マンドラゴラのお姉さん
Added 2024-07-23 10:54:21 +0000 UTC夏休み最初の日、俺は地面から人が生えているのを見つけた。夏休み初日、遊びに行く途中のことだった。草むらの中に一本……いや一人だけポツンと自生しているそれは、人の形と姿をしていた。サイズは十五センチ程度か。茶色い地面の中に両足を埋め、ピクリともせず直立姿勢で生えている小人。最初は人形が捨てられているのかと思ったけど、近づいてみるとそうじゃないことがすぐわかった。生きている。作り物じゃない。不思議とそれだけは直感的に悟れた。触ってみると樹木のようなザラザラした手触りと硬さがあった。けど、間違いなく生命の脈動と気配を感じる。小人は全裸でなにも着ておらず、体表は蔓みたいな細い緑色の蔓が何本も走っている。まるで縛られているみたいだった。髪の毛……が本来ならある頭頂部は、体表の蔓よりは太い茎のようなものが何本も生えていて、ぱっと見緑と茶色のツートンヘアーに見えた。 顔と体型は女性……それも多分高校生ぐらいだろうか。だとしたらお姉さんだ。それに気づくと、見てはいけないものを見ているようで、急にドキドキしてきた。何でこんな格好で外にいるんだろう。ていうかなんで足埋まってるんだろう。ていうかなんでこんなに小さいんだろう。 やっぱり誰かの作った精巧な人形じゃないかと理性が囁いたが、本能的判断を覆すことは叶わなかった。それはない。だってこれ、どう見ても……「本物」だよ。何の本物かは知らないけど。 蔓に覆われた小さなお姉さんは、息をしていた。やっぱり、生きている。よく見てみると、お腹もちょっと呼吸に合わせて動いている。ただ……人間らしい反応を一切示さない。目は焦点があっておらずぼんやりしていて、俺がさっきから屈んで顔を間近に近づけ無遠慮に観察しているのに、何もしようとしない。無表情のまま静かにぼやっとしている。 引っこ抜こうとすると、ちょっと周囲の地面から抵抗があった。足首が埋まっているだけではないっぽい。今の感覚からすると……地面の中で広がっているらしい。……足が? 軽く地面を掘り返してみると、足首はちゃんと存在した。が、そこから無数の根が生えて、地面の中に根付いているのを発見した。やっぱ植物……なのかな? でも見た目人間だよなあ……。何とも不思議な生き物だった。 スマホで調べてみたけど、小さな植物人間の情報はない。……これはひょっとして大発見かも。マジで聞いたことないし。……でもなんかエッチな感じもして嫌だな……これ。 とりあえず近くの雑草を引っこ抜いて上からかぶせ、道から見えないようにしておいた。誰かに取られたくなかった。手柄も、彼女も。 俺は遊びに行くのを止めて、鉢植えを買いに行った。わずかに彼女の元を離れている間に、誰かが見つけていないか気が気じゃなかった。店員に目的を悟られていないかなどもありえないはずなのに気になって、かなり挙動不審だった。我ながら怪しかった。まるで18禁コーナー行った時みたいだ。 戻ってくると、無事彼女は生えたままだった。根が切れないよう注意しながら、新品のスコップで周囲の土ごと彼女を掘り返し、買ったばかりの鉢植えに植え替えた。彼女は相変わらず商店の定まらない視線でぼーっと無表情に徹していた。感情とかはないのかな。ただ人間に似てるだけの植物? いや……そうも見えない。流石に人間そっくりすぎる。 帰宅した俺は親に見つからないようこっそり自室に持ち帰り、窓の下に置いた。……うーん、結構存在感あるなコレ。見つかったら叱られそう……。それ以前に、やっぱりだいぶエッチな感じで恥ずかしい。見られたくないなあ……。新種発見でニュースになる自分を想像していたけど、だいぶその気が萎んできた。 一旦押し入れに隠したのち、俺は再び炎天下の中外に出て、葉っぱを採集した。できるだけ傷ついていない、大きくて綺麗な緑色のやつを。帰ってからその葉っぱたちを糊で繋ぎ、彼女のための服を作った。服と言っても上から被せるだけのものだけど。 葉っぱの上着を被せるとだいぶビジュアルがマシになった。……それでも小さなお姉さんを部屋に飾ってるってだけでもヤバいかな。まあいいか。今更捨てるわけにもいかないし。そして葉っぱを身に纏った当の本人は、相変わらず何の反応も示さず黙って前を見ているだけだった。 そんなこんなで、俺の部屋には新たな観葉植物というべきかペットと言うべきかわからない何かが加わった。「こいつエロだぜー」と思われるのが嫌だったので、結局大人には相談できなかった。ただ、観察日記とか作って真面目っぽい感じにすればイケるのではないかと考え、夏休みの間こっそり育ててみることにした。自由研究にもなるかもしれないし。 けど、これの世話ってどうすればいいんだろう? 生きているなら食事とか要ると思うけど……。基本植物っぽいから水かけておけばいいかな? あとは窓の下に置いて日をあてて……。でも、口とかあるし、ご飯食べるのかも……。俺はその日の晩御飯の残りをちょっとだけチョロまかし、彼女に与えてみた。が、俺がスプーンで口元まで食事を運んでも無反応。マネキンのように直立したまま真顔でぼーっとしているだけ。石を宿さない瞳は食事に視線を移さず、ピクリとも体を動かさない。仕方ないので俺は諦めた。とりあえず水だけかけとこう。……やっぱり人に擬態してるだけの小さい木なんだろうか? いや、蔓の合間から覗く肌や、顔の目や耳や鼻を見る感じ、表層的にガワだけ真似してるって質感じゃないんだよなあ。やっぱり普通の人間と同じ体のつくりを持ってるようにしか見えない。……だったら植物なのは変だな……うーん、全部変だコイツ。 そうして、俺の夏休みは思いもよらなかった新生植物……動物? の観察と共に始まったのだった。 しばらくは研究も兼ねて食事を与え続けた。内容がよくなかったかもと思ってミミズとか虫の死骸とかも与えてみたけど、食べない。無反応。やっぱり動物みたいな食事はしないらしい。水だけでよさげなのは楽でありがたい。ただ、ちょっと栄養面が心配になったので肥料は買ってきた。 最大の問題は親に見つかることだったけど、流石に隠し切れず早々に見つけられた。終わったと思ったけど、意外とそうでもなかった。最近はそんな植物もいるんだなあ程度で流され、あっさり公認になった。もしかして人間に見えているのは俺だけなのかと不安になったりもしたけど、マンドラゴラ呼ばわりされているので人間には見えているっぽい。反応薄いのは単に興味ないだけだった。それかあえて深入りしないでくれたのかのどっちか。 どちらにせよあまり詮索しないでくれたのはありがたかった。余計な悩みが無くなったので研究がはかどる。体表を走る蔓はピンセットで浮かすことができ、皮膚とはくっついていないことがわかった。皮膚のどこか一点から生えていて、身体を這うようにして伸びているようだ。股間には保健の教科書と同じようなアレがあり、調べているとものすごくイケないことをしている気分になった。やっぱり人間なのかな? だとしたら何でこんな小さくって、足から根も生えてるんだろう。人間の新種? 人間と植物の子供? わからない。 他には髪の毛っぽい茎の下に、わずかにチョロチョロと数本の髪の毛を発見した。かつては髪が生えていたんだ。それがこの、頭頂部から伸びている緑と茶色の茎にとってかわられたのかな。俺は一つの仮説を立てた。このマンドラゴラのお姉さんは元は人間で、何らかの理由で後天的に植物化したのではないか。それが一番自然な気がする。問題はそんなことが科学的にありえるのかってところ……。科学的には人間に擬態する植物の方は自然なのかもしれないけど、どうも体の中もしっかり人間っぽいのが徐々にわかってきたので、やはり人間が先であることに間違いはなさそうだった。だって眼球あるんだぜ。スマホのズームで観察すると、睫毛も残ってる。やっぱガワだけじゃない。 半月ほどして七月が終わる頃、頭頂部に花が咲いた。黄色い中心部とピンクの花びらを持った可愛らしい花だった。とりあえず育成方針が正しかったことを知れて、俺はホッとした。彼女自身からお墨付きをもらえたような気もして。 次の大きな変化は八月の初頭。いつものように彼女に水をかけていると、昨日まではなかった大きな異変に気づいた。俺を見ていた。カッと目を見開き、俺を凝視している。気づいた瞬間、思わず叫んだ。 「うわっ!?」 揺れたジョウロから水が机や床にかかってしまい、俺はまた慌てた。マンドラゴラのお姉さんは大きく見開いた両目で静かに俺を追尾している。嘘だろ? 生きてる? じゃなくて……意志が宿った? 進化した!? 昨日までの彼女はぼーっと真顔で真ん前を焦点の定まらない瞳で眺めているだけの、まさに植物のような存在だった。それが今突然、人間のような視線を動かしながら、ハッキリ俺を見ていた。俺も見つめ返した。対決は俺が勝ち、彼女は目を逸らした。それにまたビックリ。間違いなく、「生きて」いる。意識がある。植物じゃ……ない!? 数分間迷いに迷ったものの、意を決して俺は声をかけた。 「あの……生きてる? の?」 答えはなかった。彼女は口を真一文字に結び、身体を一切動かさないまま、視線だけを泳がせた。言葉はわからないのか。それとも見るだけで動けはしないのか。 ともあれこの大発見を記録すべく、俺はスマホで動画を何本も撮った。彼女はスマホのカメラから逃げるかのように視線をあっちこっちへ動かした。まるで嫌がっているような雰囲気を感じ、またビックリ。わかるんだろうか、スマホが。それともただデカい動物と謎の器具に怯えてるだけ? 二日ほどすると、彼女の態度が軟化した。目を大きく見開くことはなくなり、自然になった。緊張が解けたというかなんというか。俺が水をかける時は静かに目をつむり、黙ってそれを受け入れる。かけおえるとゆっくり目を開いて俺を見る。表情筋は一切動いていないのに、不思議と喜んでいるのが伝わってきた。目は口程に物を言うって先生が言ってたことを俺は実感、理解した。 さらに二日すると、もっと物言うようになった。樹木みたいにカチコチだったはずの表情がちょっと動くようになってきたのだ。嬉しそうな顔、怯えた顔、不安そうな顔、そういうのが徐々に形成されるようになり、俺からのアクションに対して反応を示すようになった。葉っぱの上着を剥ぎ取ると顔が赤くなり、下を見る。何度もやると怒りを感じる表情にもなる。人に似た羞恥心があるらしい。やっぱり植物じゃなくて人間だったのかな。 それかも彼女の目まぐるしい進化は続いた。一本の樹木のように硬かった全身が徐々に柔らかくなり、彼女は動き出したのだ。左右に揺れたり前後に身体を傾けたり。俺は彼女とコミュニケーションを取ろうと試みた。イエス、ノーで答えられる質問を用意して、イエスなら前に、ノーなら後ろに傾くよう指示した。 「お姉さんは……人間ですか?」 彼女はちょっと涙ぐむような表情を示した後、前に身体を傾けた。やっぱり! 俺の仮説は正しかった。でも、深堀はできない。何で植物になっているのかとか、なんで小さいのかとか、名前があるのかとかは、イエスノーでは難しい。 「植物ですか?」 後ろ。ノーだ。 「小人ですか?」 ノー。 「元は大きかった?」 イエス。 「なんでそうな……無理か」 知りたいことは聞けないなあ。今の段階じゃ。 「食事は水だけでいいですか?」 一分ほど固まったのち、彼女は前後に揺れた。どっちだ? 両方? その日、人間用の食事をスプーンで与えようとしたけど、口をギュッと堅く結んだまま彼女は食さなかった。その表情は無念そうであった。食べたいけど食べられない……のかな? 八月中旬。夏休みもいよいよ終わりが近づいている。人だと分かった以上お姉さんの観察日記を自由研究にするのは没にせざるを得なかったこともあり、宿題がだいぶヤバかった。夜に机でドリルを進めていると、彼女が身を乗り出して俺の宿題進行を眺めていた。 「わかる? これ」 彼女はちょっと得意気な表情を浮かべ、何度も前に身体を曲げた。マジなら手伝ってもらいてえなあ。と思ったけど、無理だな。彼女はちょっと悔しそうに両目をギュッとつむり、静かに俺の宿題を見守っていた。 彼女が腕を胴体から剥がして動かせるようになったのは、その翌日のことだった。バキバキと音を立てながら、ずっと胴体と一緒に固まっていた両腕をゆっくりと上げていくのを、俺は驚きの眼で見つめていた。とはいえまだまだ自由に細かく動かすのは無理らしかったけど、この調子なら……夏休みが終わる頃には人間化するんじゃないのか!? 夏休み後半は手を動かせるようになったお姉さんに宿題を手伝ってもらい、無事余裕を持って終わらすことができた。これ理解できてるってことはやっぱり普通に人間やってたってことだよなあ。この夏に意識が生まれたとかじゃなくって。一体何があったら人間こうなっちゃうんだろうか。ていうかそろそろ病院とか大学とか連れて行ってあげた方がいいのかな? ところが本人に確認すると「ノー」なのだ。どうしてだろう。なんか研究材料とかにされるのが嫌なのかな。それとも……。 夏休み最終日。それはないだろうと思っていた最後にして最大の変化が訪れた。彼女は植木鉢を抜け出し……机の上に両足を下ろしたのだ。その両足の側面からはまだ根がしっかり生えている。 「えっ……」 彼女は瞳をウルウルさせて俺を見上げた。感無量といった風な顔だったが、すぐにフラフラしだしてその場に崩れ落ちた。 「ちょ、ちょっと……」 俺は慌てて彼女をそっと持ち上げ、植木鉢に戻して両足を土で埋めなおした。しばらくすると顔に生気が戻って安心したが、また抜け出そうとしたので叱った。すると落ち込んでしまったので慌ててフォローせざるを得なかった。まだ早い、もうちょっと時機を見て……と。 不服そうではあったが、彼女は首を曲げて頷いた。だ、大丈夫かこれ……。明日始業式から帰ってきたら抜け出して死んでたとかあったらシャレになんねえっての。 しかし、同時に恐ろしくワクワクもした。もうほとんど人間に戻ってきている。ひょっとすればひょっとしたら……そのうち会話もできるようになるのかもしれない。そしたら……すべての謎が解き明かされる。俺は引き出しを開けて、マンドラゴラのお姉さんの研究日記に視線を落とした。自由研究にはできなかったけど、観察日記自体は続けている。だってここまで書き続けたのに止めるなんてもったいないというか悔しいというか。意地だ。もしもこれをキッチリ最後まで完成させられたら最高だろうな……たとえ、誰にも見せられなくとも。俺はマンドラゴラのお姉さんを懸命に宥めながら、幻の自由研究の完成を夢見て期待に胸を躍らせた。