僚から連絡があった。結婚に際してドール趣味をやめるので、よかったら色々もらってくれないかという内容。服とか小物とかミニチュア家具とか。ちょうど60センチサイズの大きな人形を可愛がっていたらしく、そのサイズの服や椅子があるというのだ。人形用のものが人間に使えるのかはちょっと不安だけど、断る理由もないのでもらっておくことにした。 私の身体では配達を受け取るのも大変だろうと、同僚が自ら私の家に乗り込んできた。一応できる範囲での掃除はしたものの、だいぶ汚くなっている自宅を見られるのは恥ずかしかった。引きこもりなのわかっちゃうなあ。ちょっと前まで一緒にいたはずの同僚が巨人にしか見えず、改めて自分の惨めさも痛感させられ、私は一人で勝手に気まずさを味わった。 人形のおさがりは思ったよりも大量で、次々と勝手に私の部屋に並べられていくファンシーな椅子や机、お洋服ぎっしりのクローゼットやタンスに閉口しながらも、私はだいぶテンションが上がった。世の全てのものが私に使えないサイズであるかのように感じていたから、私に合うサイズの家具や服があるというだけで、何だか世界に再び受け入れてもらえたような気がしたのだ。……成人女性にはどうかと思うようなファンシーな可愛すぎるデザインのものばかりだけど。 あと、明らかにゴミを押し付けてきてるだろと言いたくなるような人形用の機器も複数勝手に設置されて、ちょっと文句言いたくなったけど、三倍近い背丈の男性を見上げてしまうと何か言う気は失せてしまう。私はだらしなく伸びたクシャクシャの髪を揺らしながらペコペコ頭を下げてお礼だけを言った。私の家はゴミ捨て場じゃないとはとても言えなかった。 彼が帰った後、私は何度もドアの外に誰か来ていないか耳をくっつけて確かめた後、いそいそとクローゼットを開けた。ドキドキする。台座も何も使わず自分の手で開けられるクローゼットが目の前にあることが嬉しかった。中にはフリフリの衣装たちがギュウギュウに押し込まれていて、可愛い~と思うと同時に自分が着るかと思うとちょっとテンションが下がった。こんなん二十後半の女性が着るものじゃないけど……人形用の服だししょうがないか。 問題は人間が着られるようになっているかだったんだけど、意外にもしっかり服として作られていて、問題なさそうだった。これなら大丈夫そう。しかも下着類もタンスに入っていた。ありがたい……ありがたいけど、同僚は相当の変態だったんじゃないかと思うとちょっと不安な気持ちになる。けど……体型とサイズに合った下着なんていつぶりだろう。まともな服が着たい、「人間」に戻りたいという欲求が打ち勝ち、私は人形用の下着を身に着け、ピンクの甘いロリータ衣装に袖を通した。 (おお~) 感動した。サイズが合っていることに。私の腕と袖の太さが一致することに。下着が下着であることに。そして60センチの人間にサイズを合わせている可愛い椅子に座り、適切な大きさをしているテーブルに腕をのっけた。不意にポロポロと涙が零れ落ち、私は入院以来奪われていた「普通の家具」「普通の服」のありがたみに心から感謝した。……たとえ全てが人形のおさがりであったとしても。スマホで自分の姿を見てみたらボサボサのノーメイクで甘ロリ衣装着てる痛々しい成人女性が映っていたとしても……。 それから私は彼がくれた人形のおさがりを着て過ごした。鏡さえ見なければ精神的なダメージは受けないので、私はしばしのファッションショーを楽しむことができた。服自体は人形用だけあって少女心をくすぐる可愛いものばかりで、案外楽しい。鏡さえ見なければ。 しかし、可愛い服とファンシーな家具に囲まれた生活は次第に新しいコンプレックスを生むようになった。「私」がダメだ。まともに体の手入れもできずメイクも難しいので、服に負けている。どうしても痛いおばさんにしかなれない。引きこもりだから誰に見られるわけではないにせよ、無性に心が痛む。 ある日、私は埃を被っていた大きな機械の前に立った。人が一人立ったまま入れるような、縦長の電子レンジのような機械だ。人一人というのは人形サイズでだけど。彼が置いていった機器の一つで、人形用の3Dプリンターのようなものらしい。特殊なクリームを噴射して中に入れた人形の体型や顔を自動的に改造してくれるという代物。特殊なクリームについて調べてみたけど、人体に害はなさそうだった。それどころか、私のように縮小病で小さくなった人の中にはこのクリームを全身に塗った状態で過ごしている人がいるという噂も知った。人形の汚れを分解するナノマシンが入っていて、これを全身に塗ればお風呂に入らずとも清潔でいられるし、人形サイズまで縮んだ人の場合だとトイレにもいかなくてよくなるらしい。私の場合は60センチだからちと微妙だけど……。ていうかこの機器、絶対に人間が入ることなんて想定していないだろうに、私は徐々にこの機械のことで頭がいっぱいになってきていた。そんな馬鹿なことしたらどうなるかわからないのに、綺麗になった自分の姿、あの可愛い衣装たちを着こなせるようになった自分の姿を頭の中に描いてしまう。ひょっとしたらそれを実現できるかもしれない方法が目の前にある、となると……。耐えきれなかった。 (まあ……ヤバそうだったらすぐ洗い落とせばいいよね) 予め風呂場の洗面器に湯を張っておき、いつでも中に浸かれるようにしておいて、私はとうとう大冒険に打って出た。人形用の3Dプリンターに人間である私が……それも全裸で入って機器を動かすという頭のおかしい冒険に。 クリームも彼が置いていったものの中にあったので取り寄せる必要はなかった。セッティングするのはこの体だと大変だったけど、不思議な根性でやり遂げた。我ながら女の欲に呆れつつも感心する。 中に入ったあとどう動作させるかだけど、幸いにもタイマー設定が可能だったのでそれは何とかできた。できてしまった。最後のやめる言い訳を失った私は、一歩間違えればナントカ賞もらう死に方をするかもしれない装置に裸で入り込み、中からそっと扉を閉めた。 (……あぁー、やっちゃった) ロックと同時にタイマーが作動する。僅か十秒後に……中に入った人形、私の改造が始まってしまう。 心臓が鼓動を早めた。この暗い密室から早く脱出すべきだと本能が訴える。失敗すれば末代までの……末代だけど……恥だぞと。 しかし十秒は決心を変えてロックされた扉を開けるには短すぎた。無数のノズルが私に向かって一斉に位置調整を行い、ビクッと震えたその瞬間、肌色のシャワーが四方八方から私に向かって噴射された。 (……っ!) 目を閉じ口を閉じ、その場に仁王立ちしながら私は生暖かい粘々したシャワーの嵐を受け止めた。もう止められない。神様なんとか……死なないように……お願い! ロックが外れる音がした。全身の肌に何かツルツルした薄いものが張り付いているような感触がある。私は恐る恐る目を開けた。ノズルは沈黙し、足元は肌色に染まっている。歩き出すとペリッと乾いた音を立てて、床の肌色の水たまりから足が剥がれた。 (生きてはいる、のかな) 扉を開けて部屋に出る。何事もなかったかのように私の部屋は変わっていない。私は急いで用意していた鏡の前に立った。そこには……想像以上の結果が映し出されていた。フィギュアだ。そう思った。樹脂みたいな質感の肌色一色の皮膚で生成された人型の物体。アニメチックにデフォルメされた顔は、私の面影を残しつつもえらく美化されている。髪は……鮮やかなピンク色に染まり、腰までだらりと……。 (ピンク!?) 私は慌てて自分の髪を手探り束ねた。鏡の中のフィギュアも動く。ピンクの髪を手に取っている。私だ……これ、本当に私だ。 機器の設定を見直すと、やらかしていた。髪の設定を黒にしていたつもりが、いつの間にかピンクになっていた。他の設定をする間に触ってしまったのだろう。 (うう……そんなあ) この歳で髪ピンクはきつい……。と思ったものの、再度鏡の前に立ってみると、痛々しいおばさんはそこに映っていなかった。いるのは可愛らしい美少女フィギュアだけ。それが……生きて、動いている。 (あ……ははは、あはは……やったー!) 私は冒険の成功に万歳し、その場で何回も跳ねた。やった。成れた。綺麗に。あのフリフリの衣装やファンシーな家具に負けない可愛い体に。綺麗に。これなら、これだったら……ゴスロリ着ても魔法少女のコスプレしても……似合っちゃうなあ、どうしよう。 ニヤニヤ笑いながら、私は早速ピンクのロリータ衣装に袖を通した。鏡の前に立つと、そこにはとっても可愛らしいお人形が堂々と描かれていた。こんなフリフリの衣装をこの歳で着ても許される仕上がりだ。髪をピンクにしてしまって焦ったけど、結果的には良かったかも。ピンクのロリータによく合ってる。 鏡の前でクルクルしながらポーズを決めまくり、次の服に着替える際、下着を履き忘れていたことに気づいた。が、特に違和感もない。そしてこの時初めて、私は自分の体が全年齢仕様に改造されてしまっていることに気づいた。 (あれ……なっ……ない!? ないっ、なくなってるー!) 股間の穴と乳首が消滅している。マネキンのように何もないツルツルの股間。乳首を自然に覆い埋めてしまう程度に増量された胸には突起がなく滑らかだ。こんな設定してないけど……ああ、人形だから……かぁ。 股間を指でなぞってみるも、ツルツルした綺麗すぎる肌の感触しかない。そこに数分前まで何かがあったなんて信じられないぐらいに、跡形もない。 (と、トイレ……どうしよう) 軽く絶望したものの、それ以降尿意便意を催すことはなかった。どうやら……ナノマシンとやらがサッサと分解してしまうらしい。60センチでもいけるんだ……すごいなあ。 それ以降、私の生活は一変した。生きた可愛いお人形になれた私は堂々と可愛い衣装の数々を着こなすことができたし、自撮りも始めた。前より掃除にも力が入るようになって、生活に張りも出てきたのだ。自分が綺麗だと自信を持てれば、60センチの体であれど驚くほど世界が優しく見えてきてしまう。 ただ、外に出れないのは相変わらず。だってフィギュアが外を出歩いてたら流石にみんな驚いてしまう。その後死ぬほど恥ずかしい思いをすることになるだろうし。髪ピンクだし。見た目は可愛くなれても社会的にはいい歳して髪ピンクに染めて人形ごっこしてるおばさんであることは変わらない。人の目が入った瞬間、そこに引き戻されてしまう。 しかし人形の写真という設定でSNSに上げだした自撮りは好評で、私は日々寄せられる可愛いというコメントの数々に何時間も一人でニヤニヤしながら過ごした。トイレにもお風呂にも行かなくても綺麗でいられるのが快適すぎる。メイクもしなくていい。私は何もしなくてもずっと綺麗なままなんだ。 そして、あの機器がイケたなら他の機器も使えるのではと思い立ち、色々試してみることにした。まずはポージングの機械。人形にポーズを記録させるという機械。特殊な光を浴びせることで形状記憶が何とかと書いているが、まあ詳しいことはよくわからない。とても軽い気持ちで、もっと可愛い自撮りが撮れるようになるかなとそれだけの思いで私はその機械を起動した。プリンターのような縦長電子レンジ型。中に人形を入れてスイッチを押し、光を浴びせるだけ。健康に悪影響ありそうなことも書いてないし、大丈夫でしょ。ていうか全身にクリーム纏ってるんだから直接浴びるわけでもないし。 ポーズは色々種類がセットしてあった。デフォルト以外にも多く種類がある。多分あの同僚が使っていたのだろう。 (どれにしようかな~) 悩んだけど、まずはお試しということで、足をクロスさせながらピンと立って両手でハートマークを作るポーズにした。そして、このポーズなら魔法少女がいいかなと思い、ピンクの魔法少女コスプレに着替えた。大きな白いリボンでピンクの髪をポニテに束ねる。機械の詳細設定を見てみると髪も指定できるらしかったので、ポニテが綺麗にたなびいた感じになるよう設定しといた。本当にこういうポーズで造られたフィギュアみたいになってくれるかな。 中に入って扉を閉める。ロックと同時にタイマーが作動し、頭上から怪しい赤い光が放たれた。目をつぶったが、徐々に瞼が勝手に開いていった。 (あれ) 同時に、手足がグググっと独りでに動き出し、たどたどしくさっき指定したポーズをとろうとし始めた。 (おお……) 逆らってもしょうがないので成り行きに任せ、私は大人しく魔法少女らしい決めポーズを体が覚えていくのを静かに待った。両手がキッチリとしたハートマークを作り、背筋をピンと伸ばしてモデルのように綺麗に立ち、可愛らしく微笑まされる。表情まで勝手に動かされた時は流石に怖かったけど、まあしょうがないと自分に言い聞かせる。 ポーズが完成しても光の照射はしばらく続いた。記憶させるんだっけ。自撮りのクオリティ上がっちゃうなーとのんきに思っていたのも束の間、全身がカチカチに固まりだした。 (ふぇ?) 予想もしていなかった感覚の発生に焦り、本能的にその場から飛びのこうとしてしまった。が、できなかった。指定のポーズのまま体が固まって、一歩も……指一本も動かせなかったのだ。 (んっ? えっ……ちょっ) しかもその硬さはますます増していき、私は全く自分の体を動かすことができなくなってしまった。 カチッパキッと乾いた音が時折響く中、私は可愛く微笑んだまま目線さえ動かせなくなってしまい、あっけなく全てをこの肉体の中に封じ込められてしまった。 (待って! そんな……聞いてないっ!) ただポーズを記憶させるって、それだけだと思っていたのに。こんなにカチンコチンに身体が固まっちゃうなんて聞いてない! しかし焦りも後悔ももう後の祭りだった。照射が終了し扉のロックが外れても、私は機械の中で突っ立ったまま一歩も動くことができずにいた。全身が芯から固められてしまって、表情筋の一本たりともピクリとも動かせない。両手でハートマークを作って微笑んだまま、私はポニテをたなびかせた魔法少女のフィギュアと化してしまった。 (うそっ……やだっ、そんな……動けないっ) 懸命にこの封印を破ろうと努力したが、無駄だった。身体に力をこめるという指示自体が禁じられている。全身の筋肉が固まったまま固定され、何にも反応してくれないのだ。まるで最初からこの形で造られた一塊の樹脂であるかのように。 (あ……ああっ、やだっ、誰か、誰か助けてー!) うめき声も出せず涙一つ流せない中、私は自らの手で自分を魔法少女フィギュアに作り替えてしまったのだった。 あれからどれだけの日数が経ったのかもわからない。暗い装置の中から出られない。あの日あの瞬間に私は自分をカチカチに固めてしまい、ピンクの魔法少女フィギュアに変身したまま一歩も動けていなかった。そんな中、人の気配がしたのだ。 (……だっ誰?) 泥棒? 強盗? 多分そうだ。話声がする。男複数……。こんな何の抵抗もできない体で襲われたら一たまりもない。悪寒が全身を走る。が、同時に希望の光でもあるかのように感じた。 (出してっ……ここから……お願い、助けて……) 強盗でもなんでもいい、この冷たい檻の中から出してくれさえすれば……また動けるようになるかもしれない。 気配と足音が近づき、振動が床から伝わってきた。部屋に入ってきた。お願い、私はここだよ。出して。助けて。 願いが通じたかどうかは定かじゃないけど、機械の扉が開いた。手袋をした大きな手が私を掴み、持ち上げた。 (きゃあああっ!?) 家の高さぐらいの高度まで急上昇させられた時は肝が冷えた。同時に、身体がすっかり固まり一切の受け身もとれない状態なのでいつも以上に敏感で、恐怖も強かった。しかも……相手は見るからに強盗。何の抵抗もできない。外には……出られたけど。 「何もないぜ」 「それは?」 「フィギュアだな。クソでけー」 (ふぇっ!?) 私は自分がフィギュアだと判断されたことに驚くと同時に、色々な思いが錯綜して複雑な気持ちだった。私はフィギュアなんかじゃないという憤り、人間だとバレない方が乱暴されなくて都合がいいという安堵……。 「でも高そうじゃねーか?」 「そうだな……」 次の瞬間、男は私を両手に抱きかかえ、運び出した。 (えっ……? あっ、ちょっと!? 嘘!?) 売れると思われたのだろう。私は自分の事を当然人間であると思っていたのでこんなことになるとは思わなかった。フィギュアだと思われて「盗まれる」なんてことは。 (待って違います! 私フィギュアじゃないです! 人間なんですー! ちょっと体が……動かなくって……カチンコチンに……なっちゃって……) しかし、私の心の中の焦りは表面化しない。してくれない。私は両手でハートマークを作り可愛く微笑んだまま、その姿勢を一切崩すことなく男の車に運び込まれてしまったのだ。 (だっ誰かぁ……助けてぇ……) わ私、一体どうなるの? どうなれば……助かるの。 人間だとバレたら殺されるかもしれない。でも……バレなかったらこのままただの大きなフィギュアとして扱われて……売られてしまう、きっと。 (売られる? 私が? 人間……なのに?) 信じられない。信じたくない。しかし、今や知らない車に載せられ、私の財布やら通帳やらが後から運び込まれてくるのを黙って見ていることしかできないこの現状は……紛れもない現実であった。 抵抗どころか嫌がる素振りすら見せられぬまま「盗まれた」私は案の定、ネットで売られることになった。ポージングしてから初の写真撮影が、まさか自分をフィギュアとして売るためのものになるだなんて誰が予想できただろう。 一切拘束されていないのに、逃げられない絶望。それも笑顔をずっと維持させられ続けるのが悔しかった。まるで喜んで受け入れているみたいじゃない。そんなことないのに。 あとは写真を見た誰かが人間だと気づいた上で買ってくれることを祈るしか……でも私の「自撮り」を人間のものだと気づいてくれた人はいなかったっけ……。そうだ、私の投稿を見ていた誰かが盗品だと気づいてくれるかも……。ダメだ。この魔法少女姿はアップしたことなかった気がする……最悪。しかも強盗たちはポーズ固定のフィギュアだと思っていて、そういうことで売るだろうからますます希望は望めない。 (う……動いて。動いてよ。そろそろいいでしょ……私、売られちゃうよ……単なるフィギュアとして……) 私の手足はあの日と同じく、全ての変化を拒んだ。 数日後。とうとう人間卒業の日がやってきた。私は強盗たちに梱包された。誰かに買われたのだ。特大サイズの魔法少女フィギュアとして。フィギュアとして売買された記録が残り、新たな私の持ち主も私を心からフィギュアだと思っているだろう。私はとうとう……人間じゃなくなってしまう。私が人間であることを指し示す全ての情報がここで断ち切られ、代わりにフィギュアであることを担保する情報だけがついて回るようになってしまう。 (売らないでっ、フィギュアとして……違うの、私は……人間、なのお……) 真っ暗闇の中、私は緩衝材越しの振動を感じながら、私に一切告げられなかった買い手のもとへ送られてしまった。当然、人ではなく物品として……。 人生でもトップの絶望的な暗黒の時間を過ごした後、私はようやく誰かのもとに届けられた。梱包を解かれた私の視界に映りこんだ人は、全く知らないおじさんだった。ひょっとしたら知り合いが買ってくれたかも、だとしたら気づいてくれるかも……と一縷の望みをかけていた最後の希望はあえなく砕け散った。 (そんな……) 当然、男は私のことはただのフィギュアだと思っているに違いなかった。オタクグッズが並べられている部屋の一角に大きな白い台座があり、私はその上に設置された。男は私を何度も撮影したあと、部屋から出ていった。 (ああ……私、本当に……) この人の持つグッズの一つに……正真正銘のフィギュアになっちゃったんだ……。そのことを否応なく突きつけられる、絶望の撮影会だった。当たり前だけど男は私を一切、人間の女性だとは思っていないのがハッキリ伝わってきてしまった。それが悔しくて悲しくて、同時に私はこんな男のコレクションになるために魔法少女フィギュアに変身したのかと思うとさらに情けなくなった。あの日の馬鹿な自分が憎い。なんで……なんでこんな……馬鹿な事しちゃったの……。自分で自分をフィギュアにしちゃうなんて……。 私は台座から一歩も歩き出すことなく、周りのフィギュアやポスターたちのお仲間としてこの家を彩る新しい仕事を、存在意義を、ゆっくりとわからせられる未来を幻視し、泣き叫びたい衝動に駆られた。しかし……しっかりとこのポーズと表情を記憶させられた私の身体は、しっかりと可愛いフィギュアでいることを守り続けたのだった。
Comments
感想ありがとうございます。完全な自爆も好きなので書いてみました。
opq
2025-03-10 11:19:09 +0000 UTC元同僚に取られると思っていたが、強盗に盗まれると売られるシーンが見られるのも悪くない。 フィギュアクリームも3 Dプリンターもうまく利用していたので油断しちゃうね。 このポージングの機械はポーズライトとはちがって、なんだか「できた!」と発表を待っているような感じがします。これもいいね。 そしてセルフというテーマも素敵で、人形のアイデンティティを受け入れて楽しんでいる感じがして、本当に正真正銘のフィギュアになっていなければ、きっと楽しく人生を終えることができるでしょう。 とにかく素晴らしい作品です。 ところでこれは唯一の主人公が最初から最後まで他人のアドバイスや誤解を受けていないのではないでしょうか。完全に自分でフィギュアに改造した作品ですね。そうであれば、縮小病者のダーウィン賞に立候補できるだろうww
弥生萌えよう
2025-03-08 11:23:02 +0000 UTC