「へぇ……これが勇者ねぇ?」
「くっ……殺せ」
今代の勇者であるレオは、屈強なリザードマンに捕らえられ、玉座の前に跪かされていた。
その玉座に座り、俺を見下しているのは宿敵である魔王――エリス。
淫魔と夢魔のハーフの突然変異で絶大な魔力を持った彼女は魔王を名乗り、その力で世界支配を目論んだのだ。
「フフ、お前を殺しても次の勇者が出ちゃうでしょう? なら、お前を殺すわけにもいかないわねぇ」
(くそ……知ってたか)
レオは内心で舌打ちした。
勇者の力は死ぬと次の勇者に引き継がれる。
なので、このまま捕らえられるのが、一番困るのだが。
(魔封じの枷で魔法は使えないし、俺の回復力だと、舌を噛むくらいだと死ねない……)
「決めたわ。お前も私の駒にしてあげる。人類の守護者である勇者に滅ぼされる人間なんて滑稽だからね」
エリス は特大の笑みを浮かべて悪魔のような提案をした。
「ふざけるな! 誰がそんなことを!」
「その反抗的な目も屈服させがいがあるわね~」
エリスは玉座から立ち上がると、レオの前まで近づくと、そのまま目線を合わせ、
「私が直々に心を折ってあげる。せいぜい絶望するのね」
エリスの目が妖しく輝くと、レオの身体が不自然に硬直し、そのまま意識を失うのだった。
◆
「!!」
目を覚ましたレオは反射的に飛び起きようとしたが、手足が地面に縫い付けられたように動かず、起きることができなかった。
「これは……」
自由になる首で両手を見ると、レオの両腕は枷で地面に固定された状態になっていたのだ。
両足も同様だ。
どうやら、この枷も魔封じ効果をもつ金属らしく、魔法はまったく使えない。
「ふっ!」
ならば、とレオは筋力でどうにかならないかと力を入れてみたが、地面に固定された枷はビクともしない。
(くそっ……。魔王は俺を殺さないだろう。こう言う状況の場合、仲間が助けに来てくれるのを願う場面なんだろうな)
俺は早々に諦めて天井を見上げた。
窓もなく、淀んだ空気と湿気といい、石造りの空間といい、ここはおそらく地下牢だろう。
仲間なんて笑わせる。
そんな素晴らしい連中がいたら一人で魔王に挑んだりしていない。
(隙を見て、自害するか、魔王を討つか、脱出するか、今は耐えるしかないか)
深呼吸して心を落ち着かせるレオ。
そのレオの意識が戻ったのを見ていたかのように、タイミングよく足音が近づいてきた。
コツコツコツ。
「フフ、やっと目を覚ましたのね」
エリスは身動きとれないレオを見下すと、あけすけに唇を舐めた。
サキュバスの因子が入ってるせいか、その仕種は今まで見たどんな女性よりも色っぽい。
(バカ野郎! 何を考えてるんだ)
思わずバカなことを考えてしまったレオは心の中で叱咤する。
だが、レオの動揺は完全にエリスに見抜かれていた。
「ふ~ん、勇者って言っても所詮人間ねぇ……。私の色香を感じちゃってる」
エリスの瞳は獲物を見つけた猛禽類の様に光り、レオは思わず身構える。
(く……バレてる!?)
「そんなわけあるか!」
少しでも誤魔化そうと思わず顔を背けたが逆にそれが図星だと白状したに等しかった。
エリスはニヤッと嗤うと、俺の頬を掴み、無理やり眼を合わさせる。
「フフ、残念ねぇ。今の魔力を封じられた勇者じゃ、私の魔力から逃げられないわよ?」
可視化できる程の赤い魔力が熱風の様にレオの身体を叩いた。
「私の魔力は魅了。ほんの少しでも私に好意をもつ相手は私の言いなりになる……」
(普段なら防げるのに!!)
魔力抵抗力を失ったレオは抗うことができない。
自制心で揺れ動く心を静めようとしても無駄だった。
「フフ、精神力で抗っても無駄よ。魔法を気合いでどうにもできないのと同じ。魔力には魔力で抗うしかないのよ?」
いくら精神力が強いと言っても限度がある。
ただの人間の精神力で、元々の魔力が遥かに勝る魔族――その魔王の魔力に敵うはずがない。
「くぅぅぅぅ!」
蒸気の様に身体を包み込むエリスの魔力が、レオの心を侵略していくのだ。
(頭が……)
思考は眠気に襲われた時の様に鈍くなり、さらに身体から力が抜けていく。
それだけではない。
(魔王ってこんな綺麗だった……か?)
レオの眼にうつるエリスの姿は今まで敵対していた相手とは思えないほど美しく、心臓は早鐘のように鳴り出していた。
(バカ野郎! 耐えろ! ここで負けたら二度と戻れなくなるぞ)
「俺は……」
抗おうとするレオに対し、エリスは嘲笑うかの様に笑みを浮かべ、
「無駄よ。無駄無駄。無駄よ」
エリスはさらに魔力を流し込む量を増やし、レオの心を縛り上げていく。
「ぁあああああ!」
歯を食い縛って耐えるレオだが、抗えば抗うほど痛みは強まるのだ。
「無駄って教えてあげたのに……。いい顔ね~。男が必死に耐えてる姿ってそそるものがあるわ」
ククク、と笑うエリスの笑顔が邪悪ではなく、眩しいと感じてしまったのを自覚したレオは、絶望を感じ、激痛とショックで意識を失うのだった。