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首の継承者たち

「ご入学おめでとうございます」 私は今年もまた、保健室で不自然な新入生を迎えた。高校一年生という言葉からはあまりにもかけ離れた、ストレッチャーに横たわる中年男性。ここまで搬送してくれた業者の方たちも馴染の顔ぶれで、今年はスムーズにやれそうだ。新人さんが来ると面倒なのよね。何しろ彼らには目に見えないからね。 そろそろ体育館では入学式が本格的に開始したころだろう。その中で整然と列をなしているであろう溌溂とした若い子たちと、この数年間寝たきりの40代男性が同級生だなんて奇妙な話だ。そうしたのは私だけど。 「じゃ、始めますね」 私は保健室の半分近くを占有している大荷物に近づいた。梱包に使われていた緩衝材やテープ等々が散らばる中心地に、うずくまった格好のものものしい石像が鎮座している。去年梱包した時以来。傷つきもしていない。まるで体育座りみたいな姿勢に加え、頭を膝の中に埋めていて首の後ろがいい感じによく露出している。精緻に再現された服や肌には細かい皺があり、どこをとっても作り物のような箇所はない。だがよーく見ると首のあたりだけが異様にツルツルしていて滑らかだ。そして上と下に謎の線が走っていて、僅かな段差となっている。その線を超えるとまた皮膚の僅かな皺などが表現されるようになる。彼は首にあるものを巻いているのだ。それはとても滑らかでツルツルしているから、こうして石化すると首のあたりだけ妙に滑らかな感じになる。 台車のロックを外し、石像を40代の新入生に近づける。ストレッチャーに横たわる彼の首のすぐ横に、石像の首の後ろが近づくように。 業者の二人が、男性を慎重に持ち上げる。ここが一番危ないポイント。そっと上半身を持ち上げ、石像の首に男性の首を上から軽く触れさせる。下の女性像に体重をかけないよう、あくまで持ち上げたまま。 「頭の中で念じてください。『首を継承する』と」 数秒の後、眩い光が放たれた。慣れた現象ではあるが流石に目はつむる。目を開けると、そこに石像はなかった。首を預けた男性の下には、体育座りする生きた女性の姿があった。 「はい動かないで!」 私は座り続けたままの女性の肩に手を置き素早く叫んだ。そして業者の二人がさっと抱えていた寝たきり男性の上半身をストレッチャーに戻す。ずっと抱えてるの大変だよね。お疲れ様です。 「加古さん? 加古さん? 顔上げて大丈夫ですよ」 膝に顔を埋めていた女性がゆっくりと顔を上げた。寝起きみたいな表情だ。 「あ……?」 「一年経ちました。継承終わりましたよ。これで全て終了です。お疲れさまでした」 「ああ……」 加古さんはゆっくりと起き上がり、自分の首を擦りながら振り向いた。寝たきりだった中年男性は起き上がり、両目をカッと見開いていた。信じられないといった感じ。でしょうねえ。二度と動かせないはずだった体を元通り動かせるようになったんだから。ま、その代わり……彼の首は光沢のある黒い布に覆われてしまっているけれど。 「こ……れは……」 ”奇跡”を目の当たりにした彼を宥めるのに十数分要した。それから改めて彼に説明を行った。加古さんも全てが夢ではなかったことを確信したいかのように、一年前……彼女にとっては昨日聞いたはずの説明に耳を傾けていた。 この高校では昔から、不思議な事象を継承し続けている。カラフルな色を持った謎のタイツ。テカテカした光沢を持った長い手袋、ニーハイソックス、レオタード。……そして、首を覆うピッチリとした黒い布。布なのかどうかもわからない。これらはまるで皮膚に吸い付くかのようにピチッと貼りつき、どうしても脱がすことはできない。それどころか、肌からほんのちょっと離すことさえできはしない。まるで第二の皮膚のように一切の隙間なくピタッと張り付き続けるのだ。これらの謎タイツは部位ごとにわかれている。ピンク色の右手、レモンイエローの左手、水色の左脚、黄緑色の右脚、純白の胴体。これら五つのパーツが長年学生間で「継承」され続けてきたのだ。継承とは脱げないタイツを脱ぐたった一つの方法であり、それは下級生に引き継ぐこと。そうすれば部位は下級生の体に移り、前継承者は自分の皮膚を取り戻すことができる。一体いつから始まったのか、これは何なのかはもう誰も知らない。 勿論、体の一部をパステルカラーに染めたまま学生生活を送るのは思春期の子たちにはかなりキツイことだ。……大人だったとしてもキツイけど。なのでどの子も苦労しているようだ。継承してくれる下級生を探すのに継承者たちはいつも必死になる。 だが、このはた迷惑な呪いの装備にはたった一つだけいいことがある。継承した部位は常に清潔健康に保たれるという点だ。だからお風呂で継承部位を洗えなくても嫌な臭い一つしないし、病気になることもない。既に病気や怪我をしている場合、どさくさに紛れて治ってしまう。私はこの性質に目をつけた。この高校に赴任してこの怪現象を現実のものとして受け入れた時、ある素晴らしいアイディアが浮かんだのだ。これ使えば人助けしながら儲けれる、と。 とはいえ、騒ぎになるからあまり大々的にも行えない。それに継承は学生間ではちょっとしたイベントや箔付けにもなっているため、そうそう取り上げることも難しい。なので私は無くなっても不自然じゃない「首」の継承を使うことにした。メイン五部位から奪うと「なんで右手だけないんだ?」という疑念を抱かせ、余計な詮索をさせてしまうだろう。首はなければないで押し通せる。それに一番治療に転用し甲斐のある部位でもあるし。 もう三十年近く前になるだろうか。当時、首を継承していた学生に頼んでこの企みは始まった。首に重い病気や障害を負っている人をこの高校に一年生として入学させ、首を継承させる。そうすれば……さっきまで頸椎をやって寝たきりになっていたあの人も、元通り起き上がれるようになるというわけだ。 だが、継承による治療はこれではまだ終わらない。来年、次の患者に継承させてあげなきゃいけないからだ。継承は上級生から下級生にしか行えないシステムになっている。だからバシバシ大人をこっそり入学させて継承させまくり、ということはできない。年に一回のペースでしか行えないのだ。ま、あんまり騒ぎたてられても困るからこれでいいけどね。関係者たちには口止め料を払っているし。まあ、口外したところで誰も信じないだろうけど。だってこの継承、高校の関係者にしか見えないのだから。遠目でもギョッとしてしまうカラフルなタイツを着ていても、それを視認できるのは現役の高校関係者即ち在校生と教師だけなのだ。卒業すれば見えなくなる。退職しても見えなくなる。全く不思議な現象というほかない。 文字通り死ぬほど感激して神を崇拝する信徒のような顔で感謝を述べる男性に、私は次の処置について説明した。彼にはこれから一年間石になってもらい、来年の「新入生」に首を継承してもらわなければならないのだから。 この継承には重大な問題点が一つある。それは、誰かに継承しないまま卒業したり転校したりでこの高校を去ってしまうと、全身が石化して石像になってしまうことだ。そうなると下級生にあたる誰かが該当部位をくっつけて継承してくれない限り永遠に石像と化したままになる。学生からすればまったく呪いの装備というほかないだろう。しかし汚い大人にとってはこれも色々利用可能な特質である。 体育座りしてもらい顔を膝に埋め、首を上に露出さえて継承しやすく、かつ保管しやすい体勢で石化してもらう。私の闇治療はここまでセットなのだ。 「そうだ、『同級生』を見ていかれますか?」 身体の調子を確認するついでに、私は「新入生」である男性にそう提案した。彼は書類上は今年度入学した一年生ということになっているので、今体育館でつまらない話を聞いているであろう十五歳の子たちと同級生ってことになるのだ。 業者と三人で支えながら、彼はおぼつかない足取りで体育館まで歩いてみせた。完璧に治ってるみたい。やっぱすごいねー、これ。 体育館の入り口からそっと静かに中を覗く中年男性と保険医。その光景自体は何も不自然なことではない。生徒たちは保護者か地域の偉い人なんだろうとしか思うまい。まさか同じ学年の新入生同士だなんて、夢にも思わないだろう。 その後、男性には退学届けを動くようになった右手で書いてもらってから、裏門に移動した。台車の上で指定通りの体勢を取ってもらう。退学届けの受理の連絡を受けると、私は彼に最後の言葉をかけた。 「それではそのまま動かないでくださいね。一年後にお会いしましょう」 台車を高校の敷地外まで押し出すと、彼の全身が一瞬ピクッとわずかに震え、そして動かなくなった。足元から静かに灰色の波がせり上がり、彼の体を徐々に石に置き換えていく。うずくまっていたせいか石化は早く、二分もしないうちに彼の全身は石と化し、動くことも喋ることもなくなった。見学していた加古さんはだいぶ青ざめている。あなた去年体験したでしょと言いたいけど、見るのはまた別か。生きた人間が冷たい石に変わってしまうのはわかっていてもショッキングな光景かもしれない。私には毎年のことなんだけど。 その後彼を梱包して専用に使わせてもらってる倉庫にしまい込み、加古さんと業者二人をお送りして、ようやく私の業務……もとい闇診療は終わった。ふーっ、疲れた。でもものすごく儲かるからやめられない。何しろ現代医療では不可能な奇跡を起こすのだから、謝礼もはずんでもらわないとね。気分はブラックジャックだ。私ほとんど何もしてないけど。 保健室でコーヒーを飲んでいると、扉を開けて狐が一匹入り込んできた。ブラッシングでも受けたのか、とても毛並みが良くモフモフしている。惜しむらくは紫色の尻尾だろう。そこだけはまるで作り物みたいにツルツルしていてラバーのようなテカテカした光沢を放ち、ともすれば樹脂みたいにも見える質感だ。 「あら紫藤さん。首の継承ならさっき終わったわー」 狐は首を左右に振った。 「教室行かなくていいの? まだ終わってないんじゃない?」 狐は私の足元に座り込んだ。モフモフの頭を撫でながら、私は彼女に声をかけた。 「出ないとダメよぉ、入学式」 狐が立ち上がり、私から少し離れた。全身の毛が逆立ち、徐々に体が膨れだす。細かった四肢が見る間に二回りも太くなり、モフモフしていた毛が薄まってゆく。四足つけていた床から前足が離れ、徐々に二本足で立ち上がっていく。紫の尻尾だけは一切変化せず静かに尾てい骨から成り行きを見守っていた。 前足のつけ根が徐々に移動し肩が盛り上がる。茶色の体毛はほとんどなくなり、肌色の皮膚がのぞきだす。胸元の白い毛を跳ね飛ばそうとしているかのように、胸が二つ風船のように膨らむ。顔のノズルは引っ込んでいき、耳が徐々に顔の横を滑り落ちるかのように移動していく。顔の毛が皮膚に吸い込まれるかのように消えていき、こちらも皮膚が露出した。黒かった鼻はノズルが消失すると共に皮膚と同色に溶けていく。 立ち上がった狐だったものは、人のシルエットに近い。手足の先が五本に別れ指らしく伸び、赤みがかった爪が生えそろう。顔の上半分から背中にかけての体毛が連結しながら体から独立したなびく。その毛は黒く染まっていき艶々した滑らかな長い髪に変わった。 二分もしないうちに、狐はそこから消え去った。代わりにそこに立っていたのは、若い人間の女の子だった。中学生か、小柄な高校生といった感じの体格と、美人な作りだが幼さの抜けきらない顔を持つあどけない少女。だが二点ほど普通ではない箇所がある。まずは全裸で保健室に突っ立っている点、そして……お尻の上側、尾てい骨の先から樹脂みたいな質感とテカテカした光沢を放つ紫色の狐の尻尾が生えているという点だ。 人間になった彼女は両手で自分の尻尾を握りしめ、涙目で叫んだ。 「こんなんで出れるわけないでしょ! 絶対やだー!」 まず服着なさいというか制服どこに置いてきたの……と言いたかったけど、私は彼女の気持ちが痛いほどわかるので黙っていた。 スカートをこんもり膨らませるであろう大きな紫色の尻尾。それも風船かタイツみたいにテカテカしているそれを携えて入学式やガイダンスに臨むのは……十五歳の女の子には確かに恥ずかしいだろう、と。 でもさ、こんなところで下着もつけず全裸でいる方が恥ずかしくない? 今の叫びで誰か入ってきたらどうすんの……と、私は頭を抱えた。


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