こんばんは、ちうねです。
原稿と格闘しつつ、赤ちゃん~^~とかいいながらサイン会でいただいた
ガラガラを鳴らしふざけていたらすっかり季節が秋になっていてビビっています。
毎月、こないだ最新号でたばっかりじゃなかったっけ?と思うのですが
今月もあっという間に1ヵ月が経過し、キャラット最新11月号発売となりました!
(せっかくなので2巻とサイン会の時にいただいたお花(咲いてるのを上手く
アレンジしてギリギリまで楽しんでおります)と一緒に撮ってみました。)
今月は表紙&巻頭カラーを担当させていただきました…!
昨年初めて表紙を描かせていただいたとき、こんなことはもう最後だと思っていたのですが、皆様の応援のおかげでこうして2回目を描かせていただき本当に感謝の気持ちでいっぱいです。今度こそこんなすごい機会は人生最後だ…と思って気合だけはめちゃくちゃ入れたのですが、その結果中身の締め切りがだいぶ綱渡りになり担当さんには多大なご迷惑をおかけしました…(むしろ迷惑をかけていない月はないのですが…それは人としてどうなって…)というわけで、普段単行本派な方も是非今回は雑誌お手に取っていただけましたらとっても喜びます。
ちなみに読者プレゼントで表紙イラストの図書カードと、SDキャラを使用した湯呑が当たるようです。電子派の方も今回は紙雑誌でアンケート回答ついでにぜひぜひご応募ください!
もちろん発売したばかりの2巻も何卒!何卒よろしくお願いします。
今回の表紙はデザイナーさんにアドバイスをたくさんいただき
秋らしい感じでまとまりました。手前の食材、初めて描くものばかりで
上手く描けたか心配なのですが美味しそうに描けていたらいいなと思います。
デジタルだと分かりづらいのですが、タイトルロゴが金で印刷されていて
光にあてるとピカっと光ってとてもお高貴な感じがします。
全体もロゴデザインもモダンでおしゃれで本当に可愛いです…!
中身は紡の発案でみんなで上野に遊びに行こう!というお話になっています。
せっかくの表紙担当号ということで全員参加させました(女中組は除く)
なかなか一つの画面に7人描くというのは私の力では大変でして(力が…欲しい…)、途中頭が何回かイカれそうになりましたがその分賑やかなお話にできたかなと思います。
扉絵も気合いれるぞ~~と思って7人描いたんですが、締め切りが刻々と
迫ってきているのに全然終わらず、な…なんで私…7人も描いた…???
と自分を責めることもありましたが締め切り30分前にギリギリ間に合いまして、
結果的には今までで一番良い扉になった…気がします!
ちなみにこちらの背景は上野に現存する歴史的建物の内部になっていますので
良かったらぜひ探してみてくださいね~っ
今回の舞台は100年前の上野ということで色々調べながら背景にもそれを反映させた回でもありますので、おもしろいかも!と思った部分をかいつまんで書きたいと思います。完全に趣味の域ですがご興味のある方はどうぞ!(まだ雑誌読んでないよ~という方は少しネタバレ注意です。そこまでではないですが!)
こういうのって書き出し、どうしよう???って毎回悩むのですが
冒頭、雪佳が映画にキレていることから触れたいと思います
(いきなり上野関係ない…)
これは1巻の参考文献にもあげた『女学校と女学生』を読んでいただくと
詳しく載っているのですが、当時比較的新しい娯楽であった映画や映画館は
少年少女を不良化させる場所とみなされていたようです。
テレビやゲーム、携帯が登場したときも
このような言説はその都度あったようなので、人間が新しいものを
青少年の堕落の原因にしたがるのは100年前から変わらないみたいですね。
で、女学生に関していうとそれだけではなく隣の席に座った男子学生が
手を触れてくる(「触り握り」というらしいです)、名刺などを袂にいれて
連絡させようとする「打込み」など今でいうナンパが流行していました。
やはり思春期の女の子、ちょっと年上のハイカラ書生なんかに手を握られてしまったらそこから道を踏み外してしまうこともあったのでしょうか?
そんなこんなの事情があって、女学校によってはそういった場所へ女学生だけで出入りすることを学校で禁じるところもあったようです。
今でいうとなんでしょうかねえ…女子高生が制服を着てピンクっぽい街をフラフラするみたいなイメージでしょうか…?それなら真面目な子だったら不埒ですわ!という認識になるのかなあと思います。
今だったらむしろ女の子がお友達と映画を見に行くなんてめちゃくちゃ健全な遊びの部類に入ると思うのですが、100年前だとこうも変わるのは面白いです。
本題の上野ですが、公園がどういう経緯でできたか…などは
Wikipediaが詳しいので譲るとしまして(いつもWikiに譲ってますが…)
今回はまず上野公園をざっと知るために
不忍池沿いにある台東区立下町風俗資料館さんに行ってみました。
館内にはこんな感じで戦前の上野や浅草の様子が分かる絵葉書や資料が
たくさんありまして、写真撮影もOKなのでここを見た後に実際上野公園を散策するとより楽しめるのではと思います。
実際私もここで昔の上野の様子を知ったあとに、公園を散策しましたが
今も残っているもの、もうなくなってしまったもの、上野はかなりはっきりしていて
面白かったです。
その中で今回私が初めて知ったのは不忍池には観月橋という現在の弁天堂から
真っ直ぐ対岸に繋がる橋が架かっていたということです。
これは明治40年に行われた東京勧業博覧会の地図ですが
この左側、不忍池をみると橋が架かっているのが分かると思います。
この橋は昭和4年に撤去され、その後
(Googleマップより引用)
弁天堂から半円状に桜並木が整備され今の形となったそうです。
ちなみに今観月橋のあった場所(弁天堂との接続部分)がどうなっているかと
いいますと
ボート乗り場になっております。
100年前はここを突っ切って橋があったのに、もう跡形もない…
と思うとなんだかしみじみきます。上野は学生時代から何度も足を運んだことがありますがこういう歴史を知るとまた別の楽しみ方ができるのは発見でした。
ちなみに最後のほうで八重子が不忍池沿いで木をみつけているシーン
この後ろに見きれている建物は
さきほどの東京勧業博覧会の地図、この画像だと右上にある「外国製品館」ではないかと思って描いています。(こういう言い方なのは、この場面を描く際に参考にした写真がありまして、建物の形状からおそらく外国製品館なのでは、という推測をしているからです)
作中でも出てきましたが上野では明治10年から定期的に博覧会というものが開かれていました。イメージ的には今でいう万博的なやつでしょうか?
基本的に作った建物は期間が終わると立て壊して元に戻していたようなのですが(博覧会によっては、不忍池を横断するロープウェーや、ウォーターシュートが作られていました。下町風俗資料館の学芸員さんによるとこういったものは会期が終わると撤去されていたのではとのこと。も、もったいない…)この大きな「外国製品館」だけは再利用するため残していたそうです。
(つくられたのが何年の時点かはちょっと調べきれなかったのですが、東京勧業博覧会の時にはすでにあり、大正11年の平和記念東京博覧会の地図でも存在が確認できます)
なので先ほどのコマは
視点が外国製品館を向いていて橋の入口付近に紡たちがいる感じ…です。
ちなみにこの館のあった場所は現在、上野動物園の敷地でして、
地図を見る限り西園食堂のあるあたり(もう少し手前な感じもしますが)かなと
思いますがこちらも今は跡形もありません。
ちょっとここらへん、時間的な関係で調べきれてないので全然違うぞ!!という可能性も捨てきれないのですがイメージはこんな感じでした。
こんな複雑な説明何がおもろいん!?と思われるかもしれませんが、
昔あった場所が今もあって、それが具体的にこの位置だ!!!と分かると歴史オタクという生き物は異様に興奮してしまいましてこれだけで飯が10杯くらい食えるのです(私だけかもしれませんが…)
取材に行った時は流石にはっきりこう描こうと思っていなかったので、この位置からの写真は撮っていないのですが、今度行って興奮してこようと思います。良かったら皆様も上野に行かれた際はこの位置に立って興奮してみてください(最悪の勧め)
…とこんな感じで今は無いものにロマンを感じる部分は大きいのですが、
作中にでてきた西郷像はそっくり残っていますし、上野東照宮や上野大仏(これは顔だけになってしまっていますが…)動物園の正門など少し形を変えながらも現存していますので、秋の行楽がてら上野で歴史散歩などいかがでしょうか?
昔の上野の写真がみたい!という方は
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763843/19
(東照宮や不忍の池など)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/987204/1
(こちらは動物園のようす)
などの国会図書館デジタルの資料がお家からでも見られるのでおすすめです。
ちなみに旭を罵倒していた鳥は後者に出てくるオオバタン(おほばたん)のつもりでしたが、鳥が難しくて全然似ませんでした。精進します…
本当は一個一個、写真を見ると今とここが違うっぽい!!という話を
延々したいんですが、それをやると収拾がつかないのでご興味のある方は
是非調べつつ実際探索してみていただければ幸いです。
案の定めちゃくちゃ長くなりましたが、何卒今月号も
よろしくお願いいたします!
ちうね
ちうね
2021-09-30 08:56:21 +0000 UTCポリアネス
2021-09-28 10:31:34 +0000 UTC