とある屋敷の一室で、乾いた炸裂音と男女の会話が響く。
「この役立たず!」
パシィ!
「申し訳ありません!」
「本当に反省してるのかしら?」
「反省……しておりますっ!」
パシィ!
「そうは……思えないわね!」
パシィン!
「ぁぁぁぁ!」
パシィ!
「申し訳ありません!」
必死に謝罪する青年。
その青年の頬はリンゴの様に真っ赤に腫れ上がり、涙を流しながら必死に謝罪していた。
その青年の頬を容赦なく平手打ちするのは彼よりも五つは年下であろう少女。
質のいい布地の服を身に纏う少女の前で青年は正座し、与えられる暴行に耐えていた。
「佳那汰、貴方が道を間違えたせいで学校に遅れたのよ? 」
パシィ!
「由奈お嬢様、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません!」
彼女の手がぶれ、頬に強烈な痛みが走った。
言葉こそ由奈は佳那汰の比を責めるものだが、途中から口調は楽しげだった。
「ふふ、謝罪してるのになんでここは元気なのかしら?」
ぐり、ぐり!
「はわぁぁぁぁ!」
由奈のブーツに包まれた爪先が佳那汰の股間のものを踏みつけた。
佳那汰の股間のものは彼女の指摘した通り、硬く大きくなっていたのだ。
「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません……」
必死に謝罪する佳那汰の髪を掴み、無理やり上を向かせる。
弱味を握り、優位に立ったと確信した光が由奈の瞳に宿っていた。
「仕事に失敗して怒られているのに興奮するなんて……変態」
「っ!」
最後の言葉に込められた軽蔑の言葉。
1オクターブ下がった由奈の言葉を聞いた瞬間、佳那汰の身体を電力が駆け抜ける。
そう、佳那汰はマゾだった。
由奈に怒られるたびに興奮していたが、こんな時に勃起してしまっただけでなく、ばれるなんて……。
知られたくない秘密をもっとも知られたくない相手に知られてしまった。
腫れているからばれていないが、もし叩かれてなかったとしても、佳那汰の顔は真っ赤になっていただろう。
クビにされる。
こんな性癖をもった執事なんて側に置くはずがない。
佳那汰は絶望しながら、軽蔑の言葉を呟いた主の顔を見上げていた。
きっと氷のような、ゴミを見る様な冷たい眼差しを予想していたが……。
「そんな怯えなくても大丈夫よ?」
そこにあったのは全く違う色だった。
獲物を捕らえた様な猫の様な、好奇心をくすぐられた様な、何よりも弱い者を見つけた強者の様な、優越感と愉悦を含んだ色の眼差しだった。
「佳那汰は今日から私のオモチャにしてあげるわ。嫌なわけないわよね? 変態」
最後の言葉に込められた変態には、拒否など許さない、と意志がはっきりと込められており、佳那汰はこれから先の生活へと怯えと性癖を知られてもクビにされなかった安堵が混じりあい、小さく返事をするしかなかった。
「は、はぃ」
そして、執事とお嬢様の関係はオモチャと所有者、という関係へと変わってしまうのだった。
◆
―奴隷契約書―
本契約は佳那汰(以下、奴隷)が 由奈様(以下、所有者)に対し、永遠の忠誠と隷属を宣誓し、それを所有者が受け入れることで、双方の同意のもと締結される契約である。
本契約が締結された日より、奴隷は正式に所有者の所有物として使用される。
所有者は奴隷に対し下記の所有者の権利を有することに同意する。
また奴隷は本契約に記された事項および義務を厳守し、所有者の私的な財産として所有されることに同意する。
当契約は憲法が定める「法の下の平等」に反するものであるが、奴隷はこれを承知した上で、奴隷の意思で本契約書を所有者に差し出すものであるから、当契約はいかなる干渉も受けず有効である。
奴隷は所有者に対して、いかなる権利もこれを無期限に放棄する。
奴隷は所有者に対して、常に最大級の敬意と感謝を持ち、絶対の忠誠と隷属を誓うことをここに定める。
所有者の意思に背く思想および言動を禁ずる。
奴隷は所有者の慈悲によってのみ、その存在価値が認められる。
奴隷は所有者の慈悲に応えるべく、所有者のためだけに尽くさなければならない。
本契約のすべての事項、および本契約に定めなき事項、および所有者と奴隷の間で結ばれるすべての事項は所有者の専権事項とする。
従って、所有者は奴隷との間で交わされるすべてに対していつでも自由に変更および解消できる。
奴隷は所有者との間に取り交わされるすべての事項に対して、その決定や判断に一切の自主的権利を保持しない。
本契約中、または解除後に奴隷のみにいかなる心身的障害が発生しても、所有者は奴隷に対するいかなる責任も負わないものとする。
―契約期間―
本契約の契約期間は原則として無期限とする。 ただし、所有者または奴隷のいずれか、あるいはその双方が死亡した時点をもって本契約は効力を失効し、自動的に解除される。
また、所有者は本契約の期間をいつでも自由に変更することができる。これは所有者の専権事項であり、奴隷はいかなる権利もこれを保持しない。
所有者は奴隷に対して以下の権利を有する。
所有者は、奴隷の身体、精神および五感のすべてを所有し、時と場所および用途を選ばず自由に奴隷を使用することができる。
身体や精神の改造も行うことができる。
―所有者について―
所有者は、奴隷が本契約に定められた事項に反する行為を行った場合、奴隷が所有者の意に反する態度や言動をとった場合、または理由を問わず所有者の独断により、いつでも自由に奴隷に体罰や処罰を課すことができる。
所有者は理由を問わずいつでも奴隷を破棄することができる。第三者に譲渡または貸与することもできる。
本契約に定められていない事項についてはすべて所有者の権利とする。
―奴隷について―
奴隷は所有者に対して以下の義務を負い、これを厳守しなければならない。
―基本条項―
奴隷は、いついかなる時でも所有者の所有物であることを意識し、所有者に仕えなければならない。
奴隷は、所有者に仕えることを最上の幸福として認識し、常に喜びと所有者に対する感謝の心を忘れてはならない。
奴隷は所有者の命令および意思や行為に対して、一切の異を唱えてはならない。
奴隷は所有者の命令および意思に反する行動をとった場合、いかなる体罰や処罰をも受け入れなければならない。
所有者の意思によって、破棄、譲渡または貸与された場合、これに従わなければならない。
譲渡または貸与された場合は、譲渡先または貸与先の新しい所有者に対しても奴隷は同様の義務を負う。
―思想および作法―
奴隷は常に所有者に対して最大限の敬意をもって接しなければならない。したがって、所有者への言葉遣いおよび思考はすべて最上級の敬語を用いなければならない。
所有者の関係者および所有物に対しても同様である。
原則、所有者を前にした奴隷の正装は全裸とする。
ただし、所有者が奴隷の服装および装着品を指定した場合はそれを優先する。
ただし、一般的な社会生活に支障があると所有者が判断したとき、所有者の許可のもとで指定された服装を着用する。
奴隷の基本姿勢は土下座または正座とする。
また移動時は四足歩行を原則とし、所有者の許可なく二足歩行は行えない。
所有者が奴隷の姿勢を指定した場合には、奴隷は躊躇することなく可及的速やかに指定された姿勢をとらなければならない。
奴隷が人間に擬態し社会生活を営む間はこれらの義務を一時的に免除することができる。
ただし、その場合でも奴隷は自身が卑しい下等生物であることを常に自覚し、また所有者の所有物であることを常に意識しなければならない。
所有者に対して、少しでも反抗的な思考が発生した場合、速やかに所有者に申し出、その上で処罰を受けなければならない。
―調教―
奴隷の調教は、所有者の慈悲によって行われるものである。
これを奴隷は常に意識し、感謝の意を表現しなければならない。
原則として、調教時に奴隷に発言が許されるのは「はい」「ありがとうございます」 「申し訳ございません」の三つのみとする。
ただし、所有者の事前の許可によって他の言葉を発言することができる。
また、所有者が奴隷に自発的な発言を求めた場合には、奴隷は速やかにこれに応えなくてはならない。
調教前および調教終了時には、奴隷は自らが所有者の所有物であること、自身の存在の矮小さを明言し、所有者の慈悲に対して、感謝の言葉を述べなければならない。
―日常生活―
所有者の許可なき奴隷の自慰および他人との性行為は禁ずる。
奴隷が人間に擬態し社会生活を営む間であっても、奴隷は常に所有者の快楽・幸福を考慮し、所有者に仕えなければならない。
奴隷の身体および精神は所有者のものであると自覚し、所有者がいつでも快適に使用できるよう、常に心身を管理し準備しなければならない。
「…………」
突きつけられた奴隷契約書と書かれた内容に佳那汰は絶句していた。
床にある契約書を正座させられながら読まされた佳那汰は目を疑うように瞬きしているが、内容に読み間違いはない。
「どうしたのかしら? 契約書に変なところでもあった?」
由奈はコテリと首を傾げていた。
清楚を思わせる令嬢が考えたとは思えない恐ろしい内容だ。
変なところしかないだろう。
もはや、人間の全ての存在を投げ捨て、彼女のためだけに生き、理不尽すべてを喜んで受け入れる道具になれと言っているのだ。
「ゆ、由奈様……」
本気ではないですよね?
思わず訊ねてしまいそうになった佳那汰だが、言葉を続けられなかった。
「どうしたのかしら? 私のオモチャになるなら、所有物になるんだから、奴隷と同じよね?」
楽しげに紡がれた言葉に背筋が凍る。
無邪気なお嬢様の下にあるドメスティックな思考がはっきりと感じられた。
支配欲、独占欲、優越欲、所有欲等の支配的な感情を詰め込んだ契約書。
これにサインするなんて……。
普通なら絶対にしない。
なのに……。
ドクン。
鼓動が高鳴っていた。
目の前にいるお人形さんのような美少女に、自分が玩具として弄ばれる。
その想像にゾクッとした快感が背中を走り抜けた。
人間としての全ての尊厳を奪われる。
執事と主の時点で上限関係は明確だが、この契約書にサインしたらは今までとは比較にならない関係性になるだろう。
ドクン。
再び心臓が大きく跳ねた。
あぁ、ダメだ。
この契約は抗えない。
それは佳那汰が妄想していた内容だった。
年下の清楚な由奈に身も心も支配される。
虐められて、踏みにじられて、嘲笑われて、辱められる。
そんな妄想は佳那汰にとって、もっとも興奮する内容だったからだ。
「ふっ……んぅ……はぁ」
息を荒くしながら無意識に股間を撫でてしまう。
勃起してしまったペニスはズボンの中で窮屈そうに膨らんでいた。
「あら、もうこんなに大きくして、我慢できないの? 契約書を読んで興奮しちゃったのかしら?」
クスリと笑った由奈が足を動かした。
「ひゃう!?」
ズボンごしに硬いソールが触れ、佳那汰は思わず声を上げてしまった。
「いいわよ。奴隷になったら、たっぷり可愛がってあげる。私だけを見ていれば幸せになれるようにしてあげる。だから、安心して身を委ねなさい。ただ、サインするだけよ」
妖艶な表情を浮かべた彼女は、優しく頭を撫でてくれた。
それはまるで子供をあやす母親のようで、とても心地良いものだった。
興奮して熱に浮かされた佳那汰の行動を誘導するのは、由奈には簡単だったのだろう。
「はいぃ、よろしくお願いします。僕のこと、いっぱいいじめてください」
蕩けた顔で答えた佳那汰は、言われるままに奴隷契約書に自分の名前を記入した。
こうして、彼は完全な奴隷になった。
サインをしたのを確認した由奈は素早く契約書を佳那汰の手から奪うと、大事そうにそれを鍵付きの箱にしまい……。
「これで佳那汰……いえ、『お前』は私の奴隷ね……」
満足げな由奈の笑みは、欲しかったオモチャを買ってもらえた子供の様な愛らしさがあり、佳那汰は思わずドキリとする。
「ほら、奴隷のご挨拶よ」
突きつけられたのはブーツに包まれた爪先。
電灯の明かりで妖しく光るブーツに佳那汰は躊躇なく奴隷の誓いを立てる。
彼女のオモチャになることを誓ったのだ。
そのオモチャがどんな扱いを受けるのか想像が甘かったと思い知らされるとも知らず……。