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デスゲームの勝者

「これから皆さんには殺し合いをしてもらいます」 ベタすぎるセリフと共に、私たちの日常は失われた。いつも通りだったはずの教室に突然現れた、内臓のはみ出したクマのぬいぐるみ。それは糸もなくモーター音も鳴らさず独りでに動き出し、先生を殺した。突然のことに私たちは何が起きたのかわからず、パニックすら起こせないまま呆然としているだけだった。先生……だったものを眺めながら。それは死体と呼ぶにはあまりにも現実離れしている代物だった。ミケランジェロよりも精緻な石像がそこに立っていた。驚いた顔のまま時を止め、ピクリとも動かない。先生は石にされてしまった。 ぬいぐるみは芝居がかった喋り方でゲームの説明を始めたが、これが本当の殺し合いなのだということ、先生が本当に石になって死んだのだということを理解するには、もう一人の犠牲者を必要とした。冗談だと思ってる男子が前に出てぬいぐるみにつっかかり、先生の石像に触る。しかし……みるみるうちにその表情はこわばっていく。きっと間近で見ることで本能的に察してしまったのだろう。これはただの石像ではありえない……と。 「そうだね、これで皆信じてくれるかな?」 熊ぬいぐるみがそう言うと次の瞬間、教室全体に食欲をそそる香ばしい肉の匂いが漂った。あっという間だった。前に出て文句を言った彼は最後の言葉を残す間もなく……焼けた肉の塊になっていたのだ。匂いというのは人の感覚に強く作用するらしく、ここでようやく教室中がパニックになった。さっきまで生きていたクラスメイトが瞬時に焼き殺されてしまったのだから……。 (……?) 焼け焦げた彼の死体から私は目を逸らし続けていた。けど、鼻につく美味しそうな匂いが私の絶望感を削ぐ。この匂いはよく知っている。本能は既に何が起きたのか察しているが、理性が認めたがらなかった。恐る恐る目を開く。焼けた肉の塊が人の形をしている。制服を着た……大きな人型のハンバーグが石像に並ぶ形でそこに立ち尽くしていた。制服に焦げ跡は全くない。彼は焼かれたのではない。ハンバーグにされてしまったのだ。 「ハンバーグはケチャップだよね」 ぬいぐるみは彼にケチャップをかけると、顔の一部をえぐってしまった。再度悲鳴が上がり皆が教室から逃げようとしたが、ドアが開かないらしくギュウギュウ押し合っていた。窓も開かないらしい。気がつくと空は真っ赤に染まり、学校の敷地から外は何もない荒れ地になっていた。学校ごと異界に飛ばされたのだろうか。いや、隣のクラスから悲鳴が聞こえない。どうやら……私たちだけみたい。 ぬいぐるみは大きな口を開けて彼の顔だったものを食べてしまった。たっぷりケチャップのかかった大きなハンバーグを美味しそうだと思ってしまった自分に吐きそうになる。 そんなこんなでゲームは始まった。誰も納得できなくても、どんなに理不尽でも、現実とは思えなくても……私たちが夢から覚めたりするようなことは、遂になかった。 最初のゲームは氷鬼。三人の鬼が選ばれた。一人頭最低五人をタッチして凍らせたままゲームを終えないと死ぬ。その宣告に三人は震えていた。そして、凍らされたままゲームを終えた子も死ぬ、と。私たちも震えた。なんで……どうして、私たちがそんなことを……しなくちゃいけないの? 次の瞬間、景色が切り替わった。私は暗幕がかかり薄暗い理科室にいた。脳内にゲームスタートの声が鳴り響く。どうやらバラバラの位置から始まったようだった。しばらくは恐怖で足がすくみ、一歩も動けなかった。しだいにその場に座り込み、膝を抱えて俯いた。嫌だ。死にたくない。誰か助けて。心の中で家族や先生、友達に助けを求めても、現実は非現実な状況なまま変わらない。そして先生はもう石にされ、友達も……いまや蹴落とさなければならない敵に変えられてしまっている。 この第一ゲームを最も穏便に……犠牲者を少なく終わらせる方法は簡単で、鬼になった三人が誰にもタッチせずにタイムオーバーすればいい。でも……それはあの三人に死ねと言うのと同じだ。 (……) 無限とも思える時間が過ぎた後、私は廊下からバタバタと走り回る音と叫び声を聞き、反射的に机の下に隠れた。理科室のすぐ外で村田くんの「やめろよ!」とか「友達だろ!」とかの命乞いと、必死に謝り倒す鬼の泣きそうな辛い声が聞こえた。死にたくないと……。 少しすると静かになった。一人分の足音が遠ざかっていく。出るべきじゃない。廊下に出ちゃダメだ。と思っていても……どうしても、無視していることはできなくなってしまった。見殺しにはできない。音を立てないよう慎重にドアを開けて、廊下に出た。建物自体はいつもと変わらないのに、そこに誰もいないのに、戦場のような緊張感とアウェイ感があった。砂漠に一人放り出されたような、孤独と本能的危機感。左の方を見ると、そこには文字通り氷漬けになった村田くんがいた。比喩ではなかった。青白い氷に全身を覆われ、その表面には霜が降り、氷の節々から氷柱が垂れている。そこだけ冬だった。冷たい空気がここまで届く。 (これ……生きてるの?) どう見ても死んでる……人間、これで生きていられるはずがない。私はそう思った。でもこれは氷鬼だとあのぬいぐるみは言った。ゲーム終了時点で凍ったままだと死ぬということは、逆に言うとそれまでは生きてるはず……だよね。 向かいの廊下から見えないよう四つん這いで移動し、私は彼に近づいた。近づくたびに冷気が強くなり、本物の氷なのだと全身の皮膚が教えてくれる。触って大丈夫だろうか。指の皮とれたりしない? ゴクリと唾をのみ、私は小声で呟いた。 「た……タッチ」 五本の指先をそっと硬く分厚い氷の壁を触れると、バシュっという音と共に白い蒸気があたりに噴き出した。そして氷は消えてなくなり、村田くんが呆けた顔で突っ立っていた。 「だ……大丈夫?」 数秒のち、彼が反応した。唇をブルブル震わせながら座り込み、腕を抱えてうずくまる。 「あ……ちょ、ちょっと、危ないよ、ここ……」 私は彼を理科室に誘導し、扉を閉めて鍵をかけた。しばらくすると村田くんが平静を取り戻し、私にお礼を言った。凍っている間死ぬほど冷たくて寒かったと。生々しい彼の語りに、聞いているだけで私も体感温度が下がった。どうやら本来なら凍死するような状況下で死ねずに放置される……ということらしい。なんて恐ろしいゲームだろう……。きっと、ゲーム終了と同時に凍死するのだろう。それまでは全身が氷漬けになっても死ねない……。 私と村田くんは打って出る勇気などすっかり失せて、終わるまでずっと理科室の掃除用具入れと棚の下にそれぞれ隠れた。鬼がこないよう祈りながら。 人生で一番長い一時間半が過ぎ、ゲーム終了の合図が脳内に響き渡った。幸か不幸か理科室に鬼は来なかった。次の瞬間、元の教室に私たちは召喚されて、そこでゲームの結果を知らされた。脱落者は七人だった。鬼二人と凍ったまま終わった五人。犠牲者の中には同じ部の青子ちゃんも含まれていて、私は愕然とした。青子ちゃんが……氷漬けになって死んだ。嘘だ。信じられない。思わず鬼だった男子に怒りの眼差しを向けてしまったけど、見る間に怒りは萎えていった。人間があそこまで憔悴しているのを、私は初めて見たからだ。五人凍らせたままそれを維持しないと、鬼役だって死んでいたのだ。彼は自分が生き残るために、一時間前まで仲良くしてたクラスメイトを……犠牲にしてしまった。俯いたまま一言も喋らず、時折嗚咽をしている。彼が鬼になったのは彼のせいじゃない。もし私が鬼になってたら……私はどうしただろう……。 残り二十三人になった私たちに、ぬいぐるみが拍手した。殺してやりたい。死ぬべきはコイツだ。でも、誰もハンバーグにされる勇気はなかった。教室からはいつの間にか先生の石像と制服を着た人型のハンバーグが消えていたけど、誰もそのことに触れなかった。 第二ゲームが始まった。飛ばされた先の体育館には、モデルさんが歩くようなランウェイが設置されている。第二ゲームはファッションショー。可愛さ、もしくはカッコよさが規定に届かなった生徒はゲームオーバーになると宣告された瞬間、緊張が緩和する空気が広がった。それだったら……全員生き残ることができるはずだ。そして何より、殺し合いじゃない……。 「で・も~」 ぬいぐるみは手先を左右に揺らしながら、絶望のルールを告げた。ファッションを決めるのは自分ではなく他人。コーディネーターに指名された人間が、モデルに指名された人間のファッションを決めるのだと。規定を下回ればモデルはゲームオーバーだがコーディネーターは死なない。そして次のモデルとなる。規定に達すればモデルはゲームクリア。しかしコーディネーターは引き続きコーディネーターをしなければならない。つまり……どこかで誰かをゲームオーバーにさせてモデルに回らなければコーディネーターは生き残れない。そしてゲームクリアできるのは先着十七人のみ。あんまりな貧乏くじだった。 「えっ、えっ……そんな」 最初のコーディネーターは事実上、死ぬクラスメイトと生かすクラスメイトを決める役割を委ねられる。やりたくない……絶対に。しかも、誰かを死なせてしまったコーディネーターが次、モデルになっても合格できるファッションをさせてもらえるかは……。しかし合格させ続ければ自分の椅子がなくなる。 (私じゃありませんように、私じゃありませんように) 必死に祈った。二十三分の一を引き当てたのは、黄木さんだった。彼女は絶望的な面持ちで皆を見渡した。これから彼女に皆の生殺与奪が握られる……。ひとまずコーディネーターでなくて安心だけど、もし彼女に「犠牲役」にされてしまった子は……。 体育館に、ものすごい数のクローゼットと引き出し、鏡、メイク道具が現れた。そしてよくわからない謎の機械も。ぬいぐるみによると、髪を自由に弄れる機械だという。伸ばすことも短くすることもできるし、色も自由自在だと。便利……欲しいかも。 そうこうしているうちに最初のモデルが指名された。春香ちゃんだった。震える彼女を黄木さんが宥める。絶対殺さない安心して! と。男子たちに不安が走っているのがわかった。ひょっとしたら犠牲は全員男子に回されるのでは……そう思っているのが表情から見て取れた。クラスに不和が広がっていく。私はどうすることもできず、ただ成り行きを見守っているしかなかった。 春香ちゃんは黄木さんの手で綺麗にドレスアップされた。とても綺麗だった。ランウェイを歩く姿はギクシャクしていてロボットみたいだったけど。 (綺麗だけど……「可愛い」かな? これ) 一抹の不安がよぎったけど、私はコーディネーターじゃないので何も言わなかった。ファッションに自信があるわけでもない。 ランウェイの先にある円形の部分に到達すると、採点が始まった。頭上のモニターで数字が踊る。まるでスロットのように。 「それでは~気になる点数は~」 ぬいぐるみが心底楽しそうに進行を続ける。私は苦々しい思いでそれを眺めていた。怖くて春香ちゃんは見れなかった。 「56点! 残ね~ん! 脱落だよ~ん」 「えっ!?」「そんな!?」 春香ちゃんが叫んだ。次の瞬間彼女は全身が肌色の煙に覆われて見えなくなり、声が途絶えた。煙が晴れると、そこには悲痛な面持ちを浮かべたマネキン人形が立っていた。ツルツルした肌色の硬い皮膚を持つ、人のまがい物。さっきまで春香ちゃんを綺麗に見せるためにあったドレスは、いまや主役に交代していた。あのドレスを飾るためにマネキンがある。春香ちゃんは自分が着ていたドレスを飾るための人形になってしまったのだ。 黄木さんは両手で口を覆い、泣き叫んだ。 「わーっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」 女子陣に動揺が広がる。 「えっ何で? 超綺麗だったじゃん!」「採点おかしいって!」「ひどい!」 やっぱり。私はさっきの不安が的中したことを悟り、自責の念にかられた。言えばよかった。そうしたらもしかして春香ちゃんは……。でも決めるのはコーディネーターだってぬいぐるみが言ってたし、口出しすればハンバーグだったかも……。 今求められているのは美しさではなく可愛さ、もしくはカッコよさ。最初に説明されたことだ。新たなモデル役になった黄木さんを眺めながら、私は疑心暗鬼になった。確かに春香ちゃんは綺麗に仕上がっていたけど……。可愛さだって最初の説明で言ってたよね? ひょっとして、わざとだと思われないような形で春香ちゃんを意図的に蹴落としたのでは? 自分がさっさとコーディネーターから降りて助かりたいがために……。そして、そんなことを考えている自分が嫌になった。彼女はちゃんと……本気で春香ちゃんを助けようとしたけど失敗してしまった……そうだよね? 黄木さん……。 そして次のコーディネーターは村田くん。男子が選ばれたことで女子陣は悲鳴を上げた。およそファッションとは無縁そうなやつに生殺与奪を握られることに。 (村田くん……) さっきのゲームで私が助けた。どうするだろう。彼は黄木さんをちゃんと可愛くできるだろうか。それとも……。 「最悪~!」「終わった~!」「黄木さん可哀相……」 女子陣のブーイングが鳴り響く中、黄木さんがランウェイを闊歩する。それもそのはず、相当に酷い姿にされているからだ。髪はアニメみたいに鮮やかなピンク色に染められ、腰まで伸ばされた長いポニーテールが揺れる。ピンクと白を基調としたフリフリの魔法少女衣装を着せられた挙句、幼児でも嫌がりそうなハートの飾りをあしらえた手袋、ピンクのブーツを履いていたからだ。魔法少女のコスプレ姿……だった。 しかし、私は黄木さんの顔にほのかな安堵の雰囲気があることを見逃さなかった。口先では皆と同様「マジ最悪……村田くん化けて出るからね……」などと言っているにも関わらず。 円形の部分に到達すると、彼女は握っていたステッキを掲げてポージングした。馬鹿にしたような笑い声が女子陣から溢れるが、皆目は笑っていない。 「気になる点数は~」 頭上のモニターに表示された数字のスロットが止まる。82点。合格だった。 「良かった~」 黄木さんがその場に崩れ落ちると同時に、ポワンと音が鳴って白い煙と共に彼女が消えた。悲鳴が上がったが、ぬいぐるみ曰くゲームクリアしたからここから消えたのだという。教室に戻ったんだろうか? しかし、これでもう大体の方針がつかめたことだろう。少なくとも女子に関しては。引き続きコーディネーターを担当する村田くんは、次になんと……私を指名した。 「え!?」 私!? ……いやいつかは順番来るんだけど、こんな早いと思ってなかった。だ、大丈夫かな……マネキンになっちゃったらどうしよう。どうしようもないか。 着替えゾーンに移動した私は、村田くんから指名の真意を聞かされた。さっきのゲームで助けてもらったから恩返ししたいと。 「大丈夫。合格すると思うから……多分」 (多分……ねえ) 不安だよ。私も魔法少女にされるのかな。と思った時、小声でまだ皆に気づかれていない裏ルールを説明された。合格した黄木さんはそのまま消えた。制服はここに残ったままだ。ということはつまり……? 「一度使った服やアイテムはもう使えないってこと?」 「うん……多分ね」 だからこのゲームは採点基準が判明すれば先行絶対有利なのだと。だからコーディネートが難しくなる前に私を送り出してしまおう、と。 横目でチラッと、マネキン化してしまった春香ちゃんを眺めた。あれを剥がして使おうって人は……いないだろうな。 「ありがとうね……」 「まあ、合格するかわかんないけど」 「うっ……」 不安だよ~。ていうか、さっきの黄木さんみたいな格好でみんなの前でランウェイ歩くの嫌だあ……。 「こんなもんかな~」 最終的に私はアリスに改造されてしまった。水色のワンピースに白いエプロンドレス。リボンやフリルの多い少女趣味な代物で、高校生がエクスキューズ抜きに着るのは憚られる代物だった。髪は鮮やかな金髪に染められ、やはりアニメみたいな大ボリュームに増量された。長さは腰まで、広さも肩幅。重い……。しかもウサ耳のカチューシャと、肘まである長い白手袋、縞々ニーソ、可愛い熊さんのアップリケが施された鞄までつけられた。装飾過多じゃない? 大丈夫? 足せばいいってもんじゃないよ? (これでマネキンにされたら死ぬほど恥ずかしいなあ……) 春香ちゃんを横目で見ながら、私はランウェイに挑んだ。案の定笑うような声が飛ぶけど、この路線で正解であることはさっき全員が理解しただろうから、嘲笑とまではいかない。 円形の部分に立つ。周囲から全員の視線が突き刺さる。こんな格好でみんなの前に、しかもステージ立ってるのやっぱ滅茶苦茶キツイよう。同時に、さっき黄木さんがステッキ掲げてポージングしたことを思い出し、私は真似することにした。パニエないのに何故かふんわり膨らんだスカートの裾をつまみ、ニッコリ微笑んだ。採点に関係するのかは知らない。でも一時の恥のためにマネキンになって死ぬよりマシでしょ。 「気になる点数は~?」 顔から汗が噴き出す。だ……大丈夫? これでいい? 私可愛い? 村田くん信じていい? もうちょっと女子目線で意見言うべきだったかも。 「85点! 合格~!」 (ほっ……) 張りつめた緊張が緩み、スカートから手を離した瞬間、視界が白い煙で覆われた。それが晴れると、私は教室に戻っていた。 「あっ、園部さん」 「黄木さん……」 教室には黄木さんが待っていた。およそ学校には似つかわしくない魔法少女コスプレ、全身どピンクのままで。安全を確保した同士、お互い笑ってしまった。 「何そのカッコ!」 「いや黄木さんもヤバいでしょ! さっきも思ったけど!」 ひとしきり笑い合ったあと、制服に着替えたいねえと言い合いながら、次の合格者を待った。教室からは出られない。ゲーム進行がどうなっているか、私たちにはさっぱりわからない。黄木さんに春香ちゃんの件で聞いてみたい気持ちもあったけど、聞かないことにした。わだかまり作っても仕方ない。次のゲームに影響するかもしれないし。村田くんが私を率先して助けてくれたのとは逆に、恨みを買えば次で標的にされることだって……ある、かもしれない。標的とまではいかなくても、消極的見殺しはありうる。クラスメイトが死に続けているのに打算で考えだしている自分が嫌になる。ふざけたデスゲームに慣れつつある自分が。 村田くんは大丈夫かな。助かるだろうか。助かってほしいなあ。でもコーディネーターはルール上助かるのが難しいよね……。 村田くんはそれから二人おいて私から三番目に戻ってきた。チャラいホスト風になっている。安心すると同時に、胸の奥がギュッとした。コーディネーターだった彼が戻ってきたということは……誰かがマネキン化してしまった。それも、村田くんの手で。 心臓がバクバク鳴る。いつまでこんなこと続けないといけないんだろう。最後の一人になるまで? だったらもう……最初にくじ引きで一人決めちゃえばよくない? 性格悪いよ……あのぬいぐるみ野郎。 最終的に男女三人ずつが減ってしまった。残り十七人。教室は異様な雰囲気だった。女子はみんなアニメみたいな格好しているし、男子もホストかゲームの剣士みたいなのしかいない。ここはコスプレ会場か。ぬいぐるみが次のゲームに移ることを宣言した時、思わずため息が漏れた。 (えっ……こ、この格好のままなの……) 大ボリュームの金髪もフリフリのアリス衣装も、滅茶苦茶動くのに邪魔だ。運動能力が必要なゲームが来たらハンデだ。最悪服は脱ぎ捨てても髪が邪魔すぎる。 第三ゲーム。私たちは運動場に飛ばされた。これが最後のゲームだとぬいぐるみが言う。嫌な予感がする……。 私たちの手に、いつの間にか小さなメモが握らされていた。私のメモには「アップリケにする」と書かれている。 ぬいぐるみが言うには、私たちには特殊能力が与えられている。今からそれを使い……遂にダイレクトなバトルロイヤルが始まるのだと。 (そ……そんなぁ) ここまで生き残ったのに。まあ結局最後はこうなるのか……。でもアップリケにするってなに。これでどう戦えって言うの。 生き残れるのは三人らしい。一人じゃないんだ……。希望があるようなないような。殺し合いを促進させるためなんだろうな、きっと。 最初のゲーム同様、私たちは別々の場所に飛ばされた。いよいよ皆で……三時間前までいつも通り仲良くしていたクラスメイト同士で……。何だか信じられない。あれからまだ半日も経っていないなんて。そしてそのわずか数時間で私たちは……クラスメイトを何人も……。 私はスタート地点である写真部の暗室から出て、理科準備室に移動した。どうしよう……本当に。ていうかそもそも、私なんの武器もないのに人を殺すとか……できないって。物理的に無理だって。でも……痛い思いしながらクラスメイトに殺されるのも……嫌だな。暗室に引きこもってればワンチャン助かるかな? でもみんな能力もらってるんだっけ。索敵できる人もいるのかな……。そうだ。 いつの間にか握りつぶしていたメモを開く。私にも能力が振られている。「アップリケにする」……これでどうしろと? 隅っこに転がっている壊れたカメラに手を伸ばし、私は能力を発動してみた。発動のさせ方は不思議とわかった。手足の動かし方をわかっているように、いつの間にか自然と行使できるようになっていた。頭の中をあのぬいぐるみに弄られたみたいで嫌だけど、助かる。 カメラはポワンという可愛らしい音を立てて、その姿を変えた。さっきまでカメラがあったところに、平たいアップリケが静かに佇んでいる。巧みに糸を使いポップな絵柄で描かれた壊れたカメラのアップリケ。 (……これでどうやって戦えと?) アップリケは何の変哲もないただのアップリケで、特に不思議な特性があったりはしなさそうだった。うーん、外れ能力だったのかな……これで人間を倒すってどうやって……。 瞬間、脳裏にこれまでの犠牲者の姿が浮かんだ。石になった先生、ハンバーグやマネキンになった皆……。そして私は理解した。これで人を……クラスのみんなを……アップリケにしてしまうのが私に振られた戦い方なのだと。 ゾクッとする。首から横に下げている鞄に目をやる。可愛らしいデザインの小さな鞄には、既に熊のアップリケが施されている。想像してしまった。この鞄に、アップリケと化した皆を張り付けてルンルンと歩いている自分の姿を。 (……いやだ) そんなの嫌だ。でも……生き残れるのは三人だけ。どのみち……。 その時、暗室のドアが開いた。 「きゃあっ!?」 私は思わず部屋の奥に飛びのいた。心臓がかつてないほどにバクバク言ってる。逃げ場がない。完全に袋小路。鍵かけるの忘れてた。馬鹿。私の馬鹿……。 「園部さん?」 「?」 知ってる声だった。今日はよく聞いた声……。逆光ですぐにはわからなかった。入ってきたのは村田くんだった。 「村田くん……」 安心と同時にネットリした恐怖が胸中に広がった。さっき助けてくれた……けど。今回助けてくれるかわからない。でも……でもまさか先手打ってアップリケにしてしまうなんて……できない。できないよ……。 「あの。聞いてほしいんだ。話を……」 「……」 村田くんは両手を掲げて敵意がないことを示しながら、暗室に完全に入ってきた。ドアが閉まる。お互いしばらく緊張の面持ちで向かい合った。 「殺したく……ないよね?」 「……」 村田くんの問いに、私は静かに首を縦に振った。 「僕も……なんだけど」 だけど? 「助けたいんだ。園部さんを。いや助からないんだけど」 「何……どういうこと? 何?」 「ええっと……どういえばいいのかな」 村田くんはたどたどしく続けた。いい能力を引いたから、園部さんに使いたいと。……何それ。助かる能力なの? そんなのあのぬいぐるみが配るわけないと思うけど……。 「僕の能力はこれ」 彼が開いて見せたメモには「フィギュアにする」と書かれていた。私は失望した。 「ダメじゃあん!」 「いやっ……そうなんだけど! でも! ほら! 見た目そのままじゃん! 多分! 人の形もしたままだし!」 「何言ってるかわかんないよう!」 フィギュアになるならマシな死に方だろうってこと!? まさか。と思ったけど、そのまさかだった。痛い思いをしたり、ハンバーグとかになって死ぬよりはまだマシな終わり方なんじゃないかと。村田くんはそう言った。信じられない。結局……私をここで……ってことでしょ……? 「園部さんは? 能力」 「アップリケ……」 あ、答えちゃった。 村田くんは続けた。アップリケになるのとフィギュアになるのだったらどっちがいいか、と。ちょっと想像してみた。平たいアップリケになって何かに縫い付けられる自分。うう……痛そう。いや意識残るか知らないけど。ぬいぐるみ野郎は死ぬって表現してるから多分残らないだろうけど。バリバリ剥がされてちぎれる自分。捨てられる自分……。 そして、フィギュアになった自分を想像した。どこかに飾られて……それで……。それだけか。フィギュアって飾るだけかな。同時に、想像の中の自分が人の形をしていることに、ちょっと安心というか、抵抗の無さを感じたのは事実だった。いやまあ死体が布になろうが樹脂になろうが同じだけどさあ。 段々と村田くんの言うことがわかってきてしまった。ハンバーグになって食べられたり生ごみとして処分されるよりかは……可愛いフィギュアになってどこかに飾られている方が大切にされそうだし、長生き……生きてないけど、持ちそうだ。それに……もしかしたらひょっとしたら、壊れたり捨てられたりせずにずっと残っていれば……いつの日か元に戻れる日が来る……かも? 可能性は限りなくゼロに近そうだけどね。 私は悩んだ。たっぷり悩んだ。でも……確かに生き残るのはきっと無理。意図しない変な死に方、痛い死に方するよりはまあ……確かに……村田くんにフィギュアにしてもらった方が……マシなのかもね。 「……わかった」 そもそも前のゲーム助けてもらったしね。あそこでマネキンになってたかもだし。 「ごめん。助けてあげられなくて」 「いいよもう。痛い死に方じゃないだけ」 私は合意した。フィギュアにされてあげることに。そして村田くんからポーズはどうする? と聞かれちょっと困った。考えてないってそんなの。いきなり言われても。 でも……変なポーズでフィギュアになるよりは可愛いポーズの方がいいかな。恥ずかしいけど。うん。 自分がこれから一生し続けることになるポーズ……と考えると結構悩んだ。敵が来る前に早く、と村田くんが急かすので焦りもした。 「……本当にいい?」 「うん」 悩んだ末、両手を胸の前で祈るように重ねて微笑む……という感じにまとめた。なんか妙にこったポーズしても後で後悔するかもだし。……後悔あるかな。 「じゃ、いくよ? 本当にいい?」 「……うん」 私は今の自分にできる限り可愛く微笑んだ。……つもり。そして手袋で真っ白な両手であることに気づいた。自分はこの格好のままフィギュアになるのかと。ウサ耳をつけた金髪フリフリアリスのフィギュアに。 (いや~) しかし、もうどうしようもない。村田くんのかざした手が光り、私は……全身があっという間にカチコチに硬化していくのを感じた。村田くんが巨大化していく。暗室が広がっていく。視線が下がり、村田くんの胸……腰……足……が私の前に立ちふさがる。縮んでる。私が。小さくなってる。カチンコチンに……固まってく。こうして私は、両手を重ねて可愛らしく微笑んだまま、その全てを樹脂の塊に変換されてしまった。ピクリとも動けない。視線も固定されて、全く動かせない。 (ああ……終わった) 私、これで……本当になっちゃったんだ。フィギュアに……。それも、ウサ耳アリスのフィギュアに……うえ。 「ありがとう。ごめんね、園部さん」 巨大な手が私を掴んで持ち上げる。一気にすごい高さ移動したことでちょっと気分が悪くなる。 (だからいいってば) 当然、声も出ない。……んん? なんで……私、まだ生きてるの? もうフィギュアになったよね? それともまだ変化中なんだろうか? 村田くんは理科準備室から出てしばらく廊下を移動した。漫研の部室にたどり着いた彼は、私をフィギュアが飾られている棚に加えた。 「じゃあね」 (あ……待って) 村田くんは……どうするんだろう。生き残れるだろうか。もし村田くんが生き残ったら……迎えに来てくれるかな? (って、それどころじゃなーい!) 私は心の中で突っ込んだ。何で意識あるの。死んだわけじゃないの!? もし……これから物理的に破壊されたりするまでずっと意識も五感も残るなら地獄すぎる。死体がフィギュアの形をとるだけなんだと思ってたけど。そして、もしかしたら石になった先生、ハンバーグやマネキンになったみんなも意識があったのかと想像するとゾッとした。 (いや……まだわかんない) ゲームが終わっていないからかもしれない。そーいえば氷鬼の時そうだったじゃん。きっと同じだよ。多分。ゲーム終了と当時に私はきっと……楽になれるんだ。 (あ……でも、その場合……) 私だったフィギュアはどうなるんだろう。現実世界に帰っても漫研の部室? だとしたら……漫研の人たちに単なるフィギュアだと思われてそういう風に扱われるの? このままだとそうなっちゃう。 (や……やだぁー) 私はこの場から逃げ出そうとしたが、どうにもならない。全身がビシッと固まり、全く動かせない。もう私の身体に骨だの筋肉だのといった動かすための機構はないのだ。均質な樹脂の塊になっているのに違いない。 なんでこんなとこに置いたの村田くん。これじゃあ私……ただのフィギュアになっちゃうよう。いやなってるんだけど。そうじゃないっていうか……。 かわいく微笑んだ新入りフィギュアと化したまま、私は何もできず時が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。 しばらくすると、脳内にゲーム終了の合図が轟いた。 (ああ……終わった? やっと) 身動きできないの、結構キツイ。身体がフィギュア化してるから疲れとかは感じないけど、精神的に……。これで私は脱落者として安らかに眠りに……。 「ゲームクリアおめでとう!」 (へっ!?) 脳内に鳴り響いたぬいぐるみ野郎の声に、私は困惑した。いや私クリアしてない……早々にフィギュアにされちゃったよ!? いや……回線(?)が繋がってるからクリアした人に言ってるのが聞こえちゃってるだけ……かな。 「おめでとう! 伊藤くん、村田くん、園部さん! 約束通り君たちは元の世界に戻してあげるよ!」 (ええぇーっ!?) 衝撃的な宣告に私は滅茶苦茶ビックリした。そして、落ち着く間もないまま……気がつくと明るい教室の机上に、私は突っ立っていた。 (何が……どうなった、の?) 「園部さん?」 (む、村田くん!? 何!? 一体何がどうなって……) 頭上から声が聞こえる。視界に巨大な村田くんの姿が現れた。 「いや……まさかこんなことになるとは思わなかったよ……」 (あ~んもう、誰か説明して! ていうか村田くん生き残ったの!? 良かった……) ていうか、私が生存者として現実に戻ったなら……なんで動けないの!? なんで小さいままなの!? 私……なんでフィギュアのままなのーっ!? その後、村田くんが「もし意識あるんならだけど……」と前置きしてから簡単に説明してくれた。条件は生き残ること即ち相手を倒すのではなく殺すのが必要だったらしい。だからフィギュアにしたまま放置されていた私は……生存判定だったのだ。例えば私の場合だったら相手をアップリケにしてから破いたり燃やしたりしないといけなかったのだ。 (き……聞いてないぃ~) まさか生き残るとは思わなかった。それは……嬉しいけど、他のクラスのみんなは死んじゃったってことだよね……。何だか信じられない。全部夢だったみたい……。 でも、身動きのとれない固い肉体が嫌というほど現実だと教えてくれる。 (く……クリアした判定なら……元に、人間に戻してぇ~っ!) 私の心の叫びは誰にも聞こえることなく、虚空に消えた。 その後、私は村田くんの家に飾られた。村田くんでさえ、私が「生きている」ことを知らない。伝えようもない。もどかしかった。ほんのちょっとでも体が動けば……声が出れば。しかし硬く冷たい樹脂の体は何一つ願いを叶えてくれることはなく、私はあの日あの瞬間から指一本動かすこともできないまま、可愛くお手手を組んだアリスのフィギュアであり続けることしかできなかった。あの不思議なバトロワは案の定誰にも信じてもらえることなく、消えたクラスメイトたちは今も行方不明扱いのままだ。皆のことを思うと酷く辛く悲しい気持ちなる……けど、同時にちょっと羨ましくも感じてしまう……。私よりマシなような……気が……。 私が寂しくないようにと、両隣に可愛い美少女フィギュアが飾られた。心遣いは嬉しいけど、美少女フィギュアに挟まれて一緒に並べられていると、本当に私も単なるフィギュアになってしまったかのようで不安になる。……いやただのフィギュアだけど、事実上。 このまま時が経てば、村田くんの中でもいずれ私のことを昔手に入れたフィギュアみたいになってしまうんじゃないかと心配になる。流石にそれはない……よね? 全く動かない身体、二度と脱げないフリフリのアリス衣装。果たして本当に私はあのゲームの「勝者」だったんだろうか? 一番馬鹿を見てる敗者なんじゃないかと……そう思えてならなかった。

Comments

感想ありがとうございます。アリスは人形とよく合いますよね。

opq

人形として、アリスは本当に永遠のテーマで、いくら装飾を加えてもかわいいとしか思えません このままフィギュアになるのはもったいないのかな、熊さんに仲間を得てもいいのではないかと思っていましたが、アリスの鞄のアップリケの飾りになってアリスと一緒に樹脂のフィギュアになってもかわいそうな気がします。 村田くん、「勝者」のトロフィーを大切にしてね(機械翻訳)

弥生萌えよう


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